最弱の怪物   作:肩たたき

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第八話『雛と青空』-6

 

「ッどういうことだ!」

 

 慌てふためき泣き叫び、半狂乱で頭も心も取り乱しながら、本館から離れの亜冴の元へ転がり込んできた者たちは口々に怒鳴り出した。中には亜冴の胸ぐらを掴んで手を上げようとしてきたので、その男が溺愛する孫娘へと自身の姿を変えて手を下ろさせた。まだ生まれたばかりの赤ん坊であるその子の姿は、おしゃぶりから掬い取ったものだ。亜冴は次々に姿を変え、やってくる魔の手から逃れれば、不意に彼らの表情が、あの使用人のものへと変化していく。恐怖で慄き、後退りしていく彼らの姿さえも、亜冴は手に取るように変えてみせた。

 

「ヒィッ」

 

 肉というらしい食材に姿を変えられた彼らは、亜冴を見上げるように転がって、自ら背丈を小さくしている。なんて造作もない。

 この混乱は、足集利家の敷地内にいる者全ての姿を弄っただけのこと。たったそれだけで、彼らは恐れを抱き、畏怖の目で見つめてきた。亜冴は自身の姿を元の自分に戻し、そこから父と母の変貌した姿のように血を噴き出させた。その姿は亜冴であり、こいつらの愛しい存在へと適当に変えていく。彼らも血塗れにしていけば、咽び泣き出す者まで出てきた。何かを封じていたらしい札などは、既に亜冴は一枚一枚舐めており、演出として剥がれたように落として見せれば、叫び出して離れから飛び出していく者まで出てきた。その者の腕と足をひしゃげさせ、地面に転がしておく。単なる見せかけのそれに良くもまあ簡単に騙されてくれる。節穴ども。腑抜けども。忌々しい大人(おとな)どもが。

 

「解け! 今すぐにっ、この馬鹿げた術式を!」

「……なんで?」

「当たり前だろうッ! こんなことをしても、お前の両親は戻ってはこないのだぞ!」

「だから?」

「な……?!」

 

 理由がなければやってはいけないのか。いや、理由はあるが、そんなことはもうどうでもよかった。なんだったかさえも、忘れてしまった。コイツらの中に実兄が混ざっているとかもどうでもいい。別に何か望んで行なっているのではない。コイツらが大嫌いだから、という理由が近い。けれど、彼らの言う通り、人に話すときは復讐と語った方が好ましく思われるのだろう。

 

──怪物、化け物。父様をそう呼ぶなら、私だってそうでしょう。

 

 それにしても、両親が戻ってはこないなど百も承知だし、奪ったのはそちらだ。薄寒いことをよくもまあ言えたものだ。自分達で奪っておいて、葬式を開く連中なのだから当たり前かもな。なんて浅ましくて穢らわしい。こんな奴らと少しでも血が繋がっているなんて。視界にいるだけで煩わしい。お前らを恨まない理由なんて、一つもない。

 亜冴は物足りないとばかりに、当主と崇められる男を踏み付けると、そこから血を飛び出させた。血なぞ見せかけだけで、大怪我なんてしていない。私はコイツを殺せない。その分、苦しめばいい。畳からも血を滲ませ、体重が掛かるだろう箇所からは特に溢れさせる。わたわたと慌てて突いていた手を上げる大の男どもの滑稽さよ。思わず乾いた笑いが出てしまうではないか。

 

「ぐぁああああ?!」

「声が大きいのね」

 

──もっと恐れよ、平伏せ。

 

 赴くままに甚振りながら、亜冴はある縛りの提案をしていった。単なる嫌がらせではなく、思い出した本命はこちらである。この目的の為に私は口にしたくないものを食し、食事に対して愉悦を失った。死なずに済むなら何も食べたくない。もうなんにも食べたくないよ、母様。

 

「これまで掌握してきた姿を全て帳消しにしてさしあげましょう」

「……も、もちろん、頼む!」

 

 藁にもすがるような血塗れの無傷な男に続ける。

 

「その代わり、掌握している全員の累集坩堝呪法の忘却と認知不可が条件です」

 

 これが意味することは一つ。

 一家相伝の術式をこの家から葬り去る。

 

「ふ、ふざけたことを……!」

「私は別に構いません、あなた方がそのままの姿でも。お魚やお肉にして、捌かせましょうか。それともお野菜にして炒めてもらいます? あぁ、生きたまま油で揚げさせるのも良いかも……。知っているのです、お料理。でも、実演はあまり見たことがなくて。……ね? 見せてくださいませ?」

 

 数日の内に滅びるか、緩やかに滅びるかを選ばせる怪物に対し、彼らは思惑通りに亜冴との縛りを交わすことを選んだ。上手くいきすぎてつまらない。亜冴は縛りをきちんと全員と交わした後、瞬きと共にこれまでの姿を腹の内から全て手放した。

 そして、縛りとして課しておくことで呪力の底上げをし、開けてはいけない堰き止めとして利用しておく。あんな死に様を、その娘までする必要はないだろう。貴様らは愚かしさを晒して長生きしなさい。父の栄光を奪取しようとする獣どもよ。

 その手放した中には、母の姿もあった。けれど母の姿になり、自分より大きな手で頭を撫でても、鏡に向かって優しい笑みを作っても。それはどこまでも私だった。

 

「……こんばんは。当主様方」

 

 展開していた術式を全て解除し、茫然とする彼らに向けて言ったというのに、今しがた起こった事件について、彼らは術式ごと認知ができていない。騒動の原因や犯人は分からぬが、確かに目の前の小娘が引き起こしたことだけは分かる。彼らは返事をすることもなく、気味悪気に亜冴を見つめるだけで、挨拶を返すものはいない。

 その様子を確認した亜冴は再び口を開いた。

 

「おやすみなさい」

 

 頭を下げた亜冴は、今度は返事を待たずに背中を向けて寝室へと向かう。誰も止めることは出来ず、復讐を果たした彼女も、彼らに興味など微塵も無くなっていた。籠の中で懐柔していたと思っていた鳥に殺されかけた気分はどんなものなんだろう。けれど、一生彼らは気付かない。所詮、化け物になれない獣だもの。

 

 見合い話が舞い込んできたのは、その数週間後のことである。怪訝そうに内心でしつつも、おくびにも出さずに亜冴は真顔の塩対応で見合い写真を捲った。知らない同い年くらいの男がこちらを見てめかし込んでいる。どうせコイツも、アイツら親族(おとな)共と同じだろう。

 どうやら、足集利家の者たちは優秀という結果のみが残る父の血が目当てらしく、亜冴の子供が術式持ちであることを期待しているようだ。もしくは脅しで強要された縛りだった為、効力が薄くなってしまったのか。どちらにしろ、亜冴自身が受け継いでいることは綺麗さっぱり忘れているらしい。図らずも忘却と認知不可は、今後亜冴が何をやらかしても術式での犯行ならば、足集利家の者たちでは術式持ちと結び付けられないようになっていた。

 亜冴はしばし考えた後、見合いの席を土壇場で姿を消すことに決めたのだった。そちらの方が足集利家の汚名に繋がるだろう。

 

 この数ヶ月後、足集利亜冴は伏黒恵を目にした。

 

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