最弱の怪物   作:肩たたき

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第五話『見届け人』-8

 

 人型呪霊と虎杖の戦闘は、変化した順平が身体の変化に耐え切れず、ショック死から活動を停止した後に行われた。つい昨日まで手を叩いて笑っていた順平の母は、下半身が呪霊に食され、その呪霊は宿儺の指に惹かれて出現したという。順平の証言に嘘偽りはなく真実を語っているつもりの様子だ。少なくとも順平は、嘘を付くメリットもないので亜冴は信じることにした。単なる呪霊にしては、と思えど、今は考えるべきではない。

 虎杖は誰もいない夜の校舎にて、身体に複数の穴を開けられながらも真人(まひと)に応戦した。

 魂の形を操るという呪霊は、自身の術式の説明をしていき、その顔色から亜冴は眉を顰める。

 

──もしかして。

 

 校庭に窓から虎杖を投げ出したツギハギの人型呪霊は、ぐるりと亜冴の方に顔を向けると、ニタリと笑みを浮かべた。ゾクっ、と背筋に鳥肌が立った亜冴は、目が合った人物から飛び退いて距離を取った。亜冴が立てた仮説は当たっているだろう。

 魂の形を視認できるなら、塗り替えたって魂は変わらず存在する。実態までは消せないから、認識を変換しているだけなのだ。

 姿を幾ら変えようと、この呪霊には筒抜け、通用しない。

 

──このヒト、天敵だ。

 

 首を元に戻した呪霊は、そのまま虎杖との戦闘に戻っていってしまう。まるで弱者に興味はないと言いたげな彼は、虎杖との戦闘に夢中になっており、その後、こちらを見ることはなかった。

 

「……ヤダな」

 

 合流した七海の援護により、助かった虎杖を見ながら、ぼそっと呟いた。高専に来てから、何もかも私を上回っている。羨望と嫉妬を抱いても、埋まらない差に邪な気持ちは胡散してくれる。だがしかし、最強とされる五条悟以外の天敵を目の前にした亜冴は、気落ちして膝を折ってしまいたくなるのを奮い立たせ、苦戦する虎杖たちの勝利を祈った。

 

 

  *  *  *

 

 

 特級呪霊に初めて接した亜冴は、呪霊の逃走により幕を閉じた戦いを振り返る虎杖たちを静かに見続けていた。何も、高専の安置所で今回の被害者たちを前にしなくてもいいのではないか。今は空虚である亜冴は、気配を消すことを貫き通し、吉野家と五名ほどの被害者たちの死体袋を前に項垂れる虎杖を見る。

 

「虎杖くんはもう、呪術師なんですから」

 

 立ち去る大人と、大人になっていく彼に、亜冴は気配を消して傍観を続けた。あの晩、吉野順平に真人(まひと)と呼ばれていたツギハギの人型呪霊による、人間の子供を呪霊に変化させたモノを三体、虎杖は確かに殺めた。人と分かっていながら殺めたことを、七海もきちんと認める。私ならできたのだろうか。今はよく分からないな。

先に立ち去った泣きそうな虎杖の後を追うように、足並みを揃えようとした亜冴は、振り返った七海に立ち止まった。

 

「いい加減、姿を表したらどうです? 悪趣味ですよ」

「……」

 

 気配で気付かれていたらしく、亜冴は正体を表して手の甲を再び抓る。

 嫌だな、この空気。と思ったところで解放してはくれないだろう。

 

「どうしてこの後に及んで姿を隠したんです。交戦中なら分かりますが、虎杖くんは気付いていませんでした。デリカシーに欠けますよ」

「……ごめんなさい」

「……言い訳くらいは聞きましょう」

 

 五条に言われたからでは、説明が付かないだろう。それにそれを言い訳にしたら、信用は遠のく。預けた七海の指示を無視したのは亜冴であり、他人に罪を被せるものではない。伊地知が七海のことを大人の中の大人と敬っていたことを思い出し、この見たことない人種である七海の性格の位置付けを、亜冴は世間の理想の大人に分類した。今まで私の周りには大人が居なかったんだな。或いは理想に近付けなかった型落ちか。

 

「……“仲間が死にました。でも僕はそこにいませんでした。何故なら僕は子供だからです”」

 

 廊下で七海に抗議した虎杖の言葉を復唱する亜冴は、一言一句間違えずに声の抑揚も真似て告げた。気付かない筈もなく、七海は裸眼で分かりやすく瞳を揺らして、話の先を待ってくれる。誰も彼も私の話を待ってくれて嫌になっちゃうな。理不尽に踏みつけられたら、どんな反抗も自分の中で正当化できたのに。

 

「虎杖さんが死亡したという連絡を受けた時の私の心境です。子供ではなく、弱いからですけど」

 

 結局、見守ることしか出来なかった。指示と関係なく動いても、亜冴には手も足も出せず、ただ仲間と守るべき存在が傷付けられ、死んでいく様を息を殺して覚えておくことしか選択肢は無かった。少年院の時から何も変わっていない。いや、離れを出た時から、私は何も。

 

「確かに、顔向けできない」

 

──いたのに、やっぱり何もできなかった。

 

 見捨てるしかできない、保身に走る最弱。

 余計に合わせる顔がなくなった亜冴は、虚しさで一杯だ。どう処理していいのか分からず、今は自分のことに向き合うべき虎杖から離れることを選んだ。涙は出ない。とっくに泣き腫らして、流し尽くしたからだと思いたい。でもきっと今回もまた溜まるんだろう。

 

「五条先生は、私のことを準備期間だと仰っていました」

 

 高専に集まっている生徒の術式傾向からして、亜冴のような裏方向きの術式は雑魚と見られる。そして、虎杖の存在と五条の方針を考えれば、亜冴を表には出さないだろう。

 

「京都姉妹校交流戦で私は見学。虎杖さんが騙し討ちで登場と予想しているのですが……合っていますか?」

「……五条さんに聞いてみないことには分かりません」

「どちらにしろ、私の活躍は当分先ですね」

 

──本気で笑っている。

 

 七海は宣言紛いな予想をする亜冴の目元に目が奪われ、五条と人型呪霊の軽薄さを彷彿させた。似ているが、似ていない。正直、五条が連れてきていないにしても、変わり種過ぎる。実力も四級以下のペエペエだ。補助監督の伊地知と勝負しても余裕で負けるだろう。酷だが虎杖と比較すると、素人以下のそれ。

 最初はどうして五条が可愛がっているのか理解出来なかった。関わってみて分かる素質。純真無垢な上に無知だが、咄嗟の判断と決断、凄惨な惨状に動じない心を持っている。何より仲間想い。潰れないかだけが心配だ。

 そう思ってくれる七海の心を見過ぎてしまうのも、今は自分が疎ましい。

 

「……あなたはまだ半人前ですが、いずれ呪術師になるでしょう。それまで、根腐れしないよう気張ってください」

「……はい!」

 

 元気よく頷く姿が今度は虎杖と重なり、揺れる人格と価値観に七海は賭けることにした。

 

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