最弱の怪物   作:肩たたき

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第九話『懺悔』-2

 

「足集利さんは戦闘を避けて下さい」

 

 いつぞやの任務のように、調査から入る任務にウキウキで車に乗り込んだ亜冴は、早速冷や水を被せられた。伊地知は落ち込む亜冴に、話を進めるのに躊躇いを見せたが、伏黒は当たり前だと言いたげな顔をして話の先を煽っている。

 

「今回の任務は調査込みとなります。その調査の際、足集利さんの術式で私たちの姿を消してもらいます」

「消すだけでいいんですか?」

「まず消す必要がある場所に疑問を抱けよ」

「んー……、女人禁制?」

「俺は女じゃねえ」

「私もですね……」

 

 五条と違って乗らない伏黒は、いつものことだと苛立ちもしない。亜冴は思い当たらないので仕方ないと、後部座席から伊地知の後頭部を見た。彼は苦笑いを浮かべて、再び話し出す。

 

「場所は──運営中の空港です」

 

 だだっ広い施設と目前に広がるコンクリートだけの地面に、亜冴は巨大な窓に張り付いて、目を爛々と輝かせた。

 

「うわ、うわっ、うわぁ……!」

 

 小さな人影が寄り添う飛行機という鉄の塊は、途方もないほどに大きいに違いない。それこそこの施設の天井よりも高くて大きいのだろう。なんて世界は広大なんだ。飛び立つ飛行機に釘付けになる亜冴の首根っこを引っ掴んだ伏黒は、背後に立つ伊地知に謝った。

 

「急に走り出したかと思ったら……! お前も謝れ!」

「ごめんなさい……」

「あはは……。空港ってテンション上がりますからね。任務中なので、次からは気を付けてください」

「はい!」

 

 大丈夫かよこいつ、という隣の目は気にしない。交通機関の一つに飛行機があるとは知っていたが、実際に目にするとこうも違う。亜冴は鉄道や飛行機の模型を舐めた上で、五条に高専の地下で実物大のものを披露させられたが、今ならもっと精巧なものを視せられる気がする。等身大の人も人体模型や保健の教科書で内部まで理解してからの方が、より精密なものになっていた。機械には臨場感も与えてみよう。

 

「一般人は立ち入り禁止の区域な上、幾つかの目撃情報から浮上した場所なんです。事件や事故発生前なので、封鎖しての調査や聞き込みは難しく……。足集利さんの術式と目視での調査となります」

「怪しい場所を見つければいいんですか?」

「はい。といっても、ほぼ目星は付いています」

「待ってください。確かに足集利は目が良いですけど、視力の良さと呪いは関係が無いでしょう」

「話していないんですか?」

「えっ?」

「あ?」

 

 伏黒に凄まれた亜冴は、そういえばと口を破った。なんだ視力の良さだけで、呪いは視えないのか。なんて、今更なことにすら気付きを得ていく。

 

「そういうのも私には視えてるんだって。呪力未満の呪いとか、不完全な領域の入り口とか。五条先生みたいに、術式や呪いの仕組みまでは視えない。あと顔を見たら、なんとなくその人の感情が分かるよ」

「……お前、五条先生に似てきたな」

「エッヤダ!」

「俺も嫌だ」

 

 五条さん嫌われてるな、伊地知も嫌いな癖にそんなことを思う。大人の中で伊地知と七海には、ある程度の気を許している亜冴は、それでどう侵入するのかと伊地知を見た。尋ねられた伊地知は肩をすくめて、亜冴の術式頼りだと説明する。

 

「姿さえ消していれば、遠回りになりますが、侵入できる場所です」

「その場所って一体?」

「関係者以外立ち入り禁止の旧資料保管室です」

 

 現代社会はその殆どの記録をデータ化している。しかしそれが完全ではなく、紙媒体の利便性や愛用率は根強い。長きに渡り空港として拠点を構えた忘れ去られた場所。それが旧資料保管室であった。パソコンにデータ化をされた資料たちの内、特に早々に打ち込まれ、奥に追いやられた保管室は人の出入りは少なく、ほぼ放置された状態となっている。それでも機密事項に触れる内容もある為に、簡単に処分もできず、埃を被って忘れられているらしい。積み立てたピラミッドの足場であり、記録の墓場と化したそうだ。

 

「私は部屋前で警備員の格好で見張りをし、足集利さんは姿を消したまま待機。伏黒くんは中での調査をお願いします」

 

 高専側で辛うじて用意された警備員の服が妙に似合う伊地知を引き連れ、亜冴は三人の姿を消すと、件の保管室へと帆を進めた。

 

「他の人には風の音にしか聞こえないから、話しても平気ですけど、大声を出すとヒュオオッて音が鳴るから、気を付けてください。あと、人に打つからないように。勘が鋭い人には気付かれます」

 

 説明をしながら携帯している白手袋を嵌めた手で扉を開けて、三人の指紋や痕跡を残さないように気を付けて進む。離れ以来の潜入調査、しかも知らない場所で人を引き連れてのことに、亜冴は楽しみながら、伊地知に道を尋ねながら進んだ。何より、一番先頭を歩くのは気分が良い。最後尾ばかりでは味気ない。伏黒はリードを引っ張る犬の散歩を彷彿とさせているが、気分が良いので今は許してやろう。

 すれ違う人が疎らになっていき、次第に人気はない通路をひたすら歩いた。突き当たりを前に足を止めた亜冴は、顔を歪めて伊地知に確認を取る。

 

「あの部屋ですか?」

「えっ、と……はい。そうですね」

「扉から黒い髪の毛みたいのが漏れ出てます」

「ビンゴだな」

 

 窓もない突き当たりの扉の隙間から、黒いモヤが髪の毛のように波打って壁と床に細かく沿って揺らめいている。扉を開ければ、正に件の領域だろう。領域展開ではなく、場所に取り憑くタイプのものが不完全な領域を構えている。確かに亜冴には手に負えない呪霊だ。一応で持たされている呪具が入った細長い鞄を背負い直し、亜冴は異様な光景に顔を顰めた。前に見た領域のものよりも不完全で隠し切れていなければ、嫌悪感も少ない。まだ生まれたばかりで日が浅い呪霊なのだろう。それらのことを説明しながら、亜冴は勘でしかないことを踏まえて、扉前まで二人を案内した。二人には視えない扉の小さな強化ガラスの窓は、黒髪で覆われて亜冴にはその先がある種見えない。目を凝らしてやっと髪の毛の隙間から見えたのは、暗がりで保管された資料たちと歪みだ。

 

「……見張りをするにしても、もう少し離れていた方が良いかも」

「分かりました」

「ね。本当に伏黒さんたちには見えてないの?」

「ああ、視えねえ。五条先生はなんか言ってたのか?」

「六眼よりは遥かに劣るって」

「言い方……」

 

 伏黒は早速扉を開けようとするので、亜冴はその手首を掴んだ。勘でしかない反射的な本能が、伏黒の動きを止めて、亜冴を見つめてくる。目を伏せた亜冴は、どうやったら伝わるのかと頭を動かした。

 この場所は失踪者と不審者の目撃情報から割り出されている。そのどちらも同数だ。この扉を見てからというもの、消えた代わりの人間がこの扉から出ていく想像が絶えないのだ。

 

「……勘、でしかないけど」

「なんだよ」

「領域に入ったら、私の術式範囲内から出ると思う。外からじゃ見えないから、援護さえできない」

「……心配すんな」

 

 ぐしゃ、と前髪を乱された亜冴は、肩の力を抜いて伏黒から手を離した。扉は亜冴にとって隔たりだ。置いていかれる不安や心配を、本当の意味で誰も理解していない。

 

「伊地知さん、コイツのこと見張っといてください」

「はい。健闘を祈っています」

「……いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」

 

 見送りの言葉は嫌いだ。満足そうに頷いた伏黒は、いつの間にか引いた髪の扉を開け放ち、歪みの中へと一歩踏み出した。

 

──ぷつん、

 

 切れた繋がりは吉野順平が灰になった時と同じ感覚であった。

 

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