最弱の怪物   作:肩たたき

19 / 96
第三話『優れる者たち』-3

 

「ジャジャーン! 編入生の虎杖悠仁くんでーす!」

 

 数日後の朝、紹介された虎杖はどうやら同級生に新たに加わるらしい。編入生というものを知った亜冴は、先に知らされていたらしい伏黒の隣席で手を挙げる。

 

「はい、亜冴!」

「彼に呪いは視えるんですか?」

「それは今から説明するよ」

 

 周囲の反応からして、亜冴以外の全員がこの件の内情を知っているようだ。ほらやっぱり、置いていかれたら、どうなったか知るのが遅くなる。内心不満を溜めつつ、亜冴は素直に説明を待った。

 

「回収しようとした宿儺の指、あれどうなったと思う?」

「……回収できたのではないのですか?」

「それがぁ……この、虎杖悠仁くんが食べちゃいましたぁ!」

「えっ」

「驚きだよねぇ。丸々っと、飲み込んだんだって」

「いやぁ、あはは……。あの時はそれしかなかったっつーか」

 

 苦笑いする虎杖に、亜冴は珍しく絶句した。呪術界で呪霊が猛毒であることは周知の事実である。五条からそれを教えられたのは、入学してすぐのことだ。

 亜冴には多少の毒への耐性があるが、それは呪霊の固形には通用しない。液体であれば効かないだけで毒は毒だ。自分以外に毒の耐性が、しかも上回る人間がいるだけでも、亜冴にとっては青天の霹靂であった。私も固形まで食べられたら、呪霊の姿はもっと呪力消費を抑えられるのに。

 

「お前も似たようなもんだろーが」

「そうですけど……、そうなんですか?」

 

 若干混乱が残る亜冴は、伏黒のツッコミに四苦八苦してしまう。虎杖は一体どうしてそんなことになったんだ。

 

「本来なら毒で死ぬか、宿儺に精神を乗っ取られて暴れているのに、悠仁は精神を取られずにこうして正気を保てている。高専預かりで暴れることがあれば、僕が対処するから安心して」

「…………そうなんですね」

「宿儺の影響で呪霊はバッチリ視えるようになってるし、祓えるように僕が先生として教えていくから、そこもチョー安心してねっ」

「……分かりました」

 

 通常通り自信満々な五条から、亜冴はチラと虎杖を見る。楽観主義と普通が混同した彼は数日前と違い、目の下に切れ目が入っている。恐らく、宿儺の影響だろう。宿儺の指は本来、破壊できなかった為に分断して、それぞれ封印しているとすれば、宿儺としての精神がそのまま五体満足の人間の胎に同化していても、何ら不思議ではない。謂わば、虎杖悠仁は宿儺の器といったところだろう。呑み込んだのが一本だけなら、何本目で正気を失うかが知りたいところだ。

 

「じゃ、改めて二人とも自己紹介して」

「オッケー! 俺、虎杖悠仁! この前はドタバタしてて、あんまし話せなかったけど、今日から一緒によろしくな!」

「恵はこの前したから、次は亜冴!」

「えっはい!」

 

 立った相手に座っての対応は失礼だろう。亜冴は席から立ち上がると、自己紹介の言葉を探した。思えば一方的に虎杖の名前を知っていたが、彼は知らないのか。

 

「私は足集利亜冴といいます。こちらこそ、仲良くできたら嬉しいです」

「アシュリ、アコ?」

「はい、足集利亜冴です」

 

 口元に手のひらをやって驚く虎杖に、釣られて亜冴も戸惑う。またしても、どこかで名前を知られていたのか。

 

「エーエーじゃん!」

「……エ?」

「イニシャル!」

「いにしゃ……?」

「ちょっと黒板かして!」

 

 興奮した様子の虎杖は、背中を向けていた黒板に振り返ると、チョークで深緑の板に同じ記号を書いていく。見たこともない形に茫然とした亜冴に、虎杖は力説を止めない。ここまで理解不能なことは経験がない亜冴は、意図を全く拾えなくて戸惑った。

 

「うっわぁ! 苗字と名前のイニシャルが同じヤツは見たことあるけど、AAは初めて会った!」

「……よかったですね?」

「あ! 足集利からしたら、よく言われるから珍しくないか!」

「えぇと、その」

「ごめんいきなり! でも、スッゲェ珍しいな!」

「ふ、伏黒さ……っ」

 

 助け船を求める為に伏黒の方へ視線をやるが、いつも押せ押せの亜冴が押され気味になっているのが面白いらしく、外方を向いて肩を震わせている。初めて笑わせられたのは嬉しいけれど、どうすればいいの、これ。とにかく気になることから聞かなくちゃ。

 

「……イニシャルと、エーエーってなんですか?」

「えっ、ウッソ……。ABC知らないの……?!」

「エービーシー?」

「英語だよ、英語!」

「エイゴ……?」

「足集利って、帰国子女か何か?! あ、もしかして、アシュリー・アコ?!」

「えっ、えっ?」

「よく見ると、目が緑っぽい! てことは、ハーフ?!」

「うぅんぇ? めがみどり、はぁふ?」

 

 矢継ぎ早に登場する新しい単語に、困惑しか生まれない。というか、勢いのまま近付いてくるもので、目の前にある顔が近い。目を回す亜冴に同じように肩を震わせていた五条は、ブフ、と吹き出すと、もう無理だと腹を抱えて笑い出した。

 

「そんなに笑ったら、ダメですよ……っ」

 

 まだ堪えようとしているものの、笑いが漏れて上擦った伏黒の声に、亜冴は無知以外で笑われることもあるのかと、酷く痛感することとなった。

 

「亜冴は純日本人で、目は僕と同じ生まれつきだよ」

 

 しばらくして出された助け船だったが、些か遅かった所為で、亜冴は虎杖のことを苦手と判断して、見るからに警戒色を出している。少し落ち着いた虎杖は謝ってきた上、反省の色が見えてはいるが、まだ近付きたくはない。用語確認もせずに口を噤む亜冴に虎杖以外は笑いを堪えつつ、五条が教室後ろの机を指さした。

 

「あいうえお順だから、悠仁は二人の真ん中ね。後ろから席持ってきて」

「オッケー」

「えっ」

 

 昨日までは前列二人だけの席並びだったというのに、間に虎杖が入り込む。初めてできた苦手な人物が、一番頼りがいのある人物との間に現れる。亜冴にとっては死活問題な為、不安げな顔で伏黒を見るが、彼はそそくさと机を遠くにやって、虎杖分の間を作ろうとしていた。萎れる亜冴にまた笑いそうになるのを堪えた五条は、「ほらほら」と急かして亜冴の悲しみには寄り添わない。

 

「じゃあ、改めて授業を始めるよー」

 

 これ程までに憂鬱な授業は初めてだ。亜冴は耳と尻尾を内心垂れ下げて、しおしおと必要な教材を取り出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。