最弱の怪物   作:肩たたき

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第二話『朱に交わる』-4

 

「……ホンってなんですか?」

 

 五条の説明に挙手をした亜冴は、指されるままに質問を投じる。唖然とする二年生四人と、それさえ知らないのかと眉間に皺を寄せる伏黒、そして一同口を閉じた五条により、亜冴は一人浮いた存在と化す。悪気も知識もないのだから仕方ない。五条は本についてザッと説明していった。

 

「絵本とかの文字が多いバージョンだよ」

「エホン……?」

「絵がいっぱいのやつ、知らない?」

「……屏風?」

「実物見せた方が早いですよ」

 

 携帯で検索をかけた伏黒が画面を見せてきたので、そちらを注視する。液晶に映し出される紙束を纏めたものを本というらしい。絵本と検索をかけ直した伏黒は、更に文字の代わりに鮮やかな絵が書かれた紙を見せていった。情報を文章でまとめ上げている代物に、亜冴は巻物以外の形状に関心を抱いた。辞書と同じ形状にした方が、大きく広げなくても済むと感じていたのだ。

 

「見覚えないです。初めて見ました」

「足集利家、ヤバいね!」

 

 拳に親指を立ててはしゃぐ五条に皆反応を示さない。気にしない五条は話を先へ進めていった。

 曰く、集められた六人の生徒で特級呪物である本を輸送の護衛に当たってもらいたいそうだ。無論、五条が当たれば一人で済むことなのだが、この後に別の任務が幾つも控えているらしい。輸送方法は三つのスーツケースを六人で二組になって目的地まで運ぶ。この内の一つが本物で、残り二つは偽物らしい。

 

「どういう呪物なんだよ」

「端的に説明すると、読んだら死ぬよ」

「シャケ」

「端的すぎねぇ?」

「誰が狙うんですか? 読んだら死ぬのに」

 

 伏黒の質問に五条はニコリと笑みを浮かべて、さぞ楽しそうにする。亜冴は含みのあるそれに、興味が僅かに湧いてきた。ピンと来た答えを亜冴はつい挟んでしまう。

 

「──誰かに読ませる?」

 

 呪霊は知能を持たない傾向にある。知能があればあるほど等級が上がるとしても、文字を読めるほどのものはそういないという。なら、簡単に利用できる存在といえば、同じ人間であろう。読ませるだけで他殺できる効果は、人によっては如何様にも利用できる代物に違いない。

 

「正解っ。いい子だね、飴ちゃんあげる」

「アメチャン……?」

「……可哀想だから、もう一個あげるよ」

 

 両の手に乗せられたビニールの包み二つに首を傾げていれば、話が進んでいく。裏面を読めば、よく分からない言葉が羅列しているが、糖という漢字から食べ物のようだ。飴に敬称を付けたのか。

 

「中を認知したらアウトなのか、文を理解したらアウトなのか分かんないんだよね。何せ読んだら死んじゃうから。でも、これが撮影でもされて拡散されたら大変でしょ? 本自体も危険だし」

 

──サツエイ、カクサン。

 

 疑問に思っても話の腰を折ることばかりで、亜冴は後々誰かに尋ねることにして先を待つ。六眼(りくがん)持ちの五条が当たらないのは、輸送のみの任務という理由だけでなく、万が一にでも認知する恐れがあるからかもしれない。亜冴は口には出さず、仮定の域で予測した。単なる輸送護衛なら、五条が一っ飛びで移動すれば、簡単に済む話だからだ。

 それをやれないほど忙しいなら、彼がわざわざ説明する理由はない。

 

「どうやってスーツケースに入れるんですか?」

「表紙はオッケーみたい。ま、鞄に入ってるし、気楽にやってよ」

「狙う人とかはいるのか?」

「いるよいるよ、そりゃもういっぱい」

「かるっ」

「開けないよう気を付けてね」

「どうして私を見て言うんですか?」

 

 飴に注視していたからだろうか。亜冴が心外とばかりに質問をすれど、全員が頷くだけで微妙な気持ちになる。そんなに能天気に見えるだろうか。亜冴は解散しそうな空気に、やっとサツエイとカクサンの意味を聞き出し、事の重大さを少しは理解した。けれどまぁ、だからと言って焦ることもなかった。

 

──私がいてもいなくても、変わりなさそう。

 

 理解していても口を挟まなかったのは、呪物とやらにやはり多少なりとも興味があったからだ。本という情報媒体よりかは、付け狙う輩たちについてなのだが。

 

「都内にある小学校から、高専までのお届け。よろしくね」

 

 軽率な言葉によって送り出された六人は、件の小学校へと走らされる車へ乗り込んだ。二年と一年で分かれた車内で、今一度任務の確認をする伏黒に亜冴は目を逸らして窓の外を眺めた。未だ発見の多い世界に飽きは来ず、楽しい毎日である。

 

「伏黒さん、質問いいですか?」

「なんだ」

「ショウガッコウってなんでしょうか?」

「……」

 

 新たな知識を得た頃、到着した小学校なるものは高専の教育施設よりも広く、亜冴は四階ほどある校舎を見上げて間抜けな声を出した。学校というものなぞも初めてで、目が輝かんばかりである。小さな子供が行き交う校舎に、補助監督に連れられた五人の中で、亜冴だけが何から何まで目移りをしていく。パンダは目立ちすぎるため車で待機させられているのだが、チラリと窓から見えた人混みに無意味だったと亜冴は悟った。

 小さな子供たちなら、少しばかり見慣れている。けれど、家にいた無数のイトコたちよりか陰鬱さはない。むしろ明るく走りまわる姿は、いつかの自分を彷彿とさせた。教室からこちらを覗く子供たちは、警戒しているのか様子を伺ってくるだけで、声をかけに来たりはしない。

 

──この子らは他者へ配慮できる余裕があるんだろうな。

 

「こんぶ?」

 

 亜冴の顔を覗いてきた狗巻の意図が分からず黙ってしまう。心配されたのは分かれど、何をどう心配されたのかが謎だ。

 

「暗い顔してどうしたってよ」

 

 真希の補足に亜冴は話し方を忘れた。そうか、顔色は私にもあるのだから、汲み取られて当たり前だ。気付きを得た亜冴はそれに感謝しつつ、真希たちに笑顔を見せた。

 

「私が知っている子供と、ここにいる子供はなんだか違うので……その理由に少し」

「違うって何がだよ。言っとくけどお前、子供とあんま変わんねぇぞ」

「私が言っているのはおそらく、教育方針の違いのことです。あと、知っている子供というのはイトコたちのことなので、私は含まれておりません」

「ふぅん、子供なんてどこも同じようなもんだけどな」

 

 真希の言葉にしばし考えてみたが、やはり違うと言える。あの家の子供たちは好奇心に身を任せることなどはせず、大人たちの言うことを聞き入れて、それが正しいのだと盲信していた。大人たちの思想から抜け出た亜冴の方が異質だったのだ。

 

「逆に私はお前がどんな育て方されたのか気になるけどな」

「わたし?」

「規格外の世間知らずなのに、ドタキャンかぐや姫になるとか意味わかんねぇし」

「シャケシャケ」

「色々あるんだろうし、あまり聞かない方がいいんじゃないかな……」

 

 増えていく不名誉と取れる称号に、亜冴は目を逸らすが真希は逃してはくれない。目を逸らした先に伏黒がいたが、彼は助け舟を出す気は無いようだ。一言で表すには難しい状況下に、亜冴は人の言葉を借りることにした。

 

「五条先生は軟禁と仰っていました」

 

 嫌な沈黙からすぐに目的地に辿り着いた一同は、案内されるまま部屋の中へと通される。本が無数に棚に入れられた部屋は、独特の落ち着く匂いが満ちており、絵本とやらも置かれていた。

 部屋に入る前に見た文字は図書室とあったので、本を置く場所なのかもしれない。図と書、見聞きした絵本の特徴としているが、どこか堅苦しい。本を総じてそう読んでいるのだろう。木製の背の低い長台と椅子が並べられたところに、スーツケースが三つ置かれており、教室前に護衛らしき人々がいたことから、警備は今の今までされていたようだ。

 

「あ、コレですね」

 

 そう言って補助監督は棚から引き出した本を手に取った。白手袋をした手に持たれた本は革で出来ているらしく、事前に見せられた資料と瓜二つだ。ベルトで閉じられたそれを三つ集めた補助監督は、それぞれスーツケースに丁寧に入れていく。

 

「二冊のダミーと一緒に出現するんすよ。ほんと、ランダムで出るのやめてほしいっす」

「カタカナやめてください、コイツが反応するんで」

 

 今まさに尋ねようとした亜冴は口を閉ざす。ダミーはおそらく偽物なのは察せられるがランダムってなんだ。あとで伊地知辺りに聞こう。彼は大人だけれど、まだ信用できる。

 

「いくら、すじこ?」

「ああ。どれが本物かは分かんねぇのか?」

「精巧なダミーですからねぇ、開かない限りはなんとも。偽物の場合、本が開かれた時点で消滅するんす」

「……変なの」

 

 バタンと空気を追い出したスーツケースが呪符と鍵で厳重に順々と閉じられていく。その作業に夢中なっている合間、近付いてきた狗巻の存在を許す。次の瞬間、亜冴の手首がガクンと地面に下がった。碌な抵抗できず、左膝がカクッと落ちて視界が半身ごと傾いている。ほぼ同時のガシャンという音に、亜冴はギョッとして左手首を見た。驚いた顔で見れば、細い手首から伸びる鎖がスーツケースの取っ手に繋がっている。狗巻に勝手にスーツケースの手錠を嵌められた亜冴は、真っ白で細っちょろい手首を下げたまま、どういうことかと狗巻を見上げる。

 

「えっ」

「高菜!」

「お前が持てってさ」

「なぜ?」

「だってお前、戦えねぇだろ」

 

 五条に散々揶揄されてきた耳が痛い台詞に亜冴は口籠もった。それはそうなのだが、仕方なく充てがわれたようで不服だ。というより、五人で三つのものを運ぶにはバランスが悪いから、数合わせで呼ばれたのだろう。薄々勘づいてはいたものの、面と向かって来られたら来るものがある。口を若干窄めつつ、スーツケースを持った亜冴は立ち上がった。真希と狗巻も同様に手錠を嵌めていく。

 

「あ。なるほど」

 

 合点がいった亜冴はこれ以上、不満を募らせるのをやめて意気込み直してしまう。伏黒は両手を使う術式のため、荷物は枷となる。パンダは手首が手錠と合わない。乙骨が背負う呪具は大きさから両手を使用する。ならば、必然的に他三名にスーツケースは回ってくる。

 

「伏黒さん、よろしくお願いします」

「は? なんで俺が……」

「違いましたか?」

 

 亜冴は戦闘要員に数えられていないのでおそらく、手数の多い伏黒と組まされると踏んだのだが伏黒本人は不思議そうにしている。チラッと真希たちを見れば、彼らは頷いた。

 

「まぁ、妥当だな」

「シャケシャケ」

 

 五人は特級呪物を所持して補助監督の先導の元、校舎から出るとパンダが待つ車へと向かった。駐車場に停めたところには人集りが出来て、巨体のパンダを取り囲んでいる。子供たちが楽しげにしているのに、パンダは嫌な顔せずに対応していた。

 

「うんうん、やっぱパンダってのは人気だよな」

「何やってるの……」

「ツナ……」

「さっさと行くぞ、パンダ」

 

 亜冴の読み通りのチーム分けは、パンダと狗巻、乙骨と真希、伏黒と亜冴に振り分けられた。経路は全員同じだが、強襲を受けた場合は前述のチームに別れる。伏黒の偵察を行ってから経路を定めるので、問題がなければ安全に進める筈だ。いわば保険のチーム分けと経路作りである。亜冴は式神の便利さと、初めて見る動物に興味が湧いたが、叱られるので熱心に見つめるだけに留めた。

 

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