ダンジョンに潜る上で名前は必要ない(旧)   作:イクラ系鮭

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お久しぶりですね。投稿遅れてすみません。
書き方を変えました。読み易ければ幸いです。


第五話

 やっぱクソだわあのスキル。結論から言えば「死に近付く程」というのは死ぬ確率が高い程という意味であった。

 俺は何を思ったか目隠ししたままでダンジョンに潜ったことがある。その時、ダンジョンに足を踏み入れた瞬間に浅ましくも視界に紛れ込む金の天秤がその左の器を下げ、それと同時に担いだ鶴嘴が軽くなった。力に補正がかかったのだ。

 この街にいる者なら誰でも、ダンジョンに目隠しで潜るのは自殺行為だと思うだろう。その死への認識と、俺が実際に死ぬ確率が作用してスキルは補正の箇所とその程度を決める。金の天秤は確率を示しているのだろう。他の三つ? 知るかよ。これの問題点は、補正の掛かる箇所が必ず死亡確率に関係しないものが選択されているという事だ。

 上記の例では、目が見えないのならば回避が疎かになりやすく、攻撃が当て辛いはず。それらに関係する項目に補正を掛けると死亡確率が変動するため、関係の無い力という項目が選択されたという事である。

 超高補正で無双しようにも、それに見合った死亡率と言う厄が付いて回る。HPで発動するタイプと違って突然死する可能性もあるのに、それを打開するのは結局自分の力。だからやっぱりクソスキル。行動が無ければ、瞬きで自分が死ぬ確率がどれくらいか何となく分かるだけのサブリミナル警報スキル。因みに、補正の掛かる箇所と言うのはステイタスに留まらない。これ重要。

 俺は作者の長い解説もとい思考をそこで切り上げ立ち上がった。鶴嘴をくるくると回し、調子を確かめる。では、探索再開だ。

 

 頭蓋と腹部の二箇所を穿つ。それだけで目の前の赤いアリは事切れた。それはキラーアントという、ウォーシャドウと同様に新米殺しと呼ばれているモンスターであった。しかしながら、その甲殻も鶴嘴の前では無力であった。剣や槍での攻撃はその表面を滑り落ちるが、遠心力と質量による一点への衝撃に特化した鶴嘴ならば、力尽くでも貫く事が出来る。俺は魔石を拾い上げた。

 現在、俺は幾つかの制限を自らに課して補正を引き出している。口元を布で覆って呼吸をし辛くする。ロングコートを着て動きにくくする。リュックに無駄に水を積んで疲労を加速させる。以上三つである。そして、それらと引き換えに得た物は俊敏、力、思考速度だった。高速で接近して、全力で鶴嘴を振り下ろすという俺のスタンスに適切な補正の掛け合わせである。思考速度はおまけだが、これがあるのとないのでは快適性が全く違った。スキルが発現したその日に編み出したこの制限の課し方は、一週間経った今でも変わらず有用であった。

 鶴嘴を振る。右、左、真ん中。リズム良く三回突き刺さり、蟻が三匹息絶えた。肩を回して疲労の具合を確かめる。そしてそろそろ潮時かなと一人呟き、俺は周囲に散らばった魔石を回収し始めた。正直こういう細々とした作業は好きではない。冒険者になって一番後悔したのがこれだ。直ぐに集中力が切れる。途中からしゃがむのを止め、鶴嘴とブーツで挟んで魔石を持ち上げて空中に浮かせる方法に切り替えた。数分掛けて魔石を全て回収し、無事帰還。

 

 いつも通り家に帰ると、知らない人がリビングに居た。神様曰く、「指南役」らしい。名前はエリナベラ・ソルベル。切り絵師(カットアウター)の二つ名を持つらしいLV2の冒険者であった。

 

cutout:切り抜く、省略する、取って代わる。

     cutは現在形、過去形、過去分詞形で形を変えない。会話で使われると一瞬混乱する

 

 補足ご苦労。彼女は手術のような精密さで敵を切り崩す姿からその名が付けられたらしい。持ち武器は刀。今も腰に下げている。

 で、指南と言うのは俺の指南らしい。神様は俺がダンジョンで縛りプレイをしているのを何処からか聞きつけて、それを如何にかしようとしているようだ。そして偶然にも初心者の教師をしている彼女に出会い、成り行きで俺の師匠として雇うことになったらしい。なるほど、弱小ファミリアは戦闘技術を習える機会が少ないからこういう商売も成り立つのか。

 俺は彼女を観察した。金髪ロング、目の色は青、顔立ちは――多分整っている。黒いTシャツの上に灰色のコートを羽織っている。紺色のズボンはベルトで止めてあり、腰には木鞘。ブーツは茶色。普通の冒険者と言った面立ちだ。そうして俺が舐めるように全身を見ていると、気まずくなったのか、彼女は「連絡は後ほど」と言って出て行ってしまった。

 俺は神様に授業料について聞いた。神様は、一度の授業で2000ヴァリスだと答えた。一日の収入がほとんど消える額である。あかん。俺は手で顔を覆った。ただでさえ困窮しているのに、さらに出費が増えるのか。

 台所に立って鍋に水を張る。焜炉に火をつけて、沸騰するのを待った。現実逃避である。初日で学ぶものが無かったら契約を切ろう。ああそうしよう。俺は一人誰が聞いている訳でもないのに言い訳をする。鍋を見るとぶくぶくと泡が立っていたので、そこに二人分のパスタと適当な量の塩を入れた。明日も頑張ろう。

 

 数日後、俺は噴水の広場にいた。ここでエリナベラ・何とかと合流する予定である。少し早かったかと周りを見渡すと、白髪の少年と目があった。生きていたのか。

 ベル、と大声を上げて周囲の人間の視線を掻っ攫いながら走り寄ると、彼の隣に大きなバックパックを背負った小さな影があることに気付いた。生還して早々に女を引っ掛けた訳か。俺がそういうと、彼は顔の前で手をブンブンと振って否定した。彼が言うにはサポーターらしい。ともかく、君が生きていて良かった。

「はい! ツルハシさんこそ生きててよかった……ってそんなに強いなら生きていて当然ですね」

 俺がどういうことか聞くと、彼は嬉々として答えた。

「ツルハシさんが僕を庇って誘導したあのミノタウロスは、一人で倒したんですよね」

 まぁ、うん。そうだな。

 いや、多分通りがかった誰かが助けてくれたと思うんだけど。そんな言葉が口をついて出そうになったが、それを抑えて強がった。じゃあ、君もダンジョン探索頑張れよ。

 ベルは元気に返事をして、蝋のように白い尖塔の下へ駆けて行った。さて、じゃあ行きますか。俺がそう言えば、背後から声が掛かった。

「それじゃあ、今日からよろしく。えーと確かアナタ」

 そろそろだと思っていた。よろしくとだけ言って、俺は暗い穴に潜った。

 

「雑」

 最初の戦闘が終わり、開口一番にそう言われた。全く持ってその通りである。技とかはなく、ただ鶴嘴をブンブンしているだけだし。

「振り方から直すべきだね。無駄に力が入っている。もっと身体全体を使って、遠心力を意識して振るといいと思う」

 遠心力?

「そう、遠心力。武器本来の重さを生かすには、滑らかな運動が必要だからね。先端が綺麗に弧を描くほど力の伝導率は高くなる」

 彼女はそう言って刀を振った。美しい銀閃の三日月が一瞬宙に現れた。

「槍とかの一部を除き、どの武器だって円運動が大事なんだ。人間の関節を考えれば、いたって自然な定理だ」

 確かに。何処を動かすにも、一点を中心としている関係上その先端は弧を描く。

「後、相手の攻撃を防ぐ手段を確立した方がいいね」

 彼女の言い分は真っ当だった。今まで先手必勝をコンセプトとして、回避や防御なんてものは頭に無かった。これは「避けない方が補正受けられるから」とかほざくクソスキルと「早く死なねえかな」とか嘆く誰かの記憶のせいでもある。勝手に生えてきたゴミと魂でも肉体でもない残りカスは黙ってろ

「私ならもっとこう……形状を生かして引っ掛けるとか、頭の部分がいい感じに曲がってるからそこで受け流すとか」

 先生、技量が足りません。

「努力あるのみ」

 つっかえ!

 彼女はそう言ってニードルラビットを一刀で切り裂き、魔石を地面に落ちる前に峰で弾き上げて袋に入れた。

「こういうのもやってみると良い」

 無理です。

「やってみると良い」

 

 俺は一歩踏み込んで、手に体重を乗せた。鶴嘴を振り下ろし、振り上げる。その先端は見事にV字を描き、キラーアントの両目を潰……さなかった。綺麗に真横を通り、蟻は無傷。

 マジ? という視線を送ってこちらを煽ったそいつは、横から飛んできた斬撃に千切りにされた。

「まあ、そうそう成功するようなものとは思ってないよ」

 モンスターは必ず両目を潰してから殺すという制限の下で探索する、という器用値アップトレーニングは成功の兆しを見せない。これ伸びそうな雰囲気だけはあるが、実際に値は伸びるのだろうか。

「伸びるよ。私もこれで特訓したんだから」

 そうかい。LV2の言う事は説得力が違うなー。半分以上の冒険者がLV1なのにLV2になれた才ある者は違うなー。

「ほら、敵来てるよ。グダグダ言ってないで戦う」

 はいよ。見れば狙いを絞らせまいと細かい跳躍を繰り返し、ジグザグにこちらに向かって来るニードルラビットがいた。俺は右足を狙って飛んだそれを紙一重で躱し、右腕を振った。回避行動の取れない空中のその目に、重い黒鉄が弧を描いて突き刺さる。ようやく当たった。短く安堵の息を吐きだしてその鉄塊の軌道を変え、ウサギを地面に貼り付けにした。ウサギは四肢をバタバタとさせて悶えている。俺は鶴嘴を引き抜いて素早く拳を叩きつけた。ウサギは魔石になった。

「よし、その調子。あと五回は成功させてね」

 始めてから最初の成功まで体感一時間。もう止めませんか?

 結局五回成功するまでダンジョンに潜った。それが終わればギルドに行き、直ぐに魔石を換金。彼女はそこから授業料を徴収して、大通りで解散した。

「そうだ、ダンジョンに行くときは街の外壁を死ぬまで走ってから潜ってね。冒険者はスタミナが命だから」

 殺しに来てません?

 クソタスクを言い渡し、彼女は路地へ消えた。俺は彼女が見えなくなってから財布を開けた。まだ60ヴァリスある。俺はハムを買った。

 曲がりくねった道を行き、ようやく家にたどり着いた。立地は最悪だが、そのおかげか家賃は安い。俺は扉を開けて中に入った。神様はいなかった。恐らくはバイト。今日の夕飯はカナッペで済ませよう。

 用意するのはトマト、オリーブオイル、塩、胡椒、パセリ、パン(何でもいい)。

 まずトマトを角切りにし、水気を切る。それをオリーブオイル、塩、胡椒と混ぜて、パン(今回はフランスパン)に乗せる。

 パセリを振って完成。

 焼いた方が良いが、家にはオーブンが無いので焼く事はできない。ちぐはぐな文化レベルだ。俺は椅子に座り、出来上がったそれを手に取ってかぶりついた。感想、パンが硬い。フランスパンはもっと薄く切った方が良かったかもしれない。俺はナプキンで口を拭いた。このオリーブオイルは少し辛いな。後苦い。いつもとは違う店で買ったのが祟ったか。

 なんだか気分が良い。どうしてかは分からないが、こういうのは落ち着く。食事ではなく、この生活のことだ。ずっとこれが続けばいいのに。

 それにしても今日は神様遅いな。どこで道草を食っているのやら。まあ、今ここにいたとしても、これをあいつに食わせる気はないけどな。塩味があるだけで美味しい判定を出すリーズナブルな舌をお持ちな方にはそれ相応の料理がある。

 後頭部に衝撃が走る。振り返ると神様が右手を振り切った姿勢で立っていた。

「失礼極まりないことを考えていた気がしたので殴った」

 そういうキャラでしたっけ。実際に失礼なことを思っていたので文句は言えないが、抗議の意味を込めて視線を送った。神様は一つ俺のカナッペを食べた。俺の分を食べた。

 俺は舌打ちをして言った。お帰り。

「ただいま」

 神様はもう一つ食べた。自分で作って食えよ。

「無理」




 勝利の塔。
 内部は螺旋階段で、登り切れば涅槃に達することが出来るらしい。目には見えない怪物が巣食っている。
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