最弱の怪物   作:肩たたき

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第十二話『罪と罰』-3

 

 二千十八年十月三十一日、渋谷は大規模なテロに見舞われた。

 渋谷事変と名付けられた事件は、巨大な帳が渋谷に複数下ろされ、多数の一般人が封じ込められたのだ。帳の縁にいる一般人からの訴えは、「五条悟を連れてこい」というものだった。

 

 事件解決に駆り出された五条悟らに、夏油は作戦を進めた。

 五条悟の封印の為、夏油は特級呪霊たちを引き連れてそれぞれを配置に付かせていく。亜冴は酷使と消費で疲れてきた目を揉みつつ、隣に立つ慈を見上げた。

 

「父様」

「なんだい、亜冴」

「なぜ私を愛するのですか?」

 

 共に過ごしてから見破れなかった唯一の理由を尋ねる亜冴に、慈は驚きの色を見せる。歪んだ顔からは素直な理由が出てくることはないだろう。

 

「……お前が、私以上の存在だからだ」

 

 出てきた本心と素直な理由に、亜冴は目を丸くして眉を上げた。悟ってしまうほど回転する頭を恨んだ亜冴は、やはり名残惜しくなって父に抱き着いた。私が無能だったら、辿り着けなかった愛の理由に情愛が募っていく。とっくに狂っていた人を私がトドメを刺した。背中を撫でる父の手が、頭へ移動してまた撫でてくれる。

 ギュゥっと非力ながらも力を加える亜冴を宥めるよう、父はやっと亜冴を抱き返した。父様。私の父様。もっと甘えて、沢山お話がしたかった。私が無能だったら、母様と兄様は死ななかったし、父様も苦しまなかったのね。この愛に尊い理由はなく、愛さなければならないだけなんだ。

 

「父様、私はあなたに愛されて幸せでした」

「亜冴、私もお前に出会えて楽しかった」

 

──ウソ。

 

 顔を離した亜冴に向けられた笑顔は、慈としてのもので父親のものではない。父はもうどこにもいない。この男は足集利慈でしかない。

 

「……いってらっしゃいませ」

「ああ」

 

 亜冴は落胆を覚える前に腑に落ちた顔で受け止め、呪霊に囲まれた持ち場を任せた父とは別れを告げた。慈の後ろ姿を眺めて、亜冴はいつもの真顔に戻す。揺れる瞼を閉じた亜冴は、脳裏に見える方へと呪力で辿ってある人の視界を借りた。

 

 

  *  *  *

 

 

「──私って、化け物なのかも」

 

 十月三十日の深夜、合わせていた両手を離して、亜冴は本題を終えた場で口を開いた。手の甲同士を向かい合わせ、指を一本ずつ絡めた亜冴は、テーブルに置かれた紅茶をコーヒーに変えてストローに口を付ける。甘ったるい缶コーヒー味の吸い上げた苦味と甘味に、塩っけと酸味を加えて調節したものを向かいの席にも出してやる。

 

「沢山の人を手玉に取り、騙し、それを楽しむことも悲しむこともできる。人を誘惑して堕落させる悪魔みたい」

 

 優しい声色で微笑む亜冴の話し相手は、複雑な顔を浮かべ同情を示してくる。亜冴はその優しさに鼻奥が痛み、横へと視線を向けた。

 

「……才能って怖いね」

 

 訴えるような目に亜冴はクスリと笑って頬杖を突く。大人びた笑みを浮かべる亜冴に怯む相手は物言いたげにしている。それに亜冴は首を横に振るった。敷かれたレールという表現があるが、進むよう汽笛を鳴らしているのは他でもない私だ。

 

「私は最初から、引き返せなかった」

 

 生まれた瞬間から何もかも仕組まれていた。進むことしかできず、こうして今がある。この先もおそらく決められている。決められた範囲の中でしか動くことは叶わない。しかし、才能を持つというこの頭と身体、心がなければ、ここまで来れなかった。この先にも道はあるだろう。進むかは自由だ。

 

「……なーんて。同情しちゃったらダメだよ。人が良すぎて、すぐに騙されちゃうんだから。悪い相手にコロッと騙されて傷付くのはそっち。その優しさは自分を危険に晒すよ。……とか、人生経験が浅い私じゃ、説得力ないよね」

 

 あーあ。またそうやって傷付いちゃって。私がお道化た意味は何か、拾った上でそんなんになっちゃってさ。だから怖いんだよ。最初からとっくに決まっていた心で、気にするなと、とびきりの笑顔を見せた。

 

「なんでまともに顔を見れないのか、教えてあげる」

 

 父と再会して分かった事実を、亜冴はあっけらかんと口を開いていく。その奥にあるものを直視するのを、どこかで怖がると同時に知りたくなかったのだ。期待していたかったとも言える。

 

「一目惚れしたの。私を好きじゃないって、心を見たくなかった」

 

 目と口を大きく開けた相手を前に、亜冴はもう一度手のひらを合わせた。

 

──ぱんっ。

 

 音と共に逢瀬は瞬く間に終わりを告げた。

 

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