「……マジか」
急いで亜冴の部屋に戻ってきて、キャリーケースの中身を見た二人は唖然とした。
札束。全て札束である。五条は中身をひっくり返して、鞄の底や側面を開けても、大量の札束しか見つからず、流石の最強も頭を抱えた。
「手切れ金……これ手切れ金だッ!」
「この大金を現金で渡す家があるんですか?!」
「あ、これお金なのですね。初めて見ました」
「なんで知らねぇんだよ!」
怒鳴られ慣れてはいるとはいえ、初対面で大声を出す二人に亜冴は戸惑った。ひい、ふう、みい。一枚一枚十万と印された紙束がそんなに珍しいものだろうか。物の価値を知らないのは不便なんだな。ところで。
「テギレキン……ってなんですか?」
ありえないものを見る目に、つい目が合ったままにしてしまった。
曰く、手切れ金とは、縁を切ることを条件に発生する金銭のやり取りである。受け取った場合、復縁を申し出るには相応の取り引きが発生する。通常、復縁は不可能に近い。
説明を受ける間、何個かの単語確認を挟み、亜冴はやっと頷いて理解した。なるほど、確かにこれは手切れ金というヤツらしい。しかし困ったな。
「これで必要なものを揃えろ、ということでしょうか」
「なんて言われて渡されたの?」
「“安全な場所で開けて下さい”と使用人に渡されました」
「使用人もグルかよ」
「使用人ですから、敵です」
つい伏黒に言い返してしまった亜冴は、いけない、と口元を手で隠して、持っていた束を鞄に戻した。これで物と交換、買うのだっけ。学生生活で一体何が必要になるのだろう。亜冴は纏められた束の中から一枚を抜き取って、目線まで摘み上げた。薄っすらと透ける字は英数字の一と零の羅列だ。
──コレが縁の価値か。
「どう使うんですか? コレって」
「どうって、買い物だよ。お店で欲しい物と交換するんだ」
「欲しい物……学生生活には何が必要なんですか?」
「はぁ? 暮らすための道具一式とかでしょ」
「何もやらせてもらえなかったので……着付けも使用人らが行いましたし」
「箱入り娘すぎない?」
「ハコイリムスメ……?」
再びの説明に、納得が行く。
世間知らずのお嬢様、似て非なる存在に亜冴は、同情にも満たない感情を寄せた。度が過ぎている自覚はある。やはり、無知だと気付かせないよう育てられたようだ。
「亜冴の家ってキモチワルいね」
「おい……! 言い過ぎです……!」
五条の言葉に伏黒が反論混じりに慌てたが、一拍置いて固まっていた亜冴は耐え切れず吹き出してしまった。
「ふッ……ふ、ふふ、あははっ」
呆気に取られる彼らを前に、興味を無くした紙束を放る。端ないとかもういいんだ。だって、彼奴ら親族はどこにも居なく、こうして手切れ金が差し出されたのだから。嬉しくて堪らなくなった亜冴は、殿方二人を前にして笑い続けた。
家の悪口を聞いて、心が浮き足立つように楽しさに染まっていく。この紙切れたちが私の価値だと足集利家の者たちは思っているんだ。無知に育て上げた結末がこれとは、愉悦というものだ。
「あーもう、おっかしい。恥も外聞ももうどうでもいい。精一杯楽しんじゃおう!」
今年で十六歳、足集利亜冴が吹っ切れた瞬間は、笑いと共に訪れた。素の言葉遣いも行動も咎める者はもうどこにもいないんだ。なら、もういいじゃん。
「買い物ってどうやるんですか?!」
突如として湧き上がった亜冴の勢いに、五条たちは気圧されていく。爛々と輝く黄緑色の目は、先程までの