最弱の怪物   作:肩たたき

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第十一話『逢瀬』-3

 

──疲れるし、美味しくないなぁ。

 

 食べたことのあるハンバーガーを口にしつつ、亜冴はどうにか喉奥に押し流した。ヂューと飲み物で喉を潤し、また一口頬張る。作戦会議を終え、やって来た父に亜冴は目をやる。明るい茶色の目で微笑む父は、確かに足集利慈である。私よりも色素の濃い瞳の色をしている。

 

「おいしいかい?」

「冷えているからか、あまり」

「残念だったね」

 

 そうね。残念。

 口には出さずに亜冴は返事をする。見抜けない。ここまで見抜けないのね、あなた。

 

「父様」

「なんだい?」

「どうして夢の中に出てきたのですか?」

 

 夢に出てきた慈は過去の言動と姿が多少異なった。成長というよりは本性を表した人物に、亜冴は続け様に質問しようとして打ちやめた。笑みを浮かべる男に何かを感じ取り、それが得体の知れないものと結び付いたからだ。

 

「……ああするしか、近付く方法がなかったからな。秘密裏に行なう時は、大抵ああしている」

「私には父様の血が半分流れているのでしたっけ」

「ああ、おまえは私のものということだ」

 

 カラクリの裏付けに、亜冴は従順に頷いた。見た目も仕草も声色も父に変わりはない。目の前の人物は思想も様子も五条悟に似ており、そして私の方が似ていた。つまり私はこの人の娘で、五条よりも近しいのだ。

 

「そんなことができるとは、知りませんでした」

「解釈の違いだ。亜冴も自分の子には同じことができるだろう」

「素敵な殿方がいらっしゃるといいのですが……」

「まずはこちら側じゃないと婚姻は許せないな」

「分かっております」

 

 亜冴は殻になった包紙を畳み、深く考えないようにして言葉を飲んでいく。嫌悪感が迫り上がってきそうだ。なんとか飲み下し、また喉を潤した。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ここに来てから亜冴は一人で食事をしている。意図的か真意は分からないが、誰もが姿を取られまいとしているのだろう。視線の先にいる父に、亜冴はふわりと微笑んだ。心底嬉しいから笑う。応える父の笑顔に嘘偽りのない愛が混じるので、同じものを亜冴は返した。魂の形とやらも穏やかなものに変化しているのだろう。嘘発見器、という言葉が脳裏をチラつく。

 

「父様」

「どうした?」

「愛しております」

「……私もだよ」

 

 ここに来てから。亜冴が常日頃抱えていた違和感がない。産まれてきてからずっと慈に所有され、監視されていたということだ。会話全てに嘘偽りはない。亜冴は見抜けてしまう目を瞼で覆った。目の奥の脳みそまでは、所有されていなくて良かった。

 一人きりの食事を終えた亜冴は、次の仕事が来るまで疲れた身体を休める為、のんびり過ごした。

 

 

  *  *  *

 

 

 一派の頭である呪詛師は特級の夏油傑。その下には少なくとも五人の呪詛師がおり、夏油に使役されていない特級呪霊が数体。正確な数は分からないが、ここ一年の事件の首謀者であろう。慈から貰ったチョコレートを口内で溶かし、ドロドロになった泥濘をホットミルクで流す。甘ったるい洋菓子で遊ぶ亜冴は、チョコが付いた唇を撫で、指に付いたそれを擦る。こんなことより、トランプや鬼ごっこがしたい。

 

「やめなさい、はしたないだろう」

「父様……ごめんなさい」

「手を拭きなさい」

 

 渡された手拭きで拭いた綺麗な手を眺め、亜冴は父である慈を見た。父は父で変わりはない。愛と親しみと蔑み、憎しみ、羨望。作った拳をその親指で撫で、ここに鏡がない事を惜しんだ。

 

「亜冴、どうしたんだ?」

「……どうして、近親相姦はいけないのでしょうか」

「……本気で言ってるのか?」

「聞かなくても分かるでしょう」

 

 それくらいは見抜ける慈は、不快を少し滲ませて肩をすくめて溜め息を吐いた。開いていた新聞を閉じ、二人の間にあるチョコを口に放り込む。娘を咎めるのに自身の行いを顧みない男は、モゴモゴと動かして口の中を殻にしてから言葉を返した。

 

「血が濃くなると、どうなるか知っているか?」

「遺伝子的に間の子供に異常を来します。しかし、子供を作る場合のみです。性欲を満たすだけなら問題はありません」

「しかし子供ができる可能性は残る。それにお前は他人に触られたものを触りたいか?」

「……洗えば問題ないのでは?」

「…………お前……」

 

 冷たい目をされる亜冴は首を傾げて黙る。父が言わんとすることを整理して、亜冴なりの答えを練ってみる。また溜め息を吐く父に、亜冴はまた口を開いた。

 

 「私にはそういった愛が分かりません。特定の人物へ向けた独占欲や所有欲が加味された時、その人物を他者に触られたくないと考えるとしたら、それは好意ではなく、他者を支配したいという独りよがりの潔癖なのではありませんか?」

 

 完全に他人を所有することはできない。それは亜冴と慈が持つ術式が語っている。考えや行動を仕組むことはできても、手足を意のままに動かすことはできない。あくまで本人たちの意思でしか、私たちは彼らを支配できない。所詮、姿を盗んでも所有するのは借り物だ。この目を持っていれば、見破れるものである。

 

「そこに尊敬や思慮が加われば、相手を尊重して大事にするだろう」

「それが恋愛だと?」

「だと私は思うが、亜冴は思い当たる人はいるのか?」

「……友情との違いはどこか考えています」

「何人も?」

「友人は一人……いえ、三人。ただ触りたいといった性欲はあまり感じません」

「どうしてかな」

 

 誘導尋問みたいね。そうなのだろう。あなたがやめないから仕方ない。亜冴は口を閉じてから、思案するフリして瞼を閉じた。流し目で遠くを見つめ、父へと戻す。あなたはどんな気持ちで母に触れ、二人も子を設けたのかしら。その性欲が本能的なものなら、自分が何を言ったか分かってるか。

 

「私が汚いからです」

「きたない?」

「色んなものを食してきました。尊敬に値するからこそ、大切な人には触れさせたくありません。特に恋愛においての愛情表現としてある唇を合わせる行為は……、相手を踏み躙る行為です」

「……なるほどな。確かに私たちは色んなものを食べなければならない。亜冴は何を食べてきた?」

「……」

 

──あなたに置いて行かれたから、たくさん。

 

 亜冴の弛んだ目尻に勘違いをする慈に、亜冴は何から話すか悩んだ。

 

「空気、綿、食器、残飯、おしゃぶり、手拭いの汗、人の血。……肉、呪霊の体液、本の紙、鞄やコンクリートなどの無機物の表面、動物の血、誰かの髪の毛、式神の毛、昆虫、花。とにかく、沢山のものを」

「……可哀想に……」

 

 慈は席を立ち、父親として亜冴に寄り添う。父に抱き寄せられ、頭を撫でられる亜冴は、懐かしい匂いに肩の力を抜き、肩口に頭を埋めた。己の中にある安堵に涙が滲む。愛しています、大好きです。

 抱き締め返す亜冴の真意を拾い、甘い顔で頬を撫でてまた頭を撫でてくれる。記憶通りの愛してくれる父だ。本物の父だ。愛と親しみと蔑み、憎しみ、羨望。

 

「父様」

「なんだい?」

「……父様に撫でられるの、好きです」

「……そうか」

 

 この時間が一生続けばいいのにな。亜冴は目指す結末を知っていながらも、一番心が安らぐ場所に顔を埋めた。

 

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