最弱の怪物   作:肩たたき

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第六話『行動皆無』-7

 

「いやぁ、みんな頑張ったね。お疲れ様」

 

 五条の当たり障りのない言葉に、全員が取り囲む位置で耳を傾ける。亜冴は試合後の姉妹校同士向かい合ってのお辞儀の際、幾つも被らされていた野球帽が頭から回収された。自分の分だけの帽子を取って、同じようにつむじを相手側に見せる。そうして、解散となった瞬間、亜冴は五条に帽子を取られてしまった。

 

「何か御用ですか?」

「亜冴〜、野球したかった?」

「……始まる前にしたいと言いました」

 

 ムッとして返す様子が面白いのか、五条は翻した帽子でペシペシと亜冴の頭を軽く叩いていく。何なのだろう、この大人は。まだ何かあるのかと、全員が何気なく解散せずにいれば、五条は亜冴を突然担ぎ出した。

 

「何してんだ! この馬鹿!」

「えっ、えっ……! おち、落ちる!」

「ワッショイ! ワッショイ!」

「せめて肩車にしてやれ!」

 

 ギャイギャイと騒ぐまま、ホームベースに降ろされた亜冴は、目を回して五条を見上げた。突然気でも狂ったのか。しかし、真っ黒なサングラスから覗く目は水色で、正気を見せつけてくるものだ。ならば何故と思っている内に、亜冴はバットを持たされ、虎杖はヘルメットを被らされた。

 

「試合は無しで、ちょっとだけやろうか」

「……えっ」

「名付けて、僕が言った人と同じ打ち方をするゲーム!」

「足集利にモノマネをさせるってこと?」

「そーう! 名前を言うから打っていってね。あっでも打つだけで走っちゃダメだよ」

 

 五条の言葉に亜冴はバットに視線を下ろした。初めて持つバットは少し重く、十回も振れば明日は筋肉痛になるだろう。家入に無理はするなと言われている亜冴は、直前になって萎縮してしまった。本当にしてもいいのだろうか。そんな亜冴を見兼ねたのか、伏黒がズイと割り込んできた。

 

「五条先生、足集利は野球をさっき知ったばっかで、プロ野球選手なんて知りません」

「恵たちの名前を言うから平気平気」

「そんなの、尚更ムリです」

「さっきの試合、亜冴も見てたじゃん」

「いや……基礎体力もやっと身に付いた奴ですよ。無茶です」

 

 助け舟のつもりだっただろう言葉の数々に、亜冴は顔を上げた。限界かどうかを判断するには、私たちは互いの理解が浅すぎるのではなかろうか。焚き付けられた亜冴は、五条を真っ直ぐ見つめると、いつも内心でしている剣呑な顔つきでハッキリと口を開いた。

 

「私、やります!」

「よしきた!」

「おい、足集利。そんなボロボロなのに……」

「私は今この瞬間、何もかもが初めてなんです! あなたの経験則で、私を諦めないで下さい!」

 

 亜冴が初めて面と向かって反抗する様子に驚く一同と、特に面食らう伏黒に、フン、と亜冴は息巻いた。こうなったら、全力で草野球をして楽しんでやる。怒りのままにバットを握って位置に着いた亜冴は、ニヤつく五条をキッと睨むように見た。

 

「最初は誰ですか?!」

「葵は打ってないからぁ……、野薔薇!」

「分かりました。さぁ、やりましょう!」

 

 バットを構えた亜冴の気迫に、全員が一応引き下がっていく。京都校も遠くから見物しており、亜冴は憂さ晴らしも兼ねて長く息を吐いていった。

 足の位置と靴先の向き、両手の隙間を確認して、スッと背筋を伸ばす。釘崎は少し乱暴に力を込めて打っていた。伏黒はその姿をヤケクソと評価していたが、その通りだったのだろう。だから、もう少し腰を落として力を入れる。位置に着いた真希がボールを打つタイミングを伺っている。亜冴はそのタイミングを見極める為、注意深く目の前の彼女を観察した。試合中、彼女はボールを打つ零点三秒前に息を止めて力む。

 

──今……!

 

 勢いよく振ったバットは空を切り、ボールがグローブに吸い込まれる。掠りもしなく外したことに、亜冴は息を吸い、もう一度吐いた。位置は合っているけど、飛ばすにはもう少し下で振らなきゃ。急遽振るう方向を変えた亜冴に、全員は気が付かなく、どこか案の定といった具合である。釘崎の一球目は別にいい。だって、同じようにキャッチされて、無効になっているんだから。

 

「……なぁ、足集利。そんなムキにならなくても……」

「やる。やりたい。誰も信じなくても、私は私の可能範囲にある可能性を信じる」

 

 虎杖の静止も聞かず、亜冴はバットを握り直す。釘崎は亜冴よりも幾らか身長が高い。だから同じ位置でバットを振っても当たりっこない。そもそも真希が同じ調子で投げているとも限らず、そこら辺の微調整を五条は明言しなかった。打ちたければ打てということだろう。

 

──打たないと、伏黒さんたちは納得しない。

 

 もう一度、息を長く吐いて深く吸う。そうして吐き切った瞬間、亜冴はバットを振るった。虎杖程ではないが、ボールが打ち上がる。乾いた音と共に打ち上げられたボールは宙で弧を描き、真希からも離れた地面に落ちた。全員が目を見開き、驚きで固まる中、亜冴は五条へと勢いよく振り返る。

 

「これが、釘崎さんの打ち方です!」

「うん合格! 次は棘の打ち方!」

「はい!」

 

 またバットの持ち方を変え、歩幅などを調節した亜冴は真希に向かって、顔付きも変化させた。釘崎とは違い、正に無表情で待ち構える。驚きから抜け出て、前方から飛んできたボールを、亜冴は狗巻の癖も真似て、釘崎よりも弧が低いが早く打ち返した。

 

「よし! 次は悠仁!」

「ホームランってやつですよね!」

「打てたら飴あげる!」

「いらないです!」

 

 そうして、亜冴は京都校の生徒の打ち方も真似していき、バッター役を大いに楽しんだのだった。

 

「血豆だらけじゃん、何してきたの」

「すみません……」

 

 家入に小言を募られた亜冴は、けれども楽しかったと治療を受ける。ラストの一球を打ち返した後、バットの柄と手のひらの包帯は血みどろになっており、観戦していた者たちでちょっとした騒ぎとなった。伏黒たちに治療室に連れて来られた亜冴は、汚名返上をするつもりだったのにと肩を落とす。でも。痛みを感じないほど、楽しかったな。

 

「あの、家入さん。反転術式のやり方とかあれば、教えてください」

「え、なんでまた?」

「お恥ずかしながら、私はこういったことが多く起こる気がして……。家入さんのお世話になる前に、少しでも自分でできたらと」

「……なるほどね」

 

 手のひらの治療を終えた亜冴の包帯を換えつつ、家入は再び口を開いた。意味ありげな様子に亜冴はその顔を眺めるが、特に見れるものはない。酷い隈から、亜冴はやはりあまり頼ってはいけないと、改めて感じた。

 

「ひゅーってやってひょい」

「ヒューッテヤッテヒョイ?」

「ひゅーってやってひょい、が反転術式の感覚」

「ひゅーってやってひょい……」

 

 一言だけの説明に亜冴は、物は試しにと早速挑戦してみたが、いまいち掴めない。更に肩を落とした亜冴に家入は軽く笑って包帯の末尾を綺麗に止めた。

 解放された亜冴は治療室前に待機していた伏黒たちに顔を覗かせ、気不味そうに頭を軽く下げる。反発した結果、怪我を増やしたので怒られても仕方ない。落ち込む亜冴は治療室の扉を閉め、上目遣いで三人を見た。

 

「なに落ち込んでんのよ」

「そうそう! 足集利、凄かったじゃん」

「でも、怪我しちゃった……」

「豆くらい誰でもやってるだろ」

 

 思わぬ反応に驚いた亜冴は、目をパチクリさせて目線を上げた。怪我をして肯定されるとは思わなかったな。今までに出会ったことのない価値観に、またしても亜冴は目を少しばかり輝かせる。もっとこの人たちのことを知りたい。

 

「……今度はピッチャーもやってみたい……」

「おう、足集利ならできる!」

「キャッチャーも……あ、ホームラン打って、グルっと走るのも……!」

「うんうん! 怪我治ったらやろうぜ!」

「アンタ、マジでこれまでスポーツやって来なかったの?」

「スポーツ……?」

「やってねぇな、コレ」

 

 スポーツの意味を知った亜冴は、これまでにないほど目を輝かせ、この世の娯楽の多さに心躍らせた。とても離れでは体験できない様々な事柄と、なんて窮屈な生活だったのかと、亜冴は改めて足集利家に内心眉間を寄せる。あぁ、毎日が楽しくてどうにかなってしまいそう。

 

「たくさん、みなさんとスポーツやってみたいです!」

 

 基礎体力も半年でやっと身に付いた非力な亜冴は、少し硬くなった手のひらで拳を作り、高らかに一番のやる気を見せ付ける。すっかり機嫌を直した亜冴に、同級生たちは仕方ないとばかりに各々が好きなスポーツの話をしていった。

 

 

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