最弱の怪物   作:肩たたき

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第五話『見届け人』-7

 

「あー……伊地知さん伊地知さん。虎杖さん、突っ込んじゃった」

 

 目の前の同級生のやらかしに遠目から電話で伊地知に知らせた亜冴は、貸された携帯を耳に当てて話した。映画館で唯一の生き残りである吉野(よしの)順平(じゅんぺい)が、一般人か呪詛師かを見極める為の作戦の破綻を今し方目にした。虎杖は呪霊を捉えた順平に親しげに話しかけており、話し相手が嫌う男と揉めている。

 虎杖と同じく吉野順平との接触が許されていない亜冴は、黒電話すら手に取ったこともないので、携帯へと説明をしたのだが、継続的な短い音が鳴り続けるだけで、低級呪霊を追いかけていった伊地知からの返答はない。その内、プツリと切れた音から耳を外し、連絡はしたと亜冴の中で処理されてしまう。目を少し離した後、風のように過ぎる虎杖と、足を露出して走る男を亜冴は見送った。

 

「待機……うーん、でも虎杖さん話してるし」

 

 離れていく姿と見えなくなった伊地知の方向を交互に見比べ、亜冴は悩んだ末に姿を消したまま、虎杖たちの後を付いて行くことにした。

 

──見なくちゃ、私には分からない。

 

 

  *  *  *

 

 

「亜冴は傍観者でいてね」

 

 映画館への調査任務直前、五条はそんなことを話し出した。密封された血液がテーブルに並べられている光景から亜冴は顔を上げる。任務に参加しないよう、五条は口元だけを見せて微笑んできていた。

 

「ボウカンシャ?」

「見守る人ってこと。みんなのことを見守って、戦いには参加しないように」

「学べということですか?」

「それもあるんだけど、亜冴はまだ知らなさすぎる。活躍の場はもう少し先になりそうだから、今はのんびりしておいてよ」

「活躍の場……何か計画が?」

「その内ね」

 

 適当にはぐらかされた亜冴は、信じるしかない相手に頷いて、手始めに目の前の血の入った小瓶に口を付けた。

 

──人を知り、人を真似る。

 

 何を喜び、憂い、悲しみ、怒るのか。

 学んで知って、真似て、操る。

 五条が求める亜冴の力はそんなところらしい。

 だからこそ、亜冴が選んだ選択は、無知ゆえに惨いものであった。

 

 

  *  *  *

 

 

「俺は足手纏いかよ、ナナミン」

 

 虎杖の言葉に亜冴と七海は静かに聞いていた。

 彼の要望は真っ直ぐで曲解を知らない陽射しのようだ。

 あの後、虎杖は吉野順平と接触し、吉野家にて母子家庭の彼等と夕食を共にした。映画の話から雑談まで、話は大いに盛り上がり、吉野順平の実母である吉野(なぎ)にまで気に入られていた。一家団欒に混じる虎杖は、心の底から交流を楽しんでいた。それが、昨日の出来事。

 

──ツギハギの人型の特級呪霊の根城への誘導に、一級術師故に七海建人は乗り込もうとしている。

 

 生徒である二人を置いていくという方針に、虎杖は噛み付いて悔しさを滲ませていた。危険な相手と知っている為に、虎杖悠仁は駄々を捏ねているのだ。亜冴は納得していたし、当然の判断だと七海を密かに評価しつつ、虎杖の発言権を眺めた。大人に歯向かう教育も、男に歯向かう教育も受けていないので、亜冴はたまに周囲の人間が別の生き物のようにも感じてしまう。彼らからすれば、逸脱しているのは私の方だ。私が受けてきた教育は間違いだったのかな。

 

「仲間が死にました。でも僕はそこにいませんでした。何故なら僕は子供だからです、なんて……」

 

 その言葉は、少年院の任務にいなかった亜冴に刺さる。

 私だけが参加できなかった一件だ。認められるほどの力があれば、あの場に行けたのだろうか。無知で純粋過ぎる馬鹿。その言葉に反論しなかったのは、その通りであるからだ。自分は子供で、虎杖は大人であろうとする。

 

「そんなの、俺は御免だ」

 

──私だって。

 

「ダメです」

 

 現実問題、亜冴にはどう足掻いてもあの場には存在できなかった。七海の言葉も深く刺さって胸から抜けない。この任務において、私は最初からずっと足手纏いだ。黙することを学べとしか、道が用意されていない。

 

「この仕事をしている限り、()もいつか人を殺さないといけない時が来る」

 

 “君”も。

 頭数にいれられなかった亜冴は、自身の手の甲を抓って息を呑んだ。仲間外れの足手纏いは悔しがることしか出来ないのか。

 

「でもそれは今ではない」

 

──じゃあ、いつになったら役に立てる。

 

「子供であるということは決して罪ではない」

 

 守られる立場であった亜冴は未だに加護下にいる。いずれこのままでは、また同じことを繰り返すかもしれない。自分は子供を辞めようと足掻いて、親戚一同に牙を向けた筈だ。だがどうだ、未だに守られる対象である。しかも、同世代の者たちにまで。

 

()()にはこれから、吉野順平の監視をお願いします」

 

 呼ばれた亜冴は立ち去る七海に顔を上げ、対照的に虎杖は潤んだ瞳を伏せた。遠のく足音の規則正しさがヤケに鼻についてしまった。

 

 

  *  *  *

 

 

──例えば。

 

 亜冴だけでもあの場に留まっていれば、吉野凪は死なずに済んだかもしれない。

 親しげな一家団欒と、楽しそうな虎杖を亜冴は、スリッポン片手に見守って、そのまま虎杖に続いてあの家を後にした。空虚な私と、賑やかな三人。

 

「そんでさぁ! 俺が箸で──」

 

 そう、ずっと。

 傍観者として、亜冴は彼らを観察していた。

 

「あははははははっ! いやぁ、面白いわ!」

 

 ずっと。

 

「虎杖くんッ!」

 

 校舎で倒れて血を流す虎杖も、私は見ていた。

 

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