最弱の怪物   作:肩たたき

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第八話『雛と青空』-7

 

「──なるほどね」

 

 亜冴による長い思い出話を耳にした五条は、腑に落ちた顔をして音も立てずに手を叩き、手のひらをズラして指と指を絡ませた。あの大きな手に叩かれたら、もっと痛いのだろうな。結構な時間でも飽きもせずに彼は追加で口を開いた。興味はまだ持続しているようだ。

 

「亜冴はそれで満足した?」

「……おそらく。もう足集利家に興味ないです」

「いいね、スッパリしてて」

「上層部にお話されるのですか?」

「しないよ。亜冴は僕の教え子だからね」

「…………」

「えぇーっ、信じて!」

 

 そんなことを言われても無理だ。亜冴は黙って五条を見つめ、その隠された目から疑念が取れたかを疑った。亜冴が離反したのは事実だが、その離反は足集利家に対するものだけで呪術界にあまり影響はない。元々人の入れ替わりが激しい職種なので、御三家でもない家が消えるくらい、あまり問題はないのだろう。

 

「亜冴は僕ほどじゃないけど、天才だね」

「……分かりません」

「充分天才だよ」

「ですが、無知で無能です」

「遅れを取り戻す速さは、天才のそれなんだよ。それに、動きを覚える能力とその目。何より呪霊を恐れない心持ちは、呪術師として天性のものだ。自信を持って」

 

 亜冴を持ち上げる姿が、僅かばかりだが使用人たちのそれと重なる。違うとは頭で分かっても、大人の言葉には違いない。今更大人を信じるなんて、土台無理な話だ。

 

「亜冴。これをあげる」

「……なんですか?」

「折り紙って言う紙だよ」

「オリガミ……」

 

 差し出された白い正方形の紙に、亜冴は不思議そうな顔を浮かべた。降り、檻。いや、折りか。ガミは材質からだろう。これが何なのだろう。

 五条はそれを受け取った亜冴に対し、人差し指を立てて声高らかに宿題を出した。

 

「宿題! それを遠くまで飛ばすこと!」

「遠くまで……って、どのくらいですか?」

「十メートル! 他の人に手伝ってもらったらダメだから、内緒の宿題だよ」

「……分かりました」

 

 期日は明日までと定められた亜冴は、初めての折り紙を手に部屋を後にした。

 

 

  *  *  *

 

 

 五条は足集利亜冴という人物に対して、その人格を決めかねていた。物静かで大人しく狡猾な姿と快活で自由を愛する姿。どちらも本性ではあるが、どちらにも転び得る善悪だ。情操教育は辛うじて備わっているものの、その危うさは復讐と銘打って行われた非道さにある。正義の名の下に暴走した、よくある話ではない。亜冴の“復讐”は、そうしたいから行なったという本能に近いものに思える。宿題に渡した折り紙とは違う、お手製の折り紙で作られた紙飛行機を手に、五条は職員室で頬杖を突いた。くるりと回しても、どこからどう見ても一般的な紙飛行機でしかない。

 

「……天才、だよなぁ」

 

 五条が出した宿題は、折り紙を十メートル先まで飛ばせというものだ。与えた知識は折り紙だけで、それを折って滑空できる形にしたのは亜冴だ。この紙飛行機を作る為に、折るだけでなく、知りもしない飛行機を模した形にして見せた。廊下で飛ばして既に上手くいったものを、更に飛ばしてみようと屋上へ行き、外に向けて遥か遠くまで飛ばしたのも。全ては亜冴の頭から生まれた発想だ。

 

──単なる上層部に押し上げるには、少し勿体無いな。

 

 亜冴は体力さえ付けば、呪術師としてそれなりにやっていけるだろう。しかし、五条が目指すのは足集利亜冴を上層部として上に食い込ませることだ。柔軟な頭を持つ冷静な本性と、人当たりのいい物おじしない性格は、曲者揃いの呪術師の毒気を吸い取って、大抵の懐に簡単に入り込める。実際、高専が良い例だ。虎杖とは違うベクトルの人たらしである。何も指示をしていないのに、京都校の学長にまでお茶を買ってきて、わざわざ謝るなんて。五条は拍子抜けした楽巌寺の顔を思い出して、ブフッと吹き出した。大怪我をした生徒の純粋な善意に、あの爺さん、一瞬で絆されてやんの。

 

「父親譲りってやつ?」

 

 亜冴の父は優秀な諜報役として暗躍していた。五条は仕事を共にしたことはないが、無数にある偽名は何度か目にしていたようだ。それが突然、自宅である足集利家にて妻と共にこの世を去った。長男はそれを機に姿を晦まし、外では離反した際に両親を殺めたということになっている。しかし亜冴の話では、殺害は全くの濡れ衣であった。まぁ確かに実の両親を殺める男など、そう何人も身近にはいないか。

 

「恵たちと仲良くやってるみたいだし、このまま完全にこっち側になればいいけど」

 

 亜冴の善悪はあやふやだ。亜冴を見ていると五条は度々、自身の高専時代を見ているような気分になる。彼女の倫理観は嗜好で揺れ動く。合理的とは違い、自分が好きか嫌いか。今は周囲の価値観を観察して、道徳を学んでいる最中だ。そのズレに亜冴本人も気が付いているから、あまり口には出さないようにしているのだろう。根本的な道徳を植え付けたのは、亜冴の父親だと聞いている。元々情操教育を不要としていた環境下だったが、亜冴の天才故の行動の数々に危機感を覚えた足集利家は、倫理や道徳を教えることを条件に両親との面会を許した。その際、亜冴には両親から幾つかのプレゼントが渡されている。それらを亜冴は大事にしていたものの、高専の入学の際には持ち出せなかったようだ。

 

 教え子一人の抜きん出た異常性を把握した五条は、机に広げていた調査資料の内容が大方事実であることに、充足感と同情をつい寄せてしまう。なんでも出来てしまうからこそ、なんでもはしない五条に対し、なんでも出来る可能性を秘めた、全てを食い尽くさんとする亜冴。先日の任務についても、亜冴は術式の解釈を拡げていた。鮮度という概念を手にした亜冴は、伏黒の所有を強固なものにして見せた。

 

 五条は期待を寄せると同時に警戒してしまう。少しでも目を離せば、亜冴はどちらにも転んで成長するだろう。今は伏黒たちが側に居て矯正してくれるが、いかんせん賢すぎる。他者という認識を持ち、自身の考えと割り切れることから、伏黒たちの話を聞かない可能性もある。幸い、懐いているのでこのまま一緒に居させてやれば、価値観ごと従ってくれそうではあるものの、不安材料であるのに変わりはない。

 

「うーん……天才ってヤダなぁ」

 

 自分と似たタイプの天才に、五条は呻いて口先を窄めた。いずれはあの大人嫌いも治さなきゃダメだろう。今は亜冴が自身と同じ六眼を持っていないことを祝うか。もし持っていれば、亜冴はそれこそ自分と似ていただろう。自分がもう一人いるだなんて、嫌すぎる。

 五条は紙飛行機片手に伸びをすると、ギシリ、と背もたれに寄り掛かった。

 

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