最弱の怪物   作:肩たたき

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第七話『向こう岸』-4

 

「はい、もしもし」

 

 補助監督との合流後、亜冴は掛かった電話に出ながら、電話主の指示通りに話の輪から離脱した。明るい声色は聞き慣れてきたもので、電話主である五条は何か挨拶らしきものを口にしている。話の輪から外されたことに、理由を尋ねたいが聞かれたら困る内容なのだろう。亜冴は返事をして要件を待った。先程の中学校で見かけた伏黒と知り合いである輩と、親しい仲の様子の年近い女性が話に参加している。後ろ髪を引かれる思いをしたが、声が聞こえない位置に亜冴は立った。輩と女性はどうやら姉弟のようだ。伏黒たちの言葉は背中なので見えそうにないが、情報を持っているのは姉弟の方なので良いだろう。

 

「任務の方はどう?」

「楽しいです」

「こういう時は進捗の方だよ」

「停滞していますっ」

「元気だねぇ」

 

 声に苛立った様子はない。亜冴は自然と節目がちになっていき、西陽が顔に影を落とした。五条の要件を聞く間、手慰みとして空いた手の人差し指を親指で撫で、たまにグッと押し込む。事実確認も兼ねたそれに対し、亜冴は軽く頭を回した。

 

「──亜冴、事実と合ってる?」

 

 彼等は未だ会話を続けている。気になって近寄りそうになるのを堪え、数歩また彼らから距離を取った。

 

「……殆どが事実ですが、それが全てではありません」

「帰ったら話してくれるかな」

「あなたの中では既に決定事項でしょう、先生」

「まぁね。僕も取って食おうってつもりじゃないからさ、そこら辺は安心してよ」

「分かりました」

 

 切られた電話にしばらく画面を眺めた亜冴は、携帯をポケットに仕舞った。輪に戻ってきた頃には話は決まっていたらしく、任務は一級案件として後任に回されるという話に落ち着いていた。いつの間にか一般人二名は帰らされている。

 

「誰からの電話だったの?」

「五条先生から」

「あの馬鹿が? なんて?」

「うん。任務はどう? って」

「なんて言ったのよ」

「楽しいですって言ったら、進捗を訊かれた」

「それには?」

「停滞していますっ」

 

 明るい亜冴に釘崎の肘鉄が軽く入る。宥める虎杖はやっと伏黒の思い詰めた顔に気が付いたらしく、心配の声を掛けた。

 

「伏黒、どうかした?」

「……いや、なんでもない」

 

 塞いでしまったものをこじ開ける術を、亜冴は知らない。やんややんやと流されていく内に、伏黒は地元の友人に会うと言い、その場に残ることを選択した。駐車場から立ち去る後ろ姿は、いつもよりも小さくて心許ない。立ち去りながらどこかへ電話をかけ始めるのを見て、亜冴はどうしたものかと釘崎たちを見た。

 

「……まぁたなんか隠してるわね、あのムッツリ」

「うーん、心配だなぁ」

「えっ帰らないんすか?」

 

 補助監督だけ置いてけぼりで、伏黒の心配を各々が始める。一年ほど前に姉である津美紀も、件の橋での肝試しに参加していたらしく、呪霊の標的に選ばれる可能性が高い。しかし、応戦して対処できなければ、全員が痛手を負うことになるのは明白だ。今なお被害者は増えていくばかりの現状、後任を待っている間に伏黒の姉に魔の手が伸びるかもしれない。

 

「伏黒は姉ちゃんに連絡してんのかな」

「……それはないと思う」

「えっ、なんで?」

 

 亜冴の否定に一同が不思議そうな顔をする。それに対して亜冴は同じ顔を返し、先程の視界の違いから気付きを得た。そうか。見えているものが違えば、感じるものも違ってくるのか。

 

「伏黒さん、なんだか、もっと思い詰めた顔をしてたから、連絡が取れる以前の問題なんじゃないかな」

「連絡が付かないって、非常事態でしょーが」

「ううん……そうじゃなくて、諦めも入ってるというか、落ち着いてもいる感じ。……伏黒さんのお姉さんは、眠っているのかも」

「ハァ?」

 

 理解されなかったことに少し落ち込んだ亜冴は、口を閉ざしてそれ以上語ることを避けた。第六感にも近いものを信じろとは言えないし、根拠などは全くない。ただ亜冴の目には、伏黒津美紀に直近の危険は迫っていないものの、話せる状態ではないように見えた。それだけのことだ。

 

「あの様子じゃ、一人で突っ込むわよ。あの男」

「そうだね。今回の呪霊はすごい強いみたいだし、一人じゃ返り討ちにされちゃうかも」

「おう! 俺たちで引き止めてくるから、ここで待っててよ」

「りょ、了解っす!」

 

 補助監督の人は背筋を伸ばして返事をするので、亜冴は立ち去る際に、会釈をしてから虎杖たちに付いていく。暗い夜道に文句を言いながら、携帯で道を照らす彼らに対し、亜冴は平然と闇の中の道をしっかりと踏み出した。

 

 

 

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