オスカーは当てもなくホグワーツを彷徨っていた。絶対にグリフィンドール寮に帰りたくなかった。勝手に恩を着せるあの闇祓いの妹にも、卑怯な先輩より真正面から複数人を叩きのめした自分を怒鳴りつける寮監にも、勇気や騎士道や大胆さを尊ぶくせに、いつまでたっても自分を父親の息子としか見ない寮生たちにもうんざりだった。
めくらまし呪文を使うのは負けた気がして嫌だった。自分は悪いことをしていないのだから堂々としていていればいいのだ。グリフィンドールの点数などいまさらどうでも良かった。だいたい一年生の点数のほとんどは自分とあの小さくてうるさい同級生が稼いだものなのだ。自分の分が減ったところでどうだと言うのか。
暗い城の中を歩いたのは初めてだったが、オスカーは怒りが全く収まらずとにかく歩いていた。どこを歩いているのかも考えていなかった。
いつの間にかオスカーはあまり見覚えの無い廊下に来ていた。そもそもオスカーはほとんど城の中を歩いたことなど無かったのだ。友達なんていなかったから最短で教室、図書室、訓練場なんて場所を往復していたからだ。
オスカーはどこで寝たらいいのかを考えると少し不安になった。オスカーはベッド以外で寝たことなど無かったからだ。ただ、やっぱりグリフィンドール塔に戻るなどありえなかった。あの寮監や寮生たちの顔を思い出しただけでイライラしてくるのだ。
「おや? オスカー、道にでも迷ったのかね?」
「え?」
曲がり角の向こう側に全校生徒が良く知っている顔があった。オスカーは有り得ないと思った。なぜならオスカーはその人がご飯の時以外は自分の部屋から出ているのをほとんど見たことがなかったからだ。
「校長先生?」
「いかにも、わしが君と同じ年の可愛らしい女性に見えるというならば君の前途は輝かしいものになるであろう」
なんだかオスカーには信じられなかった。ハロウィーンとは言え、オスカーが飛び出した夜に都合よく校長先生と会うなんてことがあるのだろうか? それとも寮監が先生方に伝えて、校長先生まで駆り出されているのか?
「えっと。あの、僕は……」
「なぜこの時間に出歩いておるのかね? とっくに外出禁止時間になっているはずじゃが、忘れ物でもしたのかね?」
「その…… グリフィンドールの寮でその…… マクゴナガル先生と……」
流石のオスカーも寮監相手に啖呵を切ったように校長先生相手に同じことはできなかった。そもそもオスカーは校長先生の事を知らなかったし、何をどう話せばいいのかも分からなかった。
「なんだ。評判にしては凄く真面目だと思ってたけど。この時間に出歩くなんて結構ワルじゃない?」
「え?」
ダンブルドアの声とは思えない、オスカーと同い年くらいの女の子の声が響いた。ダンブルドアはそのままマントをはためかせ、オスカーの前で回ろうとした。ダンブルドアは自分のマントの裾を踏んで思いっきり後ろにこけ、銅像の台座で頭を打った。
「あっ!? 痛った!? な、何……!?」
ダンブルドアらしき誰かは廊下に転がった。長いローブの下から出てきたのはショッキングピンクの頭だった。
「お前…… ハッフルパフの……」
「ちょ、ちょっと手くらい貸してよ。ほんとになんか頭がジンジンするんだけど」
この女子生徒をオスカーは良く知っていた。薬草学では、他の授業と同じく、毎回オスカーに張り合おうとするミニ闇払いに絡んでいる女子生徒だ。ど派手な頭の色はホグワーツの誰もが知っているだろう。オスカーはこの女子生徒がふざけているようで、薬草学では自分やミニマムマッドアイよりできることを知っていた。
「ちょっと、ほんとに手を貸してくれないわけ? グリフィンドールのくせに騎士道精神のかけらもないわね」
「お前、僕をひっかけようとしてただろ? よくそんなこと言うな」
そう言いつつオスカーは彼女を助け起こした。ピンク色の髪に加えて彼女は目の色も自分の意思で変えられるようにオスカーには見えた。たしか前に見た時は違う色だったはずなのだ。
「何? 別にここで大声で騒いだっていいわよ。ミセス・ノリスとフィルチが飛んでくるわ。私はまた校長先生の真似をするもの」
「ならこっちはめくらまし術を使う」
「え? そんなの使えるわけ? ちょっと使って見せてよ」
「はあ? まあいいけど」
オスカーは言われるままに自分にめくらまし術をかけた後でさっきまで使いたくなかった術を抵抗も無く使っている自分に気づいた。
「へえ~ 結構見えなくなるわね。面白いじゃない」
「面白いのか?」
「面白いでしょ? 悪戯に使えそうだし、それにこれって結構難しい魔法じゃないの?」
「多分結構上級生の術だ。上級の呪文集に載ってたから」
変な女の子だった。まずダンブルドアに化けて校内をうろついているのもおかしいし、みんなから腫物扱いのオスカーが相手なのに彼女にはそんな感触がまるで感じられなかったからだ。
「すごいじゃない。ドロホフって結構ガリ勉よね? 最近あんまり見ないけど、初めのうちは図書館で勉強してたり、訓練場でも杖を振ってたじゃない」
「ガリ勉ってなんなんだよ」
いつの間に見られていたのだろうか? このショッキングピンクの髪がこちらを見ていたらオスカーは絶対覚えていてると思うのだ。けれどオスカーはなんとなくからくりが分かった。彼女は多分、別の姿に変身していたのだろう。
「ガリ勉はガリ勉じゃない。なんのためにそんなに魔法を覚える必要があるわけ?」
「なんでって…… 母さんとか……」
オスカーは言いかけてやめた。なんだか気恥ずかしかったからだ。それによく考えなくてもこの女の子とあまり喋ったことはないのだ。なんでもかんでも聞かれたことを喋る必要は無かった。
「あなたのお母さんがなんなの?」
「なんでもないよ。とにかくその辺のやつに負けたくないだけだ」
「ふ~ん? なるほど? それで? 私の見たところ、ドロホフあなた困ってるんじゃない?」
女の子はニヤッと笑った。オスカーは少し不思議な気分だった。あの三人の笑い顔と違って、女の子の顔にオスカーは暗い感情を感じなかったからだ。
「困ってないさ」
「絶対困ってるわね。こんな夜中にトランクを持って歩いてる一年生なんているわけないもの」
「校長先生に変身してる一年生が言っても説得力が無い」
「で? 困ってるんでしょ? あなた、寮に帰れないんでしょ? さっきマクゴナガル先生がうちのスプラウト先生と中庭でドロホフのこと喋ってるの見たもの」
オスカーはこの女の子がかなり頭が回るほうだと分かった。さっきのドジなやりとりや薬草学で壺という壺を割りまくったり、置かれていた布ごと机の上の鉢植えを全てひっくり返したりしているのを見るにドジかもしれなかったが、少なくともオスカーの周りの同級生よりずっと頭が回るのは分かった。
「ほんとにそうでもめくらまし術がある」
「あ、分かっちゃった。寝る場所がないんでしょ? 何? ドロホフは寮でしか寝たことがないわけ? おこちゃまなのね」
「普通そうだろ」
「ふふん、お泊りっていうのは大人になった証拠なのよ。まあグリフィンドールのおこちゃまにわかるわけないわね」
「お前も同い年だろ」
なんだか変なやっぱり変な女の子だった。ただやっぱり敵意をオスカーは感じなかった。それに少なくともこの女の子は目の前のオスカーその人を馬鹿にしているのだ。誰かを通してでは無い。少なくとも彼女は他の同級生よりよっぽどオスカーの事を見て喋っていた。
「助けてあげましょうか?」
「だからめくらまし術がある」
「マクゴナガル先生に見つからない場所知ってるわよ」
信用できるのかオスカーにはあまり自信が無かった。ちょっと胡散臭かったが彼女からはなんだか珍しい動物でも見ているような感触しか感じなかった。でもオスカーは誰かの助けを借りるのは好きでは無かった。
「ベッドで寝ないと体は痛いし、シャワー浴びないと臭いし、寝不足だとドロホフのこと大好きな小さい闇払いに授業で負けちゃうわね。お母さんのために一番じゃないといけないんじゃないの?」
「ムーディはうるさいだけだ。それにあんまり人の助けは……」
「貸し借り無しならいいわけ?」
またニヤッと女の子は笑う。何が面白いのだろうか? オスカーはこういうタイプの同級生に会ったことが無かった。大抵の同級生はオスカーに理由も無い敵意か恐れの感情しかぶつけてこないし、違うのは死喰い人だのアズカバンだの言ってずっと張り合ってくるダークグレーのチビだけだった。
「返せるものないぞ。お金は家の物だから……」
「それとも信用できない?」
ピンク色の髪にピンク色の瞳と彼女は本当にあり得ない色をしている。オスカーは信用できるのかできないのか分からなかった。でも彼女は助けてくれると言う。こんな事を言ってくれたのはホグワーツに入って彼女だけではないだろうか?
「ベラトリックス・レストレンジって知ってる?」
「死喰い人だろ。闇祓いを拷問した女だ」
「じゃあシリウス・ブラックは?」
「同じだ。死喰い人でマグルと魔法使いを殺した男」
「私のママのお姉さんと従兄弟って言ったら信じる?」
トンクスは笑いながらそう言った。本当の事を言っている。オスカーはそう思った。こんなところで嘘をつく理由が無い。オスカーに親近感を抱かせるために自分が死喰い人の家族だなんて言うだろうか? ほとんどの人は良く知らない人間のためにそんな事を言わないだろう。
「どう? 信用してくれる? 数少ない一緒のところってやつでしょ? こんなのが役に立つなんて初めてだけど」
「分かったけど……」
「じゃあ出発ね。レッツラゴーってやつよ」
またダンブルドアの姿に変身するとそのまま彼女は歩き出した。彼女は迷いなく進んでいるようだ。オスカーは夜中のホグワーツなど歩いたことが無かったが、意外とゴーストが、目の前を通り過ぎていったり、肖像画が眠っていたり、いつもは人がいる廊下に誰もいなかったりと何だかいつもと違って面白かった。
「ダンブルドア先生の姿だとゴーストとか肖像画がこっちにお辞儀してきて面白いのよ。それにほら、今日って月が大きいから黒い湖が綺麗だわ」
トンクスが言う通り、オスカーはいつもと違うホグワーツが面白いし美しいと思った。オスカーはこんなことを感じたのはいつ以来だろうと思った。だって最初にボートからホグワーツを見た時は確かにそう思ったのだ。でも、いつの間にかホグワーツでそんな事を思わなくなっていた。
「おい。六階はグリフィンドール寮の入り口があるんだ」
「大丈夫よ。私達が行くのは七階だし、通り過ぎるだけ」
七階? 七階に何かあるのだろうか? トンクスはハッフルパフのはずだから寮は多分地下のはずだ。ハッフルパフの学生は帰る時はみんな地下に向かうのだ。
トンクスはなぜか季節外れのクリスマスソングをダンブルドア先生の声真似をしながら歌っている。オスカーがこの曲に聞き覚えがあるのは、シラに貸してもらったマグルのラジオから流れていた曲だからだ。
オスカーはこの女の子が謎だらけでさっぱり分からなかった。ハロウィーンの夜にダンブルドア先生の格好で歩いている。死喰い人が家族か親戚にいる。なのにマグルの歌を歌っている。そしてオスカーを何故か助けてくれる。意味が分からない。
「あと二ヶ月でクリスマス…… そう、プレゼント、プレゼントよね…… ふふん。ドロホフ、本当に困ってるのね。どうもホグワーツは貴方を助けてくれるみたい」
「何の話……」
トンクスの目の前の何も無い壁にオスカーとトンクスの身長くらいの扉が現れた。ちょうど二人の身長がぴったりなサイズだ。オスカーはホグワーツの変な扉をいくつか知っていたが壁から浮き上がってくる扉は初めて見た。
「どんな部屋なのかしら…… うわ。なんかゴージャスね。これってあれかしら。ドロホフがセレブだからこうなるのかしら?」
「なんだここ……」
オスカーは部屋に入ると初めて入る部屋なのに既視感を感じた。何故ならなんと言えばいいのか、ドロホフ邸とシャックルボルト邸を足してちょうど二で割ったのが正しいような部屋なのだ。
床と壁は黒と白のマーブルの大理石だ。ベッドは二段ベッドでこれだけはグリフィンドール寮のものに似ている。家具は他にドロホフ邸にあるものとほとんど同じマホガニーでできた大きな机と椅子。壁際に勉強机も二つあって、これはチークで出来ていてシャックルボルト邸の寝室にあるのと似たものだ。ソファーはこれもシャックルボルト邸の客間にある白色のドラゴン革を張ったものと同じだろう
「おー、凄いわね。バスルームあるじゃない。ていうか寮のやつより全然豪華だし」
トンクスは奥にある扉を開いていた。たしかにグリフィンドールの寮生が使えるものより断然広いし、シャンプーや石鹸もちゃんとついている。
「えー、キッチンまであるんだけど。何これ。私の家よりいいかもしれないわね」
そう。食材はないもののキッチンもあって鍋やまな板なんてものもそろっている。ピザ窯や冷蔵庫もある。食料さえどこからか持ってこればずっと暮らすこともできそうだ。
「本棚もめっちゃあるじゃない。なんかちょっと古い気はするけど。これ全部あれね。一年生が受けられる科目の高学年用の本みたい」
「ほんとだ……」
というかオスカーはわけが分からなかった。こんな部屋をオスカーは知らなかったし、知っている人がいれば噂になるはずだ。そもそも連れて来たトンクスも何故か驚いている。
「トンクス、この部屋……」
「あ、そうだった。この部屋の説明よね」
そう言いながらトンクスはソファーに飛び込んでいた。オスカーもとりあえずソファーに座った。談話室のソファーをオスカーは使ったことが無かったのでソファーのゆったりとした座り心地を感じるのは久しぶりだった。なんだかずっと緊張していた感覚が溶けていく気がした。となりでトンクスがあぐらをかいて座り、こっちを見ている。
「ここは多分、あったりなかったり部屋よ」
「あったりなかったり部屋?」
「そう。厨房の屋敷しもべに教えてもらったのよ。なんか面白い場所無い? って聞いたんだけど。そしたらこの部屋のこと教えてもらったわ。屋敷しもべが家具とか壊しちゃった時に隠すのに使ったりするんだって。それ言ったあと自分を罰しだして大変だったけど」
オスカーはその説明だけではさっぱり分からなかった。この部屋はどう見たって、オスカーが落ち着く感じの部屋なのだ。ペンスとミリベスがオスカーに話を聞いて部屋を作ってくれればちょうどこんな感じになるだろう。
「分からないわよね。私も分からないんだけど。必要な時に出るって聞いたから何回か来てみたんだけど全然でなかったのよ。でも屋敷しもべって嘘なんてつかないじゃない? そんなことしたら持ってるもので自分を殴る生き物だもの。だからその…… 無理やり必要にしないといけないと思ってフィルチに追っかけ回されてる時に来たら最初は箒を置く物置になったのよ」
必要な時にでる? そんなことがあり得るのだろうか? だって部屋そのものを出現させるなんてとんでもない魔法である。マクゴナガル先生やダンブルドア先生だって難しいだろう。
「その次は朝からご飯を抜いて凄いお腹減ってるときに来たんだけど。なんか扉はあったけど階段になってて、一番下までおりたら厨房に繋がってたのよ。多分、この部屋もドロホフのお腹が減ったら厨房までの階段ができるんじゃない?」
「でも、部屋そのものが出来るなんて……」
「信じられない? でもほら私たちが入って来た扉が消えてるわ」
オスカーは後ろを振り向いた。本当に扉が無い。いったいどういう事なのか? オスカーはトンクスの方に視線を戻した。なんだか悪戯にオスカーをひっかけたみたいな顔をして笑っている。オスカーはからかわれているような気がするのに全くイライラしなかった。
「ドロホフは寝る場所っていうか、寮じゃない生活する場所が欲しいんでしょ? それに今日は明日起きるまで先生に見つかりたくないわけでしょ? だから扉は消えて誰も入れない。ついでにドロホフがお金持ちだからなんかセレブな感じになってるのよ」
まるでオスカーは目の前の事が信じられなかったが事実だった。オスカーは思わず口に出してしまった。
「魔法みたいだ」
「フフっ…… なにそれ。あなた魔法使いじゃない」
「でも。マクゴナガル先生と喧嘩して歩いてたらいきなりトンクスと会うし、こんな部屋が都合よく現れるし、魔法みたいだ」
思わず口に出してしまうとトンクスは愉快そうに笑った。オスカーは自分もちょっと笑っていることに気づいた。昔、父親や母親、ペンスがなんでも出来ると思っていた時に、三人が使えると思っていた魔法と同じくらいオスカーは不思議で魔法みたいだと思った。薬草学の授業で顔を合わせているトンクスの存在までなんだか魔法みたいに感じるのだ。
「ママが言ってたわよ。ホグワーツでは…… なんだったかしら? ホグワーツでは助けを求める者には必ず…… 必ず助けが与えられるってやつね。この部屋が出てきたってことは多分、明日もそんなに悪い事にはならないんじゃない?」
ホグワーツに入ってからずっとオスカーは自分の居場所などこの城にないと思っていたのに、トンクスが言う通り、オスカーはこの城が自分を助けてくれた気がした。
この部屋は同じ感触、同じ匂いがする気がした。自分が一番落ち着く場所、自分の部屋とペンスと同じなのだ。
「で? グリフィンドール寮で何してきたの?」
「え? ああ…… ファッジってやつとあと二人、五年生の三人なんだけど。ムカついたから先生とみんなの前で決闘してやっつけたんだ。そしたらマクゴナガル先生に怒られて…… それで寮にいるのが嫌になってベッドルームの窓から飛び降りたんだ」
「ええ!? マクゴナガル先生はスプラウト先生にドロホフが飛び出してしまったんです。しか言ってなかったけど。めちゃくちゃ面白いじゃない。グリフィンドール塔ってすっごい高い塔じゃない? そのうちホグワーツの伝説の一つになりそうね」
やっぱりオスカーが喋ったことのある女の子とはずいぶん違う女の子だった。シラなら驚いたあとに心配してくれるだろうし、まともに先生に謝るべきだと言うだろう。ムーディならどうだろうか? 張り合って私ならもっと早くファッジを片付けられましたとか言うだろうか?
「あ、ていうか自己紹介してなくない? ムーディとドロホフは目立つからみんな知ってるけど」
「いや、トンクスも目立つだろ」
トンクスが目立たないのならその学年はとんでもない事になるだろう。ダンブルドアとか例のあの人のこどもがうじゃうじゃしているとか、みんなとんでもな髪色をしているとかそうじゃないといけないだろう。
「私、ニンファドーラ・トンクスよ。えっとね。パパはマグル生まれでママは魔女なのよ。叔母さんとかの話は本当よ。あとこの髪は七変化っていって簡単に変えれるのよ。えーと、あと何かしら? そう。ファーストネームで呼ばれるの嫌だから。名字で呼んで欲しいわ」
「家族の話は疑ってないよ。僕は…… オスカー・ドロホフ。父さんも母さんも魔法族だ。父さんは死喰い人で母さんの従兄弟は闇祓い。呼び方は何でもいいよ。ムーディみたいに変なまくらことばつけないんだったらだけど」
オスカーが自己紹介したのはホグワーツ特急以来だった。こんな風にグリフィンドールの同級生と話したかったとオスカーは思った。もっと早く薬草学で彼女と話せていたらどうだっただろうか?
「えー!? ドロホフ…… じゃない。オスカーの親戚にも闇祓いがいるわけ?」
「そうだよ。僕はあんまりあの人の事好きじゃないけど。ホグワーツに入る前はあの人に魔法を教えてもらった」
「そうよね。オスカーってムーディと同じくらい魔法が使えるらしいじゃない? それってそういうからくりなのね。なんか無言で魔法も使えるって噂になってたけど。めくらまし呪文も使えるみたいだし、それも本当よね?」
「え、ああ。本当だよ」
向こうの方にあったアイロンだったりお皿だったりをオスカーはアクシオで呼び寄せた。それを見たトンクスの髪色がなんだかピンク色に赤が混ざってオレンジになっていくのがオスカーには不思議だった。
「すごくない? 無言呪文って六年生がひいひい言って練習してるやつじゃない。五年生をボコボコにしたのも本当に決まってるわ。ていうか授業つまらなくない?」
「授業? まあそうかな。変身術とか妖精の魔法とかの魔法の練習はやることないし」
本当は話し相手がムーディしかいないし、ムーディが悪口ばかり言ってくるので余計つまらないのだ。ムーディがいないで、他に話す人がいれば、授業は先生が褒めてくれるからそれなりに楽しいかもしれなかった。
「そうよね。つまらないわよね。だって教科書読んだら出来ることばっかりやらせるし、出来たらちょっと褒めてくれるけど。先生ってできない奴の方が可愛いのよ。ほっといても出来る奴はほったらかしでしょ? なんで出来ない奴と同じ早さでやらないといけないのかしら? 浮遊呪文とかマッチを針に変えるとかつまらないわ。もっと面白いのをやらせて欲しいのに」
「分かるよ。フリットウィック先生は優しいし褒めてくれるけど。全然授業が進まないから違う教科書を読むくらいしかやることないんだ」
なんだかここでも話が合うとオスカーは思った。シラは結構授業には苦労しているようでこんな話は出来なかった。ムーディは悪口ばかりで話したくない。オスカーは自分以外にそんな事を感じている生徒がいるのだと初めて知った。
「そうよね!! そうよね!! ほんとつまらないのよ。なんで出来ない奴に合わせるのに出来る奴には合わせないのかしら? 公平じゃないわ。ママに手紙で一回そう書いたの。そしたら馬鹿言ってないでちゃんとやりなさい。他の人に合わせるのも勉強ですとか返って来て、怒って手紙の代わりにカエルの肝をふくろうで送ったのよ。そしたら吠えメールが返って来てとんでも無い目にあったわ」
「カエルの肝はあれだけど…… 公平じゃないか。たしかにそうかもしれない」
オスカーからすると変な考え方だと思った。でもトンクスの言う通りかもしれない。遅い人に合わせるのなら早い人に合わせてもいいではないか。オスカーからすればオスカーの早さが普通なのだ。少なくとも母親やキングズリーはオスカーの早さに合わせて教えてくれたでは無いか。
「宿題も意味わからないわ。なんで同じこと何度もやらせるのかしら。だって先生はもう私がこのこと出来るって分かってるのよ」
「宿題は…… やることを覚えるって言うのが目的なんだと思うよ」
「それ意味ないじゃない。だってやってそのこと覚えたり、魔法が出来るようになるためにやってるんでしょ?」
「マクゴナガル先生が…… 喧嘩しちゃったけど。前にノートはなんでとるのか聞いた時に言ってたけど。いつかもっと勉強が難しくなるから、それまでにやり方を覚える必要があるって言ってた。宿題もそうなんじゃないか? できる事をやらせられるのは面白くないのはそう思うけど」
「やり方? うーん。なんか未来のこと言われても分かんないわね」
トンクスと話していてもマクゴナガル先生の事を思い出すとオスカーはモヤモヤした。あの先生はなんだかんだちゃんと論理だって教えてくれるし、矛盾が少ない先生だった。他の先生よりずっとだ。だからオスカーは勇気だとか度胸だとかそういう事が好きな寮の寮監なのにあんな風に怒られたことが嫌だった。
「でもでも、オスカーは闇祓いに教えて貰ってたんでしょ? いいわよね」
「別にいいことないよ。闇祓いなんてただの同族殺しなんだ」
「そんなことないわよ。マグルだって刑事とか探偵ってカッコいいもの。魔法界の刑事みたいな闇払いがカッコ悪いわけないわ」
刑事? オスカーの頭の中で疑問が浮かんだが、シラに貸してもらった本を思い出した。彼女も図書館から借りていたのでまた貸しだったのだが、その中に探偵や刑事なる職業の人間たちがでていたのだ。
「刑事とか探偵って…… なんとかホームズ? スイスかドイツの滝に落ちて死んじゃった探偵の話で出てきたやつか。シラに借りて読んだ話に出てきたな」
「ホームズは死んでないわよ。シラってレイブンクローのグヴィンのことよね? シルバーブロンドの? ていうかドロホフってグウィンには優しいわよね。ムーディにもあれくらい優しいならすぐ仲良くなれるのに」
どうしてトンクスはそんなことを言ってくるのだろうか? オスカーにはどう考えたってムーディは自分の事を嫌いだとしか思えなかった。あらゆる授業で突っかかってくるし、嫌味や蔑称は言いたい放題なのだ。嫌がらせや卑怯なことをしてこないくらいしか彼女の美点をオスカーは探せそうに無かった。
「ムーディは嫌ってるだろ。僕のこと」
「ええ? 絶対違うと思うけど。だってムーディはドロホフの事しか見てないもの」
ムーディは自分の事しかみていない? たしかに、彼女は絶対クラスで自分にしか突っかかってこなかった。他の男子にも女子にもあんな態度をとっていないのだ。
「だって絶対ムーディも私とかオスカーと一緒で授業が退屈なのよ。ムーディってオスカーと同じくらいできるじゃない? だからオスカーと話したいのよ。私もムーディと話してみたいから薬草学でいっつも話しかけてるけど、あいつ、オスカーのことばっかりじゃない?」
オスカーはそんな考え方をしたことが無かった。彼女も自分と同じような感じ方をしているのだろうか? トンクスの言う通り、オスカーと同じくらいできるのはムーディだけだったし、彼女はオスカーが授業で違う本を読んでいるとそれを知りたがった。ノートも読みたがった。そしていつの頃からかオスカーと同じように授業で暇になると教科書では無い本を読んでいた。
「それもあるかもしれないけど。僕が死喰い人の息子だからだろ。だから負けたくないだけだ。あいつは何か言うたびにそれなんだ。死喰い人の息子には負けられませんとか、姉さんの妹として…… そんなことばっかりだ」
「そんなに嫌いなわけ?」
この部屋に来てからずっと落ち着いていて楽しさまであったのに、ムーディの事を考えるとオスカーは嫌な気分になった。オスカーが授業が楽しくない理由はムーディなのだ。とにかく彼女がオスカーは嫌いだった。
「凄い嫌いだ。あいつは毎日、毎日、僕に言うんだよ。お前は犯罪者の息子だって、毎日思い知らしてくるんだ。なんなんだ」
「じゃあどういう突っかかり方なら許せるのよ?」
「どういう?」
どんな突っかかり方なら許せるのか? オスカーはトンクスの顔を見ていると答えは簡単だと思った。自分がムーディの何が嫌なのか? 無視してくる他のグリフィンドール生より何が嫌なのか?
「トンクスだって嫌じゃないか? ベラトリックスの姪には負けられませんとかなんとか言われたら、それってトンクスの事なんて見てない。僕はそういうのが一番ムカつく。毎日授業の度にアントニン・ドロホフの息子には負けられませんとか言われるのが一番頭に来るんだ。少なくともクラーナ・ムーディと呪文や魔法薬でいい勝負しているのは僕だ。勉強してるのも練習してるのも僕で、他の誰かなんかじゃない」
「へぇ、それならわかるわ。私ならとっくに喧嘩してるもの。でもそうして欲しいなら自分もそうしないとダメよ」
オスカーはトンクスの言っていることが分からなかった。そうして欲しいなら自分もそうしないといけないとは? オスカーはあのミニマムオーラーにそんな態度を取ったことはないつもりだった。
「自分もそうしないとってどういう意味なんだ?」
「私は今日ほんとにオスカーを助けたわよね? だからちょっとオスカーは私に打ち解けたじゃない?」
「まあそうかな……」
やっぱり変な女の子だった。何と言うか考え方がシラとは全然違うように感じた。それにオスカーからすればちょっとでは無く打ち解けていた。だけれどやっぱりトンクスのいう事が分からなかった。
「ムーディにはオスカーは死喰い人の息子にしか見えないけど。オスカーにもムーディは闇払いの妹にしか見えないんじゃないの? だって薬草学でもムーディの相手をまともにしたことないでしょ?」
「ムーディの相手を?」
オスカーはムーディに何か言われるとムカつくので基本的に無視していたし、負けるとムカつくので絶対負けないようにしていた。彼女が悔しそうな顔をしようが、オスカーが負けて嬉しそうな顔をしようができるだけ無視して、名前だってほとんど呼んだことは無かった。なぜならムーディはオスカーにアズカバンだのヌルメンガードだの言ってから名前を呼んでくるからだ。
でももしオスカーが誰かからそんな態度を取られたらどうだろうか?
「ほら図星でしょ。まずは自分からしないといけないってテレビでやってた映画でやってたわ」
「なんで僕からしないといけないんだ。最初に悪口を言ってきたのはムーディだ。あいつがホグワーツ特急のコンパートメントで最初に言ってきたんだ。僕のことなんて何も知らないくせに。シラだっていたのに」
言ったあとでこれだとまるでただの子供みたいでオスカーは嫌になった。トンクスはまたニヤッと笑っていた。この女の子は明らかに一筋縄ではいかない女の子と分かっていた。これは言わされたのだ。トンクスに。
「へ~ オスカーはあれなのね。好きな女の子の前で嫌なこと言われたから、それをずっと根に持ってあんな小さい女の子に学期の初めからハロウィーンまでずっとそんな感じなんだ。なんか小さい子供みたいでみっともないわね」
「ああ、くそ…… なんだよ、僕にどうしろって言うんだ」
明らかにこんな感じの事をオスカーに言わせたくて彼女は喋っていた。オスカーはそう思った。なんだか母親やキングズリーと同じで分かってますとばかりに言わされた気がしたのだ。
「私ね。闇祓いって面白そうだから。私、ムーディと喋って見たかったのよ。それにあいつ自身も変なやつだしね。でもまあもうオスカーと友達になれたし、闇祓いはもういいんだけど」
「友達って……」
「今、オスカーと喋って凄い楽しかったわ。だってホグワーツの授業ってつまらないけど、ハッフルパフのみんなはそうじゃないみたいで話が合わないのよ。高学年の人はマシだけど向こうから見たら私なんて小さい子供だし、だから初めて話があって面白かったってわけ。それでムーディは絶対同じだと思うわ」
そうトンクスに言われるとオスカーは何も反論出来なかった。ムーディは確実にそうだとオスカーには分かった。何故ならオスカーはずっとこの二ヶ月の間、同じ机でムーディと授業を受けていたからだ。
「どうしろって?」
「そうねえ。とりあえず。助けてあげた代わりに、ムーディと喋って見なさいよ。まあそれにどうせ罰則とか先生方が言い出すと思うしそれからよね」
「罰則……」
オスカーは罰則など受けたことは無かった。よく考えなくても明日からどうなるのだろうか? オスカーには分からなかった。親に連絡とかが行くのだろうか?
「そんな顔しなくても大丈夫よ。私とかもう三回も寮以外の場所で寝てスプラウト先生に怒られたし」
「三回も?」
「そう。一回目は暖かいから屋敷しもべが一杯いる厨房で寝てたのよ。おやつもしもべ達が一杯くれたから食べたら眠くなって気づいたら目の前にスプラウト先生がいたのよ。二回目は夜にハグリッドの小屋に忍び込んで犬と遊んでたら眠くなって暖炉の前で寝てたの。そしたらハグリッドがスプラウト先生の所に私を運んでくれたみたい」
なんというかムーディ以上にトンクスは行動力があるかもしれないし、図太い神経をもっていそうだった。規則などそもそも歯牙にもかけていない。でも、オスカーよりよっぽどホグワーツの城は彼女を受け入れている気がした。
「三回目はちょっと前だったんだけど。塔の上に何があるのかなって探検してたらなんか凄い香水臭くて、閉め切って暖かい部屋が屋根裏みたいなとこがあったの。占い学の教室だったらしいんだけど。そこでまた寝ちゃったのよね。もう夜だったし眠かったのよ。その時は占い学のトレローニー先生が授業の準備前に寝てた私を踏んじゃって大騒ぎだったの」
「色んな場所があるんだな。僕はそんなとこ行ったことないよ。ルームメイトは何も言わないのか?」
「言わないわよ。私の事を先生に言っても言わなくても面倒なだけじゃない? だいたい夜歩いてるのもみんな知ってるもの」
オスカーはやっぱりトンクスが面白かった。自分もめくらまし術は使えたが夜歩くなんて思いもしなかったし、寮以外の場所で寝るなんて考えもしなかった。オスカーには会ったことない柔らかい考えの人にトンクスが見えた。
「じゃあもう寝ましょうよ。流石に眠いわ。大広間でも喋ったし、オスカーとも沢山喋っちゃったし、私もここで寝るけどいいわよね?」
「僕に聞かれても困るんだけど」
「だってベッド二つあるじゃない? 扉もまだ出てこないし。あ、私、高い方のベッドね。二段ベッドって秘密基地みたいでいいわよね。テレビのCMで見たことあって一回使ってみたかったのよね」
トンクスは一緒に寝ると言う。オスカーは女の子と同じ部屋で寝たことは無かった。シラは家が近いので泊まったことは無かったからだ。でも最初の日にルームメイトと寝たときのように他の人の音が気になるなんてことはオスカーは無い気がした。
「オスカー、先にお風呂入って貰えれば…… あ、私、着替えないわって…… ていうかあるわね。あそこに」
「え? ほんとだ」
なんというかこの部屋は本当に凄かった。無い物など無いのではないだろうか? 二人が欲しいと思ったものは何でもあるように見える。ペンスやミリベスがどこかに隠れているのではないだろうか?
「でもなんか食べ物は出ないのよね。なんとかの法則のせいかもしれないわね」
「ガンプの元素変容の法則か」
「そうそれよ。大広間からちょっと拝借してこれば良かったわ」
オスカーは食べ物と言われて思い出し、トランクからずっと貯まりっぱなしのシャックルボルト邸からの贈り物を取り出した。魔法がかかっていて腐っていないはずだ。
「これ食べればいいよ。どうせ一人だと食べきれなくてどんどん貯まってたんだ」
「ええ、なにこれ。おいしそうだけど…… どこにこんなに入ってたの?」
「トランクは検知不能拡大呪文がかかってていろいろ入るんだ」
「すご。やっぱりセレブなのねオスカーって」
トンクスがドーナツやクッキーを食べている間にオスカーはお風呂に入って、はみがきした。そのまま二人は灯りを消して、一度おやすみを言ってベッドに入った。ベッドの布団はどうもドロホフ邸のものと一緒の材質なのか、肌触りが良くてオスカーはすぐ寝れそうだと思った。
「ねえオスカー」
「寝ないのか?」
二段ベッドの上からトンクスが顔を出している。つんつんした髪の毛が重力で余計に伸びているのが星明りでも分かる。
「明日からオスカーを連れまわすけどいいわよね?」
「いいけど……」
「じゃあ決まりね。おやすみ」
「おやすみ」
オスカーは人間の誰かにおやすみを言って寝たのはいつ以来だろうと思った。今日が幸運なのか不運なのかオスカーには分からなかった。