最弱の怪物   作:肩たたき

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第七話『向こう岸』-6

 

 不可思議な容姿の、人ほどの大きさの呪霊が二体、三人の後を追うように川を越えて、領域へと入っていく。すぐさま、くんずほぐれつで虎杖、続いて釘崎が領域から抜け出ていき、同級生三人はバラバラになって、それぞれ戦闘を始めてしまった。亜冴はその様子を眺め、どうしたものかと頭を回す。戦闘に加わるには、まだ所有する姿は少ない。結局、虎杖と釘崎が遠くで共闘する間、茂みで息を潜めることを選んだ。

 

──どうか、死なないで。

 

 死なれるのは、良いものではない。心の底から祈った亜冴は、最後に出てくるであろう伏黒の姿を待った。願うしかできない自分は、いつ変われるのかな。

 しばらくして、出てきた伏黒の姿は赤だった。頭から血を垂れ流し、真っ赤に染まり上がる姿には既視感がある。亜冴は殺し続けた息を繰り返し、膝をついて倒れる瞬間、我慢ができずに駆け寄った。力なく仰向けで川辺に倒れた伏黒は笑っており、どこか満足げだ。姿を消したまま見下ろした伏黒に、亜冴は喉が締め上げられる気分に陥る。私の先に見える星空を見る彼は、そのまま安らかな寝息を立てる。

 

「…………、」

 

 数キロメートル先では、虎杖と釘崎が交戦している。亜冴は伏黒の手に握られた宿儺の指に触れ、特級呪物故に気配の大きいそれを胸元に擦り付けた。相変わらず、気分の悪い気配がする。これを媒体として、今回の任務の除伐対象は、不完全な領域まで作り上げるほどの特級呪霊となったのだろう。

 自身のポケットに仕舞った亜冴は、伏黒の胸元に手を置いて同じように姿を消してみる。他者からすれば一見、姿は消えているのだが、特級呪物である宿儺の指を所有していることから、身を隠すには不完全だ。亜冴は五条から渡されてきた小瓶の数々を思い返し、その中に伏黒恵という名があったことに目を顰めた。

 あれは生き血ではない。たった今、伏黒から流れ出るものは──。

 

「……ごめんなさい」

 

 亜冴は座り込んで伏黒の頭を膝に乗せると、顔にかかった前髪を退けてやる。ベッタリと手のひらに付いた赤には黒などなく、正に真紅と言える。自身の手のひらに口を近付け、何度か息をした後、亜冴は罪悪感ごと、伏黒恵の生き血を舐め取った。次に傍の小石を拾い上げ、ちろりと舐める。砂を飲み、所有する。川辺一帯の小石たちの姿をそのままに、亜冴は周囲の痕跡を消しながら、伏黒を茂みにまで引き摺った。自分より遥かに大きく重い彼を背負い、元の茂みに身を隠す。葉を千切って食せば、更に痕跡は隠すことができた。亜冴は茂みと自身の術式の中で、伏黒を自身に寄りかからせて、携帯電話を手にした。

 

「……もしもし」

「やっと出た! 今どこにいるんすか!」

 

 怒り心頭具合で補助監督が喚き散らすので、亜冴は事前に携帯のフィルムを欠けさせ、小さなカケラを呑み込んでおいて良かったと思った。おかげで画面を舐めずに済んだ。

 

「例の橋下で除霊は済みました。一名重症です」

「無断でやったんすか?! 今、そちらに迎えに……!」

「いえ、別の呪霊二体と二名が交戦中です」

「けど今は人手が足りないので……!」

「はい。増援は望めないでしょう」

「てか……アナタ、誰ですか……?」

 

 おかしなことを言われた亜冴は、思わず電話口を離して通話相手を見た。掛けた相手は選択した相手と同じだ。亜冴は声色から悪意を拾わなかったので、至極真面目に答えた。

 

「……足集利亜冴、ですが」

「えっ……! あぁーと、なんだか、雰囲気が違うなぁって……」

「……そう? ですか?」

「それで! 私はどうすれば?!」

「……えと、すぐに重症患者を運び込める場所の手配をお願いします。朝が明けても戻って来なかったら、人を連れて来てください」

「了解っす!」

 

 電話を切った亜冴は、電源を落として溜め息を吐く。ギュッと抱き締めなおした身体は暖かく、血が止まっていることにホッと胸を撫で下ろした。自分の頭を撫でられるものとしている亜冴は、すぐ近くにある頭にそっと手を置いてみる。乾いた血で硬くなった髪質だが、汚れていないところは柔らかくてクセのあるものだ。昔、自分も同じように撫でられた。彼の髪質と自分のものは違う。そうでなくとも、人の頭を撫でる感触は少しばかり違うみたいだ。凸凹した頭部を隠す、外に向けて撥ねた頭を、亜冴は何度も撫で続けた。気持ちだが、どことなく顔が安らいだようにも、不機嫌そうにも見えるのが面白い。

 

「……おかえりなさい」

 

 返事のない身体から、亜冴はやっと手を離した。

 

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