最弱の怪物   作:肩たたき

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プロローグ・第一話『起承転結。起』-1

 

 見合いの会場に選ばれた歴史に名高いらしい料亭は、その優美さからかけ離れた慌ただしさで、廊下に人を行き来させていた。

 

「あの馬鹿娘、どこ行った?!」

「こっちには居なかったわ!」

「いつからよ?!」

「訪問着は着せたが……!」

「ならば、そう遠くには行っていない筈だ!」

 

 叔父、叔母、祖父母、これまた親戚(おとな)たちの騒がしい声、それと共になって探し人の名を呼ぶ使用人(おとな)たち。それを背に縁側でのんびり中庭を眺める(こども)

 

「ふ、ぁ……」

 

 はしたないと思っていながら、気にも止めずに欠伸を洩らして、のんびりだらだらと同じく日光浴を楽しむ蝶に目をやる。自由気まますぎる飛行は、いつまでも中庭から脱することなく、そこを漂っていた。高い空が頭上にあることも知らず、高い檻のような建物の中庭で揺蕩い遊ぶ。

 

亜冴(あこ)さまー!」

 

 わざわざ貸切りにした老舗料亭への労力は如何ほどなのかしら。ドタドタと真後ろを行き交う喧騒を無視して暇を持て余す。美しい晴天のこの日、かの有名な伏黒(ふしぐろ)(めぐみ)との見合いを、わたくし足集利(あしゅり)亜冴は拭いにしたのだった。

 

 

  *  *  *

 

 

 さてはて、どうして私が伏黒恵とのお見合いに至ったのか。

 私の生まれから始まれば、少々長すぎる話であり、陰鬱すぎるので割愛させてもらおう。何の面白みもない、乾いた話だ。

 非戦闘員でも優秀な呪術師というのは存在する。私の父がそうであった。

 彼の血を継いだ私を、程のいい胎とすべく、何処の馬の骨との間の子を産ませるか。それを親族全員が吟味していた。そうして、血統の良い種馬を探す、お見合いが始まったのだった。

 

「亜冴さまー! どこにいらっしゃるんですか!」

 

一回目、空き部屋に隠れる。

 

「亜冴さまがいらっしゃいません!」

 

五回目、着付け前に姿を晦ます。

 

「閉じ込めていた部屋から消えました!」

 

十回目、布団に隠れる。

 

「亜冴さまが誘拐されました!」

 

二十回目、前日から姿を消す。

 

「あの馬鹿娘どこ行った?!」

「探せ! 今日という今日は許さんぞッ!」

 

五十回目、見合いの席の前で寛ぐ。

 

「……しつこい」

 

 腰掛けた縁側の縁が温まる頃、亜冴は廊下側へ振り返って眉間に皺を寄せた。ドタドタと音激しく探す度に、一家揃って相手側の心証を悪くさせていることに頭が回らないようだ。怒りで我を忘れているとはこのことか。怒らせた張本人であることを棚に上げて、亜冴は今回の見合い相手に想いを馳せる。と言っても、単純な紹介程度の事柄は、如何にその血が欲しいかという熱弁混じりのそれで、正直全く興味が湧かなかった相手だ。

 ただ、呪術界でこれから力を持つことと、悪評名高い最強の影に心が惹かれたらしい。

 

 伏黒恵。

 彼は禪院(ぜんいん)家の落とし子であり、五条(ごじょう)家現当主、五条(さとる)の手に守られている。禪院家の血筋である彼の術式は大変優れたもので、既に等級はやり手の呪術師に匹敵するという。禪院家は彼を率いることを事実上は放棄している上、五条家の名は手にしていない。後ろ盾はかの最強一人。

 しかし、これがまた厄介らしく、見合いの席にやれ来ないだの、やれ茶をかけて帰っただの、様々な無礼が許されるし、許されてきた。人気株が未だに売れ残っているのは、そういった理由だ。だが、伏黒恵という名馬を取り込めれば、そんな彼も味方に引き入れることができるというのが、馬主の算段らしい。

 これまただがしかし。

 

「五十戦五十勝、不参加歴はこっちが上」

 

 見合い決定から前日まで、足集利亜冴は縄で縛られて、親族一同に囲まれる中の、途方に暮れるほど長い伏黒恵についての力説を、当たり前の顔をして逃げ出したのだった。

 辞書によると、灯台下暗しは戦法の成功率はかなり良いらしいのだが、流石に着付け直後もあって、早々に近くにいることに気付かれてしまった。足元も懐の内だ。

 

──まぁ、結局。

 

「見つけられないけれど」

 

 粘り強く諦めない彼らは見苦しく音を立てて、亜冴が腰掛ける縁側を通り過ぎていく。あまりの煩さで、ゆさゆさと腰を乗せた板が揺れる。みっともない姿は見えずとも、この騒がしさなら見合いが行われる部屋まで聞こえている筈だ。

 今回ばかりは許すまじと、血眼になって探す彼らにそろそろ飽きたので、縁側に置かれている客人用の下駄を履いて、亜冴は中庭へと降り立った。乾いた下駄の音を立て、ツンとした顔つきで、そよ風と共に陽の下につま先を踏み出す。

 老舗料亭ということもあり、結構な広さの中庭は暖かな陽射しが草木を艶やかに照らしている。そこに舞う生き物の美しさと、手で触れられる距離に、自然と笑みが浮かんだ。植木から顔を出す花々も見たことのない種類だ。生け花に挿すような種類ではないのは、なんとなく分かる。そうして小さな散策をしていれば、たった二名に追い縋る親戚たちが目に映った。見慣れない二人に、微塵ほどの興味が逸れる。

 

「──この度は真に申し訳ありません」

 

──あれが五条悟と伏黒恵か。

 

 中庭に沿って廊下を歩く彼らを、大人たちのやり取りを静かに見守る。容姿端麗という概念はあまり根付いていないが、確かに周囲の人間と比較すれば、彼らの見てくれは目を惹くものがあった。そんなことを宣ってしまえば、ひと月前から顔写真を見せていた、と老人たち辺りに叱られるのだろう。帰り際かと思えば、会話を聞く限りどうやら今来たらしく、確かに五条の格好を見れば、単なる着流しだ。話に聞いた不遜な態度は事実らしい。しかしアレだな、こうして二人が並んでいると。

 

「……輩ってヤツ?」

 

 ボソリ、と呟いた途端、バッと白髪がこちらへ振り向く。亜冴は驚いて目を見開き、それに応えてしまった。白髪と碧眼は写真で見た五条悟そのもので、それ以上ではないのだが、その中の悍ましさを拾い上げてしまう。今の瞬間から心臓を鷲掴みにされ、握り潰そうか吟味されているような感覚だ。しばらくして動き出しながら含み笑いをした彼に、亜冴はホッと胸を撫で下ろしていれば、不思議そうな顔で隣の青年もこちらを向いてくる。

 外に跳ねた癖のある黒髪と長い睫毛に縁取られた太陽の光を灯す黒い目の青年。偶然にも目が合う位置にいるのが嫌で、亜冴が一歩横に動いたところで、「恵」という声が襖向こうから聞こえ、彼もまた姿を消していった。

 

「…………心臓に悪い……」

 

 溜め息混じりに殺していた息を復活させた亜冴は、どことなく居心地悪く、履いていた下駄を脱いで静かになった廊下に上がった。何度も思い起こしては繰り返して、焼き付けるような記憶の理由は分からない。もちろん、その爪先の向きが見合い相手に向くことはなく、今度こそ探索へと足を踏み出したのだった。

 

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