最弱の怪物   作:肩たたき

79 / 96
第十一話『逢瀬』-5

 

「おいで、亜冴」

 

 慈の声に従い、亜冴は手を引かれてその先を眺めた。相変わらず亜冴に作戦を伝えられてはいない。完全な信用というよりも過保護か図りかねる。亜冴は回る頭を打ちやめ、無知のフリをして小首を傾げて尻尾を振った。

 

「父様。どちらへ?」

「縁切りをしに。ついでにお前の立場をはっきりさせよう」

「……つまり?」

「分かっているだろう亜冴。仕事だ」

「私に熟せられる仕事が存在するのですか?」

「……可哀想に。お前は無能などではない。そう扱われてきたかもしれないが、お前は私の娘だ」

「父様のこと、誰も教えてくれませんでしたから……」

 

 通路を歩く際、六月から活発化した呪霊の話も聞きつつ、父の戦歴を耳にした。輝かしいものばかりのそれと、自由を謳歌していた様子を語る慈は(はしばみ)色の瞳を瞬かせている。心底楽しかっただろう。自分を認め、好き勝手に生きられる外は。気持ちは痛いほど分かる。腑に落ちる自分の心に、亜冴は慰めるように心を撫でた。妻子を捨てた動機はそれか。食い尽くせない自由を知り、食い尽くす為に妻子と一族が邪魔になった。自分を見ている気分になってきた亜冴は、自力で抜け出した娘を認めたのかと感じつつも、半分ほど残った理由に向き合う。わたしたち、みんな可哀想ね。

 

「──亜冴、どうかしたか?」

「……いいえ。私も父様のようになれるでしょうか?」

「もちろん。おまえならなれるさ」

 

 頭を撫でてくる慈の手を許し、亜冴は擦り寄って甘えた。私はあなたに愛だけを贈るわ。あなたが愛だと思い込んでいるものを受け取ってあげる。合理的な愛に亜冴は身を委ね、父娘仲良く目的地に向かった。

 

「宿儺の指を回収する」

「……私には指を取り込んだ特級呪霊を祓うことができません」

「私が祓おう。ただ、邪魔者がやって来るから、それを引き付けてくれ」

「邪魔者とは?」

「来た者の道を阻めばいい。できそうなら、始末しなさい」

 

 渡された呪具の重さに、亜冴はじっと刃物を眺める。包丁に似ているが、私に使い熟せるのだろうか。顔を上げた亜冴の頭を撫で、慈は父の顔をして笑った。亜冴はその心地よさに目を細める。渡された衣服の着心地の良さも、少し大きな袖も、なんだかんだ好きよ。私の成長を見誤った証も。

 

「ここで待ちなさい。すぐに済むから」

「……父様」

「どうした?」

「どうかご無事で」

「……もちろん」

 

 嬉しそうに微笑んだ父は、亜冴を一人森林に置いて先を行く。開けた場所に立たされた亜冴は、近場の木に寄り掛かると、拠点を出た時は夕暮れだった夜空を見上げた。青黒い空にいくつか星が輝き、月明かりは眩しいほどだ。離れの裏手にある高い塀を見上げた時に見たものと似ている。さわり、と吹いた軽い風に、亜冴は首後ろの寒さに目を細めて肩を落とした。秋と呼ばれる季節と一日の終わりの早さは、たまの実感しか出来ていない。やって来た視界に、目を閉じて開けて消しておく。

 

「……足集利?」

 

 声の方へ向き、抜けそうになる力を入れ直す。これは試験であり、仕事だ。亜冴は好ましい相手を見ず、その方向へと顔を見せた。

 

「伏黒さん、お久しぶりです」

 

 動揺する伏黒は信じられないという顔を浮かべ、こちらへ数歩近付いてくる。亜冴は微笑まずに真顔で返し、その分後ろへ下がった。足を止めた伏黒は言葉が詰まるのか、開けた唇を震わせて閉じる。力む其れに血が出やしないかと、亜冴は眺め続けた。

 

「お前……! 今までどこに……!」

「色々です。伏黒さんは何をしにここへ?」

「俺は任務で、呪霊を祓いに……。虎杖たちも来てる。とりあえず、お前連れて帰るぞ」

「……ヤダ」

「あぁ? お前、人に散々心配かけやがって、ヤダってなんだよ!」

 

 怒れる伏黒は怒鳴り声を上げる。ビリビリと伝わってくる怒気に、亜冴は好奇心が募ったが今はそれどころではない。確か本を運んだ際も、彼は本気で怒っていた。今も本気で心配なんだ。

 

「……五条先生。やっぱり私を信じておりませんでした」

「今はそんなの関係な……!」

「父様は生きているし、私を愛している」

「はっ……?」

 

 横に目を逸らした亜冴は、父について語った数々の内容を思い返した。どの父も私を愛していた。理由は不明だ。

 

「なぜ五条先生は父様が生きていることを隠していたのでしょうか」

「俺が知るワケ……、つか、本当にソイツはお前の父親なのかよ」

「正真正銘、父でした。……足集利慈でしか、彼はなかった」

「……足集利、お前……」

 

手を伸ばしてまた近付く伏黒にまた一歩引く。

 

「父様が生きているなら、教えてほしかった」

 

 知っていれば理由を知ろうとした。もっと早く真実に辿り着いただろう。父の名前は葬式で見た。読み方は忍び込んだ本館で。死の概念は火葬されてから。ドイツもコイツも、私に与えるのが遅すぎる。私を無能にしたがる。

 

「──私を信用していない相手に、なぜ(こうべ)を垂らさなくちゃいけないんですか?」

 

 亜冴の冷たい視線に伏黒は怯み、伸ばそうとしていた手は引っ込んで両手を重ねる。あぁそう。呪い合う気なのね。もう少し茶番劇をしましょうよ。

 

「……それが、裏切った理由かよ」

 

 節目がちの目で伏黒を見た亜冴は、伏黒の震える声に肩を震わせる。まるでだめだ、なっていない。見てなさい、この私を。

 

「……足集利、まだ間に合う。高専に帰ろう」

「……ひっ。……ふふ、ふはっはぁ……あははっ!」

 

 険しくも揺らす瞳に亜冴は声を漏らし、ついには耐えきれず笑い出してしまう。指の隙間から除くぐらいで口元を覆い、亜冴は同じように笑い泣きで瞳を揺らす。ビクリ、と身体を硬直させる伏黒に、目一杯の笑顔を見せてやる。両親の死の原因を知った時と同じ怒りを燃やせ。硬直した頬で蕩けるような笑みを浮かべた亜冴は、優しく甘い声色を歪んだ弧を描く赤い唇から奏でた。

 

「裏切ったという話を繰り広げてる場所に? 誘拐の路線を追わず、私を諦めた場所に? 過保護の檻にまた? 私の為だと言って、嫌いな食べ物を押し付けてくる場所に? ……笑わせるな。それは身勝手で、私の為じゃない。あなたの正義の栄養の為に私が必要なだけ。代わりなんて山ほどいる癖に」

「……それがテメェの本心かよ。いつもヘラヘラして、裏ではそんなこと思ってたのか」

「どちらも本心から来ています。あの時は、本当に楽しかった。でも──」

 

 伏黒に対して目を開けてきちんと見た亜冴は、すぐに閉じて半目で見つめた。視線を鼻っ柱だけに注ぎ、感情を必要以上に拾わないよう気を付ける。もういいだろう。十分に時間は稼いだ。あとはどうするかは、味方次第だ。

 

「愛してくれる人と一緒に過ごしたい」

 

 亜冴の発言に伏黒は目を見開いて固まる。また悲しそうにする、本気の悲痛さに亜冴は目を瞑った。ゆったりと瞬きをして、背後を見る。やって来た姿に亜冴は凌いだことに安堵し、肩の力を緩めた。その肩に手を置いた父は怪我を少ししているものの、無事の範疇であった。

 

「こんばんは、初めまして。娘が世話になった」

「……」

「無愛想なお友達だな、亜冴。お別れは言えたか?」

「……」

「亜冴、答えなさい」

 

 低くなる声色と肩に加わる力に、亜冴は静かに息を吐く。男尊女卑の根はここにもある。結局、存在したのだ。

 

「……別れを告げろとは言われませんでしたから、上手にできなかったかもしれません」

「何を話したんだ?」

「少し腹の中を見せただけです。裏切ったのはあちらが先だと」

「充分だ。さぁ、帰ろうか。亜冴」

「おい……! 待て!」

「……貴様の許可は必要ない」

 

 底冷えする声を発する慈に、亜冴は手を添えた。下から見上げた父との距離は近く、離れの時よりもずっと見えやすい。こんな顔をしていたの、知らなかったな。

 

「亜冴、どうし──」

 

 父の首に手を回した亜冴は、ぐ、と近付くと頬に唇を落として抱き締めた。「早く帰りたいです」と耳元で囁いてから、身体を離して目を合わせてニッコリ小首を傾げて微笑む。

 慈は怒りが削がれた複雑な顔色を浮かべ、亜冴の手首をそっと掴んで離させると伏黒の方へと目をやった。玉犬の渾を出している伏黒は、衝撃だったのかジッと亜冴を見つめてくる。傷付いた様子の彼に、亜冴は理由の候補の多さに理解できず、つい眺めてしまった。私の中に確信はないけど、あなたの中には答えがあるのでしょう。

 

「……亜冴」

「なんでしょうか、父様」

「彼は友人で合っているか?」

「そう把握していましたが、それ以上の関係があるのですか?」

「……知らないならいいんだ」

 

 纏う雰囲気をいつものものに戻した慈は、父として亜冴の背中に触り、立ち去るよう促した。亜冴は背後で走り出した渾に後ろ髪を引かれ、振り向いたところ、父の側に持っていた呪具を取られた。

 

「キャイィン!」

 

 呪具が勢いよく投げられ、首元に刺さった刃に亜冴は振り向いて目を見開くも、父は冷たく咎める目を向けてくる。痛々しい声に亜冴の笑顔は消え去り、父の方へ寄り添った。

 

「父様、大丈夫ですか?」

「……平気だ」

 

 亜冴の頭を撫でる手は利き手ではなく、先程刃物を投げた手は地面に向けて下げられている。渾を気遣う伏黒に侮蔑の視線を送ってから父は、再び亜冴の背中を押して立ち去ろうとした。

 

「っ足集利! 戻ってこい!」

 

 伏黒の悲痛な訴えは胸には響かない。亜冴は慈の術式で消された姿に、厄介だなと胸に浮かべた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。