オスカー・ドロホフと宿命の杖   作:ピューリタン

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第五章 帰宅

 オスカーはずっとこの時を待っていた。つまり、自分の家に帰れる日の事だ。白くて眩しくて周りには綺麗に刈り込まれた庭園がある家はオスカーの家では無かった。寒くて暗くて鬱蒼とした木々に囲まれた家がオスカーの家だった。

 

「ペンス!! あれ? ペンス?」

「オスカーお坊ちゃまお帰りなさいませ」

 

 キングズリーがこの家にもついて来ている事がオスカーは気にいらなかったがそんな事はどうでも良かった。ペンスやシラと喋れるというだけでもシャックルボルト邸の百倍いいに決まっていた。

 

「あれ…… ここのタペストリーは?」

「新調させて頂きました。魔法族の方がいらっしゃらない間にいくつか模様替えさせて頂いております」

「ふーん……」

 

 オスカーは喋っている母親とキングズリーの方を見た。ペンスはオスカーに嘘をつかない。けど大人と一緒で理由まで言わない事はある。そして母親やキングズリーであればオスカーが帰る前にペンスに何か言うくらいするだろう。

 

「流石にいくつか変わっているわ。まあどれがどれか私も覚えていないけれど」

「魔法がかけられたモノや隠し通路がありそうな場所には闇祓い達が手をかけているはずだが……」

 

 やっぱりそういう事に違い無い。オスカーは二人の会話を聞いて確信した。ペンスのお菓子を久しぶりに頬張って、一人で館の中を見て回る。色んな場所に前はあった物が無くなっている。それはオスカーが昔に頭をぶつけた鏡だったり、書斎にあった本であったり、自分の部屋に置いてあったシラとの手紙だったりした。

 特に手紙の類はオスカーの手紙だけじゃなくてどの部屋からもそういうメモや手紙が消えていた。そしてペンスや母親は覚えてはいないかもしれないが、オスカーからすれば思い出が残っている物もいくつか無くなってしまっていた。

 忘れないようにオスカーは無くなったと気づいた物を部屋で覚えているだけメモを取った。魔法省に取られたモノに違い無い。いつか返してもらえるのだろうか? 多分、そうでは無いとオスカーは思った。

 

「ペンス」

「オスカーお坊ちゃま。ここに」

「自分を罰することを禁じる。父さんや母さんやキングズリーや他の大人に僕に言う事を禁じられている事でも言うように命令する」

「オスカーお坊ちゃま…… そのような……」

 

 アメリアはオスカーに屋敷やこのペンスの権利が渡ったと言っていたはずだ。つまり、他の人の命令よりオスカーの命令にペンスは従うという事になるはずだった。あのアメリアと言う女性はオスカーが喋った中でも凄く賢い人のはずだ。だからこれは正しく命令出来ているに違いない。

 

「魔法省の人はこの家で何をした?」

「何をされたかと言いますと……」

「まず、何を持って行ったんだ?」

「それは…… ご主人様…… いえ…… 申し訳ございません。ご主人様は……」

「いいよ。父さんの事をご主人様で、めんどくさいし…… その事で言い間違いとかがあっても、これから自分を罰する事を禁じる。それで、何を持って行ったんだ?」

 

 ペンスからオスカーは持って行った物を聞き出した。父親の秘密の書斎は見つけられなかったくせに、昔から家にあったはずの、カーペット、時計、鏡なんかの大きなマジックアイテム、やっぱり手紙や珍しい本の類、庭に生えていたいくつかの魔法植物、庭にいた何匹かの魔法動物、いくつかの魔法薬の原料、そういう物を魔法省は家から持ち出したらしい。

 

「申し訳ございません。それらはオスカーお坊ちゃまの財産でした。それをペンスは……」

「ペンス、自分を罰する事を禁じる。ペンス、持っていく時に、ペンスはどうしてたんだ?」

「事前に奥様とキングズリー様から魔法省様にご協力するようにお願いを頂きました。しかし、ペンスめとこのお屋敷はオスカーお坊ちゃまの財産なのです。ですから、沢山のお屋敷の財産を守られねばなりません。しかしペンスめは……」

「ペンス、自分を罰する事を禁じる。自分を傷つけることは全部禁じる。それで?」

「ペンスめはオスカーお坊ちゃまの財産をお守りすることが出来ませんでした。魔法省様の方々は沢山の成人の魔法族でした。申し訳ございません。ペンスめは……」

「自分を罰する事を禁じる。どうなったんだ?」

 

 はっきり言ってオスカーはもう大人も魔法省の人も信じてはいなかった。嘘ばかりだ。話のつながりも滅茶苦茶だ。大人達はやりたいようにやっているのだ。そしてオスカーや子供に説明もしない。いや、違う。無茶苦茶だと分かっているから出来ないのだ。オスカーはそれを理解していた。

 

「ペンスめは魔法省様の方々に持ち出すことをやめるように言いました。しかし、魔法省様の方々はペンスめを杖で封じて……」

「杖で封じたってどういうことだ。インカーセラス? ステューピファイ? インペディメンタ?」

「杖を使えるのは魔法族のみなのです。オスカーお坊ちゃま。ですから魔法族の方がしもべ妖精を封じる時は体を動かないようにする必要が……」

「じゃあペトリフィカストタルスだ。全身金縛り呪文だ。そうじゃなきゃインカーセラスだろ。だってペンスがそれを覚えているんだから」

「ペンスめの体は魔法族様の方々の呪文で動かなくなり、ペンスめはオスカーお坊ちゃまの財産を守ることができません……」

「自分を傷つける事を禁じる。方々って言った。何人かで魔法をかけたんだな……」

 

 インカーセラスは紐で相手を縛る呪文、ステューピファイは相手を失神させる呪文。インペディメンタは相手を少しの間留める呪文。ペトリフィカストタルスは相手を金縛りにする呪文だ。簡単な話だった。魔法省の人間なんてペンスの事などどうでもいいのだ。これが人間だったなら違う態度を取ったのかもしれない。でも、重要なのはオスカーからすれば無理やりそういう事をあの人たちがやったという事だ。

 

 秘密の書斎が見つからないという事は父親のやっていた事など何も魔法省の人間は見つけられなかったのだ。こんなのはただの嫌がらせでしか無かった。なんでもかんでも理由を付けて持って行くのだ。何の意味があるのだろう? 

 

︎ ︎︎ ︎ ︎ ︎ ︎だいたい、父親はほとんど家に帰っていない。だから外でやっていたことの証拠なんて全くあると思えなかった。もしあるのであればとっくにオスカーが気づいているに違いないのだ。だってこの家の事を一番知っているのはずっとこの家に閉じ込められているに等しいオスカーなのだから。

 

「分かったよ。ペンス。今、喋ったことを他の人に喋るのを禁じる」

「かしこまりました。申し訳ございません。オスカーお坊ちゃまの……」

「いいよ。ペンスまで盗られなくて良かった。シラの家に遊びに行くからなんかお菓子を作ってよ。ティラミスとかシュークリームとか卵をつかったやつがいい。シラはああいうお菓子の方が好きなんだ」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 ずっと外に出たいと思っていたのに。違う家に連れていかれて、気づけば色んなモノが無くなってしまった。オスカーは自分が持っているモノなんてほとんど無いと思っていたのに、それを何でもかんでも持って行かれてしまった気分だった。

 ペンスにお菓子を貰って、大人には何も言わずに外に出る。いい加減、オスカーはうんざりだった。閉じ込められる事にも、大人のいう事に従って嫌な事になるのも、誰かと会う事にさえ誰かの許可がいるのもだ。

 

 シラの学校が今も変わっていないなら、彼女はこの曜日なら家にいるはずだ。走って庭と森を抜け、彼女の家の前まで来て、オスカーは何と言って家の扉を叩けばいいのか分からなかった。他の人の家の扉を叩くとき、何と言えばいいのだろう?

 

「オスカー?」

「え? あ……」

 

 まごまごしているオスカーの目の前にシラの顔があった。オスカーから見ると相変わらずくたびれたシャツを着ている。なんだか目をパチパチしてオスカーの方をぼんやり見ているようだった。

 

「オスカーだ……」

「そうだよ。今日、戻って来たからこっちに来たんだけど……」

「ほんとにオスカーじゃないか。お母さんいないから入って大丈夫だよ」

 

 シラの家に入る。オスカーの家ともシャックルボルトの家とも違う匂いがする。マグルが使う洗剤だったり、何かの料理の取り置きの匂いだったりだ。相変わらず、彼女の家の古いれいぞうこなるものはブーンと低い音で唸っていて、てれびなるものはこまーしゃると言うモノを流していて、オスカーはいつも彼女が母親とごはんを食べているだろうキッチンに案内された。

 

「うーん…… なんか……」

「なんか?」

「えーっと…… 大丈夫…… あれ? 今日戻って来たのかい? じゃあエティさんも一緒?」

「そうだよ。母さんと…… 母さんのいとこも一緒なんだけど」

「オスカーの手紙にあったイングランドにあるお家の人だよね?」

「そうだよ」

 

 ちょっとオスカーが想像していた再会とは違った。何よりもシラの様子がおかしい気がする。時々、目が何もない場所を見ている気がするし、なんなら額や頭も押さえている。

 

「頭が痛いとか?」

「え? うーん…… さっきまでこんなの無かったんだけど…… なんだかぼんやりしてるって言うか…… オスカーがいつ帰ってくるのかなって思っていたんだけれど…… お母さんが言う低血圧ってやつなのかも……」

「ていけつあつ?」

「そう…… 朝とかなんか頭がはっきりしなかったり、めまいってやつがしたりするんだけれど…… うーん……」

 

 どう見てもシラの具合がいいとは言えなさそうだった。出直した方がいいだろうか? けどこのまま一人にするのもどうなのだろう? 明らかに彼女の様子はおかしいのだ。

 

「さっきまではそんな事無かった?」

「え? うーん…… さっきまではそのオスカーがローガンに持たせてくれて送ってくれた魔法史を読んでて…… なんかこんな眠い感じじゃないんだけど…… せっかくオスカーが帰って来たのに……」

「ペンス」

「はい。オスカーお坊ちゃま」

「あ…… ペンスさん……」

 

 もう完全にシラはテーブルに肘をついて自分の頭を抱えている。オスカーは残念ながら他の大人が思っているように馬鹿では無かった。むしろ彼自身が思っている何倍くらいかは他の子供より察しが良かったし、頭が回る方だった。

 

「ペンス、シラは調子が悪いみたいだからウチに連れて行って、母さんかキングズリーに診て貰いたいんだけど」

「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま、シラお嬢様と手を繋いでいただけますか?」

「分かったよ。シラ」

「え? えーっと……」

 

 ペンスとシラと手を繋ぐ、体が体の真ん中に押し込められるような感覚があり、気づくとオスカーとシラは二人でオスカーの家のどこかの寝室にいた。姿くらましだ。

 

「寝てていいよ。眠いって言ってたし」

「ここ……? オスカーのお家なのかい?」

「そうだけど…… 母さん呼んでくる。これ、お菓子だから食べていいよ」

 

 部屋を出て二人がいるだろう広間に向かう。いったいどうしたのか? けどそういう事よりも重要なのはまずはシラが楽になることでは無いだろうか? 残念ながら杖を使えないオスカーには何も出来はしなかった。エピスキーと言う相手を癒す呪文を知ってはいても使えはしないのだ。

 

「オスカー。勝手に外に出たわね。それでシラちゃんは?」

「あっちの肖像画の前の部屋だけど」

「そうねえ…… まあ女の子だからって事もあるかも知れないけど……」

「大丈夫だよ。ここに来れば魔法的な何かだとしても聖マンゴまで十分もあれば連れていく事が出来る」

 

 その後はシラを二人に診て貰ってオスカーは部屋の外で佇んでいた。子供に出来る事なんてほとんど無いのだ。さっきだってペンスがいなければこの家にシラを連れてくることだって難しかっただろう。オスカーがシャックルボルト邸に来てから、そして魔法省に行ってから思うのはそんな事ばかりだった。

 

「あらオスカー。入ってこなかったわね?」

「入っても何も出来ないし」

「シラちゃんは大丈夫よ。あれは忘却呪文の副作用。魔法省の忘却術士は魔法省とそれに関わる記憶を消そうとして、私やオスカーの記憶もちょっと消したのでしょうね。大方、魔法に関わる記憶をイメージして消そうとしたんでしょう。だからオスカーに会って、ちょっとぼんやりしていただけね。すぐ治るわ」

「記憶を消した? シラの?」

「そう。捜査に関連する記憶なんて要らないでしょう?」

 

 オスカーには母親の言っている事がしばらく頭に入ってこなかった。消した? 記憶を? ぼんやりして部屋の中に入ってシラと喋ったことは覚えている。オスカーはシラに貸す教科書を取って来ると言って自分の部屋に戻った。

 しばらく自分の椅子に座って、オスカーは何がどうなっているのか分からなかった。父親の裁判を見た時もそうだったし、突然、シャックルボルト邸に連れてこられた時もそうだった。オスカーには自分の頭の中がいきなりそれに全て埋められてしまって何がどうか分かっていなかった。

 

 部屋のチークの机が冷たかった。信じられない位にオスカーは自分が怒っていると分かった。頭の中で何かが燃えて体の中に流れ出ている。そのせいなのか手が熱い。熱いと思った瞬間に手を置いていた机が凍り付いた。

 記憶を消したのではない。忘れさせたのではない。盗まれたのだ。オスカーはそう感じていたし、そう自分が考えている事に気付いた。父親も、この家も、ペンスも、シラも取り上げられた。ちゃんと帰って来たのは家とペンスだけだ。帰ってこなかったのは父親と、家の色んなモノだけでは無かった。

 考えている額が、頬が、手の平が熱くて、オスカーの体が触れている場所から色んなモノが、部屋そのものが凍り付いていった。

 

 カチカチと言う音でオスカーはやっと部屋のほとんどが凍り付いている事に気付いた。ローガンが窓の桟にとまってオスカーに向かい心配そうにくちばしを鳴らしていた。ギリギリ、部屋の氷は窓までは達してはいなかった。

 ローガンを窓まで迎えに行き、ちょっと凍り付いているベッドに座ってオスカーはローガンを抱いた。ふわふわとしていて重さがあって暖かい。自分の体が熱いのにローガンが暖かい気がするのがオスカーは不思議だった。

 体と頭の熱と、頭の中を一杯にしていたモノが少しずつ引いていって、オスカーの頭の中に色んな考えが現れて消えて行った。

 

 どれも母親やキングズリーに解決できないモノばかりなのだ。自分は父親の仲間が何を話しているのか理解できていなかった。母親は正しい事をしたはずなのだ。キングズリーはそれを手伝っただけだし、魔法省とウィゼンガモットのメンバーは当然の事をしただけのはずだ。

 でももっと上手くやれたはずだ。オスカーはそう思った。母親やキングズリーやあのダンブルドアみたいに、何でも分かっていますとばかりの笑顔で、オスカーに出来ないことを、オスカーに出来ない考え方で、もっと上手く出来るのが大人では無いのか?

 もっとシンプルで、スマートに、上手くやれば、オスカーは自分の色んなモノが盗まれなかったのではないかと思うのだ。だって大人はそういうものでは無いのか? だから子供に色んな事をさせないで、杖を与えず、考えを聞かず、閉じ込めているのだから。

 

 でも、それだと永遠にオスカーは大人の言う通りだと思った。大人はもっと上手くやれたと自分が思うのは、自分が大人で無いからなのだ。そう思っている限り、大人の代わりにもっと上手くやることも出来ないのだ。

 

「ローガン、杖が欲しい。僕ならもっと上手くやるよ」

 

 ローガンはホーと鳴いた。そう、上手くやらないといけない。そうでないとこのローガンだって盗まれてしまう。もっと勉強して、もっと練習して、色んな人と喋れば、父親や他の色んな大人よりずっと上手くやれるようになれるはずだ。はずではなくてなれるようにならないといけない。オスカーはそう思った。

 

 シラをあんまり放っておくわけにもいかなかった。オスカーは文字通りに解凍されつつある部屋から、何冊か本を抜き取った。シラにまだ貸していない魔法史の本であったり、さっき盗られたモノが何か探していた時に見つけた、ホグワーツや魔法界に関する歴史の本だったりだ。本についた霜を拭きとってさっきシラがいたはずの部屋に行く。中から三人の声が聞こえる。

 

「じゃあ私の何十年モノか分からない制服をあげましょう」

「え? で、でもそんなの……」

「いいの、いいの、ミリベスがね…… ミリベスって言うのはウチの…… 実家の屋敷しもべなんだけど、毎年ものすごい数の私の制服を用意するものだから、沢山あるの。ネクタイを変えればいいからアレを仕立て直して貰いましょう。オスカー、本を探すのに随分時間がかかったのね」

「ローガンにエサをあげてた」

「見た? アレは嘘を言っている顔。眉がこうなってるとそうなの」

 

 相変わらず、シラは母親がなんか苦手…… と言うより、なんかこう…… 逆に尊敬とかそういう風に見ているようにオスカーは感じた。もしかするとシラは大人が苦手なのかもしれない。

 

「はい。魔法史の四巻、ホグワーツ創設の歴史とその背景、ウィゼンガモット法廷の光と闇ってやつ」

「さっそくお勉強? 遊んでくればいいのに」

「そうか…… じゃあシラ、ウチを案内するよ。家の中を案内したこと無かったし」

「え? お、お願いします?」

 

 オスカーはシラに家の中を案内した。さっきと違ってシラは頭が大分とはっきりしているらしく、色んな事を聞いてくる。オスカーは思った。大人がもっとマシで頭が良くて柔らかいならこんな事、ずっとずっと昔から、何度も何度も出来たはずなのだ。

 

「肖像画…… 寝てる?」

「ああ。父さんのお爺さんのお爺さんらしいけどずっと寝てるんだよ。僕は二回しか起きてるのを見たことが無いんだ。二回ともわしのボルシチは? って言ってた」

「ロシアとかウクライナとかポーランドの方なのかい?」

「そうじゃないかな? ほら、バカみたいな髭と変な服してるし」

「そ、そんな事ないと思うんだけど……」

 

 一階の説明、つまり広間、ほとんど寝てる肖像画、いくつかの客間、書斎、キッチン、お風呂なんかをオスカーはちゃんと案内した。

 シラはまず広間の広さに驚き、私の家が四つ入ると言った。流石に二つくらいだとオスカーは思ったし、キッチンではペンスが食材を飛ばしながらお菓子を作るのをキラキラした目で見ていて、書斎では魔法史の本から引きはがさないと次の部屋に行けなかった。

 

「二階に行く前に先にこっち」

「こっちって何も無いじゃないか?」

「この階段の裏を叩くんだ」

 

 オスカーが階段の裏にある大理石に埋まっている化石のような模様を決まった順番で叩くと、床が動き出して地下に向かう階段が現れた。シラは目を丸くしている。オスカーはこういう顔をもっと沢山見れるとずっと思っていたのだ。彼女にあった時からずっとだ。

 

「ここは……?」

「ここは父さんの秘密の書斎だよ。多分、母さんは知らない。ペンスと僕しか知らない」

「え? じゃ、じゃあ入っちゃダメだよ。大人の部屋に入るのはダメなんだ。オスカーが怒られちゃうよ」

「いいよ。ここを押すと階段は元に戻るんだ。ペンス、ここに来たことを母さんとキングズリーに言う事を禁じる」

「かしこまりました。オスカーお坊ちゃま」

「え、ええー!? ど、どうしたんだいオスカー? は、反抗期とか?」

「反抗期って?」

 

 階段を元に戻す。元々この地下の書斎はランタンで魔法の火が灯っていてオスカーは消えたのを見たことが無い。それにこの書斎を見つけてから、ペンスとオスカーはその事をずっと他の人に言わないことにしていた。ここには色んなモノがある。と言ってもオスカーが前に見た感じ、父親のモノと言うよりも、オスカーのお爺さんにあたる人の物ばかりに見えた。だって明らかに前の世紀の手紙とかそう言うモノばかりだし、手紙は英語では無い言語で書かれているモノばかりなのだ。

 

「反抗期って言うのは、大人とか親に反抗する時期の事だよ」

「マグルにはそう言うのがあるんだ。僕はマグルじゃないけど、その反抗期かもしれない」

「自分で反抗期だって普通は言わないものなんじゃないかな…… 分からないけれど」

「でもそう言うのじゃ無くて、母さんとキングズリーがいない場所で話したかったんだよ」「秘密って事?」

「そんなに秘密じゃないけど…… はい。これ日刊預言者新聞って言って魔法界の新聞だよ」

 

 オスカーが渡したのは日刊預言者新聞。その一面の記事は特別管理になった囚人達とあり、狂暴そうな顔をした囚人達がこちらを睨んでいる。どれもこれも人を何人も殺して、拷問してそうな顔だ。そしてオスカーにはどいつもこいつもバカで愚かな大人の顔そのものに見えた。

 

「凄い。やっぱり新聞の写真も動くんだ……」

「で、これが僕の父さんだ。この間までこの屋敷の所有者だった」

「え……」

 

 上段右から三番目の男をオスカーは指した。アントニン・ドロホフ。フェービアン・プルウェットを殺害した罪。その他多数の傷害、拷問容疑。アズカバン監獄にて終身刑と書かれている。シラは新聞とオスカーの顔を行き来して何が何だか分からないという顔だった。

 

「母さんは僕とシラにここにいる奴らが何かすると思ったから、村全部にこいつらが入れないように魔法をかけて、僕と一緒にキングズリーの家に行ったんだ。だから会えなかった」

「お、オスカー、私、何が何か分からないんだけれど……」

「僕も馬鹿だったから知らなかった。魔法界には…… ヴォルデモートって言う、名前も言ってはいけない恐ろしい魔法使いがいて、その魔法使いと、魔法族の政府の魔法省は戦争していたんだ。父さんはそのヴォルデモート、例のあの人とか、闇の帝王とか大人は言うんだけど、そいつがホグワーツにいた時からずっと仕えてた。ハロウィーンの日にそいつはいなくなった。だから魔法省が戦争は勝って、そいつに仕えてたバカな大人はみんな捕まったんだ」

 

 シラの目線はまたずっと新聞とオスカーの顔を行き来するようになった。オスカーは大人からシラにそういう事は言って欲しく無かったし、自分が知らない馬鹿な子供だったことも隠したくは無かった。

 

「だからこの家は僕のだし、ペンスは僕の言う事しか聞かないんだ」

「で、でも…… オスカーのお父さんは……」

「帰ってこない。父さんが連れてかれたアズカバン監獄って言うのは北海にある監獄で、吸魂鬼って言う、魂を吸い取る魔法生物が沢山いる。だからこれまでに脱獄した魔法族は一人もいない。父さんの罪は終身刑だからそこで死ぬまでいることになる」

 

 どんな場所なのだろうか? アズカバン監獄とは? 北海だからここより寒いのだろうか? むしろここはスコットランドの北の果てなのだから、ロンドンよりアズカバン監獄の方が近いのだろうか? ご飯は食べられるのだろうか? 色々頭に浮かんできたが、オスカーは自分で頭を振ってシラとの会話に集中した。

 

「オスカー、戦争って言うのは十字軍とかナポレオンとかもそうだけど勝った方が……」

「マグルの話じゃないよ。魔法族の話だ。父さんの仲間はシラをその例のあの人の所に連れて行って、僕とシラが遊んでいる事を例のあの人に言おうとしたんだ。そうしたら父さんの立場が無くなるから」

「なんでそんな……」

「魔法族には魔法族だけが偉いって考え方があるんだ。マグルは魔法が使えないだろ? それにマグルと結婚すると魔法が使えない魔法族が生まれるのが多くなるんだ。だからマグルもマグル出身の魔法が使える人も人間じゃないって考え方だよ。例のあの人とか父さんの考え方だ。だから例の…… ヴォルデモートと父さんは昔からの関係だから、父さんの子供とマグル生まれの子供が仲良くしたらダメだったってことだ」

「そんなのは昔の……」

「今もある。ヴォルデモートとその仲間はマグルもマグルに味方する魔法族も沢山、殺して、拷問して、操って、傷つけたんだ。シラにもそうしようとしてたんだよ」

 

 シラはマグルの歴史の事を良く知っているから、魔法族の戦争の流れだって理解できるはずだった。オスカーは嘘をつくつもりが無かった。大人みたいにそういう事で嘘をつきたくないのだ。大人はまるで現実の事を子供が理解できないと考えているみたいに、うわべの、嘘ばかり言うのだ。

 

「そう…… そうなんだ……」

「だからそういう事なんだ。今は父さんもそいつらもいないけど」

「じゃあ関係ないんじゃないのかい? 大人の事だから、私やオスカーに関係無いよ。だって最初はオスカーにも大人は言ってないみたいだし、エティさんもキングズリーさんも私にそういう事言わなかった。それは大人が大人の話だから私たちには関係ないって言ってるんだよ。なら私たちはそういう事は考えないでいいのじゃないのかな?」

「関係無い……」

 

 本当はオスカーはそれが気に入らないのだ。だってそのせいでオスカーはこんな目に遭っていると思っていた。大人は大人で上手くできると思っているくせに出来ていないからこんなことになっているのだ。でも、それをシラに言ってどうなるのだろう? 何か良くなるのだろうか?

 

「そう、関係無いよ。それに私は嫌だ。私は魔女になりたいし、ホグワーツに入りたい。危なくても魔法界に行きたい。大人のそんな話知らない。大人の話なんだから関係無い。戦争とか条約とか裁判とか離婚とかそんなの大人の勝手で大人の話なんだから、私とオスカーは本を読んで、お話して、遊んで、それで、それでホグワーツへ行けばいいじゃないか」

「え…… シラがホグワーツに行けないなんてことは……」

「じゃあ大丈夫じゃないかい? オスカーだってホグワーツに行けるんだから。私は、君が…… 良く分からないけれど、その戦争の…… お父さんの子供でも関係無い。だって私は君の言うマグルの子供だから、魔法族の話なんて知らない。私はオスカーと前みたいに一緒にいて、ホグワーツに行けるのならそれでいいよ」

 

 どういう感じ方なのかオスカーには分からなかった。魔法界の話だからマグルには関係無いと言うのだろうか? でも、単純にオスカーは嬉しかった。だってシラがそう言ってくれるならこれまでと同じように、喋ったり、遊んだり、勉強したりできるのだから。

 

「分かった。でも、母さんやキングズリーも同じ話をいつかシラにすると思うよ」

「大丈夫だよオスカー。私はオスカーよりずっと、私の話を私の事なんて聞かずに話をする大人なんて慣れてるから。聞かせて貰っても普通にそうなんだって言うんじゃないかな? だって私はそうやってスコットランドまで来たんだよ。大人はみんなそういう話をするものなんだ。シラは大丈夫? って聞いても、大人は結局、大人のやりたいようにするものなんだから」

 

 オスカーはちょっとシラの事が分かった気がした。いつもは大人の悪口なんて言わないけれど、シラは両親が離婚して、フランスからブリテン島へ、エジンバラの近くからブリテンの北の果てまで来たと言う。別に彼女が望んでここに来たわけでは無いのだ。オスカーだってシャックルボルト邸に連れていかれたのは嫌だったのだから、シラはもっと嫌だったろう。

 

「シラ、じゃあもっと案内するよ。家で一番高い所に行こう」

「一番高い所?」

 

 二人は隠し部屋を出て階段を上がり、三階の奥にある裁縫部屋、ミシンだとか糸車だとかが沢山置いてある部屋まで来た。オスカーはこの部屋を今は何に使っているのか良く知らないが、昔はこの部屋に沢山マグルがいたと先々代くらいの珍しく英語で書かれた日記に書いてあったのを覚えていた。

 

「すごーい…… ラ・ベロゥ・ボィ・ドロモンみたい…… 触ったら眠っちゃうのかな?」

「糸車にそんな魔法ついてないと思うけど?」

「えーっと…… マグルの童話にあるんだ。塔に隠してある糸車の針を触ると百年眠っちゃうんだけれど」

「凄い魔法だ。生きてるってこと? 百年も? 命の水と生きる屍の水薬をずっと飲ませるとか?」

「オスカー、魔法だよ…… えーっと…… 魔法じゃ駄目だから…… そう、作り話だから。本当にあったわけじゃないよ」

 

 中々マグルの話もスケールが大きいとオスカーは思った。魔法族なら百年眠る魔法なんて中々書けないだろう。だいたい、どうやって目覚めさせるのだろうか? 百年眠る魔法薬なら相当強力な解毒薬がいりそうなものだ。

 

「重要なのは糸車じゃなくて…… この絵の水車を回すんだ」

「絵の水車を回す?」

「こうやって……」

 

 オスカーが部屋にかかっていた大きな絵に描かれている水車をまるでそこにある水車みたいに動かそうとすると、実際に絵の中の水車が動いて、後ろで歯車がかみ合うような音がして扉みたいに絵が二人の方へ開いた。

 ドシーンと大きなものが降りる音がして、絵があった場所にある穴の向こう側には沢山の埃が舞っている。二人が穴に入ると何が降りたのかが分かる。大きな階段が上から降りてきたのだ。

 

「ほら、これで上に行ける」

「凄い…… 今度はレポンスがいるんじゃないのかな……」

「レポンスって?」

「魔法使いに塔の最上階に閉じ込められている綺麗な長い髪をした女の子の事だよ。これもマグルの童話なんだけれど」

「マグルって塔と女の人の組み合わせが好きなんだな」

 

 そう。オスカーはこういう事を彼女とずっとしたかったのだ。お互いに色んな話をして、お互いに知らない事に驚いて、自分の知らない世界を広げていく。自分だけじゃ無くて、お互いに知らない事を相手に教える。これはオスカーが生まれてから彼女に会うまで知らなかった特別な時間なのだ。

 

「ちょっと埃っぽいね。オスカー」

「この塔は使わなくなって長いんだよ。ペンスが言っていたけれど、ずっとずっと昔にマグルがこの家に来てた頃は、村からこの塔だけが木の上に見えていたんだって」

 

 今考えれば、マグルから魔法族が隠されているのも、ヴォルデモートや父親みたいなのがいたからでは無いのだろうか? そういうのが無ければもっと早くシラと喋れただろう。

 

「凄い!! あっちの木がちょっと無くなってるのが村の方かな?」

「うん。そうだと思う。魔法と木で見えなくなっているからこっちからも見えないんだけれど」

「山も丘も向こうにある湖も見える。やっぱり高い所っていいよね。私、パリとかロンドンの高層ビルとか登ってみたかったんだ」

 

 今の間に沢山ホグワーツでやることを二人で作って置けば、ホグワーツでも一緒に色々出来るだろう。オスカーはそう思っていたし、単純にシラとの約束を覚えていると言いたかったから、家に来て貰って、一番連れて来たかったのがこの場所だった。

 

「じゃあほら、前に約束したみたいに、ホグワーツで一番高い所に行こう」

「約束?」

「ほら、高い所だと周り全部見えるけど自分…… シラ?」

 

 またさっきと一緒だった。さっきシラとあってすぐの時のシラと一緒。目がちょっとトロっとなって、額を抑えている。オスカーはシラが目の前にいるのにさっきと同じくらい…… さっきよりずっと早く自分の頭の中が沸騰するのが分かった。痛いくらいの力でつかんだ手すりが、手の平の熱さが伝わったみたいに黒く手の形に焼けた。

 

「シラ、頭が痛いなら一回下に戻ろう。別にここなんていくらでも来れるんだし」

「うーん…… ごめん…… また低血圧かもしれないや……」

 

 盗まれた。盗まれたのだ。大人が盗んだのだ。大人が不甲斐ないからこうなるのだ。そして自分が杖を持たないから、魔法が使えないから、考えが足りないから、知識が足りないからこうなるのだ。

 オスカーは大人になりたかった。愚かでは無い大人に。

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