「肋数本と右腕、右手は指数本折れてるね。鼻の骨も折れてたから、こっちは優先で手術が必要。頭は二箇所パックリ。全身に打撲と擦り傷、色々トータルで大怪我。反転術式と手術で早くて全治一ヶ月。絶対安静の重症患者だ」
家入による説明に亜冴を運んできた伏黒は深刻な顔をして、いくつもの治療を受け、峠を越えた亜冴の身を案じた。不完全ながらも領域へと伏黒の身代わりとして入れ替わり、たった一人で立ち向かった亜冴は、満身創痍で立ちすくんでいた。出てきた瞬間、風船が破裂するように亜冴を中心に呪力が弾け、残穢が辺り一面へと広がった。それに慄いた伏黒は反応が少し遅れたものの、倒れていく亜冴を支え、急いで合流した伊地知と共に家入の下に連れてきたのだった。
「言われなくても見れば分かるよ」
釘を刺されるように報告を受けた五条は、口を窄めて眠る亜冴を見つめる。呪力はほとんど抜け切ってしまい、しばらく起きることはないだろう。あの領域の中で何があったのかは知らないが、大幅な成長を遂げた亜冴の術式は、亜冴の実父に迫るものだ。解釈を広げられたのだろう。
「何も、食べさせるなよ」
家入に言葉に、五条は驚いて顔を上げた。
確かに五条は亜冴の成長に焦ってはいるものの、瀕死の少女に行うほどクズではない。心外だと反論しようとしたが、家入はさっさと医務室から出て行ってしまったので、伏黒と五条、そして重傷患者だけが残された。
大量の血を流していたため、輸血パックや栄養剤で繋がれた亜冴は、グルグルに巻かれた包帯で顔のほとんどが見えない。腕は副木で固定され、その先の右手も膨れ上がるほど、身動きが取れないよう包帯が巻かれている。鼻には大きなガーゼが乗せられており、そちらも動かないよう固定されていた。
「……コイツ、呪力けっこうあったんですね」
選び抜いた始まりの会話にしては、心配の声ではないことに、五条は意表を突かれつつ、そうだね、と話を合わせた。ドライに見えて伏黒は仲間意識が強く、特に亜冴のことを気にかけていた。最初は鬱陶しそうにしていたのに、今では当たり前として隣に立つ。
「普段の使い方はローコストだからね。今回、解釈を広げた時に限度が分からず使いすぎちゃったんだろう」
「……コイツが領域に入った時、正直もうダメだって思ったんです。コイツが姿消して逃げ惑っても、格上ですから……」
「……死んだと思ったんだね」
しかし、いつまで経っても亜冴は出てこなかった。伏黒は諦めずに何か方法を考えてはいたが、思い付く前に領域が呪霊ごと崩壊した。頭の天辺から爪先まで、血を滴らせた少女が立ちすくみ、弾け出てきた波動のような呪力の波に圧倒された。
何をしたんだ、コイツは。
疑問に思う前に呪力が胡散して、大量の残穢だけを残した亜冴の身体が傾いた。反射的に駆け寄って抱き止め、意識を保つよう話しかけ続けたが、亜冴はそのまま目を閉じてしまった。すぐさま伏黒は合流した伊地知の先導により、裏口から布で覆った亜冴を車へ担ぎ込んだ。
ぐったりとした亜冴を後部座席に寝かせ、伏黒は必死に無数にある怪我を抑えて止血に当たった。ついさっきまで自分の指先すら見えなかったのに、血に濡れた自分の手に心臓が潰される思いをした。せめて自分の姿が見えていなければ、継続される術式にまだ生きていると安心できたのに。
伊地知からの連絡を受けた家入に受け渡し、こうしてベッドで眠る姿を見るまで、伏黒は俄かに信じられなかった。
「どう仇を打つかばかり、考えていました」
その上で伏黒はどう動くかを考え、敵を待ち構えた。必ず仕留めると決心したが、崩壊した領域から足元を炎に包まれた亜冴が出てきた。瞬時に空間に満たされる残穢と駆け抜ける呪力の多さに、一瞬だけ怯んで恐れた。別人、いや呪霊に見えたのだ。
「呪術師ってのは命が軽いから、そんなもんだよ。今は亜冴が生き残ったことを喜ぼう」
珍しくフォローに回る五条だが、伏黒の顔は晴れない。仲間である亜冴を切り捨てて、勝利を優先したみたいで居心地が悪いのだろう。あとは亜冴の仕事だと五条はやはり切り捨て、退室しようとしたところ、伏黒が控えめに口を開いた。
「……死んでほしいとかそういうんじゃないんですけど、どうして足集利は生き残れたんですか? 攻撃を避けられた訳じゃないみたいですし……」
「あー……多分だけど、領域が解けた時、亜冴の呪力が充満したんだよね?」
「はい。シャボン玉が弾けた時みたいに、波動? のように感じました」
「亜冴も領域展開をしたんだと思うよ」
「は?」
意味が分からず、伏黒は聞き返してしまった。五条の言葉の通りなら、領域を飲み込み返した筈だ。しかし、そうはならず領域は崩壊せずにいた。亜冴の領域とやらも目にしていない。
「亜冴は食したものと似た成分のものも変化させられる。あの空間の空気を飲んで、攻撃を受けながら、領域内を自分の世界に塗り替えたんじゃないかな」
「それって……」
「うん、混乱させるだけ。でも、相手には領域を飲み込まれたと錯覚させられるから、ある程度の攻撃も緩和できる。恵がやった
単なる燃料切れだと言い表した五条は、ここに用はもうないとばかりに部屋を出て行った。話を聞かされた伏黒は、募りたい文句を全て飲んで、今はただ静かに亜冴が目覚めるのを待った。