最弱の怪物   作:肩たたき

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第十三話『告白』-1

 

「闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え──」

 

 獄門疆に封印された途端に目が覚めた亜冴は、寄ってくる骸骨たちに生得術式の可動範囲を封印中は縛ることで、必要な呪力回復と視覚効果を無効にした強力な帳を立ち上げた。全ての人間を受け入れる代わりに、呪霊を阻んでおく。呪霊か呪物かは賭けであった上、これらの足し引きは感覚で行なったのだが、獄門疆内の骸骨型の呪霊たちは結界に侵入できずに群がって足掻いているようだ。保険として考えておいた算段はここまで。ここから先のことは考えていない。

 

──“足集利亜冴(わたし)”は、ここで終わる。

 

 骸骨の隙間から見える景色は暗く赤みがかっており、亜冴は異様な空間に息を吐く。ドクドクと脈拍と共に流れ出る腹の血を抑え、亜冴はぼんやりと横たわったまま天を見上げ続けた。封印された実感よりも達成感が滲み出て胸に広がっている。

 

「…………」

 

 やれることはやりきった。

 暴走する足集利慈を止め、五条悟の封印を阻止し、敵の目的も伝えた。MVPとやらは私のものだろう。褒めてくれる手がない中、目を閉じた亜冴は他者の視界を探るが、完全に繋がりが途絶えているのか誰も捕まらない。呪物の領域を封印として利用しているのだから、誰も捕まらないのは当たり前だ。

 久しぶりの完全なる隔離に、亜冴は息を繰り返して走馬灯とやらを暗い視界に描く。思い返してみれば、伏黒と出会った時からの内容ばかりだ。一年も経っていない記憶たちが色濃く残り、亜冴に心残りを幾つも灯していく。

 一方で幻聴と幻影である人々の言葉が聞こえてきていた。

 

『僕ほどじゃないけど、亜冴って天才だよね』

『あの、足集利亜冴か!』

『アンタに前線は無理よ』

『遊びに行こうぜ!』

 

 誰が何を言っているのかを順々に追う走馬灯をのんびりと亜冴は感傷に浸る。楽しかった、その一言に尽きる人生をもうすでに諦め掛けていたからだ。充分な成果だ。無知から這い上がってきたにしては、賢く立ち回って優秀な呪術師の危機を救うことができたのだ。

 

『ひゅーっとやってひょいっ』

 

 結局、意味のわからなかった家入のコツとやらに、ふふ、と笑みを溢して目を閉じる。ここで生き残るには反転術式の習得が必須だ。亜冴は抜けていく力を摩り、外へと思いを馳せた。みんなはどうなったのだろうか。五条は平気だろう。他のみんなの救助に向かってくれているなら安心だ。

 

『いい子ね、亜冴』

『おまえは賢いな』

『……ごめんな』

 

 きっと兄も優しい人だったのだろう。見ず知らずのような存在に謝って、死を選んだ。彼の死は私が招いたようなものだというのに、彼は許した上で許しを乞うた。違う人の墓に入ることになったが、父親が死亡したことで彼は彼の墓に入り直すことが出来るかもしれない。果たして慈はまた葬式を挙げられるのだろうか。参列者はどうなるかな。私が並んだら怒るだろうな。

 

「…………おそうしき、できないなぁ……」

 

 自分の遺体が封印されたままでは葬式など出来やしない。亜冴は死にかけの身体をまた摩り、滲んできた悔いに笑みを浮かべた。窮屈さはない。むしろ心は開放感で満たされている。足集利家にいた頃と比べたら、こんなものへっちゃらだ。

 

「ははっ、あーあ……楽しかったぁ……」

 

 既に終わった走馬灯が人生の薄さを表すようで、ついつい笑ってしまう。傷に響く感情を落ち着けるためにまた深く呼吸を繰り返した。

 

──伏黒さん、怒ってるだろうな。

 

『お前だけ知らないままなんて、それでいいのかよ』

「……よくないよ」

 

 余計なことを思い出した、と思えど、亜冴は目を薄ら開けて赤黒い空を睨んだ。ユウエンチもスイゾクカンもまだ行ったことがない。お菓子もまだまだ沢山あるだろう。折角知らないままでいいと諦めがついてきたのに、なんて酷いことをするんだ。焚き付ける為の優しい言葉は、私にはいらなかった。その優しさが私の死の片棒を担いでいる。

 

「……呪力に呪力をかける…………」

 

 掛け算なんて、最近覚えたばかりのものを亜冴は思い描いていく。あぁ、野球もやってみたかったな。球を真っ直ぐ投げるの、楽しそうだった。

 

「ゲホッ、ゴホッ……ぁー……ははは」

 

 掛け算に表すとすれば、呪力に呪力を打つけるにはまず二つに分ける必要があるかもしれない。普段の呪力の拡張がマイナス同士のプラスなら、そこを掛け算にする必要がある。全くもって意味が分からない感覚で操るものだ。

 呪力を強くする必要はない。すでにマイナス同士の力だ。なら後は、掛ける感覚を掴むだけ。大丈夫、焦るな。失敗しても死ぬだけだ。

 

「ひゅぅ……ひゅぅ……」

 

 浅い息の中、亜冴は空想でピッチャーとして球を投げようと体勢を整え、バッターとしても亜冴がバットを握った。キャッチャーは似合わないけど、伏黒さんがいいな。審判は釘崎さんだと楽しそう。あれ、近くに枠がないや。ごめんね、虎杖さん。バッターの自分の集中が高まり、ピッチャーが球を真っ直ぐに鋭く投げる。

 

──“ひゅーってやってひょいっ”

 

 頭に落ちた声を最後に、亜冴は暗くて見えなくなった虚な目で瞼を閉じた。見えなくても描かれるなら、視界はもういらない。大きく振った木製のバットが乾いた音を響かせ、青い空に高く球が打ち上げる。白に赤い刺繍の入った球が、七色の光を併せ持つ太陽を目指して消えていった。

 

 

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