ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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 お久しぶりです。
 思った以上の評価て驚きです。こんな読み辛い小説を評価していただきありがたい限りです。次回は4月中に投稿する予定です。遅くないですか? 毎日投稿をされてる投稿者もいらっしゃるのに一ヶ月のスパンは長すぎるのでは? 日々の生活の一環として執筆が組み込まれていないのは投稿者の怠慢では?


第十七話

 僕。俺こと名前の無い人間はギルドの扉を開け、眩しい街に目を細めた。久しぶりに太陽の光を感じた。というのも、俺は殺人と誘拐の容疑で一日余り暗室に拘束されていたのだ。当然、誤認逮捕だった。突然連行され、身に覚えのあることを永遠に尋問されていた俺は早急に家に帰りたくなり、また金が欲しかったので、徐に主犯であるエリナベラの場所を吐いた。結果、共犯者として再逮捕された。

 手錠を掛けられた右手を見ながらぼーっとしていると、しばらくして隣の部屋にエリナベラが投げ込まれた。何を聞かれているのかと尋問室とは到底思えない様なうっすい壁に耳を当てると、何やら俺の悪口が聞こえる。イラっとした俺は、隣にも聞こえるようにエリナベラが神を殺したことを叫んだ。開戦のゴングが鳴った。

 あれこれあって、俺はスピーチコンテストに勝利し、担当職員を丸め込んで全ての罪をエリナベラに擦り付ける事に成功した。そして、こうして釈放されたという訳だ。

 あいつやっぱりクズだよ。緩やか系クズ。勢いで誤魔化されてたけど、自分の目的の為に俺を利用するし、ぼったくるし、尋問で返答に困ったからって俺を売るし。

 釈放された俺は、開口一番エリナベラの悪口を言った。でも仕方ない。実際クズだし。

「それ君が言うか?」

 神様は500万ヴァリスと書かれた小切手をひらひらさせた。

 いやね。金欠だったんよ。

「金で友人を売るのは軽蔑に値する行為だね」

 神様はそう言って小切手を振った。

 でも500万だぞ?

「金で友人を売るのは軽蔑に値する行為だね」

 金欠になったのはギルドの書庫に潜入するために裏工作をしたからで、それもLV3の対策をする為だったんだぞ? 

「金で友人を売るのは軽蔑に値する行為だね」

 どうせ捕まるんだから、ちょっとそれを早めただけだって。

「金で友人を売るのは軽蔑に値する行為だね」

 もしかして、玄関の前で人のふりしてるタイプの怪異だったりする?

「失礼だな。ちょっとセリフを使いまわしたくらいで」

 SDGsでも意識してるのか? ともかく、あいつも釈放されるらしいしもういいだろう。

「じゃあ、行こうか」

 神様は俺がさっき出てきたばかりのギルドに向かって歩き出した。

 家はそっちじゃないぞ。

「否、先にランクアップの申告を済ませておくのだよ」

 嘘だろ、マジでまた戻るのかよ。

 案の定、異常な速度のランクアップに疑問を感じた職員により、俺は再び拘束された。担当職員が好評につき再登場である。呼んでない。

「おめでとう」

 乾いた拍手がわざとらしい。同じくわざとらしい笑みを浮かべる彼女は、俺達を個室に誘導した。大丈夫。今度は神様も一緒だ。かちゃりと鍵の回る音が聞こえた。

「どうやった?」

 開口一番、担当は俺を疑い睨め付けた。当然だ。ベル・クラネルに次ぐ速度のランクアップ。再び、先人のレコードが木端微塵に打ち砕かれるのだ。不正を疑われるのも仕方がない。しかしながら、ランクアップの報告などすっかり頭から抜け落ちていた俺には碌な言い訳を考える十分な時間なんて無かった。それでも、俺は溶けた脳で精いっぱいを紡いだ。

 ミノタウロスをぶっ殺しました。

 神様がギョッとしてこっちを見た。そうだよな通る訳ないよなこれ。

「ミノタウロス、か。なるほど、そういう事か」

 どういう事だよ。

「把握した。書類を手配しよう」

 嘘だろ通ったぞ。神様と顔を見合わせる。訳が分からないが、何とかなったらしい。担当はちらりとこちらを見て言った。

「レコードホルダーであるベル・クラネルもそうだった。彼は上層である九層に出現したミノタウロスを撃破し、ランクアップした。分かりやすい偉業だ。一つ問題があるとすれば、中層のモンスターが上層まで上がって来たという事例は幾つかあるが、九層タウロスの状況と一致するものは一つもないという事だろう」

 九層タウロスだせえな。

「目撃情報から察するに、強化種でも異常発生でもない。現場付近に金属片が集中していた落ちていたことも合わせて、人為的に誘導されたと考えられる。きな臭い。そして、中層をソロで張れる君でも偉業と判定されるなら、君が対峙したミノタウロスは強化種だ。偶然で片付けることも出来るが、私はこれは仕組まれたものだと考えている」

 ごめん。それ嘘なんよ。

「誰かがミノタウロスを使った実験をしているのだろう。犯人は愚か目的すら分かっていないのだから、気にするだけ無駄かもしれないが、君も十分注意を払った方が良い」

 間もなくなんかそういう書類が机に広げられ、ハンコを押したりサインをしたりして、無事申告を終えた。担当が空回りしていて可哀想だったが、事実を言う訳にもいかない。

 開放された俺達は麗らかな日差しの差し込むメインホールに戻って来た。

「何とかなったね」

 神様はそう言って振り返った。受付の向こうでは多くの職員が忙しなく動いている。大抵は手には紙束を持っていて、俺はコンピューターがあれば楽なのに、なんて考えていた。

 ああ、ミノタウロス二匹殺しといて正解だったわ。

「そういえば、旧線とかいう謎スキルを使ったのにまだステイタスを更新をしていなかったね」

 神様はそう言って俺をトイレの個室に連れ込んだ。俺は神様が平気でそういう事をするのを知っていて、抵抗が無駄であることも既に把握していた。だから、俺は無言で服を脱ぎ背中を向けた。神様が手をかざすと、光がトイレに満ちた。シャイニングトイレ。マジでこの演出邪魔すぎる。

 このエフェクトは消せないのか?

「消すには神の力の行使が必要だね」

 それはつまり神の力によって光っているという事か? 確か、ステイタスの発現、更新は神が地上で唯一使える力だった筈だ。光を消すという些細な調整すら禁止されているということは、その動作が共通のコードによって実行されており、固定されている事だ。さて、もしそうならば、二つのことが考えられる。先ず、そのコードがア――。

「終わったよ」

 思考を切り上げ、トイレットペーパーに書かれたステイタスを読む。予想通り、旧線の文字はすっかり消えていて、新しい魔法が発現していた。

 

【ロック・ダウン】

・凍結魔法

・詠唱連結

・詠唱式【瞬く間の永遠を】

・実行式【君に】

・【氷結】を使用可能

 

 なるほど、全く分からない。効果が全く分からない。【氷結】とは? 酒か? 飲酒するのか?

「氷結はキ〇ンが販売している美しいダイヤカット缶と爽やかでさっぱりした味わいが特徴的なチューハイだね」

 ひょっとして今日は解説役の気分なのか?

 神様は俺からステイタスの書かれたトイレットペーパーをもぎ取り、トイレに流した。

「……ここで使ってみないかい?」

 何言ってんだこいつ。これは明らかに攻撃魔法だ。また逮捕されるのは御免だ。

「じゃあ、今すぐダンジョンに行って試すのだよ。ほら、早く。そして出来るだけ正確なデータを持ち帰るんだ。直感的にそれは君のものだと分かった。つまり、魔術ではなく魔法だ。だが、まだ違和感がある。恐らく要素が混ざっているのだ。それを解明し、本質を掴むのだよ」

 とてもウザい。しかし、早く試したいのは事実である。俺は急に早口になった神様をおいて、ダンジョンに向かった。押収されていた鶴嘴は今俺の手元にある。直行だ。いつの間にかポケットに入っていたポーションを握り締め、目指すは一階層だ。

 人類皆そうだろう。ゲームで面白そうなアイテムを手に入れたら使いたくなる。ガラスの剣のファンネルとか、ホーミングする青い光とか。とにかく動いているところを想像するのが楽しい。そして、実際に動かして楽しい。それが魔法なら、期待はさらに膨れ上がる。

 見慣れた薄暗い石の通路を脳内のマップに従って進む。そこそこの広さの空間がその辺にあった気がする。どんな魔法かワクワクしながらゴブリンとコボルトの頭部を消し飛ばしながら歩いていると、いい感じの場所を見つけた。ここでいいか。

 俺は鶴嘴を構えた。左腕を素材に使ったこの鶴嘴には様々な属性が付与されている。例えば高級ナイフからコードを盗んだ不壊属性。そして、儀式用の短剣から盗んだ触媒としての性質。理論上、俺の左腕と同等の価値なのだから詰め込めるだけ詰め込んだのだ。

 目を閉じる。循環する魔力の奔流から一本の細い回路を引く。右手と鶴嘴の神経を接続し、触媒へアクセスした。

 準備は整った。いざ。

 

 瞬く間の永遠を。

 

 イメージは極寒。肌を刺し息を凍らせる気温と分厚いコートのポケットに入れたホッカイロだ。

 意識しなければ分からないくらいの魔力消費と共に凍結魔法は発動した。

 俺を中心に蒼いエフェクトを纏った風が逆巻く。冷たい虚空の狭間から白い龍のような歪みが渦を為す。蒼い風と白い歪みは次第に周回の半径を広げ、ゴブリンを巻き込み、とうとう暗い壁に吹き付けた。そして、それに比例して俺の魔力はものすごい勢いで削られていくのであった。待て待て待て待て。

 風が勢いを増す。歪みの龍が速度を上げる。魔力が削られていく。制御の効かなくなった魔法を前に、俺の思考は停止した。どうやったらこれは止まる? 意識に停止ボタンが見つからない。絞り殺される? 魔法の説明欄はどうだった? 【氷結】。そうじゃなくて。詠唱と実行。じゃあ、これは未だ準備段階だ。実行すれば止まるかもしてない。俺はポーションを取り出しつつ叫んだ。

 

 君に。

 

 無数のウィンドウが開く。全てのボックスに自動的にチェックが付けられ、同時に閉じた。

 風が止む。それと同時に魔力が全て消費されて視界がクリアになった。俺はその光景に息を呑んだ。文字通りのクリアだ。ゴブリンも、ダンジョンの外壁も、全てが透き通った氷となっていた。無機質で無感情の氷だ。俺は生命の息を感じさせない冷凍庫の一角を再現したのが自分だとまだ理解できていなかった。

 俺は魔力切れでぶっ倒れた。直前に咥えておいた試験管から魔力ポーションが喉に流れ落ちる。

■o■×■=■s■cce■

 今なんか通ったぞ。まあいいや。

 脳が状況に追いついたとき、俺は物凄くくだらないことを考えていた。

 この魔法クソつよ。もうこれだけでいいじゃん。これで階層主とかを氷に変換すれば瞬殺できるじゃん。ショウシャクヨモギは相手の命を明確に手中に収める必要があるけどロック・ダウンにはそれが無いので勝ちです。完全勝利です。あーダンジョンを最深部まで攻略した冒険者として後世長々と語り継がれるのが確定したわ。

 その時、バキッという大きな音が響き渡る。俺はゲームバランスの壊れた音かと思って発生源の方を見るが、丁度氷となった天井が自重に耐えきれずに剥がれ落ちたところだった。死んだかこれ。

 流石に死ぬ。LV2でも流石に死ぬ。慌てて起き上がろうとするが、身体が動かない。何で? 魔力はもう回復している。身体的には何の問題もない。精神異常か。正気度が削れる感覚は無かったからそれによる発狂ではない。きっとこの魔法の純粋なデメリットだ。

 迫りくる氷の天井に天秤が傾く。鎖の音と共に補正が掛かるが、どれも身体能力関連だ。つ、使えねぇ。

 仕方ないので、俺は最終手段を使うことにした。最悪だ。ようやくひと段落ついたのに、またこの魔術を使う羽目になるのか。

 暗赤色の結晶よ。

 エリナベラの所為で大分短くなってしまった左腕の半ばから血と正気が迸る。それは瞬時に地面に刺さって長い棘に凝固し、つっかえ棒のような形で上から落ちてくる氷を真っ二つに割った。大質量の氷塊はギリギリ俺を避けて床に落下し、すさまじい音と共に砕け散った。あっぶね。

 解けろ。

 血の棘はくしゃっと崩れて血溜まりになった。息を整えつつ、今の魔術で正気度の消費は少な目だったなと振り返る。というかほぼ無いに等しかったのではないか。何故かは分からないが非常に助かる。俺がギルドで拘束された時、何故か正気度が回復したのでまだ余裕があるが、これ以上の発狂は受け付けられない。

 俺は一先ず危機を乗り越えられたことにほっとした。真剣に命の危機を感じた。俺の脳内の最強キャラランキング上位に、エリナベラを押し退けて氷塊が君臨した。残当。

 未だ動かない身体にイライラしながら魔法の性質について考えていると、誰かが此方に駆けて来る音が聞こえた。本日二度目の最悪、死体漁りの連中だ。ダンジョンに稀に出現する無法者で、戦死者の身包みを剥いで換金するカスだ。現在身体が動かないので迎撃手段はショウシャクヨモギのみ。相手は足音からして三人。多分勝てるが、とてつもない消耗を強いられるだろう。いや、今はもう違うのか。先程使用した時に正気度の減少が抑えられていたのは永続効果かもしれない。まあ、何れにしろやるしかない。俺は脳内にクロスボウの設計書を三つ用意し、それぞれの配置を空中にイメージする。そして、足音に耳を澄ませて射程内に入るタイミングを見計らった。

 来たら唱えて撃つ。来たら唱えて撃つ。来たら唱えて――。

「そこの人、大丈夫ですか?」

 ベルかこれ。俺は設計図を破棄して彼の到着を待った。

「あれ、鶴嘴さんじゃないです、か」

 ベル・クラネルことランクアップrta走者は俺から5、6メートルの所で唐突に立ち止まった。

「あ、あの。その腕、腕が」

 腕が? 俺は半分以下の長さになった左前腕の事を思い出した。なるほど、これに対する反応か。

「あ、ああ、それ、それ」

 慌てふためくベル。続々と到着する彼の仲間たちも、俺を見て口を噤んだ。

 後で気が付いた事だが、ショウシャクヨモギで飛び散った血と無くなった左手の組み合わせは、丁度左手を失ったように見えるようだ。だが体の動かせない俺にそんなことが分かるはずもなく、混乱の最中、申し訳ないんだが担いで運んでくれないか? 何て宣ったのだった。

 

 俺はアナタ。紛らわしいから鶴嘴と呼んでくれてもいい。前衛だ。

 魔法のデメリットで歩くことすらできない俺は、サポーターの背中から自己紹介を開始した。恥は捨てた。

「知っていると思いますが、僕はベル・クラネルです。ナイフと魔法を使います」

 うん。久しぶり。ランクアップおめでとう。

「ありがとうございます」

 ベルに続いて、サポーターが口を開いた。

「リリルカ・アーデ。サポーターです」

 彼女は知っている。前にベルと会った時に一緒にいた小人族だ。俺の下にあるバックパックからして、あの時からサポーターだったのだろう。サポーターのほとんどは、冒険者を諦めた者によって構成されている。理由は様々だ。性格故モンスターと戦うことができない、挫折を味わった、戦闘に支障が出る箇所を損傷した。注目すべきなのは、その何れもが彼女に当て嵌まっていないという事だ。にも拘らず、彼女は俺の鶴嘴を持ち上げて歩くことが出来る。ステイタスが多少伸びていなければそれは不可能な筈だ。そして、もしそこまで育っているのであれば、サポーターでなく冒険者として活動できるはずだ。どうやって彼女はそこまでの筋力を手にしたのだろうか。スキルか?

 よろしく。

 俺は分析を中断してそう言った。

「よろしくお願いします」

 もう一人のク〇ウドみたいな大剣を背負った男が続いた。

「俺はヴェルフ。ベルの専属鍛冶師だ」

 そうか、よろしく。

 苗字を言わなかったな。何か事情があるのか、それとも苗字が無いのか。

 今日は何処まで行くつもりなんだ?

「十二階層までです。中層に行くには装備が足らないし、エイナさん――担当職員の許可が必要なので」

 あれ、そうなの? 今の紙装甲で普通に潜っていたし、許可なんて取った覚えが――。そうか、だから担当はあの時あんなに怒っていたのか。

 なるほどね。ついていっていいかな?

 発言の後、自分が何を言ったのか理解する。俺は何故そんなことを言ったのだ。否、本当は分かっている。疲れているんだ。エリナベラにLV3に尋問に、連戦だった。俺は癒しを求めている。仲間でわいわいダンジョン攻略? 素晴らしいじゃないか。こんな機会二度とない。だって性格上、俺から誘う事は無いのだから。

「はあ? 現状あなたは文字通りのお荷物なんですけど」

 リリルカに正論で殴られた。でもアレだ。もう少しで動ける気がする。

「……ベル様。やっぱり、この人置いて行きましょうよ」

「悪いがリリ助の言う通りだ。ベル。流石に人一人を担いでいく余裕はないぞ」

 おい聞こえてんぞ。

 俺はそう言ってリリルカの背中から転がり落ちた。よし、身体が動く。時間は五分から六分と言った所か。戦闘中に撃つのは致命的だな。使うなら確実に殺せるシチュエーションでだ。デバフが切れるのは、移動という行為への意識的アクセスのロックが解除された感じだ。

 ん。ああ、なるほど。だから「ロック」・ダウンなのか。名は体を表すとはこの事だ。

 俺は立ち上がって、鶴嘴を手にした。

 どうだ。完璧に回復したからお荷物ではなくなったぜ。

「……やはり置いて行った方が」

 コイツ、俺に対するヘイトが高すぎる。しかし、俺の有用性は彼らにとって確かではないというのはその通りだ。なので俺は戦闘力の提示の為、シルバーバックの単独討伐を提案した。提案は承諾された。

 そういう事で、シルバーバック戦である。

 ランクアップした俺の力を見せてやるよ。

 

 やっぱやめていいか?

「ここまで来て何を言ってるんですか」

 少し先にシルバーバックが三体見える。それは良いのだが、俺のコンディションが良くない。言い訳のように聞こえるが本当に良くない。何しろ、瀕死バフことスキル【万死一生】が仕事を放棄しているのである。天秤はそこそこ傾いているのに、補正が全く掛かっていない。分かり辛い箇所に掛かっているとかではなく、何処にも掛かっていないのだ。本当にただのサブリミナル警報スキルと成り果てた【万死一生】を前に、俺は段々と楽しくなってきた。楽しくなってきた? もしかして発狂入ってる? そうでもないぞ俺よ。誰だよ。

 とうとう人格分裂までし始めた俺を見て、リリルカはベルに囁いた。

「ベル様、この人フリーズしましたよ。前にも言ったじゃないですか、LV1の駆け出しがミノタウロスなんかに勝てるわけないんですよ。多分、ロキファミリアの誰かに倒してもらったんです」

 は? 殺せるが? ミノタウロスとか余裕だが?

 キレそう。嘗められている。とてつもなく嘗められている。しかし、ミノタウロスを自分が倒した証拠が無いのは事実では。コイツ、俺の癖に俺に不利なことを言い始めた。敵かもしれない。俺は意識を収束させてもう一人の俺を消し飛ばした。恐らく、スキルが停止しているのが原因だろう。今まで補正で抑え込んできた狂気が解放されたのだ。この状態での戦闘は最悪死ぬのではないか。でも、それくらいスリルがあった方が楽しいか。

 俺は鶴嘴を握り直し、シルバーバックに駆け出した。スキルがなんだ。そんなものに頼らずともこの程度殺せる。

 敢えて大きな足音を出し、三体の注意を引いた。三体共が此方を向く。それでいい。中央の一体へ接近し、攻撃を誘発する。予想通り右の拳を振り上げたので、他の二体に気を配りながらもルートを構築した。間もなく拳は振り下ろされ、俺は鶴嘴の頭でそれを受け流すと同時に前へ詰めた。ここまで接近すれば他のシルバーバックも迂闊に手を出せない。目標の振り下ろした腕が薙ぎ払いに移行する。その行動を読んでいた俺はそれに跳び乗り、真上に跳躍した。手を体側に引き寄せるベクトルと純粋な上向きのベクトルの合成により、俺は肩に着地する。そのまま鶴嘴を振って一体目を撃破。高度を稼げたので、右のシルバーバックに跳び移る。シルバーバックは叩き落す為に平手を振り下ろすが、その手に鶴嘴を突き刺して振り子の様に体を持ち上げることにより手の上へ移動。腕を伝って肩に乗り、頭を貫いた。最後の一体。こいつは正攻法で行こう。全力で駆けて距離を詰め、振られる拳のベクトルを鶴嘴で横に逸らす。もう一方の手は躱しつつ貫いて壊し、足元に直行。擦れ違い様に両のアキレス腱を穿つ。ついでに足首も破壊し、落ちて来た頭に鶴嘴を振り下ろして脳漿をぶちまけた。はい勝ち。

「つ、強い」

 ありがとう。直球で褒められたことはあんまりなかったから少しうれしい。

 で、俺はついて行ってもいいのかな。

「勿論です! リリもヴェルフもいいよね?」

「まあ、ここまで出来るなら……」

「ちゃんと実力があるなら文句はない」

 やったー。

 「」がなかまにくわわった!

 

 楽しかった。エリナベラと潜るのも楽しいが、それとは別方向の楽しさだ。基本的に俺が突っ込んで分断し、ベルとヴェルフが追撃をするという戦法を用いたが、一人より早く簡単に殲滅が可能なので気持ちがいい。更に魔石を拾う時間を短縮できるのでソロとは格段に効率が違った。

 そんな感じの一日を振り返りつつ、俺たちはダンジョンを出た。俺は歩きつつ小さくため息を吐き、鶴嘴に布を巻きつける。脊髄の様な禍々しい鶴嘴は思っていたより人の目を引くのだ。ギルドへ歩を移し談笑に勤しむ彼らを横目にそんなことをしていると、不意に誰とも知れぬ視線を浴びた。後ろで、上。上ってどういうことだ。視線の方向に振り返るがそこには白々とした巨塔が聳え立つのみである。何処だ。場所より理由を探した方が特定は早いか。それに上を見るのはリスクがでかい。悪意も混じった視線だった。恨みを買った覚えは、ある。そう言えばカマソッソファミリアを皆殺しにしたのだった。だとすると、闇派閥関係という事になる。殺すか。

「鶴嘴さん?」

 ベルの言葉で意識を戻す。どうした?

「いえ、今後の予定を決めておこうと思って」

 ああ、スケジュール管理か。明後日が空いてる。そこから四日に一度参加できる感じだ。

「ありがとうございます」

 さて、どうしようか。 今の俺の脳には殺す以外の選択肢が浮ばない。しかし、忘れてはいけない。今日はスキルの調子が悪いのだ。深入りは禁物。

 俺は周囲を警戒しつつ、いつの間にか到着していたギルドに入って行った。すると、扉を閉じると同時に視線が消えた。途切れたらしい。相手が分からない以上対策もクソもないので覚悟の準備だけしておこう。そんな風に俺が見えない相手に無駄な戦いをしていると、ベルが気を利かせて換金に行ってくれた。年下(暫定)にそんなことさせて情けなくないのか? 情けないですね。そして自問自答している認識が検知できなかったのでこれは消滅させたはずの第二人格ですね。俺の自我が強すぎる。

 間もなくベルが帰ってきて、いつもの1.5倍稼げたらしいことを告げた。へー凄い。そのまま自然と分配の話になったので、ここで年長者の意地を見せつける。俺は口火を切った。

 二割でいい。

 もしかして黄金の鉄の塊に身を包んでたりする?

 二割。つまり大体1100ヴァリスである。結局金かよ、年長者の底が知れる。ちょっと黙っててくれないか?

 今日は楽しかった。結構好き勝手させてもらったから迷惑料もある。じゃあ、また明後日。

「え、あ、ちょっと待っ――」

 彼の言葉は最早耳に入らない。仕方ない。年下とのコミュニケーションが分からないのだ。 やーいコミュ障。お前やっぱ敵なんじゃないか? 取り分を片手に早足でギルドを出る。件の視線は無い。そちらの方が困るのだが。俺は一抹どころじゃない不安を抱えながらも帰路についた。

 てくてくと堂々と大通りを歩く。夕暮れの最中、俺の頭では二つの人格の間で情報が整理されていた。片や今日の魔法、探索、戦闘の高揚感の脳内再現、片や魔法のデメリット、視線、コミュニケーション能力の欠如についての考察と対策。暫くその作業が続き、それが終われば整理し濃縮した情報を交換し合った。俺はもう一人のデータを開いて閲覧を開始した。なるほど。魔法のそれはデメリットではなくコストか。ならば、また代償系の能力が増えたことになる。それ乃ち管理するパラメータの増加であり、負担の増加である。そろそろデメリット無しで使える強力な何かが欲しい。視線については、フレイヤファミリアの誰かかヘファイストスファミリアのマーケットに居る誰かという事らしい。そのくらいは俺でも分かる。で、視線の主かは分からないが、俺は今誰かに付けられているらしい。

 天秤。鎖の音。死亡確率に基づいて補正が掛かった。七割。対象は知覚。街中で七割は異常だ。殺す気だな。

 背骨が開く様な感覚と共に空間の把捉範囲が急激に拡大する。それによって五感以外の感覚から収集したものが統合されて、屋根の上に居る人間の存在を弾き出した。これか。もし闇派閥なら犯罪者だ。犯罪者なら殺していい。殺しても許される。俺は大通りからダイダロス通りに入る。何時もとは違う道だ。ここで殺す。殺すしかない。俺は知らない細い裏道を奥へ奥へと進んで行った。

 もう簡単には戻れない。そんな場所まで進んだ時、一本の鉄矢が目の前の壁に突き刺さった。振り返ると同時に鶴嘴を振り上げる。何かに当たった感覚が腕に伝わった。それを把握する前に、次々と矢が飛来する。鎖の音が第六感を引き出し、俺はそれに従って飛来物を全て弾いた。一瞬静寂が路地を包み、一人が屋根から降りた。そいつはゆっくりとこちらに歩み寄り、口を開いた。

「これ以上、ベル・クラネルに関わるな」

 何言ってんだこいつ。もしや、闇派閥じゃないのか。しかし、癪に障るので普通に拒否した。

「では死ね」

 天秤が傾く。確率は、九割。これは駄目だ。

 黒い影が滑るように近付き、袖の暗器を振る。ギリギリそれを視認出来た俺は咄嗟に受け流そうとするが、想像以上に重い攻撃に鶴嘴を手から弾かれる。拙いマズイマズイマズイ。バックステップで取りに行こうとするが、咎めるように矢の雨が降った。呼応するように思考能力が強化され、一瞬世界がスローモーションになる。大丈夫だ。幸運にも狙いが正確だったので、隙間は十分にある。一足で壁際に移動して攻撃を回避し、その壁を蹴ることで加速しエイムをずらしつつ鶴嘴に接近した。もう少し、届いた。鶴嘴を引き寄せて握り、構える。相手は予測不能の加速を繰り出す暗殺系と弓に長ける五人だ。キツイ。だが、勝ち目は何処かにあるはず。矢を弾き、投げナイフを叩き落す。しかし、その隙を暗器使いは見逃さず、異次元のステップによって距離を詰められる。俺は鶴嘴で凌いで間一髪凶刃を逃れた。視界から黒い影が消える。また来る。タイミングを掴めない。見えないので攻撃先を先読みして身体を捻ると、曲がった金属が思考と皮膚を切り裂いた。ヤバいな、傷が深い。

 暗赤色の結晶よ。

 瞬時に血が患部を覆い臓物が溢れるのを防ぐ。一瞬の後援護射撃が降り注いだ。それを回避しつつ鶴嘴を振って牽制する。だが、黒い影はそれをぬるりと避けて至近距離まで迫った。俺は全力で鶴嘴を引き戻して柄で防ぐ。防戦一方だ。攻める隙が無い。弓部隊の呼吸は読めた。でも、この暗器使いは無理だ。天秤を盗み見ると、今まで見たことが無いくらい傾いていた。やばい死ぬって。俺は思い切り後ろに下がり、語りかけた。

 おい、お前ら。多分俺なら、本気で行けば何人か持っていける。それこそ死ぬ気で行けば全員道連れに出来るかもしれないぜ。

 攻撃が止まった。やはり、思った通りだ。こいつらには常識がある。ベルが目的であることを考えれば、狂っていないが一線を越えているタイプのファンクラブか。

 俺は、冒険者だ。いいか、冒険者だ。

 繰り返しの言葉で強調し思考力を奪う。その隙に小声で詠唱する。暗赤色の――。

 イメージは明確に。目的を明白に。

 全員殺せるならよぉ、冒険者ならどうするか分かるよなぁ。

 言葉を溜める。予想させる。だが結論に至らせる前に。ルートを正確に。鶴嘴の構え方を変える。ブラフだ。

 冒険者は、冒険を、しなーーーーーい!

 結晶よ。かすり傷から垂れた血が爆発して煙幕となる。一瞬呆けた相手の空白をものにし、すぐさま駆け出した。

「逃げたぞ。捕まえろ!」

 殺せじゃないんだな。暗赤色の結晶よ。

 詠唱によって生命が蠢く。完成した自走する足腰を腕から切り離し、遠くに放す。曲がり角が多い地区だ。石畳に近い色にしたし、しばらく時間を稼いでくれるだろう。それと共に隠密の技能を用いて足音と気配を消し、直ぐそこの空き家に潜伏した。鎖の音と共に補正が変動する。更に気配が希薄になる。これで見つからない。走行音がここまで聞こえる。奴らが走って来ている。ここでもう一工夫だ。

 瞬く間の永遠を。

 蒼い風が逆巻く。ずっと考えていてさっき整理がついた。この魔法は周囲を無差別に氷へ変換する魔法ではない。氷へ変化する条件は風が触れる事と俺が選ぶことだ。そして、空間把握に長ける今なら出来る筈だ。風は俺の手を伝って窓から外へ流れ出した。魔力消費は殆ど無い。想定通りだ。外へ飛び出した風は天然の空気に混ざってさらに遠くへ拡散する。魔力が削られ始めた。だがその速度はダンジョン内より格段に緩やかだ。そして、風はあいつらに触れた。俺の予想が正しいなら、はは、やっぱりだ。魔力消費は途中でゼロになった。それが意味するところは一つ。

 君に。

 目の前に無数のウィンドウが開いた。俺はその内の五つのチェックボックスをクリックした。

 exec.僅かな魔力が抜け出してそれを変質させる。直ぐに何かが落ちる音が聞こえた。やったぜ。大成功だ。

■o■×5■>s■cc■■

 俺は奴らのブーツを対象に取って氷に変えた。氷の靴なんて、冒険者の力で地面を蹴ったら砕けるに決まってる。砕けなくても、滑ってバランスなんて取れないだろう。ただでさえ屋根は不安定な足場なのだから、落ちるのは道理だ。

 さて、もういいかな。空き家を出て我が家へ急ごうとするが、やはり足は動かない。だが、今回は上半身が動く。俺は硬直が解けるのを待って、二十秒後くらいに走って帰った。

 

 

「どうやら、逃げられたらしい。足音の正体はこの足だ。すっかり騙された。まさか、生物を作ることが出来るとは、殺害許可が下りているのも納得だ」

「やっぱりタダモノではないですね。物質を氷へ変える魔法まで使えるようです。生物には効果が無いようですが、発動の瞬間が全く分かりませんでした。それに靴だけを氷に変える精度も異常です。僕たちの射撃も見切られていましたし、あれが本当にLV2何ですか?」

「ああ、今日申告を出したらしい。ベル・クラネルに次ぐあまりに早いランクアップだ」

「……それで、どうしますか? このまま帰ってしまったら叱責は免れないですよ?」

「仕方がないだろう。もう足取りは追えない。負けだ。俺たちあいつをは舐め過ぎていたんだ。もうこの話は良いだろう。さっさと撤退するぞ。幸い情報は多少集まった。それで凌ごう」

「腰を痛めたんですが」

「情報料だと思え。早くしないと置いて行くぞ」

「今行きます」

「……それで、大通りに続くのはどの道だ?」

「確か、いえ、忘れました」

「誰か覚えていないのか?」

「ダンジョンではなかったのでマッピングをする必要は無いと」

「意識していませんでした」

「オラリオの外から来たので土地勘は」

「戦闘に夢中でした」

「はあ、これは大分かかるぞ。先ずはあの道から行こう」

「あの、待ってください。おかしいです」

「何がだ? 早く行くぞ」

「僕たちにとって無意識に帰路を憶えるのは必須技能です。なのに、誰も道を憶えていない」

「この場所も、さっきまで夕陽が見えていたのに今はもう空は暗くなって街灯がついています。いくら何でも時間経過が早過ぎます」

「それに、冒険者の帰宅時刻であるのに今まで人を一人も見ていないのはあり得ません。ここは住宅街なのに」

「……」

「だから、道を進むのは止めた方が良いと思います。そうです。屋根に上るとかいいんじゃないですか?」

「……」

「あの」

「……」

「隊長? 皆?」

「……」

「でも、だって」

「……」

「違う違う違う。ダメだって」

「……」

「何で」




 真空の意味は空気の全くない状態ではない。通常の大気圧より少しでも低くければ真空と呼称出来、故に低真空、中真空、高真空、超高真空などの区分が存在する。尚、完全に空気がない状態は絶対真空であるが、これは実現不可能と言われている。

 感想、評価の方もよろしくお願いします。モチベが上がります。

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