「うんうん、やっぱパンダってのは人気だよな」
「何やってるの……」
「ツナ……」
「さっさと行くぞ、パンダ」
亜冴の読み通りのチーム分けは、パンダと狗巻、乙骨と真希、伏黒と亜冴に振り分けられた。経路は全員同じだが、強襲を受けた場合は前述のチームに別れる。伏黒の偵察を行ってから経路を定めるので、問題がなければ安全に進める筈だ。いわば保険のチーム分けと経路作りである。亜冴は式神の便利さと、初めて見る動物に興味が湧いたが、叱られるので熱心に見つめるだけに留めた。
「住宅街? 初めて歩きます。ここを歩くのに礼儀作法とかありますか?」
「ねぇよ」
縁に干される布団や洗濯物を見上げつつ、亜冴は唯一の非戦闘員のために真ん中を歩かされる。空を滑る飛行機を見上げて、青い空、という表現に疑念を抱いた。
「空って水色だよねぇ……」
「は?」
冷たい反応を返されてもめげず、空気について人差し指で引かれた曇のように考えを滑らせる。亜冴の姿消しのカラクリは空気を食したからだ。酸素濃度で変わるのか、はたまた繋がっているのか。遥か上空の飛行機が屋根の向こうに消えるまで、亜冴は空を見上げていると、不意に伏黒の空気がピリついた。
「この先に残穢がありました。迂回しましょう」
「オーケー、玉犬は無事なのか?」
「はい。匂いを覚えさせてから退避させました」
罠じゃなくてザンエ。伏黒の報告から顎に手を置いた亜冴は、目を横にずらしてスーツケースを握り直す。皆が迂回ルートについて話す間、油断したところへやって来る、頭上にかかった影を亜冴は見上げた。
「来たぞッ!」
影とぶつかる前に真希に小脇に抱えられた亜冴は、いつぶりかの浮遊感と共に勢いよく景色が変わっていく。随分と後退した位置に降ろされた亜冴は、前方の落ちてきた塊を見た。黒い格好をした男一人は呪力を身に纏い、明らかな武装をしている。亜冴が立っていた丁度ど真ん中に、武器らしきものがひび割れた地面に深くめり込んでいた。
「私らが相手する。お前らは先行ってろ!」
トン、と背中を押された亜冴は、返事をする伏黒に連れられて走り出した。住宅街から狭い道を選択し、時には屋根伝いのルートを選び、蝦蟇の舌で抱えられる亜冴に基礎体力は付いてきたものの、流石に跳躍は鍛えられていない。振り回されつつも増える追手に、亜冴はスーツケースを胸前に抱き締めた。
「伏黒さん、刃物持った人に捕まったら、私は手首をちょん切られるんでしょうか?」
「今それどころじゃねぇだろ!」
式神の一つである玉犬の黒と並走する蝦蟇に運ばれては、他に思うこともない。伏黒は亜冴のことを女児扱いしていたというのに、現状の扱いはなんなのだろうか。気になって尋ねようにも、呪詛師とやらと応戦する伏黒に余裕は無さそうだ。
飛んできた小さな刃物が蝦蟇の舌を切断し、屋根を走っていた集から亜冴は滑り落ちた。
「っわわ!」
「足集利!」
距離を詰めてくる刃物使いへ玉犬で応戦するも、伏黒は護衛に徹しているため、相手を追い詰めることはできない。こちらへ飛んできた刃物に、スーツケースを掲げて盾にした亜冴は、弾かれたそれに目を落とす。呪具を使用しているようで、立ち登る煙のような黒いモノに亜冴は目を細めた。ザンエというやつだろうか。
「余所見かぁ?」
間延びした声が至近距離で聞こえ、反射的に見上げた先の真正面の顔に、亜冴は目を見開く。速さは真希くらいだろうか。横っ腹に飛んできた巨大な管のような生き物により、男は吹っ飛んでいき、再び亜冴は蝦蟇に舌で引き寄せられた。降ろされた先にいる伏黒は完全に怒っている。
「油断すんじゃねぇッ」
「ごめんなさい……なんか新鮮で」
「とにかく逃げんぞ!」
再び引き摺られる亜冴は、先程の巨大な生物がその凶悪な牙で呪詛師を噛み飛ばすのを目にした。あれの生死はどうなったのだろうか。落ちていく身体と共に、影となって追う姿がヤケに気になってしまった。
暫く逃げた二人の内、亜冴は息切れを起こして橋下の物陰に小さく縮こまった。伏黒も同様に周囲を警戒しているが、彼の方は息を切らしていない。普段嗅ぎ慣れない匂いに鼻を摘んでいれば、片手に薄っぺらい小さな箱を持った伏黒が息を殺して話しかけてくる。
「まだ高専から距離がある。乙骨先輩たちは辿り着いたみたいだ。狗巻先輩たちはまだ」
「……私は足手纏いでしたね」
「気にすんな。今は無事に着くことを考えろ」
携帯を仕舞った伏黒に、亜冴も整ってきた息を殺しながら深呼吸に切り替えた。思えば喉も乾いてきたな。伏黒が橋上に警戒を走らせる間、亜冴はポケットに突っ込んで、その中の感触に眉を上げて取り出した。
「チッ、近くに三人いやがる。イケるか、足集利」
「ふぁい」
「は?」
甘い唾を飲み込んだ亜冴は、もう一つあるものを伏黒に差し出した。