最弱の怪物   作:肩たたき

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第八話『雛と青空』-8

 

「はいこれ。今回の分」

 

 ズラリと並べられた皿に置かれたもの。亜冴はそれらを前に眉一つ動かさず、いや動揺し過ぎて出すこともできず、五条へ顔を上げた。何せ、皿に盛られたのは虫であった為。

 

「……説明を要求します……」

 

 大抵五条が与えてくる姿は、何かしらの生物の体液が入った小瓶だ。それがこうして、物珍しいものになることは度々あった。和紙とか道路の破片、ビー玉とか、郷土料理だとか。普段ならば口にしないものから、物珍しいものまで様々。それらを亜冴は口に含むだけに留めたり、飲み込めるものは食してきた。それが今回は──。

 

「心配しなくても、ちゃーんと食用だよー」

「しょく。よう、……食用?」

 

 言葉を知らないとかではなく、ただの疑問だ。黒光りする光沢のある身体を持つ、これらをこの男は食事だと言ったか。いや確かに、亜冴はこれ以下のものも口にしてきたかもしれない。父だってそうかもしれない。だとしても、覚悟というものが追い付かない。楽しそうにする五条は、早く早く、と急かしてくる。亜冴は終始真顔でギュッと口を閉ざした。信じられない。

 

「──五条せんせー、呼び出しってなんかあったの?」

 

 放課後の時間、常であれば奥まった部屋で開催される、この食事会はあろうことか教室で行われた。そこに亜冴は違和感を抱いたが、やって来た虎杖と後ろに控える伏黒、釘崎に亜冴はピシリ、と今度こそ固まった。もしや虫を食す姿を見せるつもりだったな。一瞬で姿を消した亜冴は、席を立ったが五条に肩を掴まれてすぐに席に戻される。

 

「最低! あんまりです! 五条先生きらい!」

 

 思わず五条に拳で抗議するも、当たる筈もない。初めて五条へ暴力を振るう亜冴に、伏黒たちはギョッとするが、机に置かれた皿の上のものたちに、伏黒がいち早く状況を把握した。

 

「──おいクズ、足集利になに食わせようとしてんだ……?」

「もっちろん、昆虫食っ!」

 

 底冷えする伏黒の声に物怖じしない五条は、平たい焦茶の虫をフォークに突き刺した。ガツン、と串刺しになる虫に生気はないが、生理的に無理だ。亜冴は嫌々と首を横に振って、魔の手から逃れようと突っ撥ねる。

 

「亜冴も同意してることだからー」

「どこがだ!」

 

 額に血管を浮かび上がらせて怒る伏黒は、五条へ噛み付いて今にも殴り掛からんばかりだ。そこに友情を感じた亜冴は、混乱やら感動やらで心がいっぱいである。そんな現実逃避をしかけた亜冴の肩を叩き、五条は頭上から圧をかけてきた。

 

「僕から信用を勝ち取りたいんでしょ?」

 

 そうは言った、言ったけれど。揺らぐ亜冴の様子を察知した三人のうち、虎杖と釘崎が遅ればせながら、五条と亜冴を取り囲んだ。

 

「イジメよ! 教師が生徒にイジメをしていまーす!」

「亜冴には必要なことだから」

「虫を食べる必要ってなに?!」

「ひ、ひひひ、必要なこと……必要なことだから……」

「そこまでして食うんじゃないわよ!」

「足集利押さえとくから、虎杖それ捨ててこい!」

「おう! 任せろ!」

「こらっ、食べ物を粗末にしちゃダメだぞ!」

「虫なのよ!」

 

 ギャイギャイと周囲が騒ぐ中、伏黒がさり気なく亜冴を立たせようとするが、五条が無下限で席に縛り付けてくる。五条に向かって舌打ちをする伏黒の形相は険しく、釘崎も同じような顔をしていた。

 

「もう! 折角用意したんだから食べてよぉ」

「そんなに食べさせたいなら、アンタが食べてからにしなさいよ!」

「んー、ヤダっ」

「クズめ!」

「最低!」

「反面教師!」

 

 数々の暴言に五条が屈することはない。むしろ楽しんでいた。わざわざここで虫を食べさせるのもそういうことだ。突き刺したままの虫をズイ、と口元に持ってこられ、亜冴はうぐ、と反射で呻く。それだけで五条が逃してくれる筈もなく。

 

「ほらほらほら、強くなりたいんでしょ?」

「…………ぅう……」

「はい、あーん」

 

 唇に触れるか触れないかの至近距離に、亜冴は南無三、と胸中で唱え、一同が尚も抗議する中、口を大きく開いた。

 

──パリ、パリッ……

 

 涙が混じる咀嚼音と、久方ぶりの強い嫌悪感。亜冴は口に含むのも喉に通すのも嫌だったが、口に広がる味をどうにかしたくて、ゴクリ、と飲み込んだ。見守る周囲には緊張が走り、先ほどまでの喧騒は程遠い。しばらくして顔を手で覆って俯いた亜冴は、か細い空っぽの喉を鳴らした。

 

「…………もう、なにもたべたくない……」

「あ、足集利ーッ!」

 

 酷く落ち込む亜冴を高笑いする五条から引き剥がし、伏黒たちは必死に慰めていく。しかし皿の上にはまだ口にしていない昆虫食が広がるため。

 

「じゃ、次はサソリ食べてみよっか」

 

 五条は愉しげに、フォークに突き刺して言ってのけた。

 皿が空になる頃、精神をすり減らしながらも格闘した亜冴と、その周囲で釘崎は頭を撫で、虎杖はジュース、伏黒は買ってきたハッカ味の飴を差し出していた。意気消沈する亜冴を取り囲む三人は、一様に五条から引き離そうと、間に入って睨みを効かせる。その様子に携帯を向けて撮影している五条は、「カワイイねぇ」と頭を撫でるいつもの調子で四人へ宣った。

 

「病院の待合室で怯える犬みたい」

 

 それが決め手となり、伏黒たちが五条を再び罵り、真希たちや夜蛾にまで告げ口をしたのは言うまでもない。

 

 

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