最弱の怪物   作:肩たたき

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第五話『見届け人』-6

 

「えいがかん……?」

「映画を見るとこだよ」

「……映画を観るだけの施設が……?」

「今度みんなで行こうな!」

 

 騒がしい子供たちを連れ、七海はサッサと中へ入っていった。本当に好奇心旺盛な亜冴に虎杖は律儀に質問に答えていき、問題の上映場所へと足を踏み入れる。中央付近の座席へ近付き、まだ話を止めない二人は、不意に言葉を失った。散らばった血肉混じりの血痕は、シートを濡らしてこびり付き、まだ乾ききっていないのが、椅子のカバーを濃くした色で分かった。

 虎杖は目の前の血溜まりに顔の険しさを濃くする。一方で亜冴は静かに眺めるだけに留めていた。見慣れているかのような反応に違和感を持った七海だったが、呪術師としては当たり前の反応であるため、すぐに仕事へと頭を切り替えた。

 

「見えますか? これが呪力の残穢です」

「いや全然見えない。足集利は?」

「地面でゆらゆら揺れているのですか?」

「はい。見えないのは見ようとしないからです」

 

 三人の遺体から続く似たモヤを視線で追った亜冴は、感覚を掴む虎杖を待っている。見え始めた虎杖と共に通路へと出た三人は、そのまま屋上へと向かった。小雨が降り始める中、残穢の行方を探すものの、綺麗に途絶えてしまっている。器用というよりは奇妙か。

 三人へ割り込むように入ってきた奇怪な声色と台詞に、一同がそちらへと振り返った。そこにいた呪霊は口が縦に大きく開き、意味のない言葉を発している。

 

「─ンザ……ィ、セン……」

 

 もう一方は四つん這いで腕時計をしたもの。現れたそれに虎杖は身構えたが、巨大な口の方には七海に言われるまで気が付いていなかったようだ。

 

「足集利さんは下がっていてください」

「分かりました」

「虎杖くん、勝てないと判断したら呼んでください」

「ちょっと俺を舐めすぎじゃない?」

 

 二手に別れた七海と虎杖は、それぞれ一体ずつ呪霊へと向かっていく。亜冴は二人の姿を極力目で追って、七海の話を取りこぼしのないように耳をそばだてた。この任務に非戦闘員の亜冴を同行させた意図は、おそらく任務に慣らさせるためだ。つい数ヶ月前まで呪霊すら初見で、サポートにしか回れない亜冴でも、知っておく必要がある。

 それに、暗殺にやってくる相手は大方このような手合いなのだろう。

 片付いた現場の様子を見計らって、近付いた亜冴は携帯を取り出した七海に眉を上げた。任務中に意味もなく携帯を取り出すような人には見えない。

 

「これを見てください」

「写真……? あれ、写ってる?」

 

 数日前の授業で習った内容と外れる、写真に写る呪霊に、亜冴はいち早く頭が回ってしまった。

 

『─ンザ……ィ、セン……』

「……洗剤」

 

 春先に学んだ洗濯の知識から閃いた内容は、酷いものだった。通路脇の掃除用具にも呪力は残っていた。なら、この呪霊は──。

 

「結論から言うと、あの呪霊二体は元人間だ」

 

 もう死んでいた、ショック死だった。

 家入が語る電話口の内容に、亜冴は口を堅く引き結んだ。

 だとしても、生きた人間に死ぬほどの衝撃を与えて、死後を弄んだことに変わりはない。言い表せない嫌悪感のあまり、小首を傾げている場合ではまたもやなくなった。虎杖もそれは同じようで、彼本来の明るさはない。

 

「──趣味が悪すぎだろ…!」

 

──優しい人だな。

 

 確かに同意しかない意見だ。同時に亜冴は己の所業と五条が為そうという、亜冴への血液供給に後ろめたさを覚えていく。物の姿を自由自在に塗り替えることのできる亜冴の術式は、実際に作り変えることはできなくとも、錯覚させるだけの説得力がある。

 

──やろうと思えば、ショック死なんて。

 

 虎杖が亜冴の修行内容を知れば、どう感じるのだろうか。どちらにしろ誰にも言えないし、五条が許さない。多くの人の血を喰らった事実は変えられない。力が及ばなくても、可能範囲に多くの人命を私は握ってしまっている。

 

「相当のやり手です。これはそこそこでは済みそうにない」

 

 立ち上がった七海の言葉は強く、彼なりに怒りを抱いているようである。亜冴は彼らを見守って、自身が飲んだ血液サンプルたちを思い起こした。ラベルに書かれた名前たちには、彼ら二人も含まれている。狗巻や真希、パンダの綿も釘崎野薔薇も、伏黒恵も。

 

──私が食べたものは、この二人の血液だ。

 

「気張っていきましょう」

「……おう!」

「……はいっ」

 

 黙して利用しろ。

 今なら分かる。それが五条の意図であり、彼が課した特別授業であった。

 

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