最弱の怪物   作:肩たたき

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第九話『懺悔』-7

 

「肋数本と右腕、右手は指数本折れてるね。鼻の骨も折れてたから、こっちは優先で手術が必要。頭は二箇所パックリ。全身に打撲と擦り傷、色々トータルで大怪我。反転術式と手術で早くて全治一ヶ月。絶対安静の重症患者だ」

 

 家入による説明に亜冴を運んできた伏黒は深刻な顔をして、いくつもの治療を受け、峠を越えた亜冴の身を案じた。不完全ながらも領域へと伏黒の身代わりとして入れ替わり、たった一人で立ち向かった亜冴は、満身創痍で立ちすくんでいた。出てきた瞬間、風船が破裂するように亜冴を中心に呪力が弾け、残穢が辺り一面へと広がった。それに慄いた伏黒は反応が少し遅れたものの、倒れていく亜冴を支え、急いで合流した伊地知と共に家入の下に連れてきたのだった。

 

「言われなくても見れば分かるよ」

 

 釘を刺されるように報告を受けた五条は、口を窄めて眠る亜冴を見つめる。呪力はほとんど抜け切ってしまい、しばらく起きることはないだろう。あの領域の中で何があったのかは知らないが、大幅な成長を遂げた亜冴の術式は、亜冴の実父に迫るものだ。解釈を広げられたのだろう。

 

「何も、食べさせるなよ」

 

 家入に言葉に、五条は驚いて顔を上げた。

 確かに五条は亜冴の成長に焦ってはいるものの、瀕死の少女に行うほどクズではない。心外だと反論しようとしたが、家入はさっさと医務室から出て行ってしまったので、伏黒と五条、そして重傷患者だけが残された。

 大量の血を流していたため、輸血パックや栄養剤で繋がれた亜冴は、グルグルに巻かれた包帯で顔のほとんどが見えない。腕は副木で固定され、その先の右手も膨れ上がるほど、身動きが取れないよう包帯が巻かれている。鼻には大きなガーゼが乗せられており、そちらも動かないよう固定されていた。

 

「……コイツ、呪力けっこうあったんですね」

 

 選び抜いた始まりの会話にしては、心配の声ではないことに、五条は意表を突かれつつ、そうだね、と話を合わせた。ドライに見えて伏黒は仲間意識が強く、特に亜冴のことを気にかけていた。最初は鬱陶しそうにしていたのに、今では当たり前として隣に立つ。

 

「普段の使い方はローコストだからね。今回、解釈を広げた時に限度が分からず使いすぎちゃったんだろう」

「……コイツが領域に入った時、正直もうダメだって思ったんです。コイツが姿消して逃げ惑っても、格上ですから……」

「……死んだと思ったんだね」

 

 しかし、いつまで経っても亜冴は出てこなかった。伏黒は諦めずに何か方法を考えてはいたが、思い付く前に領域が呪霊ごと崩壊した。頭の天辺から爪先まで、血を滴らせた少女が立ちすくみ、弾け出てきた波動のような呪力の波に圧倒された。

 何をしたんだ、コイツは。

 疑問に思う前に呪力が胡散して、大量の残穢だけを残した亜冴の身体が傾いた。反射的に駆け寄って抱き止め、意識を保つよう話しかけ続けたが、亜冴はそのまま目を閉じてしまった。すぐさま伏黒は合流した伊地知の先導により、裏口から布で覆った亜冴を車へ担ぎ込んだ。

 ぐったりとした亜冴を後部座席に寝かせ、伏黒は必死に無数にある怪我を抑えて止血に当たった。ついさっきまで自分の指先すら見えなかったのに、血に濡れた自分の手に心臓が潰される思いをした。せめて自分の姿が見えていなければ、継続される術式にまだ生きていると安心できたのに。

 伊地知からの連絡を受けた家入に受け渡し、こうしてベッドで眠る姿を見るまで、伏黒は俄かに信じられなかった。

 

「どう仇を打つかばかり、考えていました」

 

 その上で伏黒はどう動くかを考え、敵を待ち構えた。必ず仕留めると決心したが、崩壊した領域から足元を炎に包まれた亜冴が出てきた。瞬時に空間に満たされる残穢と駆け抜ける呪力の多さに、一瞬だけ怯んで恐れた。別人、いや呪霊に見えたのだ。

 

「呪術師ってのは命が軽いから、そんなもんだよ。今は亜冴が生き残ったことを喜ぼう」

 

 珍しくフォローに回る五条だが、伏黒の顔は晴れない。仲間である亜冴を切り捨てて、勝利を優先したみたいで居心地が悪いのだろう。あとは亜冴の仕事だと五条はやはり切り捨て、退室しようとしたところ、伏黒が控えめに口を開いた。

 

「……死んでほしいとかそういうんじゃないんですけど、どうして足集利は生き残れたんですか? 攻撃を避けられた訳じゃないみたいですし……」

「あー……多分だけど、領域が解けた時、亜冴の呪力が充満したんだよね?」

「はい。シャボン玉が弾けた時みたいに、波動? のように感じました」

「亜冴も領域展開をしたんだと思うよ」

「は?」

 

 意味が分からず、伏黒は聞き返してしまった。五条の言葉の通りなら、領域を飲み込み返した筈だ。しかし、そうはならず領域は崩壊せずにいた。亜冴の領域とやらも目にしていない。

 

「亜冴は食したものと似た成分のものも変化させられる。あの空間の空気を飲んで、攻撃を受けながら、領域内を自分の世界に塗り替えたんじゃないかな」

「それって……」

「うん、混乱させるだけ。でも、相手には領域を飲み込まれたと錯覚させられるから、ある程度の攻撃も緩和できる。恵がやった八十八(やそはち)橋のように、不完全な領域同士が共存したんだ。僕が見たところ、かなり術式の解釈が拡張されてる。亜冴が寝てるのは呪霊の領域から抜け出て、曖昧な領域の範囲が広がりすぎたことと、大幅な術式の拡張をしたことによって加減ができなかった為の呪力切れだと思うよ」

 

 単なる燃料切れだと言い表した五条は、ここに用はもうないとばかりに部屋を出て行った。話を聞かされた伏黒は、募りたい文句を全て飲んで、今はただ静かに亜冴が目覚めるのを待った。

 

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