オスカー・ドロホフと宿命の杖   作:ピューリタン

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第十六章 魔法族の決闘

 魔法族の決闘とは1717年に死の呪文が禁止されるまでお互いの命を奪う可能性が高い行為だった。もちろん、その法律があったとしてもお互いに死ぬ可能性がある行為なのだ。

 

「お辞儀ですよ。ドロホフ」

 

 ムーディがそう言ってステージの向こう側で頭を下げた、オスカーも頭を下げる。決闘において戦う相手に礼を示すとはこれから全力で相手を打ちのめすと宣言するに等しかった。

 お互いに杖をあげる。オスカーは決闘などしたことは無かった。杖を人に振ったことなどファッジ達くらいしか無い。そして恐らくムーディはファッジや他の上級生と比べものにならないはずだ。

 

 杖を構えて相手を見る。オスカーはいつもムーディの身長をあげつらっていたが、こうして相手にすると小さいというのは脅威でしかなかった。ムーディとオスカーでは的の大きさとして二倍は違うだろう。

 

 先にムーディの杖が振られた。一振りで赤い光線が飛び出てオスカーの胸を正確に狙い撃つ。落ち着いて盾の呪文で弾き飛ばす……!? 

 オスカーは盾の呪文を展開し終わると同時に横に飛んだ。ムーディは一度目の光線を振り出した返しに杖を二度振り、不可視の衝撃でオスカーの足を打ち抜こうとしたのだ。

 

「失神呪文と衝撃呪文……」

「盾の呪文をやめて避けましたね。キングズリー・シャックルボルトに習ったんですか?」

「習ってない。ヤバイと思ったんだ」

 

 オスカーは全くもって決闘のやり方など知らなかった。呪文は無言で使える。キングズリーから習ったからだ。でも決闘のやり方は教えてもらっていない。だが変身術や魔法薬学と一緒だ。何かの為に魔法を使うのには技術がいるのだ。

 ムーディが動かない間にオスカーはムーディの体勢を真似した。相手に片方の足を向け、もう片方は後ろにする。相手に体の正面を向けるのと横を向けるのとでは呪文があたる面積が違う。ムーディの体勢は合理的だ。彼女には明らかに決闘の技術があるのだ。

 

「流石死喰い人の子供ですよね。魔法もそうですけどセンスがずば抜けてますよ。あなた」

 

 余裕という感じの発言、だがムーディの目はオスカーが少しでもどこかを動かすとそれを追いかけている。オスカーはさっきのムーディの動きを思い出した。さっきはオスカーの胸目掛けて魔法を撃ち、動きが止まって魔法が解けるタイミングかつ魔法の範囲外の可能性がある足を撃とうとしたのだ。

 オスカーは連続で魔法を投げた。薄い緑色の光が迸る。インペディメンタ、妨害呪文だ。一度でも当たれば相手の動きが遅くなるはずだった。だが、四連続で魔法を発したのに盾の呪文を二度も使うことになったのはオスカーだった。

 

「杖の振りが遅いですよ。それに光線が正確すぎて簡単に避けられます」

 

 ムーディはオスカーの一回一回の呪文すべてに合わせてカウンターで紅い光線を打って来たのだ。その余裕があるのは上半身と下半身をわずかに捻るだけで完全にオスカーの呪文を避けているからだ。本当に最小限の動きでだ。

 そしてオスカーの呪文はムーディの言う通り、ほとんど完璧にムーディの胸と腹があった場所に着弾しているのだ。つまり、それゆえに避けられている。

 

 どうするのか? オスカーは考えた。はっきり言って全く勝てる未来が見えなかった。上級生など問題にならない、この女の子は決闘するために生まれて来たのではないだろうか? 小細工など通用しそうにない。魔法族の決闘とはこういうものなのか?

 

「分かるでしょう? 私に勝てるわけ無いってことです。同じくらい魔法が使えるんだからどうして勝てないか分かるでしょう?」

 

 その通り。お互いに無言で戦闘用の呪文を出せるからこそオスカーにはムーディと自分との技量の差が分かっていた。最初のはただ反射神経に頼っただけだ。二回目はムーディが小手調べをしただけ。どうすればいいのか?

 

 ムーディが連続で魔法を放ってくる。呪文は紅い光線、武装解除呪文とフリペンド、不可視の衝撃呪文だ。武装解除呪文と違ってフリペンドは発動が早い。つまり絶え間なくムーディの攻撃が続く。普通に盾の呪文を展開しつつければ防ぎきれない。盾の呪文を展開している間のオスカーは隙だらけなのだ。

 

 オスカーはこれまでと考え方を変えた。もう一度ムーディの体勢を真似して肩を相手に向け、当たる場所を最小限にする。ムーディの目線と杖の方向だけで着弾の位置を予想する。武装解除の光線に惑わされず、杖の動きからフリペンド着弾のタイミングを推し量る。そして最速では無い意図的な攻撃の遅らせ、ディレイにも対応する。少しの動きだけで避けれる呪文はそれで避け、避けられない呪文が届く度に拳くらいの大きさの盾で相手の呪文を受け止めるのでは無く弾くのだ。

 

「こう…… こう…… こう!! よし!! やった!!」

「どういう理屈なんですか? これで初めてとか嘘でしょう?」

「ほんとにできた…… できたぞ……」

 

 思わず声が出たし、自分でも天才かもしれないとオスカーは思った。考えた通りに体が動いたのだ。もちろん盾の呪文は得意な呪文だ。一番最初に無言で使えるようになった戦闘用の呪文なのだから。そしてやっては見たもののいきなり自分でとっさに考えたことが出来るとは思っていなかったのだ。

 

「嘘じゃないですよね? 教えて貰ってないんですよね?」

「キングズリーは僕に戦い方は教えてくれてない。呪文だけだ」

「信じときますよ。あなた、嘘はつかないですから」

 

 そしてオスカーはさっきまで怒り心頭だったのに、ムーディのあんまりの技量の高さと、それに対するために集中したことで楽しくなっていた。魔法を競うとはこういうことかもしれない。羽根を浮かべたり、コガネムシをボタンに変身させることなどつまらない。トンクスの気持ちが今なら痛いほど理解できた。

 

 はっきり言って目の前の女の子は凄い杖使いだ。ほとんどの上級生は一年生のこの子の前で膝を着くことになるに違いない。そしてその彼女にこれまで覚えた動きと知識で向き合い、観察して、足りない部分は真似して、リスクを負って新しい動きを試し、勝ち筋を探す。ホグワーツの授業のどれよりオスカーは楽しいと思った。

 

「フリペンドは出が早いんだな。それにほとんど見えない。だから見える武装解除呪文で僕の動きを誘導してるだろ。光線の光で見えない位置、その位置にフリペンドを打ち込んでいるんだ」

「おかしいでしょう…… どういう生き物なんですか? 姉さんですか?」

 

 凄い。オスカーはそう思った。彼女が自分で気づいたのか誰かに教えて貰ったのかは分からないが、ただ呪文を放つだけではダメなのだ。振りの大きさ、出の早さ、呪文が見えるかそうでないか、視線と意識の誘導、タイミングのずらし、その効果、それぞれを理解し組み合わせている。

 アルファベットを覚えることと詩や戯曲を書くこと、杖を振って相手に当てる事を考えていたオスカーとムーディの連撃ではそれくらい違うだろう。ファッジや他の二人なんて問題外だ。決闘とはこういうものなのだ。

 

「僕の番だ」

 

 オスカーは言うなり四連続でフリペンドを飛ばし、最後にルーモスの閃光で照らした。ムーディはフリペンドを最小限の動きで避け切ったが目がくらんだのか一瞬の間が生まれる。

 

「スポンジファイ!! 衰えよ!!」

 

 ムーディでは無く、ムーディの足元にオスカーは呪文を唱えた。ムーディにいくら呪文を唱えても打ち勝つことはできない。何故なら彼女はオスカーと同じかそれ以上の速度で呪文を展開でき、オスカーよりずっと呪文の使い方と防ぎ方を知っているからだ。だから彼女以外を変えないといけないのだ。

 ムーディの足元がスポンジのように柔らかくなり彼女は体勢を崩しかけている。

 

「アクシオ!!」

 

 部屋の隅に置いてある色んな闇の魔術に対する防衛術の道具、それに本棚の本、それらを彼女の背に当たる様にオスカーは呼び出した。

 

「ヴェンタス!!」

 

 ムーディが大声で叫ぶとつむじ風が彼女の周りに発生し、呼び出したはずの物は吹き飛ばされ、オスカーも風のせいで杖の狙いを定められなくなった。

 これも知らないことだ。杖で狙いを定められなければ魔法は当てられない。さっき自分で使った閃光と同じような効果が強い風を起こす魔法にはあるのだ。

 

「面白い!! なんでこういう事を先生は教えてくれないんだ!!」

「何を…… いまさら何言ってるんですか?」

「だから面白いって言ってるんだ。呪文を言って、杖を振って、効果を確かめる。やるのは羽を浮かして、ボタンをコガネムシに変えるだけ。そんなのよりずっと面白い」

 

 はっきり言ってオスカーは楽しかった。もしかするとトンクスとホグワーツを探検していた時より楽しいかもしれない。ムーディの行動には意味がある。基本的なルールに従って彼女は動いている。そのルールをその時、その時に合わせて使うことで具体的に行動として現れているのだ。だから彼女の行動を見ればそのルールが分かる。それを学べば確実に賢く、強くなれる。

 

「いまごろなんなんですか!! グリフィンドールからいなくなって、下らない連中とつるもうとして、なのに私と決闘するのが楽しいって言うんですか!?」

「楽しい。ムーディは楽しく無いのか?」

「こいつ…… ふざけないで下さい!!」

 

 オスカーにはどうしてこんなにこの女の子が怒っているのか分からなかった。だって楽しいではないか? ムーディはそうでは無いのだろうか? ムーディは自分と同じくらい勉強も実技も出来る。オスカーと同じように勉強や知識の後ろ側にあるルールやふんわりとした共通点を見つけるのが好きでは無いのだろうか?

 

「インセンディオ!! 火よ!!」

「アグアメンティ!! 水よ!!」

 

 ムーディの火とオスカーの水がぶつかって決闘場がもくもくとした水蒸気に包まれた。この水蒸気だって上手く使えるはずだ。相手の視界を奪えるし、熱くて近寄ることが出来ないし、さっきムーディが使っていたヴェンタスを使えば相手に押し付けることが出来る。きっとムーディなら自分と同じように分析するはずなのだ。

 

「ヴェンタス!!」

「ヴェンタス!!」

 

 そうオスカーは同じように彼女はこういう事が好きでは無いかと思うのだ。だって二ヶ月も同じ机で勉強していたのだ。オスカーと同じ所で彼女は詰まっていたり、最初の授業でマクゴナガル先生が言ったような新しい理解や考えの仕方を見つけていた。それは与えられたものでは無く、教室の中でオスカーやムーディだけが自分で得たものだ。

 

「ボコボコにしてやりますよ。いいですか。私は怒ってるんです」

「次は何をするんだ?」

「怒ってるって言ってるでしょう!!」

 

 ムーディは真っ直ぐオスカーの方へ突っ込んできた。オスカーはどうすればいいのか分からなかった。距離を詰めれば呪文が届く時間は短くなって……

 そんな事を考えている場合では無かった。連続でフリペンドを唱える。ムーディはお構いなしに盾の呪文を大きく展開して全ての呪文を受け止めながら突っ込んでくる!?

 

「プロテゴ!! 護れ!! うわっ!?」

「ボコボコにするって言いましたよ!!」

 

 オスカーが直前で展開した盾の呪文とムーディの盾の呪文がぶつかり合って二人の杖が吹っ飛んだ。オスカーは思わずムーディがぶつかってきた勢いでしりもちをついた。ムーディも床に転がっていて顔はこっちを向いている。何だか怒っていると言っているのにムーディは泣きそうに見えた。

 

「杖なんていらない!!」

 

 なんとムーディは起き上がるなり座り込んだオスカーの目の前でジャンプしてそのまま蹴りかかって来た。オスカーはこのキックを見たことがあった。どろっぷきっくだ。シラの家のてれびでぷろれすらーなるものがやっていた。

 ムーディのドラゴン革の靴がオスカーのみぞおちにめり込んだ。息が出来ない。こんな衝撃をオスカーは受けたことが無かった。本当に小さい頃に階段にお腹から落ちた時より体が動かない。

 

「いいですか。私の勝ちです」

 

 胸を押さえてひゅーひゅー言っているオスカーの上にムーディは馬乗りになった。オスカーは息が出来ないしんどさと初めて知る内臓の痛みを抑えながら頭の中はクエスチョンで一杯だった。なぜ楽しかった杖でのつばぜり合いをムーディはやめたのだろう?

 

「なん…… なんで杖を使わな……」

「勝つために手段を選ぶんですか? グリフィンドール生でもないのに?」

 

 真っ黒い目がオスカーを見下ろしていた。怖いわけでは無かった。むしろ授業の時より敵意を感じなかった。手段を選ぶ? 何の話なのだろう? この女の子は何を気にしているのか?

 

「何、何…… 言って……」

「グリフィンドールから抜けて、ブラック、レストレンジ、マルフォイの一族のトンクスと死喰い人の子供を集めるんでしょう? 選べるのに。選ばないんでしょう?」

「何言って……」

「手段を選ばないってこういう事ですよ!!」

 

 思いっきりムーディに頬をオスカーは殴られた。げんこつが頬の骨に当たって頭がくらくらする。だがむしろ痛がっているのはムーディの方だった。オスカーもそうだがムーディも人を殴ったことなんてないのかもしれなかった。

 

「こういうことをしたいんでしょう!! 他の人より魔法も勉強も出来てお金持ちなのに!! 何が足りないんですか!!」

「だから何言ってるんだよ!! いい加減に……」

「なのに何で私と決闘するのは楽しいとか言うんですか!! 意味わかりません!!」

「おい…… ちょ、ちょっと……」

 

 シラやトンクスの事だってオスカーは分からなかったがこの女の子の事はもっと分からなかった。だってオスカーを蹴り飛ばし、馬乗りになって殴って来たのに、ポロポロ、ポロポロ泣いているのだ。女の子を泣かしたことなんてオスカーは無かった。蹴り飛ばされて殴られたのにどうすればいいのか分からなかった。

 さっきまでシラとトンクスが巻き込まれて怒っていたり、決闘で高ぶっていた気持ちがどんどん冷めていくのが分かった。自分は泣いている女の子に何をしたのだろうか?

 

「なんで泣いてるんだよ。泣きたいのは僕の方だ。蹴って殴っただろ」

「知りませんよ!! 授業はつまらない顔するくせに!! 私に魔法を撃つのはそんなに楽しいんですか!!」

「え? 違う…… そうじゃなくて……」

「そうでしょう!! ほとんど練習してないのに私に勝てる気がしたから楽しいんでしょう!!」

 

 本当に泣いているのだ。オスカーはこの女の子の勝気でキリッとした眉や黒い瞳に涙が浮かんでいる事に自分でもショックを受けていると分かった。この子は自分が泣かしてしまったのだ。

 

「違うよ。そんな事で楽しいなんて言ってない」

「嘘つかないで下さい!! 私にもグリフィンドール生にもマクゴナガル先生にだって嫌いだって言ったじゃないですか。言ったのはあなたですよ。だから寮からいなくなって自分で仲間を集めてるんでしょう。だから私と決闘するのが楽しいんでしょう。私をやっつけるのが楽しいんでしょう?」

「嫌いって言ったのは謝るよ。マクゴナガル先生にも謝るって話してたところ……」

「じゃあなんで私と戦うのが楽しいって笑うんですか!? 楽しそうに笑ってました。いつもは笑わないくせに!!」

 

 彼女はそう思うのだとオスカーは初めて分かった。自分の行動は彼女からそう見えるのだ。シラと話さないとシラがどんな人なのか分からなかったし、トンクスもチャーリーも同じなのだ。ムーディだってそうだった。

 

「さっきはやっつけるなんて思って無くて……」

「なら何が楽しいって言うんですか!! いっつもつまらないって顔をしてるじゃないですか。Jrみたいになんでも出来るのに。私の前だと嫌な顔しかしないのに!!」

「だからお前…… 君…… ムーディ、クラーナと決闘するのが楽しかったんだ」

「名前呼ばないで下さい。意味わかりません。その場しのぎで言ってるんでしょう。どうせ」

 

 クラーナはオスカーの上から降りないし、目はこすって赤くなっている。Jrなんて誰か分からない。でもオスカーは何とかしたかった。

 初めて会ってからの彼女の顔を思い出した。オスカーは何度も彼女に嫌な事を言っていた。大きな声を出して怒っていた。会うたびに嫌な顔をした。

 どう言えばいいのだろうか? そしてさっき楽しかったのは本当なのだ。謝って誤解を解かないといけないのだ。調子のいい事を言っていると分かっていたが、このまま怒らせて泣かせて嫌われたままなんて嫌だった。

 

「つまらない顔をしてたのは授業がつまらなかったからなんだ。それだってトンクスに言われて、ムーディ…… クラーナと喋らなくなって分かったんだ」

「だから名前呼ばないで下さい」

「クラーナだってつまらないだろ。いっつも他の教科書読んだり、別の事をノートに書いたりしてるし、他の奴が質問するとうんざりした顔をしてるだろ」

「私の方なんて見てないくせに分かったようなこと言わないで下さい」

 

 どう言えば聞いてくれるのだろうか? 自分の上で泣いている女の子になんと言えば伝わるのだろうか? どうしていつも間違う前に気づけないのだろう?

 

「消失呪文を練習してるから五年生の副読本を読み始めたんだろ。消失と出現が分かりやすい本。変身術入門の人が書いたやつ」

「なんで知ってるんですか。キモいですよ」

「フリットウィック先生の授業だと雪を降らせる魔法をやってるだろ。だからブルーの魔法の火を持ち歩いてる。手の中で降らせた雪を溶かすためだろ」

「いまさらなんなんですか。あなたは私の事嫌いで、グリフィンドールも嫌いで、死喰い人の子供の仲間を集めるんでしょう」

「話を聞いてくれよ」

「私の話は聞かないくせに!!」

 

 それはその通りだった。オスカーは彼女の言う事はとにかく気に入らなくて聞く気が無かったのだ。思えばファッジとトラブルになってから彼女は明らかにオスカーに忠告をしていた。単純にオスカーは彼女の言うことなど聞きたく無かったのだ。

 

「じゃあ聞くよ。なんで泣いてるんだよ。僕の方が泣きたいくらい痛い。上に乗られてるし」

「あなたは私の言う事聞かないでしょう!! 忠告もお礼も謝ろうとしても聞かないじゃないですか!!」

「悪かったよ。ごめん。その…… ムーディ…… クラーナは僕の悪口言うだろ。死喰い人がどうとか…… そう言うの聞きたくなかったんだ」

「ならそう言えばいいじゃないですか。なんで言わないんですか。意味わかりません。それにあなたは悪口を言わないと私のことを無視するじゃないですか…… だいたい死喰い人の子供を集めるってなんなんですか」

 

 たしかにオスカーはクラーナに言われるのが嫌などと言った事は無かった。そんなのカッコ悪いし、気にしていると思われるのも嫌だった。そしてオスカーは自分が言われていたのと同じくらい彼女がオスカーの色んな事を気にしていたことが分かった。

 

「それは…… 言わなかったのは僕が悪いよ。そんな事言うのカッコ悪いと思ったんだ。死喰い人の子供とかはトンクスの冗談だよ。なんて言うか…… トンクスは僕とシラのためにいったらしいんだけど……」

「意味わかりません。意味わからないですよ。じゃあなんでさっき笑っていたんですか?」

「楽しかったから。これは嘘をついてない。僕はそう思ったからそう言ったし、笑ったんだ。座って喋らないか?」

 

 やっとクラーナはオスカーの上からどいて床に座り込んだ。オスカーも隣に座った。やっぱり彼女はとにかく小さかった。オスカー達一年生はみんな小さいけれど彼女はことさら小さいのだ。なのにオスカーは体も心もボコボコにされた気分だった。

 

「なんなんですか。楽しかったって。私は楽しくないです。グリフィンドール生なのに裏切って、勝手に一人になって、悪く見られる事をしようとするなんて」

「悪口言われても授業で退屈しないのは一緒の机に同じくらいできる奴が…… 人がいるからだってさっき気づいた」

「口から出まかせでしょう。あなたはやろうと思えば調子のいい事だって言える人でしょう。ファッジや先生にはそういうことするでしょう。そういうことも。なんでも出来るのに。他の人よりずっと出来るのに。自分の周りの事、なんでも嫌だって顔してます」

 

 オスカーは本当に不思議な気持ちだった。蹴り飛ばされて、殴られたのに。変な気分だった。なんだかふわふわした気分なのだ。そしてトンクスが言っていたことはほとんど本当だった。オスカーが彼女の事を知っているくらいには彼女はオスカーの事を知っていた。

 

「これは嘘じゃないよ。僕はあんまり嘘は好きじゃない。その。さっきの決闘は楽しかったんだ。本当なんだ」

「だからそんなのなんとでも言えるじゃないですか」

 

 自分の口が上手く動かない事にオスカーは苛立っていた。上手く自分が感じた事を言いたいのに、初めて感じた気持ちだったから上手く言えなかった。そしてそれ以上に、目の前の女の子も同じ気持ちだったのか確かめたかったし、同じ気持ちになって欲しかった。

 

「次は何をしてくるんだろうって。思ったんだ。体、杖、時間、距離の使い方。だからおま…… 君…… クラーナがしている事を見て、何を考えているのか考えて、次にすることが何か考えた。それで自分がどうすればいいのか考えたんだ」

 

 やっとクラーナの黒い眼がオスカーの方を向いた。赤くなっていた目はこの人は何を言っているんだろう? という不思議なものを見る目だった。

 

「君の動きを予想して、僕の次の動きを考えて、動いて、まだ自分が立ってるのが楽しかったんだ。ほんとに楽しかったんだ。授業で聞いたり読んで知るだけじゃ無くて、自分で考えて理解した時、僕はちょっと楽しいんだけど。さっきはずっとそれが続いてたんだ。だから僕は楽しかった。杖を合わせるのが楽しいなんて知らなかった。どれくらい練習して誰に教えて貰ったらああいう風に決闘できるのか分からないけど凄いよ。ハロウィーンの時なんてそんな事思わなかった。君…… クラーナだから楽しかったんだと思う。本気で言ってるんだよ。信じて欲しい」

 

 真っ黒い目が丸くなっていた。どうも驚いているらしい。いくらオスカーでも分かった。トンクスと言い、この女の子といい、どうして近くにあるのに上手く行かなかったのだろう。オスカーはそんなの答えは簡単な気がした。見ようとも話そうともしていなかったからだ。

 

「でも…… だって、私のこと嫌いだって言ったでしょう」

「スネイプの授業の後だろ。謝るよ。許してくれるなら。僕の家に来た闇祓いは嫌いだけど。君や君の家族の事が嫌いなわけじゃない。それも謝る。ホグワーツ特急の時の話だけど」

 

 オスカーは母親やキングズリー、シラ、トンクスに言われるように記憶には自信があった。彼女に嫌いだと言った時、彼女がどんな顔をしていたかすぐに思い出せた。

 

「そんなのずるいじゃないですか。私がふくろうの事謝ろうとしたら……」

「それも謝るよ。ホグワーツに来て、イライラしてたんだ。他の人と同じ部屋で寝るなんて初めてだったし、ルームメイトは僕がいたら静かになるし、早く一人になりたかったんだと思う」

 

 またクラーナは泣きそうな顔になった。オスカーはもうどうすればいいのか分からなかった。怒ってはいなさそうなのに。また泣かしてしまったらどうすればいいのだろう? トンクスを連れてこればいいだろうか?

 

「だからなんで私が謝る前に謝るんですか。勝手じゃないですか」

「ごめん」

「また!! 勝手ですよ!! 自分勝手です!! なんなんですか。なんなんですか」

 

 でもなんとかなりそうだった。今なら言えるがクラーナもオスカーもこの三か月で他の人より近くずっと長い間いたのだ。だから今話したみたいに相手の事を他の人より知っているのは当たり前だった。

 

「それで……」

「ふくろうの事は謝ります。私だってフレイを盗んで来たんだろって言われたら怒りますよ」

「いいよ。ローガンは父さんがくれたんだ。だから、その。キングズリーとか闇祓いとか、そういうのに関わる人にローガンの事言われたくないんだ。ローガンを家の色んな物みたいに持っていかれる気がするんだ。だから怒りすぎた。ダイアゴン横丁でも失敗したのに、ホグワーツ特急でも同じことしたんだ」

 

 これを言ったのはクラーナが初めてだった。気づいていたけどオスカーは自分がそう考えたくなかったのだと思った。でも、ここまで謝られると自分の間違いを言った方が楽な気がしたのだ。

 

「あ…… その…… 蹴りとばしたのはダメでした。殴ったのも。当たり前ですけど」

「でもなんであんなに怒ったんだ」

「その…… あなたのローガンと一緒だと思います。似た人を知ってます。姉さんと同級生で同じくらい魔法が出来て、頭も良くて、お金持ちで、屋敷しもべにお世話されている人。でも、もういません」

「さっき言ってた……」

「でもあなたはその人じゃないですね。あなたはグリフィンドール生ですから」

 

 オスカーは思わずクラーナの方を見た。何だかオスカーの方を見てくれなかった。

 

「ずっと悪口を言ってごめんなさい。酷いことを言ってました」

「僕も君にずっと酷いことを言ってたよ。一番ホグワーツで一緒にいたのに」

 

 グリフィンドール生、つまり彼女はオスカーの事をグリフィンドール生だと思っているという事だった。オスカーはあんなに嫌だったあの赤と金で埋め尽くされた談話室に戻ってみたいと思った。それにマクゴナガル先生と仲直りしないといけないだろう。

 

「じゃあとりあえず向こうの三人のところに戻って……」

「その前に私を蹴り飛ばして、殴っていいですよ。同じことをすればいいでしょう」

「え?」

 

 本気で言っていた。さっきまで視線を外していたクラーナはオスカーの方を見て真剣な目をしている。でも、そんな事、どう考えたって出来なかった。だって女の子を男が殴るなんておかしいし、やっと喋れるようになったのにどうして殴らないといけないのだろう?

 

「姉さんはいつも言うんです。気に入らない奴がいたら、先に手を出させてボコボコにしろって。でも今日は私が悪いですから」

「じゃあ。僕は君の事を今日から名前で呼ぶよ。これが蹴り飛ばした分。殴った分は君が僕の事を名前で呼ぶって事にする。あと今日みたいに決闘の練習がしたい」

「は?」

 

 オスカーは立ち上がってクラーナに手を出した。クラーナはさっきと同じくらいポカンという顔をしていた。オスカーはやっとこの女の子に今日、上手を取れたのではないかと思った。

 

「それにクラーナ、シラとマクゴナガル先生に謝りに行くから手伝って欲しい」

「え? い、いやそんなの全然…… ドロホフが……」

「グリフィンドール生なんだから自分が言った事はやって欲しい」

「い、いや、だってドロホフ…… その…… 釣り合っていませんよ、その…… オスカーが……」

「オスカー!! クラーナ!! 入るよ!! ちょ、ちょっと二人終わったんならこっちを止めて欲しい!!」

 

 チャーリーが決闘場の扉から凄い勢いで入り込んで来た。クラーナは立ち上がる時に掴んでいたオスカーの手をパッと離した。何が起きたと言うのか。チャーリーはかなり真剣な顔で汗まで掻いているし、なんなら手や顔に爪痕みたいなのが見える。

 

「な、なんですか、チャーリー。こっちは……」

 

クラーナの声は途中で消えた。チャーリーが開けた扉の向こうから金切り声と一緒に、どったんばったんと何かが倒れたり何かを投げたり、ガシャンとかバキッと言った割れたり折れたりする音が聞こえたからだ。

 

「誰か暴れて……」

「頭でっかちのマグル生まれが生意気なのよ!! ずっとそのカビ臭い本だけ読んで図書館にこもってなさいよ!!」

「ピンク頭のずぼら女!! どうせ甘やかされてそうなったんじゃないか!!」

 

 シラとトンクスの声だ。オスカーは二人がこんな声を上げているのを聞いたことが無かった。オスカー達は慌てていつもの必要の部屋に戻ったが、オスカーもクラーナもこんなに文字通りの喧嘩をしている同年代の子供を見たことが無かった。

 二人は杖などどこかにやってしまっていて、手と足、歯に爪、そしてあたりあるものを使ってマグルの子供とばかりに取っ組み合っている。

 トンクスがシラの体に蹴りを決めたと思えば、シラは分厚い魔法史の七巻で思いっきりトンクスの顔を横殴りした。

 

「やったわね!! 図書館の篭り虫のくせに!! マグルの世界に帰りなさい!!」

「両親にちやほやされてただけのぐーたら女!! マグルがどうやって喧嘩するかなんて知らないくせに!! どうやって喧嘩するのか教えてやるから!!」

 

 ある意味ではオスカーとクラーナの喧嘩よりよっぽど酷い喧嘩だった。二人は相手の手や腕に嚙みつくし、爪を思いっきり立てているし、髪は引っ張る、関節技は入れる、頭突きはするわで本気も本気だった。

 

「ちょ、な、なんですこれ? 何が原因でこんな……」

「ずっと険悪な感じだったんだけど……」

「どうしよう。呪文かけようにもどうやって……」

 

 二人が取っ組み合いして喧嘩するので呪文で引きはがそうにもどうしたらいいのだろうか? 武装解除しようにも二人は杖など持っていなかった。

 

「今更出てきて何の顔なのよ!! あんたがぼさっとしてるから悪いんじゃない!! ムーディとオスカーが喧嘩する必要なんか無かったわ!!」

「君が変な事言うから!! 死喰い人がどうとか…… どうせオスカーにもそういうこと言って近づいたのに決まっているよ!!」

「ふ、二人ともやめてくださいよ。もう私達けんかしてないですし……」

 

 クラーナの声など二人には届いていなかった。二人は顔を真っ赤にしてののしりあいながら必要の部屋の床を転がったり、相手をベッドに投げ飛ばしたりしているのだ。

 

「何が近づいたよ!! あんたがオスカーの友達なわけないわ!! マグルの考え方ばっかり押し付けて、貧乏でオスカーに貰ってばっかりのくせに!! ずっと話してたくせに寮で先生と喧嘩してたこともしばらく知らなかったじゃない!!」

「私とオスカーの事なんて君に分かるわけないじゃないか!! 君に分かるわけないよ!! 君はお目出度いやつじゃないか!! 両親もいて最初から魔法族の世界を知ってて!! お父さんがいきなりいなくなるなんて知らないんだ…… なのに…… 分かったような口ばっかりじゃないか!!」

 

 もしかしなくてさっきのクラーナや踏み込まれた時のオスカーより二人は怒っていた。そんな簡単には二人の怒りは収まりそうにないのだ。

 オスカーが困った顔でクラーナとチャーリーを見ても、二人も同じようにどうしたらいいのか分からない顔をしていた。

 

「全然止まらないんだよ。フレッドとジョージが喧嘩した時は僕とビルで持ち上げるんだ。でも二人にそんなこと出来ないし、さっき間に入ったら……」

「それでそんなにボロボロなんですか」

「そうなんだ。あんまり男兄弟だと爪とか歯を使ったり、髪は掴まないんだけど。女子同士って容赦ないっていうか」

 

 チャーリーがドラゴンに例えていない時点で笑えない状況なのは明白だった。オスカーとクラーナが来たって二人は全く意に介していないというか、お互いの事しか見えていないようだ。

 

「そんなこと知ったこっちゃないわ!! 理由があってもグズグズしてるのが悪い!! ムーディを焚きつけて最後の最後まで人任せ!! あんた大っ嫌い!!」

「ルールから外れたらひどい目に遭うんだ!! なのに君はルールを破ってばかり!! オスカーにも同じようにさせようとする!! 私の方が大嫌いだよ!!」

 

 二人が大声でそう言うとクラーナはちょっとビクッと震えた。オスカーは止めないと本当に不味いと思った。このまま行くと二人は仲直りだって出来なくなってしまうのではないだろうか?

 

「失神呪文とかは……」

「失神呪文ってあんまり体に良くないんです。複数の失神呪文を受けた人が聖マンゴ病院に入院とかよくあるらしいですから」

「じゃあ全身金縛り呪文とか……」

「喋れる方がいいと思うんです。縛り付けましょう」

 

 オスカーはクラーナに相槌を打ち二人に向けて杖を構えた。オスカーが一番杖を向けたくない二人だったが仕方なかった。完全に二人は分別がついてないように見えるのだ。

 

「インカーセラス!! 縛れ!!」

「インカーセラス!! 縛れ!!」

「何!? な、何よこれ!!」

「縄!? なんで私をしばるんだい?」

 

 オスカーとクラーナの呪文は白い紐となって二人をぐるぐる巻きに縛り付けた。腕も足も動かせない。首から上だけが動かせる状態だ。二人はオスカーとクラーナの方を怒りを込めた目で睨みつけていた。

 

「解きなさい!! こいつと決着つけてやるわ。この頭でっかちで一本道みたいな考え方しかできない白いやつに思い知らせてやるもの!!」

「ピンク頭!! 色どころか頭の中までピンクなんじゃないか!! 服だって制服じゃ無くて変にはだけさせてる!! 思い知るのはそっちじゃないか!!」

「もう一回ですね。インカーセラス 縛れ!! それに…… ロコモーター!!」

 

 クラーナは背中合わせになるようにぐるぐる巻きの二人をさらに上からぐるぐる巻きにした。二人はまるで大きな繭を二つ繋げたみたいに見える。そのままクラーナはロコモーターの呪文で二人を隣の決闘場のステージまで運んでしまった。

 

「オスカー。その二人を静かにさせといてください。チャーリー、あの二人が暴れた部屋を直しましょう。なんで杖を使ってないのにこっちの部屋の方がボロボロなんですか……」

「分かったよ。うーん。白いドラゴンはいるけどピンクのドラゴンは聞いたこと無いからあんまり上手く言えないよ。あ、でもドラゴンもメスの方が危ないんだよね」

 

 グリフィンドールの二人はオスカーに残りの二人を任せて行ってしまった。そんなこと言われてもオスカーだって二人にどうしたらいいのかは分からなかった。だって二人がこんなに怒っている所を見たことが無いのだ。

 

「みんなとやって行くっていうのも勉強なんだ。君はそれが出来ないんだよ。それにそれが当然だと思っているじゃ無いか」

「合わせるなんて限度があるのよ。間違えたら怒って貰えばいいのよ。そのために大人がいるんじゃない」

 

 お互いに縛られて動けない上、顔も見えないというのに二人はまだ言い合っている。オスカーは自分とは話せる二人がどうしてこんなに相性が悪いのか分からなかった。

 

「大人だって人とか仕組みに合わせようとしてるんだ。君がやってるのは迷惑かけてるだけじゃないか」

「あんたは全く大人のこと信用してないのよ。だからそうやってルールが大好きなのよ。それを守って無いと不安になるんでしょ。違う?」

「シラ、トンクス」

 

 この二人はある意味でオスカーとクラーナよりずっと大人かもしれなかった。シラの事を考えれば、両親が離婚して違う国で違う言葉を喋り生活し、そして魔法の世界があると知るなんてオスカーやトンクスには考えも付かない経験だろう。

 

「どうせグヴィンの味方をするんでしょ」

「そのトンクスの味方をするんじゃないのかい?」

「だからどっちの味方もしないよ。喧嘩している限りは。シラ、どうやって必要の部屋を見つけたんだ?」

 

 トンクスはトンクスで独特だった。オスカーからすると明らかに彼女は人をある意味で操るのが上手かった。その理由は彼女は相手がどう考えているのか、どう感じているのかを感じ取るのが上手いからだろう。オスカーやクラーナが授業や実技で人より出来るのと同じように彼女は苦労しなくてもそれが出来るのだ。オスカーはそうでないと説明できないと思っていた。

 

「ムーディに相談したんだ。そのトンクスが言っていた事をだよ」

「そんなことしたらムーディが飛んで行くなんて分かってたでしょ。なんでそういうことするわけ。普通に考えられないわけ?」

「トンクス、今はシラに聞いてるんだ。それで?」

 

 トンクスはオスカーの事をお人よしと言うが、オスカーからするとよっぽどトンクスの方がお人よしだった。なのにどうもトンクスはシラの事が気に入らないのだ。

 

「その……」

「はっきり言いなさいよ」

「うるさいよ。ムーディは…… その言いにくいんだけれど。ここに来る前にも色々しちゃったんだよ」

「はあ? 何よ。しちゃったって」

「だから。決闘をムーディは仕掛けたのさ。スリザリン生に」

「え? ほ、ほんとに言ってるわけ? どんだけ気にしてたのよ……」

 

 怒っていたくせに今度はトンクスもシラもクラーナの事でちょっと大人しくなった。決闘とはどういうことなのだろうか? それもスリザリン生相手に?

 

「君が言ったんじゃないか。死喰い人の子供を集めるって。だから決闘を仕掛けたんだ。君たちの居場所を知るためだよ」

「誰、誰とドンパチやったの?」

「スナイドっているじゃないか。スリザリンの感じの悪い女の子だよ。あとリーって大柄な男の子、それに一緒にいるマークって女の子も」

 

 オスカーは頭を抱えそうだった。でもそれくらいは簡単に予想できた。さっきまでのクラーナだったら大抵の事はしそうだったからだ。

 

「三人って事?」

「三人一度にかかって来なさいって言って、本当に三人まとめてやっつけちゃったんだ。それでそこにスリザリンの監督生が来たんだよ」

「スリザリンの監督生ってもしかして……」

「ロジエールって名前の人で、その…… その人もそうだから続けて決闘を仕掛けてそのままのしちゃったんだよ。それでその後、訓練場でウィーズリーと会ってここに来たってことなんだ。確かに先に手を出したのはスリザリン生なのはそうなんだけれど……」

 

 なんともはや監督生までボコボコにしてからクラーナはここに来たらしい。オスカーが感じていた上級生でも適わないというのは本当というわけだった。もちろん、無言呪文が使えない同級生では手も足も出ないだろう。

 

「ここまで私ってドジなわけ? いくらなんでも話が大きくなりすぎよね。ドラゴンが羽ばたいたら地球の反対側で台風が起きてるようなものじゃない? あ、チャーリーの病気がうつったかも」

「でも君があんな事言ったからこうなったんじゃないか。無責任じゃないかい?」

「だってこんな……」

「トンクスそれは僕とトンクスが悪かったはずだ。だって本当はそんな事無かったんだから」

 

 一つずつほどいていくしか無いはずだった。さっきのクラーナだってそうなのだから、この二人だってそうだとオスカーは思っていた。

 

「分かったわよ。私が悪かったわ。オスカーとムーディを喧嘩させようって思ってたわけじゃ無いのよ」

「ならなんであんなこと言ったんだい? 君、親族に死喰い人がいるっていうのは本当じゃないか。君のお母さんは本当にブラック家の人だ。図書館の本には家系図が読める本があるよ。ベラトリックス・レストレンジとナルシッサ・マルフォイにはアンドロメダ・トンクスって名前の姉妹がいる。その人が君のお母さんだ」

「それは……」

「僕が悪いんだ。トンクスは僕をグリフィンドール寮に戻したかったんだ。シラやクラーナが言ってたみたいに」

 

 オスカーはシラとトンクスとお互いの顔が見える位置に座っていた。オスカーが自分が悪いと言うと二人はちょっと怒った顔でオスカーの方を向いたのだ。

 

「オスカー、また……」

「オスカー、君は……」

「シラ。シラが言ってたことは正しいよ。でもグリフィンドール寮に戻りたくなかったんだ。トンクス。トンクスが考えてたことは正しいよ。いつまでもグリフィンドール寮に戻らないわけにいかない。だからそういう事だ。トンクスは自分で悪者になろうとしたんだ。でも本当にダメだったのは二人の言う事を聞かなかった僕だ」

 

 なんでこうも毎回終わってから気づいたり、後悔するのかオスカーは分からなかった。それとも自分が他の人より、出来ていないとか後悔だとかを感じやすいのだろうか? いつになったらキングズリーや他の出来る大人みたいに、いつもちょっと余裕を持って色んな事を出来るのだろう?

 

「だから二人に普通に喋って欲しい。マクゴナガル先生にはこれから謝りに行くから。二人は頭でっかちでもピンク頭でも無い。貧乏だとかマグル生まれだとか髪の色がおかしいだとか死喰い人が親戚にいるとかどうでもいい。僕は…… 僕は友達だと思ってる。数は今日一人増えて四人しかないけど」

 

 ちょっと恥ずかしかったがオスカーは言い切った。そうするとなぜか二人は同じ顔をしていた。くちをつぐんで、ちょっと頬が赤くて、眉間にしわを寄せて、恥ずかしいのか、悔しいのか、ごちゃ混ぜになっている顔をしている。トンクスの髪の毛など赤と緑色のマーブルだった。

 

「じゃあオスカー、これを解いてくれないかい?」

「そうよ。解きなさいよ」

「もう噛みついたり、引っかいたり、本で殴ったり、投げ飛ばしたりしないよな?」

 

 二人は答えなかったがオスカーは杖を振って縄を解いた。二人は縄でちょっと赤くなっていた場所やお互いの爪痕なんかをさすった後にそれぞれ一人で立った。

 

「どうも。私、ニンファドーラ・トンクスって言うの。オスカーの友達よ。初めまして」

「私はシラ・グヴィン。オスカーの友達だけど。君の名前も顔も知っているけど。初めまして」

「まだ怒ってるだろ」

「そんなことないさオスカー。ニンファドーラもそうじゃないかと思うけどね?」

「そうよ。呼ぶときに名前で呼んで欲しくないってことをシラは覚えてくれてるくらいだもの。全然怒ってないわ」

 

 どう見ても怒っていたが取っ組み合いは始めなかった。オスカーは杖を振ってさっきクラーナとの決闘で呼びだした物を元の場所に戻す。その間にも二人はまだぶつぶつ言っている。

 

「言っとくけど言った事は取り消さないわ。カセットにでも録音しといてあげましょうか?」

「君も私が言った事を耳に書いておくといいよ。耳の色が変わるくらいびっしりとね」

「ほんとにもう喧嘩しないのか?」

 

 少なくともオスカーより女の子三人の方がよっぽど強情だとオスカーは分からされた。何故なら今日一番謝っているのは間違いなくオスカーだからだ。そしてこの後、もっと強情な大人にオスカーは謝らないといけなかった。

 

「直りましたよ。そっちも仲直りしたんですか?」

「ほらトンクスはムーディに謝るんじゃないのかい?」

「シラもムーディに謝るんでしょ?」

「はあ? まだやってるじゃないですか。めんどくさいから巻き込まないで下さいよ」

 

 せかせかとクラーナがやって来て言い放った。オスカーは彼女なら二人を静かに出来るのではないかと期待したが逆にうるさくなるだけな気もした。女の子とは大抵の場合、教室の入り口とか廊下の隅で固まって小うるさいのが法則なのだ。この三人も例外ではないかもしれない。

 

「流石オスカーだね。クィディッチの試合でも……」

「ムーディ。怒らせて悪かったわ。愛しのオスカーとはいえスリザリン生を四人ぶっ飛ばすくらい怒ると思ってなかったのよ」

「私もそこまですると思ってなかったんだ。謝るから許してくれるかい?」

 

 どうもこの二人はチャーリーのクィディッチとドラゴンの話を聞く気分では無いのと、クラーナの事では息が合いそうだった。

 

「喧嘩売ってますよね? だいたい……」

「さっき僕は借りをクラーナの名前で返してもらったんだ。三人もそうすればいいと思うけど」

「そういうこと? クラーナってちょろいわね。あ、私、ニンファドーラ・トンクスよ。トンクスって呼んでちょうだい」

「オスカー、君、女の子にはみんなそんな感じなのかい? 私もシラでいいよ。チャーリーもそうだけど二人に汽車で最初に会った時はそうだったじゃないか」

 

 オスカーの見たところ、クラーナよりチャーリーの方が嬉しそうだった。何も言わなかったが。オスカーはクラーナやトンクスの言うように、やっぱりちょっとチャーリーのシラに対する態度には気になるところがあった。

 

「マクゴナガル先生の所に謝りに行こうと思うけど。シラ、クラーナ、チャーリー、トンクス。ついて来てくれないか?」

「いいですよ。どうせスリザリンの連中は私の事をあのドロドロ髪のスネイプに告げ口しているでしょうから。私も呼びだしですよ」

「百点くらい減点かな? マクゴナガル先生は先生たちだと一番咆哮が大きいし」

 

 なんだかんだグリフィンドールの二人は怖がってはいないようだった。そもそも二人とこんな風に喋れるのならマクゴナガル先生と喧嘩することだって無かっただろう。

 

「一人で行くのが怖いんでしょ? ついてってあげるわ」

「謝るのはいいことだよオスカー。マクゴナガル先生はちゃんとした先生だし、きっと分かってくれるに違いないよ」

 

 五人は必要の部屋を出た。ちょうど時間は夕暮れ時だった。マクゴナガル先生に謝りに行くというのにオスカーは不安を感じていなかった。怒られるかもしれないことも、謝るのが嫌だというのも、どちらも大して感じなかった。ちょっと前までずっとそれが胸の中を動き回っていたのに。

 




次でしばらく休みます。

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