最弱の怪物   作:肩たたき

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第一話『起承転結。起』-2

 

「自分のしたことが分かっているのかッ!」

 

 老人の山を破らんとする怒号と共に、亜冴は無い荷物を纏めさせられた。これは何度か行われてきたことで、結局本当に離れから出ようとすれば探されるのも付いてくる。だが、今回は逃した魚が大きすぎたらしい。

 話半分で説教を聞いている内に、足集利家当主である男の頭の血管は切れた。ブチン、という音と共に何処かへ話しかける姿からは、怒りのあまり呪力が溢れ出ている。闘志にも見えるそれはこちらに牙が剥くことも、何処ぞに向くこともなく、静かに募らせられていた。そのような器用なこともできるのか、と感心しているのも束の間、不良更生施設宜しく、同じく夢物語として受け止めていたある教育機関の名が上がった。

 

「呪術高専学校に入学させる! 呪術師でも何にでもなって、二度と帰って来るな!」

 

 

  *  *  *

 

 

 春麗らかな朝日を浴び、亜冴は小さな四つの車輪付きの長方形の頑丈な鞄を片手に、駅前で置き去りにされていた。

 初めて見る人の行き交う光景は、誰も彼も洋装で動きやすそうなものばかりだ。衣服の特徴を活かして、俊敏な動きをするものもいる。暖かな日だというのに、キビキビと歩行する姿は、生真面目な使用人を彷彿とさせた。

 学校経由で家から言い渡されたのは、ここで待て、という指示だけで心許ない。感覚が分からないので迂闊に何らかの施設にも入れず、亜冴はただ隅の方に立って静かにしていた。制服は大きさが間違っているのか、胴体全体が息苦しい上に、腰蓑のようなものは丈が短くて脚が冷える。日光を吸収してくれる様子の黒色の制服なのがまだ救いだ。

 

「……遅い」

 

 ここに放られてから一時間は経っている。

 流石に疲れて近場の長椅子に腰掛けていれば、ヒュウと冷たい風が長髪をさらった。最後の最後に本家からの嫌がらせかと思い、どうしたものかと頭を捻らせるが、連絡手段は何もない。言われた通りに待つしか無いようだ。

 

「…………新手の詐欺、とか?」

 

 入学していなかった説も浮かび上がる、更に数時間後の夕方頃、日も暮れてきた時に思い至った結論は、まぁあの家ならやりかねないという、虚しい結論であった。そうこうしていく内に駅に吸い込まれていく人々の波と、出て行く少ない集が犇めき合う。昼間より減ったものの、やはり大きな波は全て、亜冴の合わせた膝小僧の前を通り過ぎて行った。本格的に捨て置かれたらしく、どんどん心は異常事態へと呑まれていく。少なくとも家から車で数時間もかかる場所だ。名称も使い方なども知らない交通機関が、巨大な怪物に見えてくる。誰も見向きもしないのは見慣れた光景だったが、何も知らない外の世界に一人という状況が、知らぬ間に心を追い詰めつつあった。意識的に深呼吸をして、自身の存在感を薄めて小さく数を数える。七つ飛ばしで呟く姿は不気味だろう。ついに約束の時間から五時間後、掛けられた声に顔を上げ、青い姿の二人組に目を瞬かせた。

 

「君、何歳?」

「えぇと……十五歳です」

 

 青い衣服と角ばった帽子に、例の警察だと合点がいく。「こんな時間に出歩いたらダメだよ」という言葉は、言い聞かせるそれで、何やらこちらが悪いことをしたと指摘するものだった。心当たりがないどころか行く当ても無いので、望まれる対応を伺って口を噤んでいると、不意に少し遠くから叫び声が耳に入ってきた。

 

「補導されてんじゃねぇか!」

 

 よく通る声の方向へ視線をやった亜冴は、ピシリと固まって二人を凝視した。

 

──嵌められた。

 

 最後の最後の嫌がらせに、亜冴は遂に頭を抱えて溜息を吐いたのだった。

 視線の先にいたのは、伏黒恵と五条悟であった。まさか、見合い相手とその保護者と学生生活を送るなんて、想像できまい。その上、保護者は見合いの時の仕返しをまんまそっくりするような相手だ。碌なことになる訳がないどころか、敵視されているのが確定している。袋のネズミな状況に、途方に暮れて空を見上げた先の灯り。

 

「あれが月かぁ……」

 

 雲に隠れて見えない月と眩しい街頭に出た言葉は、そんなものだった。

 

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