「先代様と同じお仕立てをしております」
「伝統!!」
「革新!!」
相変わらずドネとティロが何を言っているのかオスカーには分からなかった。とにかくオスカーが外出すると言うのでしもべ妖精三人は身支度に力に力を入れているらしいのだ。
体ピッタリで気持ち悪いくらいのローブを着させられ髪型も何だか後ろに引っ張るような感じに髪がピカピカ光るワックスできっちり固められてしまった。
「やれやれ。パーティに行くんじゃないんだけどね」
「ご主人様、オスカーお坊ちゃまは先代様のご職場に行くのは初めてでいらっしゃいますし、お知り合いの方と顔を合わせられるのは初めてですからきっちりしたご恰好で行かれなくてはなりませんよ」
「礼儀!!」
「マナー!!」
この家のヒエラルキーではミリベスが一番上だとオスカーも流石に分かっていた。でも裁判と言うのは恰好が重要なのだろうか? そしてこの家にいると聞く先代とか言うお爺さんにあたる人間の事もオスカーには良く分かっていなかった。
「もう行きましょうキングズリー。先に入っていて悪いことは無いでしょう?」
「そうだが、あんまり気持ちのいい空間では無いからね」
「省内でも休める場所くらいあるでしょう? ほらオスカーお行儀よくして。あなたが行くと言ったのだから」
オスカーは特に文句も言わず母親に手を繋がれたまま広間の暖炉の前まで行った。キングズリーが出勤するときと同じく暖炉に煙突飛行粉をかけて叫ぶ。
「魔法省!! 先に行っているよ。まずは杖の登録だ」
緑色の暖炉にキングズリーの姿が回転しながら小さくなって消えていく。オスカーもこの煙突飛行はしたことが無かった。
「じゃあ行きましょう。ミリベス、家のことはお願いね。魔法省!!」
緑色の火の中は熱くはないが暖かい。物凄い速さでどこかの家の暖炉からの景色が通り過ぎていく。それも回転しながら上、下、左右にそれが見えるのだ。オスカーはこんなスピードを体験したことは無かった。音だって耳が聞こえなくなりそうなくらいの轟音がする。
「ほらしっかり立って」
「えっ…… あ」
突然オスカーは石造りの地面の上に立っていて母親と繋いだ手で支えられていた。周りを見渡す暇もなく引っ張られて手を振っているキングズリーの方へ連れられて行く。
「まだダイアゴン横丁の店は半分も開いてないんだって?」
「そりゃあ店を開けようにも物が無いだろ」
「ゴドリックの谷は凄い人らしい。土産物屋まで出来ているそうだ」
「色んな旧家に捜査が入っているらしいが本当なのかねえ?」
色んな方向から声が聞こえて来て、右も左もローブを来た大人の魔法族達が歩いている。みんな新聞を読みながらだったり、隣の人とうわさ話をしたりだったり様々で、オスカーがこんなにたくさんの人間を見たのは初めてだった。
「外来受付は空いているみたいだ」
「魔法省勤めの人って朝早いわねえ」
オスカーが見たことが無い巨大な空間だった。天井はちょっと緑がかったブルーでそこに何か沢山の記号、恐らく古代ルーン文字に見えるそれが金色のタイルみたいにはめられて絶え間なく動いている。壁は黒壇みたいな黒い木がはめ込まれ、その下にいくつもオスカー達が出てきた金色の暖炉がはまっている。
左側の暖炉からは人が出てきて、右側の暖炉には人が列を作って入っていく。他にもこの巨大な空間、ホールらしき場所の真ん中には噴水があった。建物の中なのに噴水だ。
噴水の真ん中には金色の実際のモデルより大きいだろう像がある。恐らく魔法族の男女と思わしき二人が天に向かって杖を掲げ、その周りを二人を守るように、ケンタウルス、ゴブリン、屋敷しもべと思わしき像が立っている。
「こっちだ。まあ一応杖登録だね」
三人は黄金のゲートへと流れていく列から抜け出して左側の守衛と書かれた案内番の所まで行った。天井と同じ色、緑がかった青のローブを着た中年の魔女が座っていて、三人に気づいて読んでいた週刊魔女を下に置く。
「魔法大臣の護衛の闇祓い様がどうしたんだい? 何かうちのオーフォード辺りがやらかした?」
「裁判の付き添いでね」
「そういう事かい。こちらへどーぞ」
あんまりやる気の無さそうな声で魔女が言った。どうもこの魔女もキングズリーの事は知っているようだ。
魔女は細くてなんだかクネクネした長い金属の棒を取り出してオスカーと母親の体の前と後ろで上下させた。
「はいじゃあ杖をお願い」
母親が杖を差し出すと魔女は皿が一つしかない天秤のような真鍮の道具にそれを載せる。道具が震えはじめ、皿の下の台にある切れ目から紙が出てきた。
魔女は紙を破って文字を読み上げる。
「三十一センチ、一角獣のたてがみ、使用期間二十四年、間違いないね?」
「ええ」
「じゃあこの紙は保存。杖はお返しね」
「ありがとうね」
杖の登録が終わると三人は黄金のゲートに向かう魔法族たちの流れに乗った。ゲートの向こうは小さなホール…… と言ってもシャックルボルト邸の大広間くらいの広さがあった。そこには二十くらいの金の格子が並んでいてその後ろで足場みたいなものが上下に動いている。
「戦争関連の裁判は十号法廷だから右から七番目のエレベーターに乗ろう」
「あんまり人が並んでいないわ」
これがエレベーターという物だとオスカーは初めて知った。上からエレベーターが降りて来てまばらに人が乗る。他のエレベーターはパンパンだがこのエレベーターはお互いに離れる事ができるくらい空いている。
「当エレベーターは魔法法律評議会関連階にのみ止まります。一階、魔法大臣室、二階、魔法法執行部、三階魔法事故惨事部、八階、アトリウム、九階、神秘部、なお保安上の問題のためウィゼンガモット法廷のある十階には九階の階段をご利用下さい」
どこからともなくエレベーター内に声が流れた。落ち着き払った女性の声だ。オスカーはアナウンスでこの階が八階だと初めて分かった。そのままエレベーターはガタガタ音を立てて下って行きあっという間に目的の階に到着した。
「九階、神秘部がございます。魔法法律評議会会場となる第七法廷以降の法廷はこちらでお降り下さい」
下ったのに九階という事は九と言うのは地下九階なのだろうか? この階はさっきの階と違って人気が無く、壁は土が剝きだしで暗くドロホフ邸の地下に少し似ている。廊下の突き当りにある真っ黒な扉以外は扉も窓も無いのだ。
「下だね。左に階段があるはずだが」
「暗いわねえ。気分まで暗くなりそうよ」
何にも無いとオスカーが思っていた左の壁際に入り口が穴みたいに開いていた。そこから階段が続いている。階段とその先の廊下はさっきと違って床も壁も石造りで松明がずらっとかかっていていくつも重そうな木の扉があり、廊下と部屋を沢山の魔法族が歩いている。
魔法族は見た感じ赤紫のローブを着ている人とそうでない人に分けられるようだ。
「やあキングズリー、君がいるという事は大臣は……」
「いえ。コーネリウス次官、今日は別の用事で……」
「おおっと。これは、これは、エティお嬢さんお久しぶりだ。覚えていますかな? ほら、お父上の所で補佐官をやっていましたコーネリウスです」
「お久しぶりね。コーネリウス…… 今は偉くなっておられるんでしょう?」
「それはもうあの時のお父上の引き立てのおかげで…… あっちに行きましょう。裁判の付き添いでしょう? 今は私も惨事部の次官になりまして、部屋を用意するくらいならできますから」
オスカーから見ても人が良く見える笑顔で背の低くて小太りの男が駆け寄って話しかけて来た。周りの人と比べても変な恰好だ。細い縞のスーツ、真っ赤なネクタイ、ライム色の山高帽、暑いのかみんなが着ている赤紫のローブを脱いで肩に載せている。
「こっちですな。あー…… ようはその…… この一連の騒ぎ…… 裁判では沢山色んな家の方をお呼びしておりますから、こうして部屋もウィゼンガモットの傍に作っているわけで。バーティは仕事が切れるが中々そう言った面はあれでして。こういうのは大臣から私におはちが回ってくるわけでして」
「そうね。昔からあなたはそう言う所で頼りになると父も言っていましたから」
「これはお恥ずかしい。おっとこれは坊や、自己紹介が遅れた。申し訳ないね。君のお爺さんの知り合いなんだがね。コーネリウスと言う。よろしく」
「よろしくお願いします」
「ちゃんと挨拶できるなんて賢い。流石部長のお孫さんだ。ウチの甥に聞かせてやりたい」
オスカーはキングズリーの職場だから一杯知り合いがいるのかと思っていたのだが、どうにもミリベスたちの言う、先代の方が重要なのかもしれない。このコーネリウス? もオスカーからは味方に見えた。だってこの人はきちんとオスカーの方に目線を合わせて握手までしてくれる。
「でもコーネリウス。今日は私も裁判の当事者として呼ばれているからこんな部屋は……」
「お嬢さん。まったく心配ない。もちろんあー その、当事者としてはっきり証拠のある人間はすでに捕えられているからどうしようも無いが。あらぬ嫌疑をかけれられているきちんとした家の人は問題無い。マルフォイの家を初め、そういった人はきちんと証拠不十分で無罪となっています。むしろやっかみで色んな家の人間が沢山誤通報や誤逮捕されていて惨事部や闇祓い局はてんてこ舞いでして」
オスカーはなんだか大人は大人で話したげなので、ぎりぎり声が聞こえるくらい離れたソファーに座った。すると勝手に目の前のテーブルにココアが入っているマグカップが出てきた。もしかするとここにも屋敷しもべがいるのかもしれない。
「しかし、お嬢さん。私としては…… 昨日も誰だったか…… 確かスナイドとか言う家の子供が来ていて…… あまり勧めないがね。その辺りにいくらでもある家の子供ならまだしも特にシャックルボルトと言えば魔法界では名の通った名前ですからな」
「いえ。この子はちゃんと見る必要がありますから。自分がどう見られているのかくらい分からないといけないんです。それに自分で来たいと言ったからには自分の目で見ないと」
「いやあ。やっぱり部長のお嬢さんですな。私が口を出すことでは無かった。いかんいかん、他人の子育てには口を出すなと妻にも最近言われたところでして」
コンコンと扉が叩かれキングズリーがドアを開けに行く。扉から入って来たのは母親と同じくらいの年齢で片眼鏡を付けた魔女だ。ちょっと怖そうな雰囲気なのに母親と顔を合わせると途端に笑顔になった。この人は赤紫のローブを付けていない。
「エティ久しぶり」
「ああ…… アメリア。助かったわ。今日も貴方が来てくれなかったらここに来なかったかもしれない」
あんまりそんなことしそうにない二人なのに二人は他の人達を放っておいて抱き合っていた。オスカーにはこの人が時々母親のホグワーツでの思い出話にでるアメリアだと分かった。
「あー、今日はウィゼンガモットのローブを着てないのかね? アメリア?」
「ええ、コーネリウス。今日は二人の被告側証人として出る予定です。ですから除斥原因になります。すでにバーティには話を通してありますから」
「ほー、そういう事なのか、ならなおさら安心だお嬢さん。私が心配する意味など無いようですな」
さっきからちょっと緊張していたし、オスカーは何とか今日見たものの中の何かに自分で集中しようとしていた。例えばここがウィゼンガモット法廷だとかそういう事だ。ウィゼンガモット法廷は魔法省より歴史が古いと言う。じゃあ行ったとシラに言えばシラは羨ましいと言ってくれるかもしれない。
キングズリーは喋り相手がいないのかオスカーと同じソファーに座りに来た。この中だと一番若いから話し相手がいないのかもしれない。
「オスカー、しばらく時間がある。ここなら何か欲しいモノがあれば家と同じように出てくる…… もうココアを飲んでいたかな?」
「家…… あのローブの意味は? キングズリー?」
「ローブ? ウィゼンガモットのローブのことかな? 目立つからね。あのローブを着ている人がウィゼンガモット法廷のメンバーなんだ。つまり、魔法界の法律を作り、法律に従って処分を決める人の事だ」
やっぱりそうだった。つまり、父親の裁判をするのもあの赤紫のローブを着ている人たちだし、一応母親の裁判もあるのだろうからその裁判をするのも彼ら彼女らなのだ。
「キングズリーはそうじゃない?」
「もちろん私は違う。ウィゼンガモットのメンバーは魔法大臣や魔法省の各部の部長や次官みたいな偉い人、他にもホグワーツの校長であるダンブルドアのような魔法界に影響力のあるメンバーしかいないんだ。私はただの闇祓いだからね」
「魔法法律評議会とウィゼンガモット法廷は一緒?」
「君はやっぱり賢いな。その二つは違う。魔法法律評議会と言うのは、魔法省と例のあの人との戦争に直接かかわる内容を裁判する場所、ウィゼンガモット法廷はもっと色んな裁判を扱う場所なんだ。君とエティの裁判はウィゼンガモット法廷、お父さんの裁判は魔法法律評議会がすることになる」
「分かれている理由は?」
どうも違うものらしい。ならさっきファッジと言う人が言っていた、子供が見るべきで無いとか言うのは魔法法律評議会の事を言っているのではないかとオスカーは思った。だって片方の裁判とか言うのには自分が出るのだから、もう片方の事を言っているのだろう。
「戦争をしている間は早い決定と秘密にすることが大事だからかな。裁判をしている間に捕まえた人が取り返されてしまったり、捕まえた人間と取引をして、相手の事を喋って貰うにはウィゼンガモット法廷は大きすぎるし、動きが遅いし、開かれすぎている」
「大きいんだ」
「この地下の法廷はどれも大きい。見た目の大きさも、魔法界における意味としても。まあ君は自分の家やウチの家に慣れてしまっているから他の子供のように驚かないかもしれないが」
どうもオスカーが思う所は色々あった。つまり、オスカーからすればキングズリーはやっぱり敵なのかどうかという所だが、大人もキングズリーもそうは思っていない。裁判に母親も自分もかけられるらしいけれど、この魔法省という場所は母親とオスカー自身にとって味方のように感じられるし、ここにいる人たちもそう考えているように見える。
そしてこの魔法省とそこにいる人間の敵とは、つまり父親のことらしい。
「おっと。お嬢さん、アメリア、魔法法律評議会を先倒しするらしい。省内整理の会議の時間を作りたいように見えるが…… どうも最近のバーティは目の前の裁判よりも後の事ばかり考えているようだ」
部屋の上にあった穴から入って来た空飛ぶ紙飛行機を読んでコーネリウスがそう言った。何回か出てくるバーティとは誰だろうか? 偉い人物だろうか?
「オスカー。僕らも行こうか。もし、途中で見たく無くなったら私かエティに言えばいい。傍聴は親族か関係者に限られているが退席は自由だからね」
「挨拶が出来ていませんでしたね。オスカー君よろしくね。私はアメリア・ボーンズ。お母さんの古い先輩だから、その辺のおばさんと思ってくれていいですよ」
「キングズリー、アメリア、行きましょう」
アメリアもオスカーに目線を合わせて喋って握手してくれた。どの人も悪い大人とはとても思えない。この人たちの言う敵とは何なのだろうか?
大人三人が前で後ろにいるキングズリーに挟まれて移動する。廊下では沢山の魔法族達が同じように一つの部屋に向かっている。十号法廷と書かれており、法廷の前にはキングズリーと同じ格好をした魔法族が門番のように立っていて、通り過ぎる時にキングズリーと何か言葉を交わしていた。
「あちらの隅に行きましょう。日刊預言者新聞の記者が写真を撮るのはいつもバーティがいる方だから」
「それがいい。まーた私の山高帽についてどうでもいいコラムを書かれるのはうんざりだ」
部屋はオスカーが絵で見たことのあるピラミッドと逆の形をしている。つまり、オスカー達が入った扉は逆ピラミッドの最上段になっていて、最下部にあるもう一つの扉と数脚の椅子を囲むように段々がいくつも存在し、その一段一段にベンチがずらっと並んでいる。
一行は最上段の隅っこに並んで座った。部屋の中は埃っぽくて暗い。それにオスカーが良く見ると最下部の椅子には鎖がついている。あの鎖はやっぱり裁判をする相手を捕まえて置くものなのだろうか? 沢山の人たちがざわざわと何かを話しているが何を話しているのか人が多すぎてオスカーにはよく聞き取れないが、どこどこの家がとか、絶対おかしいとか色んな事を言っている。
「静粛に、これより第四十九回魔法法律評議会を始めさせて頂きます。議長は魔法法執行部部長、バーテミウス・クラウチ。その他の出席者については魔法法律評議会にて定められた全ての出席者の出席を確認済み。法廷書記官は私、アマナ・カラス。上記出席者及び法廷書記官の名前は本議会の内容と共に議事録として魔法法執行部にて永久に保存されます。では議長」
「始めさせていただく。では連れてこい」
重々しい音を立てて最下部にある扉が開いた。五人の人影が入って来た。いや、その言い方はおかしかった。大人の男が一人、人間のようなものが四人。フードで顔を隠し、まるで肉が腐ったみたいな手、足が無いみたいにスルスルと空中を滑っている。そしてオスカーは体の芯が寒くなっていくみたいな感覚があったが隣にいた母親がオスカーをギュッと抱き、二人をもう片方にいたアメリアがまた抱いた。
あれはきっと吸魂鬼だ。魔法動物の本でオスカーは見たことがあった。人間の幸福を吸い取る生き物。人では無い。そして魔法使いの監獄であるアズカバン監獄の看守をしている。けれど二人はそんな事でオスカーを抱き寄せたわけでは無い。髭も髪も見たことないほど手入れされておらず、酷い目の隈をしていて、最後に見た時よりずっと痩せているがあれはオスカーの父親だった。こちらを見るどころかその眼は一人に当てられている。議長と呼ばれた男。ここに父親を連れて来させた男。バーテミウス・クラウチにだ。
「アントニン・ドロホフ」
さっきまで座っていたクラウチが立ち上がった。オスカーは母親とアメリアの間から部屋の中を見回した。気のせいでは無く、吸魂鬼から感じた寒さ以上に部屋全体を何かの感情が覆っている。それは部屋全体を包んでいて、立ち上がったクラウチも、鎖で椅子に繋がれた父親からも感じられる。これは怒りだった。それもオスカーが見たことも感じたことも無いくらい全員が怒っている。オスカーは吸魂鬼以上にそれが怖かった。二人に包まれていなかったらきっと顔に出ていたに違いない。
「お前は魔法法律評議会に出頭している。この評議会はお前に評決を言い渡す……」
「バーテミウス・クラウチ!! 我々は敗北していない!! お前たちは偶然勝ちを拾っただけだ!!」
父親がこんな顔でこんな大声を出すのをオスカーは聞いたことが無かった。それを聞いて一瞬、部屋の中で色んな人がビクッと震えているのをオスカーは見た。母親もそうだった。けれどその後、一瞬で酷薄な笑いが部屋の中を包んだ。笑っていないのは一部の人間だけだ。この部屋のほとんどの人間は何がおかしいのかオスカーの父親を薄ら笑っている。
「お前の罪状は極悪非道であり、この評議会でも類のないほどの犯罪である」
「ミリセント・バグノールド、バーテミウス・クラウチ、アルバス・ダンブルドア。お前達は分かっている。お前たちは負けていた。我々は負けてはいない。あの方がいなくなっただけだ。ゆえにあの方が戻られればお前たちは負ける」
「お前の罪に対する証拠の陳述はすでに昨日終わっている。お前は集団でもって、ギデオン・プルウェット宅を襲撃し、プルウェット夫妻に重傷を負わせた。さらにはギデオンの弟であるフェービアン・プルウェットを殺害した」
殺した。オスカーの父親は人を殺したらしい。人を殺すとはどういう事だろうか? 悪い事だろう。ふくろうのローガンはよくウサギやネズミを殺してオスカーの所に持って来て褒めて貰ってから食べる。ウサギやネズミと人では何が違うのだろうか? そもそも食べるわけでも無いのにどうして人を殺すのだろうか?
「さらなる罪状も存在している。お前はボーンズ一家殺人事件、マッキノン家襲撃事件への関与、複数の闇祓い、パトロール隊を始めとした魔法省職員への殺人未遂、傷害、拷問容疑への関与、逮捕時の闇祓いへの殺人未遂、傷害の容疑、さらには複数の非魔法族への拷問容疑、お前は間違いなくこの評議会においても類を見ないほどの凶悪犯罪者である」
殺人、殺人未遂、傷害、拷問、それも数えきれないほどの相手だと言う。何のためにそんな事をするのだろう? オスカーは父親が家でそんな事をしているのを見たことが無かった。父親はオスカーとほとんど喋らなかったし、思い出などローガンを見つけた時くらいのことだった。
「我々は必ず戻る。あの方は必ず戻って来る。お前たちは必ず負ける。アズカバンに放り込むがいい。我々は必ず褒美を受ける。我々はお前達と我々を裏切った人間に必ず罰を与える」
「お前は名前を言ってはいけないあの人の腹心の部下であり、お前の罪はあの人の罪そのものに匹敵する。お前たちが振りかざした暴力、残酷さ、冷酷さ、我々はその罪をお前に償わせる。ここで陪審の評決を取る。これらの罪は、アズカバン監獄における終身刑に値する。この男にこの罪を与えられないのであれば誰にもそれは与えられないだろう。少なくとも私はそう信ずるが、それに賛成の陪審員は挙手願いたい」
地下牢のオスカーから見て右手に並んだ魔法族達が一斉に手を挙げた。誰一人として手を挙げない人間はいない。そして部屋全体から拍手が巻き起こった。部屋のどの顔も皆、笑っている。オスカーはこんな顔をしてる人間を見たことが無かった。ボードゲームに勝った時の母親の顔では無い。さっき大人達がしていた怒りに満ちた顔でも無い。クラウチがさっき言った言葉、暴力、残酷さ、冷酷さ、その色をオスカーは大人たちの顔から見た。オスカーが今、感じているのは吸魂鬼がこの部屋に入った時に感じた恐ろしさでは無い。なのに、部屋は間違いなく彼らの熱で熱くなっているのに、オスカーは吸魂鬼よりずっとそれが恐ろしかった。父親の顔よりずっとだ。
「バーテミウス・クラウチ。少なくともお前の時代は来ない。そして我々は必ず戻る。最後に我々は勝ち、裏切り者と敵対する者は死ぬ。必ずそうなる。偶然は偶然で贖われる」
「連れていけ。アズカバンで腐り果てるがいい」
嘲笑ったり、指を指したり、唾を吐き捨てたり、立ち上がって父親の顔を見ようとしたりしている。オスカーはその顔を見た。同じ顔だ。みんな同じ顔をしている。見たことの無い形相だった。オスカーが知っている大人の顔と違う。屋敷しもべの顔とも違う。もちろん自分やシラの顔とも違う。残酷で、冷酷なのに喜びに満ちている。笑っているのに恐ろしい。吸魂鬼達はまるでそれを喜んでいるようにさえ見える。
「大丈夫? 終わったからいったん出ますか? エティ?」
「そ、そうね。オスカー……」
「出ない」
ほとんど喋る気が無かったのにオスカーの口からは勝手に言葉が出ていた。オスカーは気になった。この部屋の大人達はオスカーの父親以外にも同じ顔をするのだろうか?母親、キングズリー、アメリアはあの顔をしていなかった。コーネリウスは角度的に見えなかったが少なくとも立ち上がったり、何か言ったりはしていなかった。人間はあんな顔をする生き物なんだろうか?
「おお。坊ちゃん。流石、部長のお孫さんだ。肝が据わってますな? お嬢さん? 私なんぞいつもこういう裁判の雰囲気に飲まれてしまう。いやー、現場や裁判でビクビクするなと部長に何度言われたことか」
「ウィゼンガモットの一部メンバーもここにいるわけだから裁判まで時間はあるわけだが…… エティ?」
「いいでしょう。もう少しいましょうか」
少し待っているとまた何か準備が出来たらしく、クラウチの傍にいるあの書記官のカラスと言う人が何か書類を持ってきた。それにさっきと部屋の中の空気が違う気がする。さっきまでは怒り一色だった気がするのに、今度は困惑しているような、疑いや、怒りや、そう言った物がごちゃ混ぜに見える。
また最下部の扉が開く、でも今度は吸魂鬼がいない。シルバーブロンドでオールバックの男性、鉤鼻でちょっと髪がベトベトしてそうな若い男の人が入って来る。ブロンドの男性は堂々としており、若い男からは表情が読み取れない。二人は椅子に座ったがさっきみたいに鎖が二人を縛り付けたりはしなかった。
「ルシウス・マルフォイ。セブルス・スネイプ。お前達二人はデス・イーターの活動に関わる罪状で答弁するため、魔法法律評議会に出頭したのだ。お前達二人の証拠はすでに関係者から聴取している。これらの罪はアズカバンでの最低十年の禁固刑に値すると考えられる。まもなく我々の評決を行う。その前にお前達二人は何か答弁することはあるか?」
「バーテミウス議長。恐縮ですが、私に答弁の時間を頂きたい」
マルフォイがそう言った。オスカーはまた大人達の顔を見た。さっきと違う。いろんな顔をしている。特にさっき父親に評決を下していた右側の人間達の方を見る。やっぱり違う。さっきの怒りの顔をしている人間もいれば、そうでない顔、疑いの顔、不安の顔、安心の顔、色んな表情が見てとれる。
「ではマルフォイ。発言を許す」
「ありがとうございます。まあ…… 端的に言いましょう。私は闇の帝王自らの手によって服従の呪文にかけられておりました。その理由は明確かと。今回の私にとっては不幸としか言いようが無いのですが、私には微力ではございますが、祖先や私個人が魔法界に持つ影響力がある。それは知己の友人であったり、組織の理事と言う地位であったり、金銭であったりするわけですが…… どうも闇の帝王はそれを言うなれば…… 評価して、その結果として私に服従の呪文をかけたようですな」
一部で怒号が上がっている。でも他の場所では首を傾げたり、呆れた顔をしていたり、みんな様々だ。どうしてさっきの父親の時と様子が違うのだろうか? するとオスカーの前に座っているので顔が見えない老人二人の声が聞こえた。
「ダンブルドア。呆れた面の皮の厚さだと思わんか? え?」
「そうじゃの。全く、驚くべき厚さじゃ。わしのウールで出来た靴下の二倍は厚いじゃろう」
「見ていろ。あいつは次にすでに捕まったか、死んだか、もしくは我々が追っているデス・イーターの名前を上げる」
「ゆえにあー…… すでに一部の名前を申し上げたわけですが。最近になって思い出した服従の呪文をかけられていた際のデス・イーター達の名前も申し上げようかと。すでに私には開心術と真実薬で尋問頂いていますから、その後に思い出した名前となるわけですな。いやはや、闇の帝王は疑い深い、服従の呪文をかけた相手にすら忘却呪文を使うのですから」
服従の呪文とはたしか相手を思い通りにする呪文だ。忘却呪文は相手にモノを忘れさせる呪文。開心術と真実薬は、開心術は良く知らないが、真実薬は相手に本当の事を言わせられる薬だとオスカーは教科書で知っていた。
「イゴール・カルカロフ。ベラトリックス・レストレンジ。ラバスタン・レストレンジ。ロドルファス・レストレンジ。アントニン・ドロホフ。エバン・ロジエール。トラバースとマルシベール。こんなところですな。後は…… 先に言っておりましたが、闇の帝王がゴイル、クラップ、ノットに服従の呪文をかけ直しているのを私は見ております」
「ふん…… 忘却術を自らにかけて尋問をかいくぐる。マルフォイのやりそうなことだ。恐らく記憶も抜き出して保存しているだろう。ゴイル、クラップ、ノットも口裏合わせに違い無い」
「アラスター。仕方ないじゃろう。ルシウスがデス・イーターである証拠を我々は何一つ持ってはいないわけじゃ。疑わしきは罰せずとマグルの言葉にある」
記憶を自分で無くす? そんな事をするのだろうか? けど一部で怒っている人の顔を見るとそれは事実なのかもしれない。どうしてこんなに同じ死喰い人のはずなのにみんなの顔は違うのだろう? これでは全くもって何が本当か分からないのではないか?
「他に言いたい事はあるか?」
「いえ。ございません。本日、陪審員の方に公正で間違いのない採決を下して頂ければ、私は午後には堂々とダイアゴン横丁で買い物が出来ると考えておりますゆえ」
怒号と笑い声が両方部屋の中に響いた。何なのだこれは。オスカーは全く意味が分からなかった。裁判とは何なのか? いったいこの人たちは何を理由に人を裁いているのか?
「スネイプ。発言を許す」
「少なくともマルフォイ氏の発言は真実であると証言します。私個人についてはアルバス・ダンブルドアにその証明の一切をお任せします」
「ではダンブルドア」
クラウチがそう言えば目の前の老人が立ち上がった。背が高い。オスカーは家族以外の人間なんてほとんど見たことが無かったが、この老人は今日魔法省で見た中でもダントツで年上だろう。いったい何歳なのか想像もつかない。
「この件については先の証拠や証言で証明しておる。セブルス・スネイプは間違いなくデス・イーターであった。しかし、ヴォルデモートがゴドリックの谷で行方不明になる前から、わしに連絡し、自身の命に係わる危険を冒し、我々の密偵となってくれたのじゃ。ゆえにわしや皆がデス・イーターで無いのと同じく、セブルス・スネイプはデス・イーターではないと保証する。残念ながら、マルフォイ氏に関する発言についてはわしの知るところでは無いがの」
ヴォルデモートとこの人が言うと広間に少し衝撃が走っていたのと、さっきまで自信満々だったマルフォイの顔が発言を受けて少し怒りに染まった。そしてオスカーはこの目の前に座っている人物がアルバス・ダンブルドアであると知った。ホグワーツの校長で、ヴォルデモートに唯一対抗できる魔法使いだ。
「よろしい。では評決を採る。陪審員は挙手願いたい。ルシウス・マルフォイの禁固刑に賛成の者?」
右手を見る。半分もいかないくらいの人が手を挙げている。オスカーにはどれくらいの人が手を挙げれば有罪になるのかも分からなかった。
「よろしい。ルシウス・マルフォイについて、本評議会は本罪状においては無罪とする。次にセブルス・スネイプの禁固刑に賛成の者?」
また同じくらいだ。つまりこの二人は無罪だと言うことだ。また部屋の中が混乱した雰囲気になった。陪審員と二人を睨む人たち、ホッとしてそうな人、疑っている顔、そんな感じだ。ルシウス・マルフォイは笑っていて、セブルス・スネイプには表情が無い。オスカーにはこの裁判と言うモノがさっぱり分からなかった。ルシウス・マルフォイと同じようにすれば父親も無罪になったのではないか?
「エティ。出ましょうか。評議会は次の審理までに証拠の弁論等があります。その間は出入りがしにくくなるから」
「そうね。オスカー」
オスカーは母親のいう事に従って外に出た。見た感じその辺にマルフォイとスネイプと言う人はいない。あの下にあった入り口はどこから出入りできるのだろうか? 正直、オスカーの頭の中はさっきの裁判の内容で一杯で、次にある、ウィゼンガモットでの裁判なんて全く頭の中に無かった。
何か色んな人が来て、母親やキングズリーに話しかけていた気もする。それで気づけばオスカーは母親と一緒にさっきと違う法廷の前にいた。十号法廷と書かれていて、鉄の錠前が付いており、黒々としていて厳めしい門だ。けれどさっきの法廷と違い、ある意味で活気がある。幾人も人が列を作って並んでいて、十分とか十五分くらいごとに交代で中に入っては出て行く。あっと言う間にオスカーと母親の番が来た。
「では着席して貰えるかの」
中はほとんどさっき入った法廷と一緒だったが、さっきと違って四方全部に人が座っているわけでは無く、前方にだけ人が座っている。五十人くらいいて、みんな赤紫で左の胸にWのマークがあるローブを着ている。左上の端に座っているコーネリウスがあくびをしながらオスカーと母親に手を振っていてる。そしてオスカーは気づいた。オスカーと母親に座る様に言ったのはさっきスネイプをデス・イーターで無いと言った人物。アルバス・ダンブルドアだ。
「懲戒尋問、十二月六日開廷。ではラーレ書記官殿」
「はい。国際機密保持法の違反事件並びにデス・イーターの活動に関わる事件。被告人、ヘンリエッタ・ドロホフ、参考人、オスカー・ドロホフ。住所、スコットランド・ハイランド・アクリノ・一番地」
あの家の住所は一番地だったらしい。たしかどの手紙もドロホフ邸で届いていたから正式な住所なんてオスカーは初めて知った。そして、どうもさっきの法廷と雰囲気が全く違う。このウィゼンガモットのメンバーは笑っていたり、眠そうにしたり、なんかこっちに手を振ってきたり、どうにもさっきの敵意に満ちた裁判と違う。それにあのクラウチと言う人もいないみたいだった。
「尋問官、ウィゼンガモットチーフウォーロック、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア、法廷書記、ラーレ・カラス。被告側証人、キングズリー・シャックルボルト、アメリア・スーザン・ボーンズ」
二人の後ろからキングズリーとアメリアの二人が出てきてオスカー達の横の椅子に座った。ダンブルドアはあのクラウチや陪審員達と違って柔らかい笑みを浮かべている。
「被告人罪状は以下の通り、被告人はデス・イーターの活動に関わる事件にて魔法法律評議会にて有罪となったアントニン・ドロホフの妻であり、夫の犯罪を理解しながら、その身柄を長年にわたって匿い、その犯罪に協力した疑いである。また被告人は被告人らが在住するアクリノ地区は被告人の住居を除き、非魔法族の居住地区であると十分に認識し、熟知していながら、非魔法族の居住地区全体に対して、位置発見不可能呪文並びに関連する保護呪文を行った。これは、『国際魔法戦士連盟機密保持法』第十三条の違反に当たる。では議長」
「被告人はヘンリエッタ・ドロホフ、住所、スコットランド・ハイランド・アクリノ・一番地に相違ないかの?」
「はい」
犯罪を理解しながら。つまり母親は父親が魔法族を殺しまわって、マグル、シラと同じような人たちを拷問して回っていたと知っていた。という事だろうか? そもそもいつからそういう事をしていたのだろうか? オスカーが生まれる前からずっとなのだろうか?
「さて、まずはデス・イーターの活動に関わる事件についてじゃが、この件については被告人側の証人の証言を聞きたいと思うておる。ではキングズリー・シャックルボルト殿にお願いしようかの?」
「はい。ありがとうございます。先に私と被告人の関係を説明します。私と被告人は従姉弟の関係にあります。また、私は被告人と被告人の夫が指定したもしもの際における参考人の管財人、後見人となります。次に私自身についてですが、魔法省魔法法執行部闇祓い局にて勤務しています。この前提で証言を行います」
「あいわかった。ではお願いできるかの」
「はい。被告人から私の下に接触があったのは今年の七月七日となります。接触の方法は手紙であり、内容は被告人自身と参考人を私の家、もしくは闇祓い局等のデス・イーターの影響が及ばない場所に避難させることでした。接触の日の夜、アクリノに対して被告人が行使した保護呪文の中で、私と屋敷しもべは被告人、参考人と実際に接触し、二人を自宅へと保護しました。自宅へ保護した理由につきましては、現在の私の自宅が、元々、被告人の生家であった事、及び、当時は魔法省内に置いても内通者の危険等が存在していたためです」
ウィゼンガモットのメンバーはなんか口々に言っている。例のあの人が倒れる前だとか、そもそも裁判に引っ張り出して来たのがおかしいだとかそういう事だ。それにオスカーは父親と母親がキングズリーに自分の事でそういう取り決めをしていた事を初めて知った。
「その後、被告人が被告人の夫や、デス・イーターの一団に対して接触するような傾向はあったかの?」
「いえ。ありませんでした」
「では被告人に質問するが、何故、7月7日と言う時期に避難をしたのか聞かせて貰えるのかの? わし個人としては、この時期はデス・イーターとこれまでで一番厳しい攻防があった時期であり、デス・イーターは常に優勢に立っておった。にもかかわらず劣勢であった側に避難した理由を聞きたいわけじゃが」
オスカーはさっきの法廷のメンバーやクラウチの言い方とダンブルドアやその後ろにいるメンバーがちょっと違うことが分かった。さっきは父親が我々は優勢だったと言っていて、それをあざ笑っていた、なのにここにいるメンバーたちはそれを認めているようだった。
「はい。決定的な理由としては、ここにいるこの子と、この子の友人になった、アクリノ村にいたマグル生まれの魔法族との関係が夫の仲間に見られた事にあります」
「アクリノ村にいたマグル生まれの魔法族とはシラ・グヴィン殿で相違ないか? この人物の名前は確かにホグワーツの入学名簿に浮かび上がっており、両親が魔法族では無いことは確認済みじゃが」
「はい。相違ありません。このような時勢でしたので、私達はこの子をほとんど外に出さずに育てていました。このため、この子が私や屋敷しもべや父親に黙って、魔法を使える同年代のマグル生まれの子供と遊ぶのを、私は夫に言わずに見守っていました」
「しかし、それがデス・イーターの一団に見られたと言うのじゃな?」
「はい。それを確認したので、屋敷しもべに夫以外の人間達が何を話しているのかを監視させました。会話の内容は不明な部分もありましたが、この子と友人の関係を利用して、少なくとも彼らと夫の力関係を動かそうとするような会話。つまり、この子の友人を誘拐して、マグルと夫がつながりがあると例のあの人に報告する等の会話がありました。ゆえに、私はアクリノ村全体に保護呪文をかけ、夫に連絡を残し、生家であるシャックルボルト邸にこの子を連れて戻りました」
誘拐、誘拐されたらシラはどうなるのだろう? オスカー自身のようにシャックルボルトの屋敷から出れないとか? でもそんなものでは無いのだろう。オスカーにだって分かった。さっき聞いた言葉やさっき大人達がしていた表情、感情、それがシラに向かうのではないだろうか? 殺人、傷害、拷問、誘拐、暴力、冷酷さ、残酷さ、オスカーにでも分かる。それは邪悪そのものだ。
「なるほど。なるほど。さてさて、次にヴォルデモートがいなくなった後の話を聞こうかの?」
このダンブルドアは全く恐れもせずヴォルデモートと言う。父親やあのクラウチでさえそう呼ばないのにだ。オスカーはそもそもヴォルデモートと言う名前をほとんど聞かずにここまで来たから、大人が一体何をそこまで恐れているのかは分からなかった。でもこの色んな人たちをアズカバン監獄に送れる人間達ですら、その名前を恐れている。
「闇祓い局の記録を見るに、闇祓い局とパトロール隊、事故惨事部はアクリノ村に11月2日に踏み込み、在住しているマグル達、被告人宅にいた屋敷しもべに簡単な取り調べとその後の忘却呪文を行い、被告人宅から証跡となりそうな物品を一部押収しておる。と言ってもヴォルデモートやその一味の逮捕の手掛かりとなるような証跡は見つかっていないようじゃが」
今、ダンブルドアは何と言ったのだろう? あの村に住んでいる人たちと屋敷しもべ、ペンスに魔法省の人が捜査をしたと言ったのだろうか? 捜査とは何なんだろう? オスカーにはさっぱり分からなかった。だってあの村の人は父親のことなど知らないだろう。ペンスもそうだ。だって父親はほとんど家に帰ってこないのだから。
「さて、この踏み込み自体は被告人から、証人二人を通して闇祓い局に通報が入り、その結果として被告人宅に捜査を行ったわけじゃが、これは被告人、証人共に相違ないかの?」
「ありません」
「ありません」
「相違ありません」
これはあのヴォルデモートがいなくなったと言う日の事を言っているのだ。ハリー・ポッターがどうのこうのでいなくなった日の事だ。あの日、大人達はみんなどこかへ一度行ってしまった。そしてまたペンスと会う事が出来たのだ。
「ここでわしには疑問がある。どうして保護呪文が切れたのかという事じゃ。そしてその切れたと言う事実について、三人はそれをどうして知りえたのか? わしはここが被告人が避難を決定した理由に次ぐ、本件の論点だと思っておる」
「議長、私から説明してもよろしいでしょうか?」
「では被告側証人にお願いする」
「はい。ありがとうございます。被告側証人、アメリア・スーザン・ボーンズです。職業は魔法省魔法法執行部、及びウィゼンガモットのメンバーでもあります。被告人とは数十年来の友人の間柄です。さて、どのように被告人が保護呪文の解除を知ったのかについてですが、それには明確な証跡がありました。まず、事実として、被告人の夫は闇の帝王がいなくなった日の夜、彼が所有権を持つ全ての物件について、参考人に魔法契約上の相続を行いました。よって被告人の夫が行使した保護呪文は被告人の夫が所有者で無くなった時点で効力を失い、同時にその妻である被告人についても、魔法契約上の共同所有権を無くしたため、アクリノ地区への保護呪文も効力を無くしました。この魔法契約上の相続が参考人に行われたという証跡は簡潔に証明されました。つまり、屋敷しもべ妖精の所有権が被告人の夫から参考人に移ったことが確認されたためです。逆説的に被告人と証人は保護呪文の解除を屋敷しもべ妖精の相続によって知った。これが事実です」
なるほどなるほどとダンブルドアも含めてウィゼンガモットのメンバーは納得しているようだ。オスカーには言っている事の半分くらいしか入ってこなかった気はするが、ここにいる人たちはこのアメリアのいう事を相当に信用しているに違いない。
「さてさて、他に何か質問したいことはあるかの? 逆に被告人、証人の側から何か申し立てたい事はあるかの?」
ダンブルドアが法廷を見回した。やっぱり魔法族達はさっきの法廷と全く違い、かなり面白そうとか、可哀想とか、退屈そうみたいな顔をしていた。さっきの法廷と全く違う。オスカーにはさっぱり分からなかった。いったい何を根拠に人は人を裁いているのだろう?
「ふむ…… ところで参考人殿…… オスカー・ドロホフ殿。もうわしとしては閉廷しようかと思っておるわけじゃが。大人に勝手に連れて来られて何も喋らないと言うのもどうかと思っておるわけじゃ。何かこの爺やご年配の方々に言いたい事はあるかの?」
ウィゼンガモットのメンバーの目がオスカーに集まった。ファッジなんかはこっちにまた笑顔で手を振っていて、ダンブルドアはいたずらっぽい笑みを浮かべている。オスカーには分かった。どうも母親は無罪放免という事らしい。大人はこういう事をするのだ。つまり冗談という事だ。オスカーは冗談を言うような気分では無かった。でも大人はそれを求めているらしい。
「参考人のオスカー・ドロホフです。被告人の息子です」
「おお。分かっておるよ。それで何か聞きたい事はあるかね?」
オスカーのキングズリーとアメリア風の自己紹介はウィゼンガモットのメンバーに結構受けていた。ファッジなど隣に座っている年配の魔女になんか言って笑いながら自慢しているように見える。
「この裁判に関わることでないとダメですか?」
「もちろん、なんでもいいとも。ここにいるのはイギリス魔法族の頭脳とでもいうべき人たちじゃから、数少ない前途ある魔法族の子供の質問には何でも答えてくれるはずじゃ。わしを含めての。もちろん、わしらの脳みそが腐っていなければじゃが」
「ありがとうございます。被告人の夫が、名前を言ってはいけないあの人に服従の呪文をかけられたと言って、自分でやったことの記憶を忘却呪文で自分で消したのなら、被告人の夫はルシウス・マルフォイ殿とセブルス・スネイプ殿と同じく、無罪になりましたか?」
ざわざわが広がって、母親とアメリアとキングズリーがこっちに目を剥いている事が分かった。なのにこのダンブルドアと言う人はまだあのいたずらっぽい笑みを消していない。ファッジなんか口をあけて驚いてますという顔をしているくらいなのに。この笑みを消してやろうと思ったのに全く上手くいかなかった。大人はいつも分かっていますと笑うのだ。オスカーはそれが気に入らなった。
「そうはならぬ。何故か分かるかの?」
「分かりません」
「そうかの? 分かってはおらぬか? 何か思いつくことはあるかの?」
「被告人の夫がそれをしないからですか?」
「その通り。ゆえにそうはならぬ。さて、評決を取ろうと思う。被告人を無罪放免とすることに賛成の者?」
手が上がっていた。全員の手が上がっている。いつの間にか立ち上がって後ろにいたアメリアの手がオスカーと母親を叩いていた。
「有罪に賛成の者?」
誰も手を挙げなかった。ダンブルドアは相変わらず笑っている。何がおかしいのだろうか? でも、なんて言えばいいのか、大人が良くする何でも知っていますと言う笑いとちょっと違う気がした。本当に悪戯に成功したから笑っている。そうオスカーには見えた。
「では無罪放免じゃ。被告人、証人、参考人はご苦労じゃった。寒い故、気を付けてホグワーツ入学まで過ごしてくれればと思う。では次の審理に移ろう」
母親と一緒に退廷しながら考えた。これが大人のやり方なのだ。オスカーは今日見たことを忘れないと思った。父親の顔も、あの裁判にいた残酷で勝ち誇った大人達の顔も、狡猾にすり抜けていった死喰い人二人の顔も、そしてあのダンブルドアの顔もだ。自分はまだまだ子供で何も分かっていないのだ。オスカーはちゃんと見ていたし、自分がどういう風に見られているのかちゃんと分かっていた。大人にならなければならないのだ。