「他人が頭の中にいる感じぃ?」
亜冴の訴えに五条は眉間の皺を寄せて、ウザったらしく大声を部屋に響かせる。亜冴はしょんもりとして、輸血パックに挿したストローを咥えて、チュウと吸ってから答える。亜冴が五条の前に現れてから二ヶ月が過ぎ、今までで一番トンチキな話題だ。才能溢れる生徒たちの中でも、特に異質で天才と呼べると、自分ほどの天才が認めているのに、イマジナリーフレンドか何かの話とは。
「二重人格的な?」
「というより視界が重なっているというか、見られているという気配のような感覚です」
「亜冴をマークしてる人は、今のところいないけどなぁ。気の所為なんじゃない?」
「この間、術式の解釈の話をしましたよね」
「あぁ、うん。亜冴が無意識によくやってるね」
手を替え品を替え、五条の凡ゆる要望に応える亜冴は、飲み干している血液型順に並べた輸血パックを眺める。娯楽としての食に、未だ亜冴は肯定的ではない。感情までは見抜けないが、パターンとして五条は亜冴に底の知れなさを抱いていた。こちらの心情を知ってか知らずか、亜冴は口の端に付いた血を親指で拭うと、指の腹同士で擦り合わせる。弄ぶ様子は普段の子供のそれではなく、たまに見せる大人のそれだ。特に大人の前で覗かせるのは、どう思われても構わないという心情の裏返しだろうか。擦り切れた精神を晒す様は、話で聞いていた物静かで大人しい足集利亜冴像と合致している。
「術式の解釈を広げるたびに、感覚が増しているんです」
「……もっと詳しく聞こうか」
亜冴の一言に背凭れに大きく凭れかかった五条は、音を立てるように座り直すと、腕を組んで話を聞く体勢に入った。こちらの意図を汲んだ亜冴は指紋に沿って薄く引き伸ばされた血濡れた指を眺めながら、至極落ち着いた様子で口を開く。
「昔の言葉で言うと、天啓でしょうか。昔……いえ、私が物心付いた頃から、思えば天啓じみたものは付き纏っていました」
「天啓ね……。誰かに見られてる感覚は分かっても、他人からの視線しか普通は感じないものだ。それを同じ視点から感じ取る、なんて、到底理解できないんだけど」
「似て非なるものです。脳の後ろを弄られているような、或いは視神経を摩られているような感覚です」
「ふぅん……」
「その天啓は、啓治のようなものではなく、映像として降りてきます。他者の視界を見せられるのです」
「他者の視界?」
「五条先生の六眼で見た通り、私の術式では不可能なことでしょう。その他者はいつも同じ体格の視点で、揺れ方や手付き、癖も同一。何者かは私にあの離れでは到底知り得ないものを見せてきました」
「……いつから? 正確な時期は?」
「覚えておりません。ただ、五歳……か四歳だったかと思います」
──亜冴の不可解な行動で尤も大きなものとして残ってるのと、時期が合致しているな。
ますます興味が惹かれた五条は、長い脚を組んで途中経過に上がった調査結果と比較してみた。頭の中で組み立てられる可能性は、ある内容の否定を意味している。憶測の域を出ないのは、目の前の人物に事実確認をしようにも、五条自身がまだ足集利亜冴という人格を信用していない為、迂闊に口にはできない。そもそも亜冴の言う通り、何者かに見られているとなれば、こちらが察知していることを白状するようなものだ。
──懸念通りなら、向こうも気付くだろう。
「……亜冴、六眼はどんな目よりも便利だけど、眼には変わりない」
「何が言いたいんですか?」
「亜冴の術式の解釈が広がったのが分かるのは、以前の状態を知っているからで、今現在その差分を見れている訳じゃないってこと」
「つまり、幼少期より術式の解釈が狭まり、高専に来てから元の解釈に戻ってきている、ということでしょうか」
「そういうこと。僕は昔の亜冴を知らないけど、また同じことが起こっているとすれば、亜冴の術式の解釈の変化が原因だろうね」
「……あまり、実感はありませんが」
「じゃあ、亜冴の空想上のお友達とか?」
追及される前に席を立った五条は、話は終わりとばかりに摂取を終えた亜冴を立たせた。納得していない様子なものの、亜冴は従順の姿勢を取っている。もう少し人間らしくあれば、信用できるところもあるのに。
「他所ではその話、やめてね」
「畏まりました」
五条は亜冴を部屋から追い出し、扉がきちんと閉まっているのを確認すると、飲み干された輸血パックを眺めた。亜冴自身に相手の姿形を伏せても、本人の姿を映し出す練習をさせるつもりだったが、少し話がややこしくなってきた。
亜冴が術式にかかった様子も、亜冴自身が仕掛けている様子でもない。しかし、術式が厄介な為に痕跡が残りにくいのだ。術式特化の六眼で見えないとなると、目前にいる亜冴は白だ。その後ろの思い当たる人物の厄介さに、五条は頭を掻いた。
「もっと詳しく調べさせるか……」
五条は溜め息混じりに、五条家お抱えの諜報部員を増やすことにした。慎重さをもっと積もらせるよう、キツく言っておかなければ。懸念はそれほど厄介な相手だ。
「夜蛾学長もエラいの持ってきたなぁ」
自分のことを棚に上げた五条は、はあ、とわざとらしく息を吐いた。