オスカー・ドロホフと宿命の杖   作:ピューリタン

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第二章 白い家

「シラはマグルの学校に通っているんだろ? マグルの学校って何を教えるんだ?」

「何って何だい?」

 

 出会ってから毎日、二人は白い石の上で話していた。シラの言うマグルの学校、どんな場所なのだろうか? オスカーはシラが羨ましかった。色んな同い年くらいの子供と話せるのだ。それも色んな家の生まれの子供だ。オスカーの知らない色んな事を知っているのだろう。

 

「ホグワーツでは呪文とか薬の使い方を学ぶって昨日僕が話しただろ? じゃあマグルの学校では何を学ぶのかなって気になったんだ。母さんはマグルの事なんか知らないし……」

「オスカーの言う、呪文とかそう言うのが本当なのか私には分からないけれど、私の学校ではそんなのは習わないよ」

 

 では何を勉強するのだろう? それも朝から昼とか夕方まで。そんなに勉強することがあるのだろうか? オスカーには分からなかった。

 

「じゃあ何を習うんだ?」

「最近は理科とか社会とかかな?」

「社会? 理科? それは?」

 

 オスカーにはシラのこっちを見る目がまるで珍しい動物とか植物を見る目に見えた。でもこんなのはお互い様だった。お互いにお互いの考えとか常識とかそう言うのが珍しくて仕方なかったのだ。

 

「理科は今の単元だとその辺の草とか虫とかそういう物のお話だよ」

「その辺の?」

 

 周りを見回してオスカーはこんな普通の草とか虫を学んでどうするのだろうと思った。それこそ魔法生物だとか、魔法植物なら分かるけれど、アリやトンボなんかを学んでどうするのだろうと思ったのだ。

 

「じゃあオスカー。トンボを捕まえてくれないかい? 前にやってたじゃないか」

「魔法が見たいの? やってもいいけど、シラだって出来るだろ? 僕ばっかりやっても君の練習にならないと思うけど」

「アレが魔法か分からないし、私はオスカーみたいにうまく出来ないから」

「分かったよ」

 

 こういうお願いがオスカーには嬉しかった。持っていた小包を下に置いて、腕をまくり、飛んでいるトンボの一匹を真剣に見つめる。

 すると幾匹も飛んでいた内の一匹が突然向きを変え、シラが水をすくう時のように手を合わせているところへやって来てとまった。

 

「オスカー、ほらこの目が大事なんだ」

「目?」

「トンボの目って一杯小さいのが集まっているんだよ。なんか粒粒みたいなのが見えないかい?」

「うわ…… なんか気持ち悪いな」

「もう…… せっかく授業でやったことを教えようと思ったのに」

 

 流石に微妙な顔をしたオスカーだったが、確かにこれはオスカーの知らないことだった。まだオスカーはトンボはスケッチしたことが無かったし、他の虫とか動物にもこういうよく見ると遠くから見たのと違う特徴があることは知っていた。オスカーはマグルと言うのは魔法を使えないから身近なモノをよく見ているのだと感心した。

 

「これって小さい眼が一杯集まっているらしいんだ」

「眼が一杯? なんの意味があるんだ?」

「それぞれの目が別の場所を見れるらしいよ。だからトンボは前も後ろも全部一緒に見えるんだって」

「へえ。便利だな何でも見えるって」

 

 オスカーは素直に感想を言ったのだが、それがシラには新鮮らしい。オスカーはこういう感触も好きだった。つまり、お互いの考え方とか感じ方が単純に面白かった。

 

「何でもは見えないんじゃないかな?」

「え? でも今、シラは前も後ろも見れるって言ったじゃないか」

 

 引っかかったと言う感じでシラは口角を上げてニヤッと笑っていた。

 

「だって、このトンボさんは自分は見えないじゃないか」

「そんなの…… そんなの当たり前だろ。確かに見えないだろうけどさ」

「ほら、オスカーも答えられなかった。私も先生に問題を出されて答えられなかったから一緒だね」

「そんな一緒いらないよ。マグルの先生って言うのはイジワルなんだな」

 

 なんだかクスクス笑っていてオスカーはどうしたらいいのか分からなかった。怒ればいいのだろうか? でもそれも違う気がする。とりあえずオスカーはペンスに持たせて貰った包みを広げた。中からクッキーやパイやチョコレートなんかが出てくる。シラはそれを見ると目を丸くした。

 

「え? それ、マグルのスーパーで売っているやつじゃないかい?」

「前に貰ったやつを持って帰って、家で同じのをペンスに作って貰ったんだ。ちょっと貰ったやつより大きいけど。一緒に食べようと思って」

「作ったって…… レシピがあるわけじゃ無いのに…… 貰っていいのかい?」

「うん。ペンスに作ってって言ったら焼き窯一つ分作っちゃったからおやつが最近こればっかりなんだ」

 

 二人でお菓子を食べる。オスカーはちょっとシラに貰ったお菓子とペンスに作って貰ったお菓子では違う味な気がした。なんで違うのかはオスカーには分からなかった。材料とかレシピが違うのだろうか?

 

「凄い。卵とか牛乳とかがきっと凄くいいやつを使っているんじゃないかな? 昔、フランスにいたころに食べさせてもらった貰い物のいいお菓子とか、お父さんがパリとかで買って来た高いお菓子みたいな味がする」

「ペンスはなんでも美味しく作るんだよ。そう言えばシラはフランスから来たって言うけど。英語を話せるじゃないか?」

「お母さんはスコットランドの人だからお母さんに習ったんだ。まだなんか訛りがあるみたいだけれど……」

「訛りって?」

 

 訛りとは何だろうか? ウェールズとかアイルランドの物語を読むと出てくるあの変な英語の事だろうか? オスカーはそういうのが分かる程英語で色んな人と喋った経験が無かった。

 

「訛りっていうのは発音のアクセントとか…… 単語のどこを上げてどこを下げるかとか、単語のどこを読まない読むとかそういうことじゃないのかな? この辺の人の英語はエジンバラとかロンドンと違うけれど、私のはどっちとも違うってことだよ。オスカーはあんまりこの辺の人と似ていないと思うけれど……」

「ふーん…… マグル訛りとか魔法族訛りがあるのかもしれないな」

「あったら面白いね。それで魔法族やマグルがどこから来たのか分かるのかもしれないし…… あ、オスカー、チョコがついているよ」

「え? あっ……」

 

 シラには妹がいるらしく、オスカーは時々、自分より年上みたいに彼女が自分にあたって来る気がしていた。でもそれもお互い様かもしれない。オスカーも魔法界の事ではまるでシラが何も知らないみたいに喋るからだ。

 

「トンボの話でもいいけど、もっと話を聞きたい」

「トンボの話を聞きたいのかい? えっと…… 先生はトンボは生き物だけれど、色んな意味があるって言っていたかな」

「色んな意味?」

 

 トンボに意味などあるのだろうか? オスカーはシラと一緒に喋る時、いつもトンボが沢山いるので単純にトンボは好きだった。この白い石とか道も好きなのと一緒だ。意味とはそんな事だろうか?

 

「イギリスだとドラゴンとか悪い意味のことが多いらしいんだけれど、他の国では違うんだって」

「ドラゴンの何が悪いのかは分からないけど、違うって何が違うんだ?」

 

 むしろドラゴンは杖の材料や服や手袋の材料になる生き物で、オスカーからすると凄く便利な生き物に思えた。それに魔法族はドラゴンに宝を守らせるのだ。それもエジプトやギリシャの頃からそうやって使っている。

 

「トンボってどいつを見ても前にしか飛ばないじゃないか?」

「まあそうかも」

「だから、前に何があっても進み続ける勇気の意味があるんだって」

「そう考えるとかっこいいかもな、さっきは気持ち悪いと思ったけど」

「ほんとは空中で止まったりバックしたりもできるらしいけどね」

「なんなんだよ…… それ」

 

 相変わらず、シラはそういう風にオスカーをおちょくるのが好きみたいだった。むしろオスカーは自分がトンボみたいに真っすぐにしか考えれないからこうなるのかと思ったくらいだ。考えを止めたりバックしたりすればおちょくられることも無くなるだろう。けどそれで会話が楽しくなるわけでも無さそうだ。

 

「ねえ、魔法って空を飛ぶこともできるのかい?」

「うん。呪文で浮かしたり、箒とか絨毯に乗って飛ぶんだよ。僕も一回絨毯には乗せて貰ったことがあるし、シラは空を飛びたいのか?」

 

 シラは視線を飛んでいるトンボに移し、手を伸ばしてちょっと集中する顔をした。するとトンボの群れがこれまでの軌道を変えて、高く飛んで行った。

 

「やっぱりオスカーみたいに上手くできないね。うーんと、私はどっちかと言うと高い所に行ってみたいかな、ここは田舎だし、私は山に登ったことも無いし、ロンドンで観光したことも絨毯や箒に乗ったこともないから」

「箒にはホグワーツで乗れるらしいし、それにホグワーツは何本も高い塔がある城だって母さんが言ってたよ」

 

 ホグワーツ。シラと行くホグワーツは楽しいのだろうとオスカーは思った。母親が話すホグワーツでは沢山の同級生や先輩や後輩、先生がいて、毎日が楽しいと言う。そんなのは当然だろう。だってホグワーツはここよりずっと広くて、魔法を使っても良くて、色んな人と話せるのだから。

 

「じゃあオスカー、私にもしオスカーが言うホグワーツに入学するための手紙が来て、ホグワーツに行けたのなら…… 二人で一番高いとこまで行かないかい?」

「手紙は絶対くると思うけど…… いいよ。でも行ってどうするんだ?」

 

 約束。約束は良いものだとオスカーは思っていた。会う約束や遊ぶ約束をすれば、約束の時間まで、他の事ををしていてもその事を考えていられるからだ。それだけで生まれてこの方ずっと住んでいる家にいるときでさえ、外にいるような気分になれる。

 

「だって…… 私やオスカーは飛べないし、前も後ろも見えないじゃないか?」

「魔法の目があれば何でも見えるらしいけど」

「そういう事じゃ無いよ。だから…… 二人で一番高い塔に上れば、前も後ろも、上も下も、オスカーも私も見えると思うんだけれど……」

 

 ちょっと恥ずかしそうにシラはそう言って、オスカーは素直に感心した。なるほどトンボの話はこの話をするためにしたのかもしれない。そして単純にオスカーはそれをしてみたいと思った。どんな景色なのだろうか? シラはどんな顔をしていて、自分はどんな顔をしているのだろう? そして何を喋るのだろうか?

 

「分かった。僕は約束は守るよ」

「そう? ありがとう。それにオスカー、今度私のお家に来ないかい? だってすぐそこなんだけれど?」

「え? シラの家?」

 

 

 そう言う話を幾度もして、オスカーは何度もシラと会って、喋って、遊んで、ホグワーツに行くまでの時間が過ぎて行くモノと信じて疑わなかった。何故ならオスカーの世界とは家と白い石、父親、母親、ペンス、ふくろうのローガン、そしてシラだけしかいないし、存在しなかったからだ。

 もちろん、オスカーは後になって考えればそんなに世界は狭いはずも無いし、オスカーにとって都合が良いように出来ているわけではないのだ。

 

 

 オスカーは自分では誤魔化せているつもりだったが、毎日、毎日、彼がシラに会いに行って、母親やペンスの目を誤魔化せるはずもなく、結局、オスカーはシラと二人を秘密基地で顔を合わさせることになったし、何なら写真まで一緒に撮った。

なのにオスカーの母親は家の中はダメという事でシラを家に入れさせてくれなかった。色んな魔法の都合があるのだと言う。オスカーは納得できなかったが、そもそも母親とペンスとのルールを破ったのはオスカーの方だったから強くは言えなかった。

 

「ごめん、オスカー、遅れちゃったけど、家に連れてきてもいいって昨日お母さんに言って貰ったよ」

「ありがとう。でも、この格好で大丈夫なのか? マグルってちょっとおかしな格好をしてるだろ?」

「私たちからみれば君たちの方が変な格好をしていると思うけどね。でも、オスカーはまだ子供だし、変な格好をしていても大丈夫だよ。ほら、行こうよ」

「分かったよ」

 

 変な恰好と言えばシラが着ているのはくたびれた服ばかりだ。何度も何度も洗濯したみたいな服ばかり着ているし、靴もなんだか何度も汚れを洗濯した痕みたいなのが見える。オスカーは単純に不思議だったが、前にそういう事を聞くとちょっと嫌そうな顔をしたので、オスカーはあんまりしないことに決めていた。

 

「ほらここがアクリノの村だよ。私がオスカーに言うのはなんだかおかしい気がするけれど。だってオスカーは生まれてからずっとここにいるはずなんだし」

 

 オスカーが古い写真や絵で見た村とほとんど変わっていなかった。ただ、何か黒い糸みたいなものが石造りの家に木の棒みたいなものから繋がれている以外はほとんど絵や写真の通りだ。シラはオスカーを白い石から続く道に一番近い家に案内した。家々の中では一番小さい家だ。

 

「ただいまー あれ? お母さんどこかいったみたい? じゃあ私の部屋に行こう」

「なんか変なモノが一杯あるな。マグルの家って。それになんかどの家も小さいし」

「オスカーのお家が大きすぎるんじゃないかな? それにオスカーはペンスさんにお坊ちゃまって言われてたし」

「ペンスさん? それに屋敷しもべはみんなお坊ちゃまって言うと思うんだけど?」

「私はお嬢様なんてペンスさんから生まれて初めて言われたけれどね」

 

 階段を上がって二人は小さな部屋に入った。オスカーからすると殺風景な部屋に見えた。手作りみたいな本棚にはオスカーが何冊か貸して貰ったマグルの教科書が数冊入っているだけで、ベッドの方にはオスカーが貸した魔法界の教科書が一番取りやすい位置に並んでいる。オスカーはシラに近づくとする、リンゴみたいな香りが部屋からする気がした。

 

「ちょっとお菓子を取って来るから待っててよ」

「分かったよ」

 

 オスカーはシラが出て行ってから窓の桟に置かれているガラス瓶を見っぱなしだった。何日も立っているから当然乾燥してドライフラワーみたいになっているが、オスカーが渡した花が瓶に活けられている。それにその横の窓はちょうどローガンが入れるくらいの大きさが開けられている。

 

「はい、オスカーが持ってくるようなお菓子じゃなくて、その辺のスーパーで売ってるお菓子だけれどね」

「ペンスのお菓子は美味しいけど、一杯作るからそんな凄いモノじゃないけど?」

「自分の家であんなの作るのは凄いけれどね。うちなんてお母さんはあんまり料理しないし、ご飯もスーパーで買ってくることが多いんだ」

 

 オスカーからすると不思議だが部屋には椅子なんて一つしか無かったから二人でベッドに座った。ここが彼女の部屋なのだ。オスカーはやっぱり小さいし、殺風景な気がしたが、二人でいるにはこれくらいのほうがちょうどいい気もした。

 

「シラ!! 帰ってるの? あれ? もしかしてお友達が来てる?」

「うん!! オスカーが来てるよ!! オスカー、ちょっとお母さんに会ってみないかい?」

「僕が?」

「そうだよ?」

 

 二人で下に降りる。オスカーはシラの母親に会ったのは初めてだったが、一目見てシラの母親だと分かった。疲れた顔をしていたし、シラのシルバーブロンドの髪と違い、かなり黒っぽい茶髪の髪色だったが、青い目や、すっと伸びた鼻の形、口角のあげ方なんかがそっくりなのだ。

 

「いらっしゃい。シラはあんまり友達がいないのよ。ゆっくりしてね。名前はオスカー君?」

「はい…… オスカーと言います」

「お母さん変な事言わないでいいよ」

 

 マグルの大人とはどう喋ればいいのだろうか? 友達の親とはどう喋ればいいのだろうか? オスカーはそんな事全く知らなかった。オスカーがシラの母親の事で知っているのは、教師をしていて、夫と別れてフランスから故郷のスコットランドに戻って来た事位だ。

 

「オスカー君はどこに住んでいるの?」

「えっと…… 森の向こう?」

「そんなのどうでもいいから、お母さん、ジュース出していい?」

「いいけれど…… 凄いお洋服を着ているのね。これ…… 既製品じゃなくて一つ一つ仕立ててある服…… いいお家のお子さんなのね。別荘か何かが近くにあるのかしら?」

「だからいいって言っているんだよお母さん。あっちに料金の支払いの紙をまとめてあるからやってきてよ。はい、オスカー、ジュースだよ」

 

 不思議なモノが沢山部屋の中にあった。まずオスカーが気になったのはぶーんぶーんと低い唸り声をあげている大きな鉄の棺桶みたいなモノだ。オスカーはてっきりグールお化けかまね妖怪でも中にいるのかと思ったのだが、これは冷蔵庫らしい。オスカーの家にある冷蔵庫とは材質も音も大きさも全く違う。だからオスカーは冷蔵庫ではなくれいぞうこなるものだと思っていた。

 他にも色々不思議なモノがある。キッチンの火は魔法でつけるのでは無くて、がすと言う燃える空気を燃やすのだと言う。何より不思議なモノはてれびなるものだ。てれびなるモノはオスカーにとって信じられない位、不思議な箱だった。

 

「シラ、何をどうやったらてれびは色んな絵が映るんだ?」

「オスカー…… お母さん。テレビの仕組みって分かる?」

「何? 何の仕組みって?」

「テレビの仕組み」

「さあ? 中で電波に載せているんでしょう?」

「オスカー、分からないみたい」

 

 分からない。つまり中身も分かっていないでマグルは道具を使っているのだ。オスカーは不思議だった。オスカーは何でも、家の中にあるマジックアイテムの仕組みを母親に聞いていたし、魔法の仕組みも聞かないと気がすまなかった時期があった。今は流石になんでも聞くのは良くないと分かったので、二人で決めた時間にだけ母親に聞くのだが、こんなに不思議なてれびなるものの仕組みをマグルは気にならないのだろうか?

 

「この飛んでるやつは?」

「これはロケットだよ。月まで飛んで行くんだ」

「月? 月まで行ったって言う箒を開発した魔法……」

「こっちの番組にしよう!! オスカー!! ほら、プロレスだよ。いまのがドロップキックなんじゃないかな?」

 

 シラが時々大声でちゃんねるなるモノを変えるためのぐるぐる回る歯車みたいなのを回すのであんまり一つ一つをよく見れないのだが、つまりこれは劇のようなモノがそれぞれちゃんねるなるモノ一つ一つで上演されていて、その劇をこのてれびなるモノでちゃんねるなるモノの数だけ見ることが出来るのだ。凄い。これはオスカーからすれば魔法ラジオの数十倍くらいの衝撃だった。このてれびなるものが魔法界にもあればオスカーはもう少し寂しく無くてすんだだろう。

 

 その後もだいたいてれびなるものを見て二人は過ごした。マグルの世界は広い。オスカーはそう思った。むしろオスカーの世界が狭すぎたのかもしれない。だってマグルの世界ではこのてれびなるものを使って、新大陸のニューヨークやワシントン、大陸のパリやベルリンにローマ、果ては東の果てにあると言う、北京や東京の出来事だって見れてしまうと言う。

オスカーはいつかはそういう場所の風景を見てみたかった。姿くらましを覚えて、色んな言葉を喋れるようになって、自分の力で色んな場所に行くのだ。

 

「じゃあまたね。オスカー」

「バイバイ」

「はーい。また来てね。オスカー君。シラはお友達が少ないから」

「お母さん!!」

 

 なんか揉めているシラと母親を後にしてオスカーは自分の家まで戻ろうとした。白い石の前まで来て、突然、オスカーは後ろから誰かに口を塞がれた。オスカーの良く知る声が聞こえた。

 

「オスカー、静かに。喋ってはダメ」

 

 頷いてオスカーは母親に了解を伝えた。母親では無い誰かの声が道の外の藪から聞こえる。

 

「ご主人様から連れてくるように言われたはずなのだが…… これでは村にも入れない」

「そりゃイゴール。お前はいつも動きが遅いんだよ。大方、若手のエースのセブルス殿が先にアントニンにご注進したとか? そうなればイゴール、お前が折檻ってわけか? おー怖いねえ、ご主人様はポッターが見つからないもんで機嫌斜めなわけだ」

「私では無い」

「おー、ちゃんと来たって事はお前じゃ無いのか。こりゃアントニンがイゴールに先回りしたな。イゴール君は罰ゲームだなこりゃ」

 

 三人の男の声がする。オスカーは前に聞いたことがある気がした。随分昔、オスカーがもう少し小さい頃、父親が家の外で何かを喋っていたはずだった。その時の相手の声に似ている気がするのだ。

 

「セブルス。結局、お前がわけのわからない事を注進したからこんなアホな事になってやがる。もう一年以上、ご主人様はポッターが見つからずご機嫌斜め。どうせ秘密の守り人だろうが? ダンブルドアが守り人ならまあ終わりだな。俺の見立てでは先にバグーノルド婆さんを旅立たせる方が早い」

「私はダンブルドアが持っている情報を入手し、報告したまでだ」

「はいはい。そもそもルシウスの後輩って時点で信用ならんわけだが、それで? イゴール? 俺がお前だったらとりあえず逃げるか、ムーディかなんかとかち合ってボコボコにされたって報告する」

「分かった。先に行かせてもらう」

 

 セブルス、イゴール、アントニン、ポッター、バグーノルド、ダンブルドア、出てきた名前だ。オスカーには誰が何を喋っているのかさっぱり分からなかった。

 

「エバン、私も行かせて貰う。恐らくアントニンはプルウェットの件でこちらでは無く、マルフォイ邸の方にいるのだろう」

「そうだろ。俺はイゴール君のささやかな密告がどうなるか見ようと思ってただけだ。ほんとアイツ北側との人脈しか使えねえな。しかし、プルウェット…… 上手くいかねえもんだなあ……」

もんだなあ……」

 

 姿くらましで消える音がして、音がしなくなり、人の気配が消え去った。母親はそのままオスカーの体ごと姿くらましした。一瞬でさっきまでいた森の中の小道は消え去り、オスカーの聞いたことの無い音がする。波の音だ。

 

「母さん?」

「ふぅ…… 流石に痺れたわ」

 

 目の前には巨大な鉄の門があり、後ろにはなんと波…… 海が見える。オスカーは海など見たことが無かったがこれはどう見ても海だ。断崖絶壁の傍に門が建っていて、鉄の塀は陸地側のはるか彼方まで続いている。

 

「ミリベス。開けて頂戴」

「かしこまりました」

 

 どこからともなく声がして目の前の門が開いた。二人で中に入れば巨大な石畳の道が続いており、庭木や草花が色とりどりに植わっていて、そのどれもがオスカーでも分かるくらいに綺麗に手入れされている。二人が入れば門は閉まった。

 しばらく二人で歩くと白い屋敷が見えて来た。まるでオスカーの家とは正反対だ。白い外壁と屋敷の青い装飾が目に眩しかった。オスカーが絵で見たことのあるギリシャだとかチュニジアだとかの地中海にあった方が似合うデザインの屋敷だ

 

「母さん」

「話は家の中に入ってからにしましょう」

 

 玄関の前まで来ると勝手に扉が開いた。屋敷の中が見える。家の中ですらオスカーの家とは対照的だ。白い壁にモザイクタイルで色んな絵が描かれているし、足元は黒では無く、白の大理石だ。

 

「お嬢様、オスカーお坊ちゃま。お帰りなさいませ」

「「お帰りなさいませ」」

 

なんとこちらに頭を床まで下げている屋敷しもべは三人いた。真ん中にかなり年を取った屋敷しもべが。両サイドにペンスより若く見える屋敷しもべがいる。

 見た感じでは年老いた屋敷しもべは女性。若い屋敷しもべは兄妹だろうか? そしていらっしゃいませでは無く、お帰りなさいませだった。

 

「あら。本当に双子?」

「お嬢様、コートをお預けください」

「「お預けください」」

「客間を温めてお茶を用意しております。ご主人様はすぐにお戻りになられます」

「「しております」」

「じゃあ行きましょう。オスカー」

 

 何とも不思議なやりとりだった。屋敷しもべの姉弟が母親らしいしもべのいう事を繰り返すので、耳に挨拶だけが残ってしまうのだ。オスカーは姉らしい方の屋敷しもべにコートを預けて、母親らしい屋敷しもべと母親に従って客間に通された。

 

「お嬢様。お荷物は全てお嬢様のお部屋にございます。お坊ちゃまの荷物は先代様のお部屋をお片付けしてお坊ちゃまのお部屋としましたから、そちらにございます。こちらの賢いふくろう以外はですが」

「ローガン?」

 

客間のテーブルに置かれた鳥かごに入れられて、羽を両サイドに広げ、ぐるぐる顔を首を回して警戒していたローガンはオスカーを見ると安心したのか、ホッホッホと短く鳴いた。

 

「ありがとう。ミリベス。そうね、オスカーと挨拶をしてちょうだい」

「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま。ミリベスにございます。私はオスカーお坊ちゃまが生きておられる間にいなくなるでしょうから、あまり名前を憶えて頂かなくても大丈夫でございます」

「「ございます」」

「ご主人様とお坊ちゃまのお世話をする時間はほとんどこの姉弟がすることになるでしょう」

「「なるでしょう」」

「ドネとティロと申します」

「ドネでございます」

「ティロでございます」

 

 ドネが姉でティロが弟だろうか? 年の違いがほとんど見られないのでオスカーは双子ではないかと思った。それにしても三人とも同じ格好。なんだがイギリスではあまり見ることの無い民族衣装のような布を着ていて、地中海のギリシャやローマの時代を魔法史でやった際の挿絵にこんな衣装を着た人間がいた気がした。たしか魔法族とマグルがまだおなじような生活をしていた時代だったはずだ。

 

「僕はオスカーだけど…… 母さん。家の中に入ったんだから話をして欲しいんだけど」

「お嬢様? お坊ちゃまに何もお聞かせせずに連れて来られたのですか? またそのような所だけ先代様に似て……」

「はいはいはいはい。オスカー、ルール一、このミリベスはうるさいから静かにさせないとダメ。それでその話ね、キングズリーは?」

「いま到着されました。広間の暖炉からこちらに走っているようです。私はご主人様にも奥様にもお子様方にもこの館の中では落ち着いているようにと、三代前から申し上げているのですが…… お坊ちゃまが見ておられるのですから、大人は大人らしい姿を見せて、信頼してもらわなければならないのです」

「エティ? 本当に来たのかい?」

 

 髪が無い大柄な男の人が入って来た。年はシラの母親と同じくらいだろうか? 何となく母親と似ている気もする。それにオスカーもキングズリーと言う名前には聞き覚えがあった。母親が話す母親の親戚の名前の一人だ。

 

「久しぶり。おば様のお葬式以来?」

「何故そんなに平然としているんだ? というか…… オスカーだね? 初めましてでは無いね、私は君が小さい頃に何度か会ったことがあるから。久しぶりが正しいかな?」

「お久しぶりです?」

 

 シラの母親と一緒でオスカーの目線まで体を下げてからキングズリーはオスカーと握手した。オスカーは会った記憶など無かった。つまりほんの赤ん坊の頃の話なのだろう。

 

「さて、オスカー、キングズリー、今日から私達二人は実家であるこの家で生活することにします。異論は認めません」

「お嬢様。お尻を百叩きにしましょうか? 先代様の悪い所だけ受け継ぎましたね? 言葉足らずは賢きにあらず。伝わらない考えに価値などありません」

「「百叩き!!」」

 

 このミリベスと言う屋敷しもべがオスカーには衝撃だった。まるで人間の母親みたいな言い草なのだ。本で読んだり、母親やペンスの関係を見ても屋敷しもべと言うのは普通こんな言い方や態度を取らないはずなのだ。なのに母親もキングズリーもまるで気にしていないし、そもそも二人ともミリベスの方が偉いと考えていそうだった。

 

「確かに元々君の家だがミリベスの言う通りに言葉が少なすぎる。どうもオスカーも何が何か分かってい無さそうだが?」

「単純明快に言いましょうか? 夫の同僚…… 違うか、犯罪者のお仲間は息子の友人に手を出そうとしました。なので、近くの村とあの子の周りに魔法をかけて、夫とは絶縁、子供を連れて実家に帰った。以上」

「さっきの声の人はシラを狙っていたって事?」

 

 さっぱり分からない。でもオスカーの頭の中は高速で回っていた。さっき村の中で聞いた声、エバン、セブルス、イゴールが喋っていた事だ。つまり、あの声は魔法族の声で、父親の仲間で、シラを狙っていた? 狙うとは?

 

「オスカー、声とは?」

「さっき森の中で聞いた。エバン、セブルス、イゴールって呼び合って、ご主人様に連れてくるようにって」

「言っておくが全員死喰い人の嫌疑のある人物だ。エティ」

「という事。なのでオスカー、あなたはホグワーツに行くまではもうあの家に帰れないし、ペンスやあの子と会えないと思って。ふくろうを飛ばすくらいなら大丈夫でしょうけど。しばらくはそれも控えて」

「なんで? 父さんの仲間なのに、シラは魔法を使えるのに? なんで? 狙うって?」

 

 母親では無く、なぜかキングズリーの方がオスカーの言葉を聞いて頭を抱えて悩んでいるように見える。もう母親は決めたとばかりにキングズリーみたいな態度は見せない。オスカーは知っていた、こういう時の母親にいくら反論しても母親の意思を変える事は出来ない。

 

「ペンスを呼んでみて頂戴。オスカー」

「ペンス、ペンス? ペンス? なんで? 出てこない……」

 

 オスカーが生まれてこの方、困った時にペンスを呼んで出てこなかった時は無かったし、そもそもペンスはオスカーが困っていたらどこからともなく現れるのだ。なのに名前を呼んでもでて来ない。

 

「という事でとりあえず、手紙をあの人は読んだみたい。この子がここにいる間、あの人と私はとりあえずは家族では無い。あくまでとりあえずはだけれど。あの村への魔法も私との関係あってのものだから、完全には切り離せない」

「なんで父さんの仲間がシラを狙うんだ。母さん」

「マグル生まれだから。お父さんのお仲間はマグルが嫌いなの」

 

 母親は分かりきっているとばかりにオスカーに言いきった。マグル生まれだから? マグル生まれでオスカーと喋っていたから? だから狙う? まるでオスカーには意味が分からなかった。それに何の意味があるのか?

 

「オスカー。落ち着いた方がいい。エティ、君もきちんとオスカーと話をするんだ。子供扱いせずに。ここにいる事は問題無いし、君の事は漏らさない。と言っても君はアメリカに私と同じタイミングで連絡を送ったみたいだが」

「子供扱いって……」

「そうね。オスカー、ゆっくりここの生活に慣れて、前とちょっと違う事を勉強しましょう」

 

 さっぱりオスカーには意味が分からなかった。さっきまでシラの家で、シラと喋っていたのに。ペンスにお菓子を作って貰っていたのに。何もかもどこかに行ってしまった。いつか家の外に行きたいと思っていたはずなのに、オスカーの頭の中は、この白い家と一緒で真っ白だった。

 

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