最弱の怪物   作:肩たたき

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第一話『起承転結。起』-4

 

「まぁ、それはそれとして、待たされたのクソムカつくから可愛がってあげなーい!」

 

 高専に向かう車内でそう宣言された亜冴は、すんなりと五条の我儘を受け入れた。待たせたのは確かである。

 

「畏まりました」

「散々待たせたのは五条先生も同じでしょう」

「それはそれ、これはこれだよ恵。まだ足集利家と縁が切れてるって保証はないし」

 

 見兼ねたのか仲裁する伏黒は五条の反論に黙り、亜冴の方へ視線を寄越してくる。敢えて先に下に向けていた視線を、亜冴は五条に向けて伏黒の視線から逃げた。なんだか伏黒と目を合わせるのは、苦手に感じてしまうのだ。見透かされているような、単純に気不味さの延長から来るもののような、そんなモヤモヤした落胆だ。

 

「夜蛾さんから何か聞いておりませんか?」

「夜蛾学長? そーいや電話来てたな……。うわ、すごい通知」

 

──デンワ、ツウチ? 手に持っているのは何かしら。

 

 首を傾げながら興味をそそられた亜冴は、乗り出しそうになる身を縮めた。危ない、伏黒を押し退けて見に行くところであった。放たれそうになった好奇心に縄をかけ、命綱らしい黒く薄い帯状のものを握る。胸辺りを抑えるコレが妙に存在を主張してきた。

 

「はい、もしもしー。夜蛾学長、なぁに? ……え? 足集利亜冴なら一緒にいるよ。家まで迎えに行ったのに居なかった? あぁそれは、僕が駅前で待たせるよう足集利家に言ったから──」

「悟、お前ッ──!」

「もう切りますね、バイバーイ」

 

 どこからともなく聞こえた声が怒鳴り始めたところで声を切った五条は、鼻歌混じりに此方を見てくる。くるりと向いてきた首に、同じように反対を見ることで車窓に視線を逃した。やっぱり信用ならない、この人。

 亜冴はまたしても車の扉に手を掛けて祈る。早く到着してくれなければ、何をされるか分からない。

 

「すみません、走行中は車のドアは開けようとしないでください……危ないので……」

「……ごめんなさい」

 

 更に気不味くなった空気と半身にかかる威圧に、亜冴は二度とそちらへ振り向けなくなった。

 すっかり暗くなった高専内は広く、自然に囲まれているためか、尚更暗い場所である。この時間になれば、街灯が多少あっても星空は見え易く、しかし月明かりなどなくとも手元の皺が注視しなくても見えるほどの明るさだ。キョロリと辺りを見回す亜冴の先を、同じ校門前に降ろされた五条と伏黒が行く。

 

「あ、明日は夜蛾学長との面談だから」

「えっはい」

「残れるといいね」

「えっ」

 

 面談次第で居られないことを示唆する発言に、亜冴は目を瞬かせた。五条という人物は見た目にそぐわず、人を振り回す性格らしい。ある種、粗暴さとは合っているか。戸惑いつつも付いて行った先は、洋式の扉ばかりある廊下だ。同じく多めの荷物を持った伏黒は、五条に通されるまま部屋の一角に入っていく。

 

「はい、ここが恵の部屋ね。好きに使っちゃっていいよ」

「五条先生にその権限あるんすか?」

「ないよ」

「ねぇのかよ」

「あぁ亜冴、ここ男子寮だから、女子は普段来ちゃダメだよ」

「なんで案内したんだよ」

 

──男子リョウ。

 

 曖昧に小首を傾げた亜冴は、「次は亜冴の部屋ね」と肩を押される。どうやら学生ごとに部屋を設けるらしい。同じくらいの広さなのだろうか。

 色々と気になるけれど、この人には質問したくないな。鞄を抱えていた腕が限界を迎え始めた頃、途中耐え切れず亜冴は先導する五条の数歩後ろで荷物を置いた。息切れを起こして肩で息を繰り返す。運動など碌にさせてもらえなかった身としては堪える。ぜぇはぁと息を漏らし、さぁもう一度と抱え直すも、また少しして震えた腕が落ちてしまう。

 

「何してんの、置いてくよー」

 

──そもそもコレ、何が入っているのかしら。

 

 亜冴は使用人に持たされた荷物を見つめ、不意にそんなことを思う。私物といえば、もっと軽いと思ったのだけれど。

 今度は両腕で抱えるようにして持とうと手を伸ばしたが、顔を罹った影がヒョイっとそれを掬い取っていった。驚いて見上げた先は、例の伏黒恵でまたしても目が合う。と同時にサッと下へ向かわせ、亜冴は荷物へと視線を下ろした。

 

「……持ってってやる」

「いえ、自分で……」

「そんなんじゃ、いつまでもここから進まねぇだろ」

 

──“さっさと男子寮から出て行け”

 

「すみません……」

 

 遠回しにそう聞こえた気がした亜冴は、伸ばしていた手を引っ込めて、胸前に拳を作る。嫌われて当たり前のことをしたのは此方の方なので、亜冴は控え目に伏黒の後を付いて行った。

 

──不思議な場所だ。

 

 離れと少し既視感のある廊下だというのに、呪符も使用人も見当たらない。亜冴は自然と洩れそうになる笑みを噛み殺し、自身より背丈のある二人に続いて音を立てないよう気を付けて歩く。

 しばらく歩いて通された部屋は、伏黒の部屋と同じほどの広さで、離れとは雲泥の差があった。けれど、此方の方がずっと好ましい。

 

「ありがとうございます」

 

 部屋に置かれた鞄に礼を言った亜冴は、二人が部屋を出て行ったところで鞄を開けてみた。確かここを押せば開くと、使用人が言っていた。カチッと音を立ち、緩くなった蓋を持ち上げる。

 

「……なにこれ」

 

 幾つか入ったそれを手に、亜冴は迷いに迷ったが廊下で元来た道を戻る二人を捕まえた。こればっかりは聞かなければ分からない。

 

「あの、鞄に入っていたんですけど……」

「……は?」

 

 手にしていた一つを見せられた二人は、度肝を抜いて、鷲掴まれたそれを凝視した。綺麗に揃えられた長方形の紙束の色は、くすんだ緑色をしている。全て同じものが描かれており、精巧さから職人の腕が伺えられる代物だ。

 

「これってなんでしょうか?」

 

 小首を傾げて尋ねた質問に五条たちは、今度は亜冴の顔をありえないと言いたげに見た。

 

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