最弱の怪物   作:肩たたき

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第十話『恋しい人』-5

 

 最近、亜冴の様子がおかしい。伏黒はいつも通り外で夕食を共にしながら、対面の少女を覗いた。ファミレスのテーブル席で向かい合う二人は、周囲の賑やかな席と違って、静かなままでいる。何やら考え事をしている様子の亜冴は、ぼんやりと手元へ遠い目をしている。暗い顔というには真顔に偏る亜冴の表情筋は、しばらく会話のために動くことは無くなっていた。数日前に初めて食への要望が出たと思えば、肉以外という大雑把なもので、今はステーキ肉を眺めている。

 

「足集利、何かあったのか?」

「……はい?」

 

 敬語で応対してしまった亜冴に、伏黒はやはりと確信を持つ。顔を上げた亜冴はいつも通りに目を逸らして、その先で苦々しげに細めた。目が合うことのない相手に、伏黒はどうして自分にだけは顔を真正面から見せてくれないのかと不満を募らせる。

 いつになったら、コイツは俺を見るようになるんだろう。

 

「最近元気ないだろ。今日だって、お前にしたら大人しいし」

「……私は元々暗いよ」

「新しいことをやってるお前は煩い。悩みとかあったら、俺でよければ聞くぞ」

「……うぅん、五条先生からの信用の取り方が知りたい、とか?」

「まだ取れてねえのかよ」

 

 笑って肩をすくめる亜冴に伏黒は、五条に矛先を向けて真面目に頭を回してみた。いい加減、五条も亜冴を認めるべきだ。

 

「もう諦めて好きなようにやったらどうだ?」

「好きなようにって?」

「俺にしてくるみたいに楽しめばいいだろ。そっちの方が五条先生も気ぃ抜くだろうし。つか、なんで信用されてないって思うんだよ」

 

 伏黒の疑問に首を擡げ、亜冴はまたしても考え事をしている顔付きになって、遠くを眺め出した。灯りの加減で琥珀色にも見える大きな瞳が、狭い瞼に収まっている。純粋な評価として、黙っていれば確かにかぐや姫と呼ばれるだけあるかもしれない。伏黒はイヤイヤと内心で否定を入れつつ、肉料理の油で艶めく唇が開くのを待った。

 

「……五条先生、自分の姿は決して取らせないの。一つの隙なく、私の術式範囲外に出るよう、無下限を私の前では常に張っている。敵みたいな扱いだよ」

 

 言い終わると同時に紙のおしぼりを握り潰し、流し目を食事に戻す。伏黒はどう声を掛けるか迷った挙句、結局上手い返事は出来なかった。伏黒にはどうにも目の前の少女が警戒すべき相手どころか、守るべき相手としか思えなかったからだ。五条の警戒心を常々理解が出来なかった為に、碌な言葉が浮かばない。

 夕食を終えて高専に戻った二人は女子寮前で足を止めた。いつものように伏黒が女子寮まで亜冴を送り届け、自身も男子寮に戻る流れなのに、気掛かりに対して練った言葉を募った。

 

「五条先生についてだが……あんま気にすんなよ。あの人はいい加減だから、何も考えてない可能性もある」

「……ありがとう、伏黒さん」

 

 柔く笑う亜冴に伏黒は、口をまた開いて閉じた。締め付けるような胸騒ぎから、亜冴に伸びそうになった手をすぐに引っ込める。いま俺は何をしようとしたんだ。触ろうとしても、どこに手を伸ばしたかも分からず、伏黒は自分自身に疑問を抱きながら気まずそうに横に目を逸らした。亜冴はその様子に小首を傾げたが、口を挟む気はないらしく、目を逸らされたことを良いことに、伏黒へ視線を大量に送っている。感じる強い視線にチラと目を戻すと、初めて逃げられずに合わせ続けられた。

 

「……っ」

「……どうかしました?」

「いや……、つか敬語やめろって言ったろ」

「……ごめん」

「謝るほどでもねぇし……」

 

 ガリガリと頭の後ろを掻いて、下に視線を落として逃げた伏黒は、調子の悪い自分を責めた。こんな挙動不審、ダサい他ない。

 

「とにかく元気出せよ。お前は笑って騒がしくしてる方が似合ってる」

「そうなの?」

「俺はそう思う」

「そっか」

 

 そうする、とは答えなかった亜冴を不思議に思ったが、伏黒も追求することはしなかった。実行するか否かは亜冴の自由だ。もうそろそろいいだろうと、踵を返した伏黒の背中に声がかかる。上半身だけを振り返らせた伏黒に、亜冴は目尻を緩めてまた笑った。

 

「伏黒さん、ありがとう」

 

──なんで二回も礼を言ったんだ?

 

 怪訝な顔を浮かべたものの、どうせなら笑顔のままで別れたかった為、伏黒は生返事と共にひら、と手を振った。亜冴はそれに振り返すと笑みを深めたので、疑問などすっぽ抜けて、伏黒は背中を向けて退散していく。ドギマギしたのはバレていないだろうか。手を振られ返しただけで一気に意識してしまったなど、誰にもバレたくなどない。伏黒は足早に去っていき、男子寮に引っ込んだ。

 そういえば、亜冴に毎度される挨拶をされていない。伏黒は引っかかる心に眉間の皺を濃くしたものの、わざわざ指摘するものでもない。その後ろ姿が建物に阻まれるまで、亜冴がずっと立ち尽くしていたのを伏黒が見ることはなかった。

 

 その晩、足集利亜冴は跡形もなく姿を晦ました。

 

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