最弱の怪物   作:肩たたき

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第三話『優れる者たち』-5

 

「家、そこだから!」

 

 満面の笑みで帰る方向を指差し、手を振って走り出す少年は生還と安堵から喜びに満ちたものを見せてくれた。亜冴はそれに手を振って、大人と同世代の後に続く。

 

「亜冴、そろそろ機嫌なおしたら?」

「……別に機嫌は損ねていません」

「ほんとにー?」

 

 グリグリと頭を撫でてくる五条に、確かに機嫌を少し悪くさせた亜冴は、それでもされるがまま受け止めていく。いつになったら、この人の信用を勝ち取れるんだろう。私の目にはいつまでも、この人から疑いが滲んで見える。望まれるものを差し出し続けるしか、進める道はない。

 

「お疲れサマンサー! 子供は送り届けたよー」

 

 合流した釘崎と虎杖も、別れた時より機嫌を悪くさせており、立ち上がるや否や五条に僅かに凄んだ。

 

「今度こそ、飯行こうか」

「ビフテキ!」

「シースー!」

「まっかせなさーい! 二人は?」

 

 伏黒が食事前に携帯で店の場所を調べる癖を知っている亜冴は、答えない伏黒の返事を待った。そもそも何も食べたくないのが、亜冴の答えであり全てだ。無言で携帯を弄る伏黒と、無言ながらもそれぞれの顔色を窺う亜冴を見れば、五条は伏黒に一歩後ろに立つ亜冴と他二名を回収して、その場を後にしようとした。置いて行かれた伏黒は慌てて歩いてくるのが、背後からの靴音で分かる。

 

「アンタ、コインロッカーに私の荷物置いてるから、取ってきてよ」

「は? なんで俺が?」

 

 大声で言い争う虎杖と釘崎は、任務で仲が深まったらしい。

 

「俺けっこうヤるんだからな! なっ、伏黒」

「……」

「あれ? 伏黒?」

「出番がなくて、拗ねてんの」

「ププー、子供ーっ」

 

 ムッとする伏黒に亜冴もムッとした。私の方がずっと出番がないのに我慢している。

 

「そっちは? ずっと黙ってるけど」

「こっちはもっーと、拗ねてんの」

「だから、足集利を馬鹿にしたつもりはないんだってぇ!」

「……エーエーでも、アシュリーでもないです」

「ごめんってば!」

 

 手を合わせて謝ってくる虎杖に、亜冴は半分八つ当たりで応対する。思い出したのか、またしてもフッと笑う伏黒に、眉間の皺を寄せた亜冴へ虎杖が謝り倒した。駅前まで続いたそんなやり取りにより、亜冴は完全に不機嫌に出来上がっていた。

 

「ジャンケンポン!」

 

 駅前にて何かの短い勝負をした両者の内、ビフテキ側の虎杖が項垂れ、シースー側の釘崎が飛び跳ねる。五条は携帯を操作して、「寿司かぁ、銀座のいつものとこでいいかぁ」などと呟く。今日一日は亜冴にとって、厄日なのかもしれない。知らないことをすぐに知れないって、なんだか心が疲れる。

 

「俺、回転寿司がいい」

「アァン……?」

「俺も流石にどうせなら旨い方が。五条先生の金だし」

 

 また喧嘩を始める怒り狂う釘崎は、凄い形相で顔を崩すので見ていて飽きない。しかしながら、亜冴は気圧されてしまい、またも手近な物陰に隠れた。今日一日散々コケにしてきたので、伏黒の後ろへと移動して背中から覗き見る。呑気に欠伸をする伏黒は虎杖たちの喧嘩に興味はないようだ。五条も同様に携帯を触りっぱなしだ。

 

「てか、釘崎ど田舎出身って言ってたけど、回転寿司行ったことあんの?!」

「ウグッ!」

 

 亜冴は数々の並び立つ用語解説を求める為に見上げるが、伏黒は立ったままうたた寝をしている。無理そうだと思う合間にも、五条も加わった話し合いの結果、亜冴は眠る伏黒と共にもう一台のタクシーへと押し込められた。

 

「わぁあああぁあっ!」

 

 歓喜の声を上げる釘崎と、どうだと得意げな虎杖。その間に挟まれた亜冴は、よく分からずに騒がしい二人に揉まれた。五条が指定した真ん中の席を了承するのに、亜冴は多少の難色を示しそうになったが、二人が喧嘩をしないならと渋々座った。小さな乗り物に乗ってやって来る食べ物を、二人は楽しそうに手に取って、口へと運んでいく。一口大の白米の上には刺身が乗せられており、匂いからして酢飯なようだ。今は見たこともないものを食べる気分ではない。

 

「アンタも何か頼みなさいよ」

「いえ、私は……」

「美味しいから食べなって、ほら」

 

 勝手に目の前に置かれた小皿に載る、二つほどの塊。今まで様々な料理を見てきたが、これは異質だ。伏黒が気遣ったのか、同じ刺身が乗るものを醤油に付けて先に食す。一口で頬張るのを眺めてから、亜冴も同じように口に入れた。モゴモゴと口を動かし、口内に広がる味わいは美味を訴えてくるものだ。美味しい。喉の嫌悪感は差し置いて。

 

「……美味しいです」

「だろ?!」

「何よ、上の刺身だけ食べるような女かと思ったら、ちゃんと食べるんじゃない」

「その食べ方が正しいんですか?」

「邪道よ、邪道! そんなのは寿司への冒涜だわ!」

 

 思ったことをすぐに言ってしまう二人に挟まれた亜冴は、少し気が弛んだことで終始疑問だったことを口に出した。

 

「……そもそも、スシって何を指すんですか?」

 

 いつもより訝しげに尋ねた亜冴に、伏黒はやはりそうかと頭を抱え、五条すら驚かせてしまう。知らないものは知らない。今更なことだろう。

 

「アンタ、寿司知らないの?!」

「あっりえねぇ! マジありえねぇ!」

「非国民よ! もしかして、ハーフだかなんだかで帰国子女かなんかなの?!」

「いや、純日本人だって言ってた!」

「ハァア?! ちょっとツラ貸しな!」

「んぶっ」

 

 両側からの叫びに耳を塞いでいた亜冴は、その手ごと釘崎の方へとゴキリと向けられる。至近距離の彼女は亜冴の頭を鷲掴み、ものの十秒間もの間、顔の造形が焼き付くほど亜冴の眼球を睨み付けた。なにこの人、こんなことされた覚えがない。

 

「ぁ、の……」

「か……」

「か?」

「カラコンじゃないッ!」

「…………カラコ……?」

「その目で日本人とか、ハァ?! ズッルゥ!」

「えっえっえっえっえっ……!」

「てっきり清純派っぽい格好してガッツリカラコンしてる、ぶりっ子地雷女だと思ってたわよ! 裏で男食いまくってそうな!」

「はっ、おとこ……くい?」

 

 後半は知っている単語だが、意図する意味が違う気がする。というか、人を食べるってなんだ。絶対に食べたかない。亜冴は閉じようとした目をこじ開けようとしてくる釘崎から、逃げようと姿を消しかけるが思い止まる。流石に一般人が多い中でやっては駄目だ。自分の姿を重ね合わせ、本来の場所から遠去けると共に、片手になった拘束から隙を突いて抜け出ると、虎杖で塞がる通路側ではなく、テーブルの下に潜り込んだ。伏黒と五条の足の合間を縫って、向こう側の席へと逃げる。同じように真ん中の席に移動した亜冴は、咎める視線と面白がる視線に挟まれて、呻くように呟いた。

 

「私、上手くやっていける自信がありません……」

 

 虎杖の弁明と釘崎の口撃に当てられた亜冴は、それでも元の席には戻らず、寿司なるものを渋々食していく。伏黒が勝手に亜冴の分まで皿を持ってくる為、実際にも苦汁を飲む気分で食べるしかない。美味しいのは確かではある。やんややんやと亜冴に絡む言葉は、知らない言葉ばかりでやはり答えられない。刺身の種類や自分たちが好きなものを持ってこられるので、そちらも口にはしてみる。しかし正直、伏黒が持ってくるものの方が好みだ。

 

「もう満腹なので……」

「嘘付け。お前、昼少なかっただろ」

 

 喋らなかったのによく見ている。ム、とすれど、目の前に置かれた皿は消えない。五条は先ほどから終始、寿司ではなく甘味へと鞍替えしている。栄養素というものを最近知った亜冴からすれば、不健康極まりない大人だ。やはり反面教師と思いながら、観念して亜冴は更に知らないものを頬張った。

 

「もっと美味しそうに食べなさいよ」

 

 釘崎のことを太々しいとすら感じ始めてきた亜冴は、不機嫌な気持ちを剥き身にして口を引き結ぶ。飲み込む時の不快感を押し殺してるだけ、私は頑張っている方だ。無理に回された首もまだ痛いのに、謝ってもらってもいない。

 

「……すみません」

「別に謝ってほしいワケじゃないわよ」

 

 美味しいのに変わりはないけど、顔に出すまでには至らない。今は食事を楽しめる機嫌でもないし。

 

「もー、恵が取られそうだからって拗ねないの」

「違います」

「うっわ亜冴にしては食い気味の返事……。ドンマイ恵っ」

「ドンマイなのは五条先生の頭です」

「辛辣〜! 亜冴、慰めてー」

「…………大人が子供に慰められる……?」

「普通に傷付くヤツきた」

 

 三人のやり取りを見て笑い出す対面の席。溜飲が少しずつだが下がってきた亜冴は、もう一尾だけと思いながら、新たに姿を所有する感覚を堪えた。

 

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