最弱の怪物   作:肩たたき

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第六話『行動皆無』-4

 

 あの人型呪霊は真人と呼ばれていた。

 追尾することなく、視える距離範囲の茂みまで下がった亜冴は、辺り一面に生い茂る葉を喰みつつ、身体を縛る震えに息を吐く。武者震いではない、恐らく本能的なソレ。優しさほどではないものに、亜冴は天敵である真人が歩くのを観察する。闊歩している。まるで関係者のような足取りは、目的を持って歩いていた。

 

──頭は人並みか、それ以上の狡猾さ。

 

 しかし、呪詛師ほどの知識は有しておらず、まだ子供の範囲の呪霊の様子に、亜冴は口元に利き手の指を幾つか当てて思考した。

 最悪のパターンは真人の目的達成だろう。目的を知らない亜冴は、ここで躍り出れば命と引き換えに簡単に口を破るだろうと仮説を立てた。彼は口が軽いというよりも、強者である余裕と死者への花向けとして話し過ぎる。だが、問題はその情報を他者に残す方法がない。

 亜冴は咄嗟の対策として、五条に頼まれた飲料を巨大化させる準備はしたものの、その起動を一先ず放置した。手の内のペットボトルの残りは、まだ考えずとも平気なほどある。真人は魂の形を知覚できると話していた。ならば、無機物の幻覚は視界に映らない可能性がある。もしくは、どちらも知覚できる眼を有しているかもしれない。

 敵の目的を知り得てから五条を呼び寄せるか、またはすぐさま呼んで対処させるか。

 

──どちらが最善?

 

 ここまで亜冴が悩むのには理由があった。

 真人は一人で行動はしていない、必ず呪詛師が裏にいる。交流会は二日に分けられる行事で、尤も生徒含めた人手と人目を集める合同戦での奇襲。初日の合同戦では呪霊の討伐数を競う為、生徒たちがいる敷地内で呪霊の警報は鳴らないようになっている。帳内にも真人側の呪霊が現れていると考えるべきか。

 本来、特級呪霊が高専に侵入した時点で、戦略はこちらに注がれる。だが、悠々自適に歩く真人を見る限り、各所で呪詛師を含めた敵が同時に襲い来たのだろう。敵の目的は仮説の域を出ないが、こちらが本命と思われる。

 

──うん、呼ぼう。

 

 亜冴は握っていたペットボトルにもう一度口を付け、一キロほど離れた箇所の溢した次点に鉄塔ほどの巨大なペットボトルを出現させた。それから数を数えて三十秒間の幻覚を見せ続ける。

 飲みやすい飲料水は、自身の術式と相性がいいかもしれない。液体が本体だし。

 次にやるべきことに頭を巡らせた亜冴は、真人に知覚されない距離を保つよう茂みの中を進んだ。今回、化けているのは小さな鼠である。こればかりは五条の遊び半分のゲテモノ食事に感謝だ。まぁ、残り半分の狙いはこれだろうが。

 

──一切の迷いはないが、道は知らない。

 

 真人の様子に亜冴は“探し物”という言葉を浮かべ、ではなんだと息を吸った。

 特級呪霊の真人が発見された事件、吉野順平を中心とした一連の流れを頭の中で整理していく。そもそもあの事件の発端はなんだ。真人は目的を持って何者かと行動している。気紛れに遊ぶだけなら、あのような大規模な事件を起こすよりも、これまで通り小規模で分かりにくくヒッソリと行なう筈だ。わざわざ目立つ行動を立て続けにしたのには、実験よりも何か別の目的があった筈だ。娯楽として殺しを楽しんではいるが、現在の真人の楽は希薄だ。

 

──始まりは映画館の事件。

 

 吉野順平は同級生の悪人とされる三名の死亡を目撃している。真人は清掃員と従業員それぞれ一名も同じ手口で呪殺、呪霊として変化させた。しかし、吉野順平は生存している。男子高校生三名はその場で殺害されるだけに留められたのは、吉野順平を生かす必要があったからだろう。もし、実験を行なうだけならば、目撃者になり得る吉野順平まであの場で手に掛けていたと思える。

 吉野順平が恨みを持つ相手を殺害し、興味を持たせたとすれば、吉野順平には元々呪術師の才能があったのだろう。その才能は真人が植え付けたのか、本来あったものかは不明だが、わざわざ舞台をそこまで仕立て上げるのは、足がつきやすい。視認できるほどの能力が順平にあったと考えた方が自然だろうか。

 

──こうして近付いた。次は。

 

 東京都の高専の管轄にあった映画館に、五条の計らいで任務として一級呪術師が生徒の引率を行う。生徒である亜冴と虎杖は、七海の指示の下で任務に当たった。必然的に七海は事件を引き起こした相手に当たり、生徒たちは生存者である吉野順平を調査する。そちらの方がこちらの痛手になりにくいからだ。人事配属まで仕組まれていたと考えると、キリがないので今は切り捨てよう。

 ただ、予見は敵にもできた可能性がある。

 虎杖悠仁は死亡したままとして、話は通されていた。生存を知る何者かが情報を流したとすれば、事件を引き起こした際、優先して虎杖を呪術師として育てたい五条は配属させるだろう。そこにお守り役であるベテランの呪術師も配属される。この場合、敵のイレギュラーは亜冴であるが、歯牙にも掛けないほどの実力なので割愛しよう。とかく、虎杖悠仁は吉野順平と接触した。高専側としては、吉野順平が事件を引き起こした呪詛師の可能性もあった為、接触を控えるつもりだったものの、虎杖の性格上、それは不可能に近かった。亜冴が止めに入る前に接触してしまったし、吉野順平自身にも問題はないように視えた為、許してしまった。数時間だけの接触であったが、夕飯をご馳走された虎杖は、吉野家と親密な関係まで進んだ。今思えば、止めるべきだったのかもしれない。口内の頬肉を柔く噛んだ亜冴は、止まりかけた思考を続ける。

 

──一般家庭に突然、両面宿儺の指。

 

 何者かに置かれたとしか思えない。それにより、吉野凪の死亡。吉野順平は犯人を自身への虐めの首謀者である男子生徒だと睨んだが、彼は呪霊おろか吉野順平の式神すら視えてなどいなかった。完璧な一般人であるのに、一級相当の呪霊を呼び寄せる特級呪物を、呪霊を引き寄せずに不法侵入して設置するのは考えにくい。どちらかといえば、数時間前の現場に招かれた虎杖悠仁を怪しむのが先だ。虎杖悠仁を怪しむ前に、何者かに吹き込まれ、個人的な恨みから犯人は虐めの首謀者だと決め付けた。何者かは指を置いた者、吉野順平とある程度の交友関係にあった真人で間違いないだろう。そして、帳を降ろすことで中の者が逃げ出せない、多数の人質を確保した上で目立たせ、学校の集会中に居合わせた全員を吉野順平に襲わせた。

 駆け付けた虎杖は吉野順平を説得しようと、攻撃を受け止めて話を聞き出し、吉野凪の死亡と吉野順平が虐めを受けていたことを知った。同情をした虎杖は、自分のことのように心を痛めて、母を亡くした吉野順平に高専に来るよう勧誘した。涙ながらに希望を見出して頷く彼の背後から、あの人型呪霊は現れた。七海が接敵した敵とは思わず、警戒する虎杖に対して吉野順平は真人を良い人だと庇った。

 

──そして、彼は呪霊に変えられた。

 

 ショック死による死亡が確定していたにも関わらず、吉野順平は大粒の涙を流して虎杖悠仁に助けを求めていた。またしても軽くない攻撃を受け止め、己の中にいる宿儺に虎杖は声を掛けた。死んだ自分が生き返ったように、吉野順平を救ってくれと取引を持ちかけた。それを宿儺は嘲り断り、真人と共に高笑いを上げ、吉野順平は身体を変化させられたショックに耐えられず、数秒後に死亡した。真人でさえ、元に戻したところで死亡は確定していた。拾うな、今は邪魔でしかない。外道に感情はいらない。

 

──真人は吉野順平に語らせた。肩入れさせた。

 

 虎杖悠仁は吉野順平を仲間として受け入れるまで、助けたい存在として昇格した。助けを求めるほどの状態まで変化を留めたのは、虎杖悠仁の心を痛ぶるだけじゃない筈だ。閃いた亜冴は口を固く閉ざし、唇に置いたままの指で押さえ付けた。

 

──虎杖悠仁に、宿儺有利の縛りを設けさせる為。

 

 学校という施設での強襲も、人質を多く確保することで、吉野順平で虎杖悠二が取り引きをしなくても、人数を増やすことで心を揺さぶれる。宿儺有利の縛りを設ける理由は分からない。手間がかかり過ぎるのに宿儺に断られたことから、似たことを起こしはしないだろう。

 

──吉野順平は才能がある故に母を殺された。

 

 私情を振い落とした亜冴は、瞬きをして遠くで日差しの下を歩く呪霊を見る。全ては宿儺有利の縛りを設けさせる為、にしては労力が掛かり過ぎている。充分な知識もアレにあるとは、やはり考えられない。司令塔は他にいる。それは人間だと亜冴の感覚が告げていた。あの特級呪霊が従う相手だ。同格かそれ以上の実力だろう。でなければ、食われている。

 もっと他に揺さぶる方法はある。一連の事件を引き起こした他の理由はなんだ。また同じことをするにしても、宿儺の指である必要はない。奪われたものを取り戻すにしても、リスクが高すぎるしどう目印を付けるのか。

 並べられる疑問と憶測の内、亜冴は幾つか拾い上げては手放してを繰り返した。考えろ、アレは何をどこまで思考して可能にし、アレの背後にいる者はどういう頭を持っている。

 仮説としてだが、真人は吉野家から回収された両面宿儺の指に、自身の残穢による目印を仕掛け、今回の交流会に合わせて奪取しに来ているとしよう。気配が大きすぎる宿儺の指なら、微量の呪力を付けさせても気付かれることはない。すると、道は分からないが目的があっての歩調から、探し物は宿儺の指と思われる。真人と高専との接点など、敵対関係であり接敵した点しかない。なら、奪い返しに来た理由はなんだ。

 

──宿儺との縛りを結ばせるのには失敗した。

 

 宿儺を有利にさせる、縛りの他には指を食させることが簡単だ。しかし、遅かれ早かれ虎杖に五条は指を食べさせる。わざわざ手元に置く理由は、自分たちのタイミングで食わせたいということか。虎杖悠仁が指を食したのは六月、その数日後に高専保有のもので二本目。訳一ヶ月後に少年院にて三本目を食した。立て続けの数本を食したものの、二本目まで虎杖は精神を平然と保てていた。三本目に意識を手放したままだったのは、危機的状況である他の理由はなんだ。

 負荷に耐えられなかったのだろうか。情報が少ないが、思い付く中で有力なのはこれだけだ。時期と本数による精神汚染が一番高い。であれば、あちらが宿儺の指を所持していたいのも頷けられる。では、何故そこまで両面宿儺に拘るのか。宿儺有利にした結果、招くだろう事態に亜冴は口から手を離した。

 

──…………両面宿儺の復活……?

 

 あまりにも飛躍しすぎている上、呪詛師や呪霊の利益が見えない。亜冴はともかく両面宿儺の指を取り戻しに来たと仮定して、建物内に入っていく真人を阻もうと、駆け付けた高専関係者に目を瞑った。次に目を開ければ、彼らは大量の血を流して地面に倒れており、息はもうしていない。被害者を甚振らない真人に、やはり回収が目的と悟った亜冴は、真人が戻ってくる前に離脱することにした。

 姿を消したとしても感知された亜冴にとって、真人は天敵以外のナニモノでもない。魂の形は可視化されるのなら、鼠の姿であろうが、真人は足集利亜冴だと見抜くだろう。身を隠しながら移動では、すぐに追い付かれてしまう。物理的に視界を阻むしか、手段がない。亜冴は真横に身を隠しながら移動していき、石の塀に手を掛けた。足を掛けてよじ登り、その下の坂を見とめた。坂下から先も高専敷地内に変わりなく、目隠しになる上、この急斜面から離脱したとは真人は考えないだろう。亜冴は一番障害物に当たる場所まで、塀に腰掛けて横へと移動すると、脳内で試してから坂へと爪先から降りた。

 

 

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