オスカー・ドロホフと宿命の杖   作:ピューリタン

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第十三章 ホグワーツ

「うわっ!? 痛ったぁあ!? な、何?」

 

 ドタン!! という音がしてオスカーは目が覚めた。黄色いツンツンした髪の女の子が床に寝っ転がっている。オスカーは頭がまだ動いていなかった。男子寮になぜ? そして金色ならまだしも黄色の髪の毛?

 

「痛たあ…… あ、そうだった。二段ベッドの上で寝たんだった。おはよう。オスカー」

「え、あー、おはよう」

 

 思い出した。グリフィンドール寮を飛び出して、トンクスに助けてもらったのだ。それでここはあったりなかったり部屋だ。そしてどうもトンクスは根本的にドジらしい。オスカーはそれを朝から思い知らされていた。

 

「えっと。オスカー、朝ごはん食べに行きましょうよ。そしたら先生の反応も分かるわ。あー、もう、顔洗うのめんどくさいわ。スコージファイ 清めよ」

「お、おい……」

「オスカーもやらないの? 凄い便利よこれ。パパがやるとママが怒るんだけど」

 

 自分の頭に向けてスコージファイを唱えている人間をオスカーは初めて見た。オスカーはシラに良く育ちがいいとか言われるが、育ちの違いとはこういう事なのだろうか? 部屋の真ん中で頭から上を泡だらけにしている人間を見るのはシュールだった。髪色も紫色に変わった。

 

「じゃあ着替えて行きましょうよ」

「分かったけど……」

 

 大広間に制服を着て二人で入ったが早い時間なのであまり人はいなかった。ポロポロと人がいるくらいだ。まだ職員の机にもほとんど人がいない。

 

「へえ。二人がつるんでたなんて知りませんでした」

 

 後ろからオスカーが嫌いな声がした。耳に通りやすい声だ。これが身長の高い大人の女性の声だったら背筋が自然と伸びてしまいそうな感じがする。

 

「お、ムーディじゃない。おはよう。ほらオスカー」

「え? ああ、おは……」

「あなた達いつの間にそんな仲良くなったんですか?」

 

 いつにも増して敵意がある目をしているとオスカーは思った。この女の子はいつも好戦的な目をしているのだが、いつもより怒っているように見える。マクゴナガル先生相手にオスカーが怒鳴ったのでそれで怒っているのだろうか?

 

「ちょっと、挨拶したんだから返しなさいよ」

「そもそもドロホフは良く顔を出せますね。グリフィンドール寮から逃げ出したくせに。何ですか? そのトンクスがいるハッフルパフ寮にかくまって貰ったんですか?」

 

 オスカーはどうすればいいのだろうと思った。トンクスはムーディと仲良くしろと言うが何を言えばいいのだろうか? 何を言っても怒りそうだ。

 

「ははーん。ドロホフが戻ってこなくて寂しいんでしょう?」

「とにかくあんなファッジとかいうのと喧嘩したから何なんです? そんな事で腐ってどうするんですか?」

「ほら、オスカー、ムーディは私の事は無視するじゃない。オスカーが出ていっちゃって心配だったのよ」

「こいつうるさいですね。なんですか」

 

 この二人はあんまり相性が良くないのだろうか? オスカーよりムーディと相性が悪い人間がいるとは考えにくかったが、トンクスはオスカーが思っている以上に変な人間だったから何が起こるか分からなかった。

 

「退学にならないならしばらくグリフィンドール寮には戻らない」

「寮を変えたとか言うつもりですか? そんなこと出来ませんよ。あなたはグリフィンドールに組み分けされたんですから」

 

 これは今すぐ帰ってこいという事なのだろうか? オスカーにはこの女の子が全然分からなかった。いったいなんなのだ。オスカーの事が嫌いならグリフィンドールからいなくなるか退学になった方がいいではないのか?

 

「おお? ほらほら、もっと頑張らないとオスカーはグリフィンドールに戻ってくれないわよ」

「うるさいですね。引っ込んでおいてください。私は、今、ドロホフに喋っているんですよ」

「またあなた方ですか? 昨日、あのような時間まで騒いでいたのにまだ騒ぎ足りないのですか?」

 

 オスカーはちょっとびくっとなりそうだったが我慢した。マクゴナガル先生が眠そうな顔でオスカー達の後ろに立っていた。

 

「マクゴナガル先生、ドロホフは昨日寮から出ていったのに、朝ごはんは普通に食べようとしているんですよ。おかしいじゃないですか」

「ミス・ムーディ。出ていきたいと言って出ていったのですから。放っておきなさい」

「え? で、でも、そんなのおかしいじゃないですか。昨日はあんなにマクゴナガル先生も怒ってましたし……」

 

 マクゴナガル先生はそう言ってちょっと眉を上げただけだ。トンクスがオスカーの方を向いてニヤッとした。オスカーはどういう事なのかさっぱり分からなかった。

 

「放っておきなさい。グリフィンドールにいたくないと言うのですからね。もちろん、あなたが個人的にドロホフと引き続き友人でありたいと言うならそうすればよろしい。あなた達は入学してからずっとどの授業でも仲良くしているようですから」

「え、え? お、おかしいですよ。そんなの。だってドロホフはグリフィンドールですし…… 昨日マクゴナガル先生に言ってた事だって……」

「何か言いたい事でもあるのですか? 貴方ははっきり喋る方だと思っていましたが?」

 

 こんなムーディもオスカーは初めて見た。この二人はどう見ても相性がいい二人だと思っていたのだがムーディは困惑を隠せないようだ。そしてオスカーもわけが分からなかった。いつものマクゴナガル先生なら少なく見積もって、罰則一か月、グリフィンドールから一万点減点とかだろう。

 

「いいですね。これ以上騒がないように。次に騒いだらグリフィンドールとハッフルパフから減点します」

「はーい」

「はーいではありません。はい。です。ミス・トンクス」

 

 どうなっているのか? トンクスはニヤニヤ笑うだけで、ムーディは訳が分からないという感じだ。オスカーも意味が分からない。何が起きているのだろうか?

 

「ドロホフ…… 授業も受けないつもりなんですか」

「僕はグリフィンドール寮にいたくないだけだ」

「良かったわね。オスカーと友達を続けられて」

 

 ムーディはさっきよりもっと怒っているように見えた。それもオスカーとトンクスの方では無くて教職員のテーブルに行くマクゴナガル先生の後ろ姿を睨んでいるように見える。トンクスの方はトンクスでなんだか分かっていましたとばかりの顔をしている。

 

「分かりました。グリフィンドール生じゃないんだからもう喋りません。そのトンクスと仲良くやればいいですよ。ドロホフも髪の色をピンクしてお揃いにしたらどうですか?」

「え? ちょっと行っちゃうわけ?」

「私に話しかけないで下さい」

 

 ムーディはテーブルの一番遠い場所まで行ってしまった。トンクスはトンクスで今度は当てが外れたみたいな顔なのだ。オスカーにはマクゴナガル先生といい。ムーディにトンクスと女の人のやる事がさっぱり分からなかった。

 

「あっれ…… 拗ねちゃったのかしら?」

「ムーディは分からないけど。マクゴナガル先生は…… トンクス何か知ってるのか?」

「えー 秘密って言いたいけど、なんか喋ってたのよね昨日の夜」

「スプラウト先生とマクゴナガル先生が話してたって言ってただろ?」

 

 つまり何かマクゴナガル先生はスプラウト先生と取り決めをしたのだろうか? と言ってもいくらスプラウト先生が良い人でもマクゴナガル先生にオスカーを減点や罰則しないようにできるとは思えなかった。

 

「まあそこはちょっと秘密ね。もうちょっと他の人もいたってだけだし」

「喋りたくないなら聞かないけど」

「ならこの話は終わりね。授業終わったらまた大広間に来てちょうだい。オスカーなら色んな魔法が使えると思うし、気になってたことが色々出来ると思うのよね。あ、あとムーディとは仲良くしなさいよ」

 

 トンクスはハッフルパフのテーブルに行ってしまった。オスカーは言われるままとりあえずグリフィンドールのテーブルでご飯を食べて授業に向かった。

 

 授業は何だかおかしな感じになってしまった。まず、妖精の呪文の授業だったがオスカーもムーディも手を挙げたり質問をしなかった。もちろん、フリットウィック先生は基本的にオスカーとムーディの出来を褒めてくれる。何故ならどの呪文も一番最初に出来るのが二人だからだ。二人は一、二回練習すれば大概の魔法を使うことが出来た。

 けれどムーディはいちいち突っかかってこないし、オスカーと同じテーブルだと何も喋らなくなるのだ。これはムーディなりの怒っているというアピールなのだろうか?

 

 次に変身術はもっと変だった。今度はマクゴナガル先生がオスカーに対してムーディと同じような態度をとるのだ。なんというか褒めないし点数を与えないという感じだった。グリフィンドール生じゃないから点数を与えないという事なのかもしれない。それにムーディはオスカーよりマクゴナガル先生に怒っているように見えた。全く手も上げないし質問しないし、ずっと無言なのだ。そのくせに同じテーブルにはいる。

 他のグリフィンドール生たちはいつもと変わらなかった。単純にオスカーの事をさらに避けるようになったのかもしれないという感じだった。オスカーは何だかおかしな気分になりそうだった。

 

 そして授業が面白くないのはムーディのせいだと思っていたのだが、もしかするとそれも違うのかもしれなかった。どうしてかと言えば授業がさらに面白くなくなったからだ。

 トンクスが言っていた授業が面白くないというのは事実だったのだ。変身術と妖精の呪文では理論も実技もどうしてムーディと自分以外がこんなに出来ないのかが分からなかった。

 

 だって教科書に書いてある事をやるだけなのだ。基本的な事は教科書に書いてある。教科書に書いてある事の後ろにある考え方もマクゴナガル先生やフリットウィック先生は言葉や板書で教えてくれる。それでも納得できなければ高学年の教科書にそれはだいたい書いてある。

 実技だってそれぞれの魔法で振り方やイメージの仕方、タイミングは違うけれど、共通した部分は一緒なのだ。なのにみんな出来ないのだ。まるで他の同級生たちは新しい呪文や魔法を覚える度に何度も共通した部分を無視して、忘れ、もう一度覚えようとしているように見える。

 

 質問も的外れなものばかりだ。オスカーやムーディだって答えられる事ばかり質問する。オスカーはみんながそんな事をするのは先生にアピールするためじゃ無いかと思った。そうでなければあんな質問しないのだ。どうしてかと言えば教科書に書いてあることや先生が言ったことを聞き直すからだ。

 質問というのはそれ以外の事、つまり教科書や先生の言っていることでは無いこと、先生の言っている事の後ろ側やその先にある知識だとか考え方を聞くことじゃないのだろうか? だって質問している間、先生と授業を受けているみんなの時間を奪っているのだ。なのにどうしてわかりきっている事を聞くのだろう?

 

「ムーディ」

「グリフィンドール寮に戻らないなら喋りませんから」

 

 トンクスにムーディをどうにかしろと言われてもムーディはとりつくしまも無かった。この女の子が自分と同じくらい頑固な事をオスカーは知っていた。つまり、向こうが心変わりしない限り打つ手はない。

 

 この日、オスカーが分かったことはムーディが突っかかって来ることは授業の退屈潰しに良かったのかもしれないという事だ。ムーディと張り合っていない間の空いた時間にオスカーは授業がどんなものかちゃんと考えることが出来たのだ。

 結局、オスカーは自分が学ぶ事や練習して上手くなる事は好きでも、この学校でみんな一緒に同じペースで学ぶというやり方が好きではないのかもしれないと思った。

 

「よーし。で? ムーディと喋ったの?」

「グリフィンドール寮に戻らないなら喋りませんから。しか喋らないよムーディは」

「あちゃー。あれねやっぱりオスカーが出て行っちゃってショックだったのよ」

「そんなことないと思うけどな」

「いーや絶対そうよ」

 

 トンクスがどうしてそこまでムーディに肩入れしてるのかオスカーには分からなかった。別にムーディとトンクスはそんなに話しているわけでも無いのだ。と言っても、トンクスは夜歩いているオスカーを気まぐれで助けるくらいだし、単純にお人よしなのかもしれない。

 

「まあいいや、そのうち機嫌も直るでしょ。じゃあ後はホグワーツを探検ね、オスカー便利だから一人で行けなかった場所も行けるようになると思うのよ」

「便利って…… まあいいけど」

 

 オスカーとトンクスはあったりなかったり部屋を言いにくいので必要の部屋と呼んだ。

 トンクスは一日おきに必要の部屋とハッフルパフ寮に泊ってくれた。オスカーにはそれがありがたかった。何故なら彼女はオスカーの数少ない友達だが、彼女からすればそうではないはずなのだ。

 

 トンクスはホグワーツが親から聞いたより、ずっと面白くなく、退屈で、静かすぎると感じていた。オスカーはこれも同じだと思った。両親やキングズリーが話してくれたホグワーツ。それはもっと楽しくて明るくワクワクするものだったのだ。オスカーがホグワーツに入って唯一そのホグワーツだと感じられたのはトンクスに連れていって貰った必要の部屋だけだ。

 

 けれどトンクスはオスカーと違う人間だった。シラとも全く違う人間だ。彼女は面白くないなら自分で面白くしようという人間なのだ。オスカーはこんな人に初めて会った。

 

 最初にオスカーはトンクスに連れられてホグワーツ城を歩きに歩いた。ホグワーツ城がこれほど広く面白い場所だとオスカーは知らなかった。

 めくらまし呪文とトンクスの七変化があれば夜歩いてもどこを歩いても先生やフィルチに捕まることは無い。文字通り、自由に二人はホグワーツの中を歩くことができた。

 

 厨房には沢山の屋敷しもべたちがいた。オスカーはここでペンスやミリベスが普通の屋敷しもべではないと分かった。何故なら彼らはぼろきれのようなものをまとっていてちょっと不衛生に見えたからだ。でも彼らがオスカーの知っている屋敷しもべと同じで人間に忠実で親切なことはすぐに分かった。

 そしてトンクスはどう見ても屋敷しもべと相性が良かった。彼女は屈託なく屋敷しもべにありがとうと言うからだ。オスカーは屋敷しもべが魔法族に尽くすこととそれに対してお礼を言われること、これを求めている生き物だと知っていた。オスカーはこれが嬉しかった。何故ならトンクスはペンスと会ってもお互いに相性が良いと思ったからだ。

 

 たくさんの肖像画が壁に掛かっている大階段では、パーシヴァル・プラットという肖像画のなぞ解きをクリアして、彼の肖像画が隠している大階段にある道を開け、ホグワーツに入る時に通ったボートハウスに行って、黒い湖をボートで渡り、湖のほとりに見えないようにして隠していつでも乗れるようにした。

 

 レイブンクローの談話室とスリザリンの談話室にも入り込んでみた。レイブンクローの談話室はなぞ解きをクリアすれば入れるらしく、二人で考えるとほどなく入ることが出来た。談話室は壁も天井も全て青で天球儀のように星が天井に飾られていて、沢山の本棚があった。シラはちょうどソファーに座り、ユーリアを撫でながら、バチルダ・バグショットの魔法史とマグルの世界史を見比べていた。オスカーは話かけたかったが、トンクスがダメとばかりにシーとやるので、彼女の横にシャックルボルト謹製のドーナツを置いて談話室を後にした。

 

 スリザリンの談話室はグリフィンドールと同じく、合言葉だったのでスリザリン生の後ろにいて合言葉を聞けば簡単に入ることができた。この談話室は湖の傍らしく、窓からはときどき水中人や大イカが泳いているのが見えたし、石造りで緑と銀を基調とした部屋にトンクスはうええ趣味が悪いと言っていたが、オスカーからするとグリフィンドール寮より落ち着く部屋だった。

 

 ダンブルドア先生の校長室はどうもガーゴイルに合言葉を言うと入れるらしい。流石にこの部屋に入るのは気が引けたのだが、トンクスは全く怖気づくことが無かった。ダンブルドア先生が魔法省の偉い人と出ていったタイミングで二人は部屋に入った。

 校長室には不思議なマジックアイテムが沢山あり、止まり木では見事な赤と金色の毛並みの鳥が寝ている。オスカーはこの鳥が不死鳥では無いかと思った。他にもホグワーツの図書室にもない本が沢山本棚に詰まっている。そして肖像画たちはなんだかお互いに何か喋ったり喧嘩したりしていてトンクスが手を振るとなんかニコニコしてこっちに話しかけて来たくらいだ。

 ダンブルドア先生が戻ってくる前に二人は部屋を出たのだが、オスカーはなんとなく入った時点でばれているのではないかと思っていた。

 

 オスカーはトンクスがこの二ヶ月だけでいろんなホグワーツの不思議を知っていることが不思議だったのだが、一緒にいるとそれが何故なのか分かった。

 

「なあ。どうやってこんなに色々分かったんだ? ハッフルパフの先輩から教えてもらったとか……」

「優れた箒職人は師匠から教わるんじゃなくて盗むのよ。ニフラーみたいに気づかれずに」

 

 オスカーは正直ポカンとなった。ニフラーというのはキラキラしたものに目が無い魔法生物で、古代のお墓でお宝さがしをする呪い破りという職業には一人に一匹配られるというほど盗むことが…… 失敬することが上手い生き物なのだ。

 しかし今回盗まないといけないのは物では無い。いったいホグワーツの色んな秘密を知る師匠とは誰なのだろうか?

 

「まずこれを用意しまーす」

「薬草? イヌハッカだよな?」

「そう。ほんと教科書に書いてあることなら大体知ってるわね。前の薬草学でちょっと失敬してきたのよ」

 

 トンクスはその薬草を通路の影で魔法薬セットを取り出し、薬研でゴリゴリ擦り始め、出てきた汁をガーゼみたいなものに吸わせていた。オスカーにはやっぱりこの女の子の行動がさっぱり分からなかった。だからこそ一緒にいて面白いのだが。

 

「そのガーゼは?」

「これ? 前に大階段の消える段に踏んだら爆発する糞爆弾を仕掛けようとしたの。そしたら私が消える段を数え間違えて転んじゃってケガしたから医務室に行ったのよ。それでどうせまたケガすると思って戸棚から余分に貰っておいたの」

 

 彼女のポケットは城中からいただいたもので一杯のようだ。やっぱりオスカーは色んなものをポケットに突っ込むのもそうだし、失敬したり、それを組み合わせて使ったり、ある意味で自分やムーディより彼女の方がずっと賢いと思うのだ。

 

「それで。こうよ!! フリペンド!!」

 

 ガッシャン!! フリペンド、衝撃を発生させる呪文で台の上にある鎧が吹っ飛び、大きな音を立てて倒れた。オスカーを後ろ手で呼びながらトンクスはタペストリーの後ろに隠れた。

 

「ほら。来たわ。それでこういうわけよ」

 

 向こうから歩いてくる埃の塊みたいな色をした生き物。ミセス・ノリスがニャーと鳴く前にトンクスが丸めたガーゼを投げた。効果はてきめんでミセス・ノリスはそれを嗅ぐなり目がトロンとしてゴロゴロと機嫌が良さそうな声をあげ床に寝転ぶ。

 

「オスカー。鎧を直してくれない? あ、首は外しといてね。私、そういう直すとかいうのは得意じゃ無いのよ」

「分かったけど……」

 

 オスカーがレパロという物を直す呪文で鎧を直すととれた首の部分が悲しそうにガシャガシャと音を鳴らしていた。

 そしてイヌハッカに夢中のミセス・ノリスを浮遊呪文でトンクスは浮かせ、鎧の中に入れてしまった。まだゴロゴロと機嫌のいい声をあげているのであの不細工な猫は幸せではあるようだ。

 

「さあ。準備は整ったわ。あの猫は勝手に出てくるから大丈夫よ。これでもこうするまで結構試したんだから上手くいくはずよ」

「それで? ミセス・ノリスを…… もしかしてフィルチ?」

「当たり。ここからは秘密通路学の時間ってわけ」

 

 そのあとはしばらく物置やトイレを周り、最終的に四階のトイレからモップを持って出てきたフィルチを発見した。鼻息は荒く、ブツブツ言いながら歩いている。相変わらずの姿でズボンも外套もいつ洗っているのか分からないくらい汚くてボロボロだし、髪の毛もしばらく洗っていないのかカチカチに固まっている。

 

「今年の一年生どもは無茶苦茶だ。ホグズミードに行きもしないのに臭い玉に糞爆弾に噛みつきフリスビー…… その上ピーブズのやつめ……」

「よーし。ゼロゼロオスカー、追跡任務開始よ」

「ゼロゼロ??」

「とにかく追跡開始よ!!」

 

 めくらまし呪文をかけた状態で二人は彼を追い回した。ミセス・ノリスを幽閉した理由はこれだ。あの猫はめくらまし呪文もあまり効果が無いのだ。そして彼はブツブツ言いながら生徒を捕まえようと歩いているようなのだが、どうもそのルートは決まっている。つまり生徒が校則を破っていそうな場所を狙っている。天文台の塔だとか大人数が通れて魔法を使っていそうな廊下だとかだ。そしてそのルートにトンクスお目当ての物が含まれていた。

 

「ほら。あれもそうね」

「これ全部城の外に行く通路なのか?」

「こんなにあるなんて知らなかったけどね。前はオスカーもいなかったし、ミセス・ノリスも封印出来てなかったわけ。だから長い間追い回せなかったし…… それに前は入るには早いかなって思ってたけど……」

「今なら?」

「今はオスカーがいるものね」

 

 そう。フィルチは六つか七つほど生徒が知らないであろうどこに続くのか分からない秘密の通路を見て回っているようなのだ。もし使っていたら捕まえるためなのだろう。

 二人は意を決しておべんちゃらのグレゴリー像の裏から秘密の通路に入り暗い地下道に入った。

 

「ルーモス 光よ」

「私もね…… ルーモス 光よ」

 

 杖灯りで通路の中があらわになる。グリンゴッツ銀行の地下洞窟とはちょっと違っていて無理やり人が削ったみたいな壁だ。所々から水が垂れていて、地面もごつごつしている。二人はめくらまし呪文を解いて先に進む事にした。

 

「うわっ!? なんか首に…… ってトンクスか……」

「ふっふー。オスカーでも驚くのね。ね。ここ見えないから手をつないでもいいでしょ? オスカーは杖腕左なんだし」

「わかったけどさ……」

 

 どうもトンクスが水で濡らした手で首を触って来たらしかった。流石にオスカーもこの何がいるか分からない洞窟で首元をヌメヌメした生暖かいモノが動くのは心臓に良くなかった。

 それに悪戯のせいか特に気にもしないでオスカーはトンクスと手を繋いでいた。トンクスは同じ一人っ子のはずなのにオスカーよりずっと間を詰めてくるのが上手かった。

 

「これ長いな。水が垂れてるから湖の下なのか?」

「そうかもしれないわよね。それにホグワーツって駅から遠かったと思うもの」

「来た時は城に見とれてたし……」

「綺麗だったわね。あんなの初めて見たもの」

 

 二人で喋っている間にいつの間にか道は上り坂になり、向こう側から風が吹いてきた。そして光が見え、気づくとホグズミード駅傍の林の中に出ていた。林から出れば黒い湖とホグワーツ城が見える。

 

「こんな簡単に外に出れるんだ」

「うーん自由の風は気持ちいいわね」

 

 トンクスの髪色はピンクだった。機嫌がいい時は大抵その色なのだ。

 

「これでオスカーはレベルアップよね」

「レベル…… アップ?」

「なんかねー、パパがやってたウィザードなんとかってゲームで…… とにかく強くなったって事よ。寮から脱走した一年生から学校から脱走した一年生になったってわけ」

 

 そう言われればそうだ。また一つオスカーは大人がここに居ろと決めた場所からいつの間にか離れていたことに気づいた。トンクスはだからオスカーをここに連れて来たのだろうか?

 

「それで…… どうするんだ?」

「そうね。外に出たって証拠が欲しいじゃない? ゾンコは大人の格好でいくとバレるからハニーデュークスに行きましょうよ。ママの格好でお菓子を買おうと思うの。それをハッフルパフ寮に持ち込んでやるわ」

「お菓子のお店か。行ったことないな」

「じゃあレッツラゴー!!」

 

 こんなに簡単に出られるのだ。ホグワーツから。つい何日か前まで向こうに見える城から離れたくて仕方なかったのに、そんなに望んでいた城の外にいるはずなのに、今自分はどう思っているのだろうか?

 ふわふわした栗色の髪の上品な大人の魔女に変身して、大人がしそうにもないスキップをしている上機嫌なトンクスを見ながら、オスカーは不思議な気分だった。今は城の外も中も何も変わらない気がしたのだ。

 

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