高専内は迷宮だ。ハリボテとしてその殆どが存在している。呪術師を排出すると同時に、特級呪物の保管も行なっているからだ。先日に回収された宿儺の指も、高専で厳重に保管されているらしい。出所と元の持ち主は捜索中なのだが、いとも容易く一般家庭へ置いていくような輩だ。亜冴はどこか引っかかるものがあった。人型のツギハギ呪霊が置いて行ったと考えるのが普通だが、呪霊ならばアレを飲み込んで力を得ようとするのではないのか。正しく保管されなければ、呪霊を誘き寄せる代物で、少年院の特級呪霊も宿儺の指を取り込んでいた。真人は貪欲に戦いを欲していたことから、アレが毒だと知っており、理性で取り込むのをやめたのだろうか。五条は言っていなかったが、虎杖暗殺を目論む者とは別に、徒党を組む輩がいるのだろうか。
途中寄った寮部屋から持ってきた釘崎チョイスのトートバッグに、あの部屋人数分の飲み物を亜冴は自販機を押しては入れて行った。もちろん、常識として五条以外のものは自腹を切っておく。毎度の任務でのお零れの収入は低いが、この程度なら問題はない。自身の成長に頷いた亜冴は、トートバッグに財布を二つ入れて、元きた道とは反対へと歩き出した。気分転換がてらの散歩は、高専内が常々変わるためか新鮮で楽しい。空は高く澄んで、空気も気持ちが良い。自然というものも悪くない。不意に水色の上空から降りてくる黒点に、亜冴は一人呟いた。
「……なにあれ」
そうして走り出した途中、近くで聞こえた声に動きを止めた。
──聞き覚えのある笑い声。
姿を消した亜冴は茂みに隠れて、気配を殺す。
「さぁーてと、行くかぁ」
決してバレてはいけないが、奪われてもいけない状況下に亜冴は冷や汗を流した。目の前にあの一家と数名を殺めた、ツギハギの人型呪霊がいる。何か目的があるような言い草だ。呪霊が高専内に侵入していることと、狙ったように交流戦の最中、そしてタイミングの良い帷。交流戦会場から離れた場所での侵入。
──内通者ないし呪詛師がいる……?
あまりにも統率が取れ過ぎている作戦を、呪霊だけで立てられるとは考えにくい。七海の言葉を信じるなら、増してやこの呪霊はまだ子供。内通者の情報提供だけで、ここまで動けるとは思えない。呪いは呪いでしかないならば、明らかに人間が中心にいる。高専内の仕組みを把握し、教員陣の動きを予測できる者は限られる。いや、今重要なのはそこではない。
──ここから離れ、五条悟に伝えること。
特級呪霊相手に見つかれば、無事では済まない。
一級呪術師の七海が傷を負っての逃亡だ。亜冴なら即死だろう。奴の天敵である虎杖は距離が離れすぎている。茂みに隠れたのは悪手だった。動けば物音が立つ。
徒歩で離れていく呪霊を見送り、亜冴はポケットに手を差し入れた。目的の物が見つからず、辺りを探すがやはりない。
「……ぁ」
──携帯、机に置いて行ってる。
* * *
「どうやら、五条悟のみを拒む代わりに他の者は入れるみたいだ」
帷に辿り着いた五条は理解していない歌姫に説明をした。歌姫たちを先に行かせるとして、帷を解くにはどうしたら良いだろうか。五条は少し考え込んで、帷を視認していたところ、歌姫の声が届く。
「なによ、あれ……」
呟く歌姫の視線の方へ目を向ければ、存在するが存在しない、巨大なコーラのペットボトルが立っていた。鉄塔顔負けで聳え立つそれに、五条は優先順位を切り替える。
「先に向こうから片付けてくるよ」
「はぁっ?! 中の生徒たちどうすんのよ!」
「外の生徒がピンチだから」
言った途端、五条はペットボトルの足元へと移動した。歌姫の文句が途切れたが問題ないだろう。問題は位置を知らせてきた亜冴の方だ。
──亜冴は馬鹿ではない。
五条が来たことからか、途絶えた術式から出てきた本物の足元が濡れている。残穢は辺りになく、代わりに落とされた液体から、五条は道標だとすぐに察した。やはり、馬鹿ではなかった。むしろその反対を行くものだ。