最弱の怪物   作:肩たたき

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第三話『優れる者たち』-1

 

「最近、キミたち仲良いねぇ」

 

 伏黒とファストフードの一つである、ハンバーガーを昼食に食している際、五条が話しかけてきた。昼休みの教室で伏黒は遺憾そうにして、即座に否定する。机をくっ付けて広くした場所に広がる昼食は、雑多に並べられている上に味も初めてのものばかりで、亜冴はそちらに気が逸れてしまう。

 

「足集利は俺が食わせないと、食わないから仕方なくです」

「なにそれカワイイ〜」

「だったら五条先生が食わせてやって下さい」

「えー、めんどいからヤダ」

「伏黒さん! ハンバーガーの中に漬物のキュウリが入っていたのですが! これって和食だったんですか?!」

「ウルセェ! ハンバーガーはアメリカの食いもんだッ!」

「アメリカってなんですか?!」

 

 腹を抱えて笑う五条は心底楽しそうにして、伏黒の代わりに答えてやった。貪欲な知識欲を少しばかり満たした亜冴は、世界が日本だけでないことを知ると同時に、外国という概念を知った。思った以上に世界は広大なようだ。

 口に合うハンバーガーなるものをまた一口頬張って、渋る喉に混ざったものを押しやる。伏黒から強制的な食事と未知の食文化を与えられて、はや一ヶ月。未だに食事への苦手意識は無くならず、同じ食事の別の飲食店の味などを覚えさせられることもしばしばだ。確かに微妙な違いがあれば、そこの店限定の品もあったので、まだまだ浅薄だったと思い知る。期間限定というものもあるらしい。特にファストフード店は、目に入るもの全てが未知ばかりだった。

 

──ハンバーガー、他のはどんな味なのかしら。

 

 以前よりも前向きに食事を臨めるようになった亜冴は、矯正の成果を感じつつ、紙越しとはいえ手で食事を掴む新鮮さに微笑んだ。お行儀が悪いと思う反面、こんなことをしても許される環境が嬉しくて仕方ない。

 

「そんな仲良しのキミたちに、特別任務をあげよう」

 

 フライドポテトを片手間に摘んだところで、五条は右手拳から人差し指を立てた。

 五条曰く、学校というものは呪力が溜まりやすい場所らしい。学生という多感な時期の子供らは、学内のいざこざや家庭内のゴタゴタなどから、呪いを無意識に放つ。そんな環境下は呪霊を呼び寄せ、または呪霊を生み出す。それらを自動的に祓う、謂わば結界の役割として、各地の学校には封じられた強力な呪物が保管されていると言う。

 

「毒をもって毒を制す。気配が大きいものが置かれるから、学校全体が守られるんだよ」

「それで、その回収をしろってことですか?」

「そう。交換で取ってきてくれればいいから」

「置かれているのは何ですか?」

両面(りょうめん)宿儺(すくな)の指が一本」

 

 硬直する伏黒に、亜冴は小首を傾げる。ユビとはこの指だろうか。ニヤケ顔の五条は平気だと豪語して、亜冴の為に宿儺の説明を始めた。

 

「呪霊の王、宿儺。その身体は強力な呪力を持っていてね。特級呪物なんだ。今は指しか残ってない。というより、強力過ぎてどうしても破壊できなかった代物だ」

「それが十本……」

「いいや、もっとあるよ。宿儺は腕が四本もあったとされるから。高専で保管できてるのと、こうして利用している場合もあれば、行方が知られていないものもある。亜冴は恵と一緒に取りに行って、大きな気配を覚えてきておいで」

「分かりました」

「宮城県だから今から行って、そのまま向こうに泊まりね」

「……出張じゃねえか」

 

 不満そうにする伏黒と不思議そうにする亜冴に、五条は食後に準備をして集合するように告げると、自身の昼食の為にその場を後にした。

 

 

  *  *  *

 

 

 宮城県のとある校舎にて、非常事態を改めて目にした亜冴は、暗い夜更けに手分けして探した結果、伏黒と共にホテルへと戻った。例の急な任務は失敗、ないし不達成となってしまっている。何故なら、保管されているという校庭の白い小さな古屋の中に、例の特級呪物の存在が無かった為だ。周辺に残る嫌な感触は至る所で感じられ、伏黒は気配が大きすぎる為に見つけられないと苛立ち半分に嘆いた。五条へ携帯で苦情を入れているが、向こうも別の任務で出張中らしく、こちらで調べるように返されたらしい。

 

「明日、また探そう。学校の奴らに聞き取りをするぞ」

 

 伏黒の案に二つ返事で答え、亜冴は騒がしい一日を終えた。大変な方へ転がってしまったな。亜冴以上に伏黒が感じているであろう感想を、口にはしないようにして一人部屋のベッドで眠りにつく。

 翌日、時間を取って朝から学校に訪れた二人は、明るい内に校内を歩いていた。何人かに聞き取りをしたものの、めぼしい情報は掴めず、伏黒の心労は積もり積もる。何かがあってからでは遅いのだろう。不意に見えた人集りの方へと気が逸れた亜冴は、伏黒に続くのを止めて、校庭の方へと足を踏み入れた。高専よりも狭いグランドで、重たそうな球体を遠くへ投げている。観客が見守る中、屈強な大人の男が高く遠くへ飛ばし、その球は十数メートル先に落ちた。

 

「どうだ、虎杖! 俺よりも遠くに飛ばすことが出来なかったら、部活に入部しろ!」

 

 恫喝。いや、取り引きか。正しい言葉を選んで見守る亜冴に、途中で気が付いたらしい伏黒がやって来る。目鯨を立てた伏黒は、試合に見入っている亜冴を少々咎めた。

 

「足集利、勝手にどっか行くな。迷子になったらどうすんだ」

「マイ……? 伏黒さん、あの人のことなんですけど……」

「誰だよ、知り合いか?」

「なんだか……黒いモヤがあの人にだけ無くって」

「は? どこに」

 

 伏黒は目を細めて亜冴と同じ方を見るが、黒いモヤなんてどこにもない。別の言葉と間違えているのかと考えていた伏黒は、次の瞬間に見た光景に驚いた。

 

「よっ、と」

 

 同い年ほどの青年が投げた球は、遥か遠くに飛んでいき、金属製のパイプをひしゃげて動きを止めた。めり込んだその飛距離は計測不能である。伏黒も呪術界では見慣れていたのだろうが、それでも驚いた。一般人である非術師ではあり得ない身体能力だ。真希よりも優れた身体能力を目の当たりにした亜冴は、思わず口元を手で隠して、「まぁ」と呟いた。呪力や縛りでの身体能力の底上げはザラにあるが、生身の身体であれほどのものは、伏黒の中で思い当たるのは一人しかいない。ゼロ人である亜冴は、何か用事を思い出した様子の慌て始める青年を眺めた。私は彼に殴られたら、確実にひとたまりもないだろう。

 青年は校庭と亜冴たちを隔てる金網を軽々と飛び越えると、数メートルの高さを着地して、亜冴たちのいる道を走ってくる。

 

──ゾゾゾっ

 

 すれ違った瞬間、昨晩感じた以上の神経がそば立つ感触に、亜冴はパッと青年へと振り返った。伏黒も同じように振り返り、走り去る青年を呼び止めようとするが、目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく彼を、二人は見送ることしか出来なかった。

 

「…………今のって」

「……ああ、アイツが宿儺の指を持ってる」

 

 去らない危機を知らせる身体を摩った亜冴は、同時に沸き起こる好奇心を必死に殺していた。

 

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