最弱の怪物   作:肩たたき

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第十二話『罪と罰』-9

 

 五条は激しい死闘の末、親友であり死んだ筈の夏油の登場に動きを一瞬止めた。殺した筈の大切な相手に、困惑する頭で弾き出した直感が、それが親友のであることを否定した。しかし、次の瞬間、五条は呪具に取り込まれかけていた。手足を拘束され、前屈みの体勢で固定された五条は、嘲笑う夏油へと睨み付ける。

 

「…………」

 

 拘束されてからは再会を喜ばず、ただ黙する五条に夏油は微笑みを浮かべて話しかけていく。肩を落とした五条に煽り散らすものの、彼は肩を小刻みに揺らすだけで返答はない。不審に思い、警戒して距離を取りつつよくよく見てみれば、下を向いた口元は弧を描いていた。

 

「ふ、ふふふ……ふふっ」

「……頭おかしいのか?」

 

 つい、夏油はそんなことを尋ねたが、五条は更に笑いを深めるだけで返事がない。最強と自負しすぎて溺れたか、何か秘策があるのかと夏油と呪霊たちは警戒して彼に近づくことをやめた。

 

「だって……ふふっ、ククク……ッ、あはははッ!」

 

 耐えきれないとばかりに大きな声で笑い出した五条は、ようやく引き笑いから抜け出し、「ぁ゛ー……」と声を漏らした白い頭は、男のものにしては少し小さく、一瞬だけ視界が定まらない。何に笑っているのか理解できず、五条悟から夏油は目を離せなくなった。確かにある違和感が謎であるが、白い短髪の頭は確かにそこにある。

 

「さっさとやれよ」

「……そうだな」

 

 枯れた声で煽る五条に、夏油は納得すると嘲笑い返して大きな口を開く。全ては計画通りの順調さに、やはりこの身体を選んで正解だったと声色に愉悦が足される。

 

「おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう」

 

 五条はこちらを睨むことなく下を向いたまま、親友の身体を借りた男を心底恨んだ。

 

「──(へい)も……」

 

 途端、夏油たちへ向けて攻撃が放たれる。

 五条と夏油の間に入るように仕掛けられた攻撃は、空虚から打たれたもので、身動きの取れない五条が吐血したと同時に、違和感の正体を掴んだ。

 

「なっ?!」

「……アハっ」

 

 獄門疆に捕らえられ、閉門と唱えられれば封印となる五条悟は、一回りも小柄な身体を揺らし、ゆさゆさと白髪の髪を乱し上げる。丸々と見開かれた瞳は、オリーブの果実のような、橄欖(かんらん)色に爛々と輝いていた。血だるまの顔面に浮かび上がる白目とくすんだ黄緑は、駅のホームの光を閉じ込めてニンマリとその下の口と共に歪んでいく。

 

「──私、五条悟じゃないもーん!」

 

 夏油は足元の違和感にハッと下を向き、踏み付けている大量の黒いものに、何かを悟ったがもう遅い。とっくにここら一帯は、私の胃袋と化している。

 

「……でかした、亜冴」

 

 自由の身である五体満足の五条悟と、封印され掛けである満身創痍の足集利亜冴に、一同が目を見開き、その間に五条が場を蹴散らしていく。五条は天敵である真人の残骸を捨てて、亜冴を背後に置いて術式を放った。

 数分前、亜冴は五条の元へと駆け付けていた。枯渇していた呪力を拡張する為、艶やかな黒い髪色を支払い、かつ五条悟に化けやすく色を似せた。そして、死闘を繰り広げる特級呪霊二体を相手にする五条に、亜冴は近寄ることはせず、同じように散らばる髪の毛を確認してから、そっくりそのままの光景を全く別のホームに投影した。ホームの出入り口の看板を貼り付けた呪符で名称を書き換え、封印の呪具を所持する夏油傑を亜冴の方へと誘導したのだ。五条には事前に情報を渡していたとはいえ、完全に防ぐ為に騙し切る必要があった。最も自分と近しい自分自身を媒体として、五条悟の身代わりとなることを選び、五条はその光景に亜冴へ全面の信用を寄せた。

 獄門疆に捕らえられた亜冴は呪力を封じられたのだが、真っ白な短髪の頭と色素の薄い瞳で、夏油は封印された小柄な少女を五条悟だと思い込んでしまった。封じられた時点で術式も展開することが不可能なので、すぐに気付かれると踏んでいたのだが、苦労して捕らえた獲物と自身の力を過信したあまり、偽物だと気が付くのが遅すぎて、亜冴は耐え切れず笑ってしまったのだ。小娘が低く鳴らしただけの声でも騙されてしまうなんて、愉快以外の何がある。

 

 身動きの取れない亜冴を護るように五条は立ちはだかりつつ、瀕死の亜冴に手を置いた。血塗れの亜冴は血で汚れた青い顔でゼェゼェと息を漏らし、肺が潰れたような呼吸を繰り返す。先ほど、五条も領域展開をした関係で疲れているだろうに、夏油が近寄らないように五条は無下限で周囲を固めた。それだけでなく、信用できる仲間として、命を張ったどころか身代わりになった亜冴に、五条は術式でどうにか封印を阻もうとしている。このまま封印されれば、中で死んでしまうと分かっているのだろう。慈に似ているが慈なら行わない行動に、亜冴は血塗れの歯で笑った。利己主義と個人主義。私も個人主義になれたかしら。疑問を飲み込んで、亜冴は赤が滲む頭を揺らした。

 

「……せんせ、」

「喋んないで」

「……伏黒さんたちを、ゆうせんして。わたしは、さいご」

「は……?」

「んふふふふ……しんじょーほー。アイツらはスクナの復活が目的……、せんせいは邪魔だから、封印しようとした。……まだきっと何かある……」

 

 伏黒の元へ駆け付ける途中で呪霊たちから盗み聞きした亜冴は、呪詛師たちに話している内容の違いに眉間に皺を寄せた。そうしてようやく脳内のやることリストを消し去る。もう私にやれることはない。やりたいこともなくなった。

 逃亡を図る偽夏油の背中を霞む視界で眺め、亜冴は封印を完了しなかったことで囮にされたと察した。五条も分かっている筈だ。私は足手纏いの為に来たわけではない。亜冴が五条の封印を阻止した理由は、この戦いに勝利することだ。

 

「行って、せんせ。わかってるでしょ」

「……ごめん。必ず祓ってやる」

 

 全てをやり切ったと確認した途端、全身から力が抜けていくのを感じた。意思に反して脱力感が勝っていく。誰かが遠くで何か喚いているものの、亜冴の耳には届かず、空色の目をした五条を何とか見た。朦朧とした頭に彼の思考と自身の本性が垂れ流される。大嫌いな大人だし、嫌いな性格をしているし、ここまでしないと私のことを信用しない人だけど。

 

──伏黒さんたちを守れるのは、この人しかいない。

 

「……気をつけなよ、せんせぃ」

 

亜冴は最後に忠告だけ宣うと、強まる眠気に逆らわずに瞼を閉じた。五条の声が聞こえたが届くことはない。暗闇へと包まれた亜冴は、伏黒からの恨み言を耳にした気がした。

 

「ふふ、さようなら」

 

 

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