最弱の怪物   作:肩たたき

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第七話『向こう岸』-3

 

「……ナカ学校ってなんですか?」

 

 校門横に掲げられた学校名の後半部分である、中学校を正しく読めなかった亜冴は、首を傾げて伏黒に尋ねた。

 

「小学校卒業したら、次に入る学校だ。あとナカじゃなくて、チュー学校な」

「なるほど。では、その次は(だい)学校ですか?」

「んなのねぇよ」

「その次は高校で、その次は大学だよ」

「私たちが次に入るのは、大学……?」

「高専は高校と大学がくっ付いてんのよ」

 

 三人がかりで教えられた亜冴は、なるほどと頷いて頭のメモに書いておく。つまり自分は高専だけ卒業証書を得られるということだ。義務教育を迎えてもいない亜冴は、補助監督と三人に続いて校門を潜った。以前訪れた小学校に似た外観の校舎は、吉野順平が通っていた学校にも似ている。高専の校舎含めた四つの外観から、こちらの方が校舎としては一般的なようだ。

 今回、埼玉にあるとある中学校を訪れたのは、調査の為だ。呪霊の仕業とまでは事前調査で調べがついたものの、その居場所と条件が分からず、こうした調査を含めた任務が一年生四人に舞い込んできた。亜冴の参加は当初予定していなかったそうなのだが、五条の見学してこいという名目の元、急遽付いてきたという次第だ。亜冴としては高専の外の様子にも興味があったので、万々歳な案件である。実際に死人が出ていることもあり、不謹慎なので口にはしないが。

 

「おっ」

 

 聞き込みをするという話から、物陰で二人屯する男子を一同は捉えた。虎杖と釘崎がまず向かい、亜冴も付いて行こうとすると、伏黒に襟首を掴まれて止められる。輩に輩宜しく、釘崎と虎杖は絡み、嬉々として混ざりたかったのだが、亜冴は伏黒の浮かない顔色に動きを止めて、その顔色を伺った。目立ちたくなさそうな、いや、気不味いのか、心当たりがありそうな。そんな顔をしている。

 

「伏黒さん! お久しぶりです!」

 

 伏黒の姿を認めるや否やそんな声が響き、伏黒は顔を思い切り背けた。虎杖たちの標的が伏黒へと変わったのは言うまでもない。

 

「お前なにやった?! なにやった?!」

「ボコったんか?! ボコったんだろ!」

「……ボコっ…………た」

「ボコッタって、なんです?」

 

 見事なトドメを決めた亜冴により、伏黒は気不味そうなものから、苦虫を噛み潰したような顔色に変わる。罪悪感などは全くない様子に、亜冴は知られたくない恥ずかしい過去だったのかと分類すると、ボコる、という動詞についての知識をまた得た。

 

「わぁ! 伏黒さんは本物の輩だったんですね!」

 

 初見の印象通りだったと喜んで声を上げたのが死体蹴りだったらしく、伏黒は肩を落としてバツが悪そうにした。伏黒の知り合いということで、敬語で話す別の輩に、亜冴はうんうんと頷く。曰く、聞き慣れない新しい単語を頭の中でメモをしながら聞けば、キモダメシとやらの為に、八十八(やそはち)橋にバンジージャンプをしに行ったらしい。肝心なところが抜け落ちた情報に、亜冴はそれでも満足げな顔をする。返って伏黒は、中学校で働く通りがけの老人との会話から、かなり気落ちしてしまっていた。津美紀(つみき)という人物の近況を聞かれてからというもの、伏黒の顔には影が落ちている。津美紀と何かあったらしい。

 

「……津美紀は俺の姉貴だ」

 

 虎杖たちに突かれ騒がれて、ぶっきらぼうに答えた伏黒の顔は浮かない。亜冴は静かに姉貴という言葉に、口を閉ざした。姉、姉貴は国語辞典に載っていた。

 

──姉。自分より先に両親から生まれた女。

 

 落ち込んで姉を思い遣る姿に、亜冴は語らない伏黒に対して、密かに目を細めて瞼を閉じた。自分より先に両親から生まれた男を兄という。

 

「私は周辺の聞き込みを続けるんで、橋の調査をお願いするっス!」

 

 そう言った補助監督は四人を件の橋に下ろして、車を走らせていった。早速、伏黒は先程買っていた細い縄を取り出して、虎杖に巻き付けていく。耳にしたことをやろうとしているようだ。

 

「もしかして、バンジージャンプなるものが今から行われるのですか?」

「知らない……よな、足集利は。そうそう、頑丈なロープを巻き付けて、橋から飛び降りんだよ」

「やってみ……!」

「駄目だ。遊びじゃないんだぞ」

「虎杖は筋肉ムキムキゴリラだからどうにかなるけど、アンタがやったら死ぬわよ」

「……ムキムキゴリラってなに?」

 

 教えられた造語とゴリラという動物に納得がいった亜冴は、橋から落ちようとする虎杖を眺めようとして、釘崎に肩を掴まれて離れさせられた。

 

「いってきまぁああああぁあああぁすッ!」

 

 危ないからと言う釘崎の手が離れたので、亜冴は橋の下まで落下した虎杖の声に、橋の鉄柵に手を付いて下を見る。遥か下に逆さまにぶら下がる虎杖はケロッとしており、亜冴は平気そうだと振り向いた。

 

「虎杖さん、元気そうだよ。笑顔でえぇと、ピースサインしてる!」

「目がいいなお前」

「マサイ族か?」

「……見えないんですか?」

「見えねぇよ、あんなの米粒だろ」

 

 もう一度橋下を見るが、鮮明に見える虎杖は宙吊りで少し不思議そうにしている。自分で抜け出ようとしているが、あの様子では上手く行っていないようだ。川といっても川の水はほぼ枯れてしまっているので、小石たちの上に頭から落ちてしまうのではなかろうか。川まで虎杖の位置は三メートルほどはある。

 

「ところで、虎杖さんとどう合流するの?」

「あ」

 

 同じように覗き込んで目を凝らす伏黒たちは、同じ一音を上げる。虎杖の体重はかなり重いと聞いていた上、縄の長さも相まって引き上げるには相当の力がいるだろう。結局、橋上の三人は橋下に降りる道を探し、その間、虎杖は縄にぶら下がったまま頭に血を上らせることとなった。

 

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