最弱の怪物   作:肩たたき

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第五話『見届け人』-5

 

 元気が相変わらずない亜冴は、五条が持ち寄ったサンプルを順々に口にしていっていた。鉄の味か、雑巾の匂いの混じった嗚咽感を飲み込んでいき、即座に姿を変えてはまた次のものを口にする。切り替えの速度がかなり上がってきたのを満足そうにする五条は、手に持っていたタイマーを置いて亜冴本来の姿に戻るよう指示を出した。

 

「うん、いいね。何人まで覚えていられるとかある?」

「数えたことないです。でもまぁ、百人は同時に姿を変えられました」

「十分十分」

 

 亜冴のみの特別授業として設けられた時間は、あまり好ましくはなく、二年生たちとの訓練を積んでいるという伏黒たちへと気分が逸れる。親しいものと話している方が晴れる気分があるのだ。

 

──立ち直った姿を早く見せないと。

 

 まだ虎杖の痛みは心に重く残っている。次は誰からだろう、なんて縁起でもない。

 けれど、現実はそう甘くないことも知っていた。願わくば、誰も──。

 

「……よし、付いておいで。追加の特別授業といこう」

「……」

 

 答えないものの静かに従う亜冴は、先を行く五条に付いて行く。高専内からは出ずに地下へと向かう彼の足取りに戸惑いはしたものの、声高らかに質問する気は起きず、亜冴は知らない鼻歌を聞き流した。知識欲を満たす気分じゃない。

 通された場所は広い空間で、高すぎる天井は薄暗く、大きな門前は固く閉ざされている。そんな場所で待機を命じられた亜冴は、辺りを特に見ずにぼんやらと立ちすくんだ。地下にあることから外気温が低く、寒さに腕を摩っていれば、話し声と靴音が近付いてくる。二人、いや三人の声に、亜冴が聞き馴染むものが含まれていた。

 

「あれ? 足集利じゃん」

 

 亜冴は目を見開いて前方の人物が目の前に来るまで、動けなくなってしまった。だって、死んだと聞いていたのに、どうして。

 

「ジャジャーン! 虎杖悠仁くん、実は生きてました!」

 

 真顔の亜冴に紹介する五条は楽しげで、虎杖も気恥ずかしそうに頭を掻いている。心配かけてごめん、やらなんやら。それに対して、亜冴は能面のような顔で予備動作もなく、ボロリ、と涙を零した。止まらない涙に慌て始める二人と、驚いた様子の一人。謝って更に近付いてくる虎杖から逃げるべく、亜冴は姿を消して、左側へ大きな音を立ててから、反対側へと逃げていく。

 

「えっ?! 消えっ……えぇっ?!」

 

 気配で分かるのか付いてくる虎杖を撒くために、ジグザグで逃げた先の白いスーツの横を通り過ぎて回り込んだ。複数ある気配に戸惑った虎杖の背後へと、ポケットに入れていた飴玉を投げて地面を鳴らし、その音を足音に変えてそちらへと誘導する。足音を立てて転がる飴に振り向いている間、亜冴はそろりとまた数歩後ろへ下がった。

 

「はい、そこまで」

 

 背後から五条に肩を掴まれた亜冴は、一瞬暴れかけたが踏み止まる。こちらを見下ろす白いスーツの男と、意味が分からず混乱する虎杖を前に亜冴は不満しか募らない。どう見てもあれは生きている。腹に巣食うものと共に生者として存在している。

 

「亜冴、そろそろ出てきて」

「……嫌です」

「亜冴?」

 

 肩に力を入れられ、亜冴は涙を拭ってから渋々姿を表す。目は真っ赤に腫れてしまっているのだろう。溜飲は下がらず、鼻を啜って外方を向いていれば、性懲りも無く虎杖は近付いてどうにか泣き止ませようと奮闘した。言うことは何もないので無視だ無視。

 

「ごめんって! 隠れてなきゃいけなくてさ!」

「…………」

「そんな怒んなって!」

「……怒ってない」

「怒ってるよね、どう見ても!」

 

 苛立ちに苛まれた亜冴は、むしゃくしゃしつつも強い安堵と拍子抜け、または熱まで出したことへの馬鹿らしさを痛感していた。内緒にしていたということは、訳ありなのは分かるのだが、そこまで私は信用がなかったのかと、これまた心に募るものがある。

 

「恵たちにも秘密にしてるよ。ここ最近、亜冴は思い詰めてたから特別に教えちゃった」

「……もういいから、話進めてください」

 

 酷く損をした。気を遣われたことが気恥ずかしく、頭を上げたところへ虎杖が再度謝りに来る。律儀というかなんというか。亜冴は返事だけ済ませて、許すとは口にしないで話の続きを待った。ここに集めたということは他にも何かあるのだろう。

 

「自己紹介の続きといこうか」

 

 亜冴から手を離した五条はスーツの男へと近付き、バッと手で彼を強調するようにヒラヒラと動かす。

 

「脱サラ呪術師の七海(ななみ)建人(けんと)くんでーす!」

「その呼び方、やめてください」

 

 見た目に合う硬い声色で五条に切り返す姿は、どこか様になっており、よく見れば身長も高い。金髪の碧眼。五条同様、顔立ちは日本人から逸脱している。

 七海建人、ななみけんと。覚えのある名前と小瓶が重なり、五条をつい見た。自己紹介の途中、何個か聞き悩む言葉があったのだが、要は出戻りで呪術師に復帰したそうだ。等級の話もすでに耳にしていることもあり、相当の実力者であることは分かった。思えば、こちらの気配を最初から最後まで追っていたように感じる。つまり私は二級呪術師は騙せても、一級はまだ騙せないようだ。

 

「質問ある人!」

「はい」

「はい、亜冴!」

「ダツサラとシャカイジン、ロウドウ、イッパンキギョウ、クソってなんですか?」

 

 いつもの様子が戻ってきた亜冴に五条と虎杖が嬉々と説明を始め、七海だけが怪訝そうな表情を浮かべたのは言うまでもない。

 

「職業って沢山あるんですね……」

 

 話を聞いて非術師の主な就職先に頷いた亜冴は、進み出した話へと耳を傾ける。それにしてもあの目元に付いたものはなんだろうか。双眼鏡に似たそれに亜冴はジッと見つめていれば、流石に気付かれて尋ねられる。

 

「先ほどからジロジロとなんですか?」

「なになに? 見惚れちゃった系?」

「いえその……どう付いてるんです? それ。というか、なんですか?」

「あ、それ俺も気になってた」

 

 拍子抜けしたらしい七海は、これからの任務に同行する二人の間の抜けた様子に眉間の皺を寄せる。子供たち二人を守り切れる自信があまりなくなってきたようだ。亜冴は見学という形であって、戦闘などには参加しないときている。あまり側から離れさせない方が良さそうだ。そんなことを七海が考えていることも知らずに、勝手にサングラスを取り上げた五条は、興味津々な二人に構造と名称の説明を始めてしまう。七海は引っ叩いてやろうかと思ったが、特に亜冴が真似しそうなのでやめておいた。

 

「亜冴の自己紹介がまだだったね。足集利亜冴、一家相伝の術式持ちのお嬢様でーす!」

「えっ?! お嬢様だったの?!」

「縁切られたからあの家とは他人だよ」

「足集利家……聞いたことがありませんね」

「足集利家の術式は諜報向きだからね。七海みたいに前線ゴリゴリのゴリラは関わりないから。それにあの家では累集坩堝呪法持ちは隠されるんだよ」

「隠し子なの?!」

「よく分かんないけど、すごい不名誉なこと言われたのは分かる!」

 

 騒がしい子供三名に囲まれた七海は、先が思いやられるとばかりに溜め息を吐いた。

 

「よし! 頑張ろう!」

「おー!」

「いえ、そこそこで済むなら、そこそこで行きましょう」

「ソコソコってなんですか?!」

 

 七海の二度目の溜め息は早かった。

 

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