最弱の怪物   作:肩たたき

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第十一話『逢瀬』-6

 

 宿儺の指の回収を終えた亜冴は、拠点の風呂場で軽くなった頭から泡をお湯で垂れ流していた。

 使いっぱなしの呪力の残量はまだ十分ある。帰ってきてから早々、風呂に押し込められた亜冴は高専の風呂場での出来事と記憶を踏むように弄んだ。そうして時間を潰す内、背後の気配に睨むような目付きで、監視のない入浴中の乱入者に流し目を向ける。

 

「あれ? 髪の毛切ったんだね」

「……邪魔だったので」

 

 扉を開けてそこにいる真人は、前髪が短くなった亜冴の僅かな警戒心を拾い、シャワーを半身浴びさせたままの亜冴にニタニタと笑みを浮かべている。呪霊に性欲はない。少なくとも、コイツが浮かべているものに、そういった類の欲求はなかった。あるのは好奇心と嫌悪、恨み辛みといった呪いらしいものだけだ。

 

「大抵の人間の女って裸見られたら、もっと怖がったり恥ずかしがったりするもんだけどやっぱり君が一番ズレてるね」

「……本能的な嫌悪が警戒心に結び付いてはいます。あなたは好奇心が強い方なので、私で何かを試すおつもりですか?」

「しないよ。君の父親と夏油にキツく言われてるし。てゆーか、信用してるんだ?」

「誰を?」

「俺とかもだけど。……君を殺そうとした父親を」

 

 稚拙な揺さぶりに、亜冴は初めて真人というものに嫌悪感を抱いた。魂の揺れとやらにケタケタ笑う呪霊を、亜冴はどうしたものかと頭を悩ませる。嘘を吐いても仕方がない。むしろ弄ばれるだけだろう。

 

「……私も、自分の力を持つ子供がいたら殺すでしょう。父を恨んでなどいませんし、信用もしていますし、……愛しています」

 

 七海に話した内容を思い出しながら、亜冴はシャワーの方を向いて、残った泡を流していく。身体をなぞって流れていく泡の白さに、本当に汚れが落ちているのか甚だ疑問である。

 

「ふぅん。俺なら殺そうとしてきた相手、殺すしかないけど。人間ってそういうもの?」

「いえ、違うと思います。私は常識を持ち合わせておりませんから、父か夏油さんに聞いた方が無難かと」

「じゃあそーするよ」

 

 ドタドタと聞こえてくる音に、亜冴がもう一度振り返ると父の声が響いてくる。勢いよく扉を開けて、開けっぱなしの風呂場にやって来ると、父は真人の胸ぐらを引っ捕まえた。

 

「貴様……! 娘に何の用だ!」

「別に? 俺はただ話してただけだよ」

「見たものを今すぐ忘れろ!」

「はいはい。人間に興味ないよ」

 

 真人を出口へと突き返した父は、ハッと亜冴の姿を見ると、すぐに顔を逸らして磨りガラスの扉をほぼ閉める。隙間からの声は申し訳なさそうにしている。

 

「すまない、亜冴。嫁入り前のお前にこんな仕打ちを……」

「父様。私を嫁に出す気なのですか?」

「……い、いや、そうではなく……」

「気にしておりません。ただ生命の危機を感じただけです」

「……私も、見て悪かった」

 

 閉まった扉に亜冴は微かに息を漏らした。シャワーの音で掻き消え、誰にも悟られやしない。彼らが気付いた様子はなく、亜冴はボサボサの濡れた頭を撫でた。

 

 

  *  *  *

 

 

「それで、君の娘は信用できるのかい?」

 

 夏油の質問に今し方起こったことに、真人へ目鯨を立てていた慈は頭を掻いた。真人を連れて夏油のところまで来た慈は、目の前で怒鳴り付けて苦情を入れ、形だけ真人を咎めた夏油はすぐに話題を変えた。慈は溜めていた怒りを消してしまうと、先程までの怒号を感じさせないほど、穏やかな声色に戻す。仕事と称して連れて行った娘を、彼女は信じていたし、毅然とした態度で高専側を拒絶していた。

 

「合格だ。五条悟に恨みを持っている」

「俺も見てたけど、魂の形も嘘じゃなかった。本気で怒ってるよ」

 

 それは裸を見たから貴様にも向けられているのではないか。という言葉は飲み込み、慈は夏油の返答を待つ。金と行動範囲、支配力の強さから、夏油とは行動を共にしているが、別段思想というものに自分は興味ない。自分の利益があるだけで、なければ誰にも属すつもりはない。今回は足集利亜冴が高専に居たので、そこへ攻撃を加えるコイツらに手を貸しているだけだ。愛しているが故の行動を、私は行わなければならない。

 

「懸念点を挙げるとすれば、伏黒恵だ」

「それはどういった懸念なんだ?」

「娘は愛を欲している。伏黒恵がその気配を見せれば、そちらに傾くかもしれん」

 

 あの瞬間、亜冴は玉犬の悲鳴に反応を示した。悲鳴に対して嫌だと拒絶し、心配の色を持ったまま伏黒を見てから慈を見た。まだこちら側にいるものの、向こう側に懐柔される可能性があっただろう。伏黒は情報からしても、正義感の強い青年だ。見合い話も出ていたことから、亜冴も少なからずそういった対象として捉える機会はあった。一般的に友人関係よりも上位とされる恋愛関係にでもなられたら、厄介極まりない相手だ。

 

「うちの娘はやらんってやつ?」

「有体に言えばそうなる」

「構わないけど、やるなら五条悟封印後にしてくれよ」

「分かっている。どう転んでも、あの男は邪魔だからな」

 

 私たちの目よりも上回る六眼は天敵である。無下限に六眼のような関係性を持つ、慈の術式と目は亜冴も同じだ。私たち父娘が生き残るにはあの男は邪魔すぎる。

 

「殺そうとしてたのに、今度は愛して生かそうとするなんて。自分の子供って、愛玩動物みたいなもん?」

「愛してるから殺そうとして、愛してるから生かそうとしているだけだ」

 

 娘だと言われて見せられた赤子を抱き上げた慈は、然程興味もなかった。子を作れと言われたし、他所では遊べなかったので気紛れに抱いただけの妻だ。家が勝手に決めた女が、幸せそうに見せてくる赤子に、確かに股を見なけりゃ、男も女も分からないな、という感想しかなかった。長男は妻に似て、何の術式も持たなければ目も黒い。可愛げもないが勝手に慕ってくるので、適当に甘やかしているだけの存在だ。そんな長男のいつかと同じクシャクシャの真っ赤な顔で泣く瞼の隙間から見えた瞳だけが、慈の心を揺さぶった。

 

「あの目を見た時から、あの子供には先に死んでもらうことにしている」

 

 橄欖(かんらん)色の瞳は、自分よりも格上の証であった。

 

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