ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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 あけおめ。この投稿ペースは二次創作最も完璧です。


第二十三話

 鶴嘴をパチンと背中のホルダーに納める。ナイフ、サンドウィッチ、魔力ポーション、武器の代金。持ち物はこれだけ。目標は最強鶴嘴の回収。出来たらベル達の安否の確認。じゃ、行ってくる。

「行ってらっしゃい」

 俺達は玄関の扉を開けて細い路地に出た。午前二時。エリナベラ曰く、星が出ている。俺がうっかり滑り落ちないように鶴嘴の位置を調整していると、目の前でエリナベラが消えた。一瞬で壁を蹴って屋根の上へ上がったのだ。俺もそれに続こうとして、神様の声に動きを止めた。

「そういえば、最近――。否、君達には必要のない話だ」

 そこで切るなよ。気になるじゃないか。

「ただの杞憂だよ。君たちは交通事故に遭っても死なないだろう? それと同じ様な事さ」

「だってさ。早く行こうよ」

 俺は空を視界に入れないようにエリナベラを見た。分かってるって。俺は再び神様に目を戻したが、そこに彼女はいなかった。まあ、気にする必要は無いか。俺は壁を蹴って屋根の上へ向かった。瓦に着地し、エリナベラと目配せをする。俺達は屋根から屋根へ次々に飛び移ってダンジョンに向かった。

 

 神はリビングの扉を開けた。いつの間にか消えていた魔力灯。月明りを遮断するカーテン。ロウソクの曇った光が卓上に広げる無数の料紙を照らしていた。神はテーブルに歩み寄って、紙の内一つを手に取った。

「君にとって、これが交通事故程度の脅威であればいいのだが」

 紙は三日前から見ていないレストランの店長の捜索ポスターだった。

 

 俺とエリナベラは広場で解散した。俺は鍛冶場に寄ってエリナベラ(義妹)から発注した武器を受け取る必要があるので、その間エリナベラには先行して鶴嘴を探してもらう。そういう作戦だった。

 蒼白の塔、ヘファイストスの管轄域に向かった。何時もとは全く違う、真っ暗で人気のない武器市を抜け、エレベーターのボタンを押す。籠は最上階からゆっくりと降りて来た。待っている時間がもどかしい。俺は籠が到着するや否や乗り込んで、エリナベラ(義妹)の鍛冶場がある階のボタンを押下した。間もなく格子が降り、上昇を開始した。目当てのフロアに着くまでランプの光が右へと移っていくのを眺めて時間を潰す。扉が開いたら、廊下を駆け抜けて義妹の方の鍛冶エリアに飛び込んだ。

 薄暗い室内。炉の火は消え、空気は冷めている。義妹は毛布も掛けずに椅子の上で寝ていた。起こさないようにしよう。発注した武器は二つ。何に使うかも分からない器具の散乱する作業テーブルを物色すると、金属屑に埋もれて例の物が置いてあった。取り上げて状態をチェックする。鍛造というか改造に近い要望だったが、きちんと仕上げてくれたらしい。俺はそれらをリュックサックに仕舞い、代金を置いた。ふと視線を感じて振り返る。金色の瞳がこちらを見つめていた。

「少し遅いですわね」

 ごめんて。

「構いませんわ。私としても、あの作品が失われるのは避けたい。早く探しに行きなさいな」

 助かる。

 少し時間を使い過ぎたので、最短経路で地上まで下りる。俺は窓を開けてそこから高度を確認した。いけるな。

 暗赤色の結晶よ。

 ロープとアンカーを生成してアンカーを窓枠に、ロープを窓の外に投げる。しっかりと固定されたことを確認し、俺は窓の外へ飛び降りた。時々ロープを握って調整しつつ、出せる最高速度で外壁に沿って落ちて行く。最後に速度を緩めて着地。それと同時にショウシャクヨモギを解除した。僅か十秒で地上に戻ってきた俺は、そのままダンジョンへ向かった。ぎょっとした顔でこちらを見るゲートキーパーの横を颯爽と走り抜け、ポケットの中を探る。指先がごわごわとした布をかき分けて、エリナベラが寄越したポーションの瓶に触れた。

「これあげる。使うと足が速くなるよ。多分」

 彼女はそんなことを言っていた。だが、そんなポーションは存在しない。差し出された瓶の中の液体は青く、何かが沈殿していた。怖すぎる。

 まだ使う時ではないと俺は判断して、ポケットから手を抜いた。まあ、使わなくても追いつけるだろ。

 道には魔石がポロポロ落ちている。エリナベラが通った跡だ。分かりやすくて助かる。脳内マップで魔石の落ちていた地点を繋げると、階層の最短ルートと重なった。他に何か印はないかと周囲を観察すると、魔石の近くの壁が少し削れていることに気付く。新たにモンスターが湧かないようにという彼女の配慮だ。

 なるほど。前言撤回だ。俺は怪しいポーションを飲み干した。ここまでお膳立てされて、追いつかないというのは失礼だろう。俺は走りながら、ポーションの効果が出るのを待った。

 数分後、なんだか気分が悪くなってきた。嫌な予感がして、俺は咄嗟に天秤を確認する。うわ、だんだん傾いてる。てことはこれ毒じゃん。あいつやりやがったな。鎖の音と共に補正が変動する。対象は敏捷。確かに足は速くなった。しかし、それでも追いつける気がしない。エリナベラはモンスターを倒すのに一回、壁を削るのに一回。少なくとも二回は刀を振っている。その分スピードが落ちている筈なのに、全く背中が見えてこない。速過ぎだろ。

 十分後、体調は悪化していた。呼吸に違和感を覚える。唇と腫れている。末端神経に痺れを感じる。神経毒に近い症状だ。これ死ぬやつなんじゃないか? 俺は天秤をチラ見した。傾きから見るに、死亡確率は七割。七割は死ぬやつじゃん。鎖の音と共に補正が変動する。敏捷がさらに上昇し、走行スピードが向上した。自然と息は切れない。

 三十分後、とうとう四肢の運動に支障が出始める。軽い麻痺みたいな感じだ。時々転びそうになって、その度体重移動で何とか姿勢を戻している。割と危険な状況だが、彼女はもう近いと思われる。たった今十三階層に入った。流石にこの階層に居る筈だ。俺は昨日落ちた場所に直行した。

 エリザベラは昨日俺が落ちた穴を覗き込んでいた。突き落としてやろかと思ったが、それは可哀想なので止めた。代わりに後ろから話しかけて驚かせようとするが、その前に気付かれた。

「遅かったね」

 キレそう。それより解毒薬くれよ。

 ノールックで放られた試験管をキャッチし、その中身を眺める。絵具でも溶かしたかのような青だった。飲みたくない。だが、俺は目を瞑って中身を飲み干した。明らかに飲用でない感触の液体が熱を発しながら喉を降りていく。怖くなってきた。

「心配せずとも、それはちゃんと効く解毒剤だよ」

 効かない解毒剤もあるのか……。

「それは言葉の綾ってやつだよ」

 彼女は腕まくりをして腰の刀の位置を調整した。

「例の物は?」

 俺は武器の片方、混合剣を投げ渡した。柄から刃の中程までは青銅、そこから先端までは鉄で構成されている、ただそれだけの剣だ。しかし、エリナベラにとってはただの剣以上の価値がある。

 エリナベラはそれを軽く握り、振り下ろした。壁に二つ傷が入る。彼女は口笛を吹いた。

「神様って天才なんじゃないか?」

 俺もそう思っていたところだ。エリナベラの話では、一つの剣からは一つの判定しか出ない。だが、神様は判定の生成理論に注目した。そして、はっきりと攻撃の質が分かれている場合、判定もまた分離すると考えたのだ。実際それは正解だったらしい。

 という事は、こっちも使えるな。俺はエリナベラにもう一つの武器を投げ渡した。

 で、これからどうする?

「君のショウシャクヨモギで降りられない?」

 行ける。

「じゃあそれで決まりだね」

 暗赤色の結晶よ。

 左腕から噴き出した血が円錐に固まり、そこから伸びた血管が空中で編まれてロープになる。長さは、20mもあれば大丈夫だろう。俺はアンカー部分を鶴嘴で地面に打ち込み、引っ張ってきちんと固定されたか確かめた。ロープを穴に投げ込んで早速下りようとすると、エリナベラに止められた。

「良いニュースだ。今ロープが地面に着いたけど、残った長さから推測して穴は十五階層まで続いている。最悪のケースである十六階層までじゃない」

 五十歩百歩だと思うんだが。

「いや、そうでもない。君の予想だと、落ちそうになったのはベル・クラネルのシナリオに巻き込まれたからでしょ? 昨日の時点まで君を殺そうとしなかったことを考えると、別に君を関わらせたくなかった訳ではないのだと思う。つまり、落ちた先での合流が可能だったのではないかという考えだ」

 俺が落ちる筈だった階層とベル達が落ちた階層が同じって事か?

「予想だけどね。少なくとも、この高さなら落ちて即死はしないよ。精々骨を折る程度だね。十六階層だとミノタウロスが多いから少し危険だけど」 

 なるほど。じゃあついでに痕跡を探すか。俺はロープを掴んで穴に飛び込んだ。風がフードの中で暴れて前髪が視界をチラつくが、そんなものは気にせず落ちて行く。そして、本日二度目の着地。バベルよりは低かったなと上を見ると、エリナベラが落ちて来ていた。はあ?

「キャッチして」

 天秤がお前の死亡確率は八割だと告げる。エリナベラ、お前毒よりヤバいってさ。俺は腰を落とし、補正を全て使って彼女を抱き留めた。凄まじい衝撃が腕と腰に走る。痛い。彼女が無事なのを確認し、俺は床にそれを落とした。

 なんで落ちて来たんですか?

「そっちの方が早いから」

 彼女は腕を摩る俺を見て鼻で笑った。

「腕じゃなくて腰を使えばもっと負担が減らせたのに」

 置いて帰ろうかなと本気で思ったが、ウィロウ・ポーションで回復してくれたので許した。

 俺は辺りを見渡して、例の鶴嘴がないことに気付いた。盗られたか。エリナベラと共に簒奪者の痕跡を探るが、自浄作用を持つダンジョンに残る痕跡などあるはずもなく、分からず仕舞いだった。しかし、何処か他の場所とは違うような気がする。エリナベラの意見を伺おうと彼女の方を向くと、刀を構えていた。

「手掛かりがない」

 その通りだ。それで、何で戦闘態勢なの?

 エリナベラは黙った。しかし、天秤は雄弁である。徐々に死亡確率が上がっていくのを見て、俺は絶望した。ああ、そういうことね。彼女が刀を振るうと同時に、俺の右手が切り飛ばされた。俺はそれが地面に落ちる前に、左手でそれを捕らえた。鎖の音と共に補正が変動する。だが、俺は鎖を掴んでその補正を感覚器官に流した。瞼の砂嵐が揺れて、何かが転がった。

 俺は鼻を鳴らした。臭い。

「今度は首かな」

 別にお前に言った訳じゃないから。これは多分、臭い袋とかその類だな。

「ああ、偶に見かけるけど、本当に使う人いたんだ。……言われて見れば微かに臭うね」

 窮したならば選択肢の一つになると思うけどね。取り敢えず、臭いを辿ろうか。

「その前に、時は凪ぎ、その傷痍は反転する

 彼女の背中から帯の束が翼めいて生える。一本が俺の右腕に伸びて、再生が始まった。よし、行こうか。

 犬みたいだというエリナベラの妄言を聞き流して臭いに沿って進むが、歩き出して直ぐに、袋が起動された場所は鶴嘴の近くではないと気付く。ここは通過点である。と、いうことは。俺は十四階層に続く方の臭いを追跡した。予想通り臭いは十四階層への経路まで届いておらず、途切れていた。その周囲には上に繋がる穴があった。一方、十六階層に繋がる方を辿ると、臭いは経路の中まで続いていることが分かった。

 もう何となく分かったんだけど。

「ほんとお?」

 もしこの悪臭が本当に臭い袋の物なら、幾つか考えられることがある。

 臭い袋を使うのは切迫した状況だ。そして、鶴嘴の落ちていた場所――十六階層への経路付近まで辿り着ける人間がそういった状況に置かれるとは思えない。つまり、鶴嘴を盗んだやつらはここに来た経験がないか、そこまで強くない。だが、実力の無い人間が鶴嘴を持っていくというのは中々おかしい。何せ、あの鶴嘴は信じられないくらい重い。人一人分かそれ以上の重さだ。だから持ち上げた時点で、普通ならば持って行こうという気は失せる。そんなダンベルに使えそうな鶴嘴が持ち去られているという事は――。

「臭い袋の連中と鶴嘴泥棒は別ってこと?」

 それがそうでもないんだ。今は深夜だ。この時間帯に活動する冒険者は数える程だし、そいつらはもっと下の階層に居る。

「アリバイがあるってことか。じゃあ、持ち去ったのは臭い袋を使った奴らなの?」

 多分そうだ。で、臭いは十四階層ではなく十六階層に向かっている。普通は逆だろう。だが、上層に上がれない事情があったとすれば話は変わってくる。例えば、上がればモンスターパレードに遭ってしまうとか。それを知っているのは俺とベル達、あとタケミカヅチの連中だけだ。臭いが途切れていたところの近くには十三階層まで続く穴もある。落下の衝撃で足を挫いている可能性だってあるし、間違っていないと思う。

「でも、ベル・クラネル一行も鶴嘴を持って行けるほどの余裕はないと思うんだけど」

 それがあるんだよ。リリルカ・アーデって小人族を知ってるか? あいつは恐らく持ち運ぶという行為に補正が働くスキルか魔法を持っている。 自分の身体より大きいバックパックをいつも背負っているし、前に俺の鶴嘴を持っているのを見た。

「なるほどね。でも、何で鶴嘴を持って行ったの? いらなくない?」

 多分、形見的な扱いになってる。

「死んだと思われているのか……」

 エリナベラはくすくすと笑って十六階層に歩を進めた。

「死人が歩いているのを見た時、どんな反応をするか楽しみだね」

 

 俺は背中から鶴嘴を抜いた。ミノタウロスの剛拳をその頭で受け流しつつ、拳の勢いを殺さぬよう半回転して薙ぐ。先端は胸部に突き刺さり、ミノタウロスは塵となった。透かさず右から蹴りが飛んで来るので、そのまま前に進んで躱す。ミノタウロスの塵が髪の間を抜けた。間髪入れず振り下ろされる両手に鶴嘴を引っ掛け、自分を引き寄せることで懐に入り頭部に鶴嘴を叩き込んだ。次の瞬間、宙に浮いた俺に別の個体が正拳突きを仕掛ける。瞬時にたった今殺したミノタウロスの頭を蹴って避け、その伸ばしきられた腕に取りつき、一気に距離を詰めてナイフで首を搔き切った。今度こそ着地。後ろから迫る拳を受け流し、鶴嘴を振り上げる事で前のめりになったその脳を串刺しにした。これでおしまい。

 エリナベラの方を見てみると、まだ苦戦してるらしい。どれくらい掛かる?

「後三秒かな」

 その声が聞こえて三秒後。火薬が弾けるような音が五回響き、階層は静かになった。

「結構難しいけど、今日中にはものに出来そうだよ」

 エリナベラは獲物を振り回して言った。

 おかしい。今までの武器とは使い勝手が全く違うというのに、渡して一時間で普通に使えるようになるのはどう考えてもおかしい。

「これも器用値のなせる業だね。戦闘時の状況分析の速度上昇、両利き、どんな武器でも使えるようになる。この三種の神器が強過ぎてステイタスを上げるなら器用一択だといっても過言ではないよね」

 まーた始まったよ。俺はいきなり饒舌になったエリナベラを放置して脳内マップを開いた。そろそろ十六階層も中盤だが、まだベル達は見つかっていない。という事は、十八階層に向かったことが考えられる。しかし、俺はそこまで行ったことがない。経験があるのはエリナベラだ。不安だ。

「ここから先のモンスター、私に任せてくれない?」

 いつの間にか背後にいたエリナベラは、新しい武器をクルクルと回した。別にいいけどと俺が言うと、彼女は待ってましたと言わんばかりに横道に入って行った。俺はその背中に制止の声を挙げた。

 ちょっと待て。ベル達がこの階層に下りたならば、十中八九その目的地は十八階層のセーフエリアだ。そっちは遠回りだぞ。

「知ってるよ。だからこっちに行く必要があるんだ」

 彼女はこちらに振り返る。そして、やれやれとでも言わんばかりに首を左右に振った。何だコイツ。

「十七階層の階層主であるゴライアスのスポーン周期は、大体二週間。そして、ロキファミリアが遠征に向かったのも大体二週間前」

 あ、ふーん。じゃあもうスタンバってる可能性がある訳だ。

「そう。だから、ベル一行はそこで足止めを食らっているかもしれない。ゴライアスを抜けるなら、私の新武器は大いに役に立つよ思うよ」

 ならば、エリナベラの武器の練度上昇を阻む理由はない。行こうか。

「ああ、君が手出しする隙すら与えないようにするよ」

 彼女は俺にウインクした。は、それは見物だな。

 

 本当に手出しする隙が無かった。草。

 目の前で次々とモンスターの首が弾けていく。元々そういう自爆装置が付いていたみたいだ。エリナベラを盗み見ると、彼女の腕が見たことない挙動をしている。走りながらあの武器を振るうのに最適な動きなのだろう。キメェ。すっかりハイになっている彼女を横目に、俺は水分補給をした。ポカリが美味い。

「攻撃範囲が狭い。判定の形が特殊。スキルの抵抗に意識を割かれる。そもそも武器が扱い辛い。これほどスキルに特化して戦う立ち回りは初めてだよ」

 楽しそうで何よりだよ。

 この武器は神様ではなく俺が提案したものだ。遠距離運用を考えた時、俺が真っ先に思い浮かべた物。対複数は弱い筈なんだが――。

 またモンスターの頭部が弾ける。俺はミノタウロスの血を避けた。キャラ被りは御免だ。

「そろそろいいかな」

 整ったらしい。じゃあ、十七階層に行くか。エリナベラが頷くのを確認して、俺は本来のルートへ戻った。魔石は無視する。ゴライアスと戦うなら置いて行くが吉だ。

「いや別に戦わずとも抜けられるんだけどね」

 思考盗聴されてる。ともかく持って行くと邪魔になるから持って行かない。その後、十七階層に続くルートに戻ったのだが、やはり俺の出番はなかった。モンスターはエリナベラが瞬殺するし、道もエリナベラの方が理解度が高い。俺要らないじゃん。

 そんなこんなで十七階層。ここは初めてである。歩いている感じ、上の階層とさほど変わらない。だが、やけに静かだ。俺達はセーフエリアを目指し、最短距離で向かった。道中、行く手を阻むタイガーファングの爪をすり抜け、頭蓋骨を穿つ。足元からワームが大口を開けて飛び出すが、俺がバックステップで退いた瞬間エリナベラによって輪切りにされた。突進してくるミノタウロスの目にナイフを投げて遅延し、こちらに殴り掛かるもう一匹の懐に素早く潜り込んでその牛面にナイフを突き立てる。浅かったので鶴嘴で打ち込む。衝撃に耐え切れずナイフが割れたが、奴は殺せた。柄を投げ捨て、突進をキャンセルされた方に接近して右フックをスライディングで躱す。股を抜けるついでに足払いをし、その巨体が地面に倒れ込む前に後頭部に得物を叩き込んだ。先端は頭蓋を貫通した。

 息を吐いて、足元に散らばる魔石を見つめる。今殺した分に前からあった物を合わせて二十弱。ベル達はここを通っている。俺は背後の斬撃を弾いた。振り返ると、エリナベラが何でもないような顔をして刀を鞘に納めていた。待てコラ。

 何で意味もなく切りつけて来るの? 武器がどんどんダメになって行くんだけど。

 俺はそう言って、たった今頭が切り落とされた鶴嘴を見せた。無残である。

「聞くに、君は賞金首らしいじゃないか」

 あーもういいです分かりました。やっぱ姉妹なんすね。

「何の事?」

 気にしなくていい。後、そろそろ合流だと思うから流石にやめてくれよ。

「了解」

 落ちている魔石を辿る。やはりベル達は十八階層への入り口、嘆きの大壁へと向かっていると考えられる。少し急ごう。切られた鶴嘴を捨て、無手になる事で死亡確率を上げ補正を高める。鎖を握って敏捷に誘導し、走って目的地に向かう。死んでなきゃいいけど。

 

 俺達はようやく嘆きの大壁に到着した。嘆きの大壁とは真っ白で板のように平らな、周囲の景観とかけ離れている何処か人工的な壁であり、ゴライアスの固定スポーン地点である。ゴライアスの巨体からして、それを排出する壁も相応に巨大だ。尚、ユダヤ教には一切関係ないし、現在戦争中の某国にも関係ない。ないったらない。

 嘆きの大壁はその付近を含めてボス戦が始まりそうなフィールドとなっている。そして、壁手前の通路からその内部を窺えるようになっているのだが――。

「アレかい?」

 せやな。

 ベル達は通路から顔だけ出して、嘆きの大壁を観察していた。やはり生きていたか。しかし、想定外にボロボロだ。特にベルの損傷が酷い。率先して戦闘を引き受けたからだろう。俺はそっと近付いて声をかけた。

「誰!?」

 誰は酷くないか。俺がそういうと、ベルは呆けた顔を晒した。そこまでじゃないだろうに。

「十五階層でツルハシさんの鶴嘴と千切れた右腕を見つけて、てっきり亡くなったんじゃないかって」

 普段ならちょっとモンスターが多い程度で死ぬ訳ないんだけどね。ミスった。

「いやいやいや、モンスターパレードを一人で相手してたんだろ? それを知った上であれを見たら、誰だってそう思うだろ」

 ヴェルフはため息交じりにそう言った。スキルに触れられそうだったので、俺は慌てて話題を逸らした。

 あ、そうだよ。鶴嘴。俺の鶴嘴って誰か持ってる?

 俺が尋ねるとリリルカがリュックサックを開き、一本の脊髄のような鶴嘴を取り出した。

「これですよね」

 それです。俺はその至高の一振りを受け取った。最高だ。今なら何をされても許せるぜ。

 ところで、よく持って行く気になったなこんな重い物。

「最初は置いて行こうと思ったんですが、ベル様が『遺品みたいなものだから』と……。そんなこと言われたら持って行くしかないじゃないですか」

 ああ、やはりそういう扱い。なんにせよ助かった。本当にありがとう。

「礼ならベル様に」

 俺はベルに感謝を述べた。

 さて、十八階層に向かうんだろう?

 ベル達が首肯するのを見て、俺は欠伸をしているエリナベラに声を掛けた。 

「あ、話し終わった? どうも、エリナベラ・ソルベルです。ツルハシの親友です」

 俺は即座に否定し、俺の師匠であると告げた。また、回復魔法の使い手であるとも。

「その通り。で、私は三人の傷を治せばいいのかな」

 頼む。

「もう魔力尽きそうなんだけど。時は凪ぎ、その傷痍は反転する

 渋い顔をする彼女の背中から帯が生えて、三人の傷の再生が始まる。俺はそれを確認して、作戦会議を始めた。先ずは状況の整理だから。ゴライアスってもうスポーンしてる?

「残念ながら、既に待機中です。抜けられる自信が無かったのでここでチャンスを伺っていました」

 意外にも、答えたのはリリルカだった。後方支援が故に一番冷静に状況を判断できるという事か。それで、今ならどうだ?

「抜けられはしますが、無傷で可能かは分かりません」

「同感だ」

 ベルとヴェルフの意見を受けて、俺はエリナベラにアイコンタクトを送る。エリナベラは三回瞬きした。意見は同じらしい。

 結論を出した。俺の魔法で足止めしよう。それなら全員無傷で通れる。

 「魔法ですか」

 ベルは目を輝かせた。何か期待している様だが、残念ながら今から使用するロック・ダウンは死ぬほど地味な魔法である。ということで、瞬く間の永遠を。

 蒼い風が吹き荒れる。髪を巻き上げフードを揺らし、風はゴライアスの方へと向かった。そして、災禍のように渦巻いて体躯に纏い憑いた。瞬間、魔力が削れ始める。今回の目標は氷結ではなく凍結。根幹まで感染させることを考えると――。

 このまま十分待機だ。

 えぇ……という困惑の声がダンジョンに響いた。

 

 ベル達の苦労話を肴に、ちびちびポーションを飲む。回復量より消費量の方が僅かに多いので、じわじわとマインドダウンに向かっている。そろそろ拙いかと言った所で、壁が音を立てて削れた。エリナベラの斬撃だ。事前に十分後に壁に当たるよう速度を調整して飛ばしてもらっていたのだ。俺はすくっと立ち上がって言った。

 じゃあ、やろうか。

 シナリオは一段落へと向かっていた。

 




 お年玉が欲しい。

 ハイムリック法は意識の無い人間にしてはならない。

 モチベーション等の理由より、感想や評価を募集しています。

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