「はいこれ。今回の分」
ズラリと並べられた皿に置かれたもの。亜冴はそれらを前に眉一つ動かさず、いや動揺し過ぎて出すこともできず、五条へ顔を上げた。何せ、皿に盛られたのは虫であった為。
「……説明を要求します……」
大抵五条が与えてくる姿は、何かしらの生物の体液が入った小瓶だ。それがこうして、物珍しいものになることは度々あった。和紙とか道路の破片、ビー玉とか、郷土料理だとか。普段ならば口にしないものから、物珍しいものまで様々。それらを亜冴は口に含むだけに留めたり、飲み込めるものは食してきた。それが今回は──。
「心配しなくても、ちゃーんと食用だよー」
「しょく。よう、……食用?」
言葉を知らないとかではなく、ただの疑問だ。黒光りする光沢のある身体を持つ、これらをこの男は食事だと言ったか。いや確かに、亜冴はこれ以下のものも口にしてきたかもしれない。父だってそうかもしれない。だとしても、覚悟というものが追い付かない。楽しそうにする五条は、早く早く、と急かしてくる。亜冴は終始真顔でギュッと口を閉ざした。信じられない。
「──五条せんせー、呼び出しってなんかあったの?」
放課後の時間、常であれば奥まった部屋で開催される、この食事会はあろうことか教室で行われた。そこに亜冴は違和感を抱いたが、やって来た虎杖と後ろに控える伏黒、釘崎に亜冴はピシリ、と今度こそ固まった。もしや虫を食す姿を見せるつもりだったな。一瞬で姿を消した亜冴は、席を立ったが五条に肩を掴まれてすぐに席に戻される。
「最低! あんまりです! 五条先生きらい!」
思わず五条に拳で抗議するも、当たる筈もない。初めて五条へ暴力を振るう亜冴に、伏黒たちはギョッとするが、机に置かれた皿の上のものたちに、伏黒がいち早く状況を把握した。
「──おいクズ、足集利になに食わせようとしてんだ……?」
「もっちろん、昆虫食っ!」
底冷えする伏黒の声に物怖じしない五条は、平たい焦茶の虫をフォークに突き刺した。ガツン、と串刺しになる虫に生気はないが、生理的に無理だ。亜冴は嫌々と首を横に振って、魔の手から逃れようと突っ撥ねる。
「亜冴も同意してることだからー」
「どこがだ!」
額に血管を浮かび上がらせて怒る伏黒は、五条へ噛み付いて今にも殴り掛からんばかりだ。そこに友情を感じた亜冴は、混乱やら感動やらで心がいっぱいである。そんな現実逃避をしかけた亜冴の肩を叩き、五条は頭上から圧をかけてきた。
「僕から信用を勝ち取りたいんでしょ?」
そうは言った、言ったけれど。揺らぐ亜冴の様子を察知した三人のうち、虎杖と釘崎が遅ればせながら、五条と亜冴を取り囲んだ。
「イジメよ! 教師が生徒にイジメをしていまーす!」
「亜冴には必要なことだから」
「虫を食べる必要ってなに?!」
「ひ、ひひひ、必要なこと……必要なことだから……」
「そこまでして食うんじゃないわよ!」
「足集利押さえとくから、虎杖それ捨ててこい!」
「おう! 任せろ!」
「こらっ、食べ物を粗末にしちゃダメだぞ!」
「虫なのよ!」
ギャイギャイと周囲が騒ぐ中、伏黒がさり気なく亜冴を立たせようとするが、五条が無下限で席に縛り付けてくる。五条に向かって舌打ちをする伏黒の形相は険しく、釘崎も同じような顔をしていた。
「もう! 折角用意したんだから食べてよぉ」
「そんなに食べさせたいなら、アンタが食べてからにしなさいよ!」
「んー、ヤダっ」
「クズめ!」
「最低!」
「反面教師!」
数々の暴言に五条が屈することはない。むしろ楽しんでいた。わざわざここで虫を食べさせるのもそういうことだ。突き刺したままの虫をズイ、と口元に持ってこられ、亜冴はうぐ、と反射で呻く。それだけで五条が逃してくれる筈もなく。
「ほらほらほら、強くなりたいんでしょ?」
「…………ぅう……」
「はい、あーん」
唇に触れるか触れないかの至近距離に、亜冴は南無三、と胸中で唱え、一同が尚も抗議する中、口を大きく開いた。
──パリ、パリッ……
涙が混じる咀嚼音と、久方ぶりの強い嫌悪感。亜冴は口に含むのも喉に通すのも嫌だったが、口に広がる味をどうにかしたくて、ゴクリ、と飲み込んだ。見守る周囲には緊張が走り、先ほどまでの喧騒は程遠い。しばらくして顔を手で覆って俯いた亜冴は、か細い空っぽの喉を鳴らした。
「…………もう、なにもたべたくない……」
「あ、足集利ーッ!」
酷く落ち込む亜冴を高笑いする五条から引き剥がし、伏黒たちは必死に慰めていく。しかし皿の上にはまだ口にしていない昆虫食が広がるため。
「じゃ、次はサソリ食べてみよっか」
五条は愉しげに、フォークに突き刺して言ってのけた。
皿が空になる頃、精神をすり減らしながらも格闘した亜冴と、その周囲で釘崎は頭を撫で、虎杖はジュース、伏黒は買ってきたハッカ味の飴を差し出していた。意気消沈する亜冴を取り囲む三人は、一様に五条から引き離そうと、間に入って睨みを効かせる。その様子に携帯を向けて撮影している五条は、「カワイイねぇ」と頭を撫でるいつもの調子で四人へ宣った。
「病院の待合室で怯える犬みたい」
それが決め手となり、伏黒たちが五条を再び罵り、真希たちや夜蛾にまで告げ口をしたのは言うまでもない。