最弱の怪物   作:肩たたき

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第八話『雛と青空』-9

 

「はいこれ。今回の分」

 

 先日と打って変わって、亜冴は皿に盛られたそれらに自ら箸を手に取った。例の如く、放課後の職員室で突発的に行われた食事を、今回は面白がって次々に口に運んでいく。

 

「悟、任務の件で少し……。あぁ」

「夜蛾学長! お久しぶりです」

「ああ」

 

 職員室の戸を叩いてやって来た夜蛾は簡単に挨拶を済ませると、亜冴が口にしていたものに目が惹かれたようだ。華やかな色とりどりのそれを、長い体躯を活かして覗き込んでくる。

 皿に盛られたのは、食用の花たちだ。花弁だけや雌蕊や雄蕊が摘出された一輪がてんこ盛りにされている。味は無味から苦味、食感が強く、不快感は無かった。それにこれらの姿を所有するのは、気分が良い。どうせなら綺麗なものを手にしたいというのは、生き物の性だろう。

 

「今回は虫じゃなくて良かったです!」

 

 夜蛾は亜冴の感想に五条を凄い形相で見るが、腐れ縁らしい五条はケロリとして悪びれる様子もなく亜冴の頭を撫でるだけである。

 

「嫌々だけど頑張って食べるから面白くって」

「おい……」

 

 夜蛾の低い声が職員室に響き、ゴミを見るような目でサングラス越しに五条を咎めた。亜冴はこれで反省するような人なら、まだ良いのにと、五条を内心でこき下ろす。五条の手より、夜蛾の手の方が心地良さそうだし。

 

「嫌なものは嫌だと言っていいんだぞ」

 

 夜蛾は亜冴に優しく声を掛けたが、亜冴には言えたとしても拒否するという選択肢はまだない。五条が亜冴を信用していないように、亜冴も五条を信用していないからだ。本気で抵抗しようものなら、目的である葬式は開かれないだろう。

 

「それ、伏黒さんたちにも言われました」

「活かされてないな……」

 

 同情を寄せる夜蛾を前に完食した亜冴は、手を合わせて挨拶をすると、さっさと職員室を後にした。映画や小説で知ったものを作ってみたい。亜冴は廊下から見えた、グランドで先に自主練をする伏黒たちに、手を振って外へと走り出した。

 

「……学長は亜冴のこと、どう思う?」

 

 職員室に取り残された五条は、夜蛾から渡された資料の中身を確認しながら、そんなことを尋ねる。自分に見させてほしいとまで言っていたのに、どこか自信なさげの五条に、夜蛾は変なものを見る目を向けた。見かければ声を掛けるくらいには交流がある夜蛾は、何か懸念点でもあるのかと疑問を浮かべる。

 

「……子供だ」

「そういうことじゃなくてさ。才能、あると思います?」

「無かったら、お前は見たいとか言わないだろう」

「んーまぁ、そうなんですけど」

 

 ハッキリしない五条に、夜蛾は眉間の皺を再び深くする。何が言いたいんだ、この二十八歳児は。

 

「何か不安があるのか?」

 

 五条はわざわざ人の意見を聞くような男ではない。とっくに結論は出ていて、お遊びのための前話でしかないだろう。案の定、五条は寛げていた背筋を伸ばすと、ふぅ、と息を吐いて話し出した。

 

「一年くらい前、足集利家で死人が二人出ています。それが亜冴の両親。事故でも事件でもなく、自然死として処理されていましたが本当は違うそうです」

「……理由は」

「探らせたら、夫婦の嫡男とされる、亜冴の実兄が殺害して未だ逃亡中だとのことです。でも、亜冴の主張は違いました。実兄はこの件には関係なく、夫婦と亜冴の間に結ばれた縛りを破った為、亜冴の目の前で死亡しました」

 

 言いながら五条はコーラを一口含み、喉に流し込んだ。夜蛾は長い話になりそうだと判断して、五条の隣の机に寄り掛かる。軋む音が止んでから五条は話を続けた。

 

「亜冴は嘘を吐いていないと思います。けど、ちょーっと引っかかるんですよねぇ」

「消えた長男、か?」

「はい。ついでに始末されたのかもしれないけど、なら遺体はどこに行ったのか。闇に葬るにしては、目立ち過ぎていませんか?」

「……呪術を扱う家系では、よくある話だ」

「だとしても、減ってきています。長男は特に悪さをしていた訳でもないし、無闇な殺生がバレたら御三家であろうと一大事です。あと、実の両親を殺す動機がありません」

「……それでも、あり得ると思うが。才能ある妹に嫉妬して、なども呪術を生業にする家系では珍しい話じゃない」

 

 五条の話は外からの見解でしかない。七海が呪術界はクソだと宣言するように、実際その通りだと思う。そして、夜蛾はそのクソに巻き込まれて翻弄されている亜冴を憂いた。抜け出たとしても、そんな境遇に晒されていたのに変わりはない。増してや実の両親の死を目の当たりにしたのだ。

 

「第一、特別一級術師が非術師に殺されるなんてあり得ない」

 

 亜冴の兄が非術師であることを指した五条は、資料に印を押すと夜蛾に返した。

 

「そーいうわけなので、学長も亜冴のこと見といてください」

「……言われなくても」

「よろしくお願いしまーす」

 

 抜け抜けと言う五条に夜蛾は、文句を言うことすらやめて、その場を後にした。高専の校舎、夜蛾は西陽が差し込む長い回廊を歩いていく。

 

「見て見てーっ!」

 

 不意に聞こえてきた遠くではしゃぐ声に、校庭の方へと視線が泳いだ。件の亜冴が伏黒たち同級生へ花弁を頭上から降らせ、手のひらからは色とりどりの花々が零れ落ちていく。ポンっと自身の頭に生やした花冠に、見せびらかされた伏黒たちと楽しそうに交流を深めていた。穏やかな光景から何かを話し出す四人の子供たち。夜蛾は亜冴に対して後ろめたさを抱きつつも、五条が遠回しに指し示した、確証のない事実を胸の内に留めることにした。

 

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