ぎゅっとアルコールの缶を握り潰す。午前0時を少し過ぎた頃、都内にあるアパートの一室で1人酒を飲んでいた俺は、画面の前のVtuberの誕生日会を眺めていた。
……決して、画面に映るVtuberが羨ましかったわけではない。嫉妬でもない。どちらかというと同情、哀れみの感情から俺はため息を吐いた。Vtuber文化が広がって6年。一部の巨大の輝きの裏で、多くの影が出来ている。
「さざみんさんこんにつー!スパチャありがとうございます!」
画面に映るのは
所属は業界最大手の『2D3D』でVtuber3大箱の一角であり、Vtuber企業としては唯一の上場企業でもある。所属ライバーは日本人だけで150人以上。それだけ多ければ、こうなる人も出て来る。
記念するべき5年目の誕生会の、同時視聴者数は39人。チャンネル登録数は多いが、それはもう箱推しのために全員登録しているか過去のコラボで登録しただけの人、既に動いてないアカウントが大半の数字だ。失言しない、キャラ崩壊しない、口数は多い方、声は清楚でかつ明るく透き通るような良い声と伸びる要素があるのにこうなっているのは、単純に面白くないからだろう。
たまたまVtuberにきっかけを持ったタイミングでデビューした上、誕生日が同じだったために推しに加えていたが、これ以上活動するのだろうか。Vtuberの誕生日会で久々に500円のスパチャを投げたが、同じ箱の先輩や後輩は500円なんぞ目もくれず、1000円以上のスパチャにしか反応しないことも多い。というか有名Vtuberの誕生会なんて毎秒スパチャが舞うので特別な日は赤スパ(1万円以上)だろうが反応なしもよくあることだ。
新衣装もここ1年ないとなれば運営側からも切られたVtuberなのだろうか。案件が無ければ、コラボ回数も少ない。箱内の大型コラボにはたまに参加しているが、大抵1回戦や予選負け。ゲームの腕も上手くないし、対応力も低いのだろう。
そして箱全体ではかなり先輩な上、清楚キャラで続けているため後輩側からも弄り辛い。最近は伸びないから自虐ネタに走ることも多くなり、余計に見ていられない状態になっている。配信頻度も落ち続けているな。
Vtuberアバターのため、美人であるがVtuberなんて全員美人だ。やはり乳が大きくないのが悪いのだろうか。そんなことを考えながら、酒のつまみであるチーズを切っていく。誕生日が同じだから推したVtuberが誕生会を開いているなら、俺自身も当然誕生日だ。うん、流石に高いチーズは美味い。問題はこの球体のような巨大なチーズを腐る前に食べきれるかだけだな。
……俺を祝ってくれる人なんて0人なので、39人でも人を集められることは凄いのだろう。そう思っていたら推しがポロポロ泣き始めて来月に引退することを発表した。そうか、あかんか。
「ごめんな、さい。ぅうっ、ひっぐ、ぅん、そうなの。来月の23日に……」
うーんこの声嘘泣きの声だな。ここの古参リスナーは濃い面子しかいないのによくやるよ。ただまあ、とうとう辞めるのか。足掛け5年、ずっと配信を見ていたリスナーとして、やっぱり一抹の寂しさはある。
せめて最後にスパチャを投げさせようとしているのか、誕生会の終わりにもう一回名前を呼ばれてありがとうと言われたけど初めてスパチャした時と比べたら感情籠ってないんだよなあ。あれは確か1周年の時で、まだメンヘラ化してなくて、スパチャの額も5000円だったけどさ。
軽く酒も入ったし、一回抜いて寝るかと鬼塚あみのいつもお世話になっているエロ同人誌を引っ張り出し、気持ち良くなった直後。
気が付けば、見知らぬ部屋に居た。ついでに言えば息子が無くなっていた。さっきまでそこにあったものがないという喪失感は凄いな。おちんちんなくなってる。
「……異世界TS転生?部屋の感じだと現代日本?いや、死因テクノブレイクって嫌過ぎるッ……!?!?!?」
そして自分の口から出た声は、先ほどまで聞いていた推しの声。いや、推しの声にしてはほんの少し低いかな。手元を見ると『2D3D』からの封筒が届いており、宛先には『
状況がつかめないまま、封筒を開けるとそこにはオーディションに合格しました、みたいな内容と鬼塚あみとしての今後の売り方について色々と記載のある紙が入っている。どこかに日付が分かるものがないかと部屋の中を探るとスマホが出て来て、指紋認証のロックを外すと2017年12月18日。んん!?
タイムスリップした上で推しに憑依したと?いや確かにさっきまで推しと1つになる本を見ていて、1つになる妄想はしていたが、こういう意味で1つになりたかったわけじゃない。推しを好き放題触りたい妄想をしていて、実際に好き放題触ることが出来るようになったがこういう意味ではない。
元の人格どこいったとか、本当に過去にタイムスリップしたなら仮想通貨や競馬でウハウハじゃんとか色々と考えることはある。
でも。
「初めましてー!みんなのアイドル、鬼塚あみでーす。夢はでっかく、チャンネル登録数100万人でーす!」
この子の初配信を見て、きっと100万人行くぞと期待を抱いていたあの頃、いやそれ以前に戻れたんだ。これから俺が彼女として生きるとしても、いつの日か返すにしても、推しを夢だった金盾ライバーに導いてやりたい。そんなことが出来るかはまあ、やってみないと分からないけど。
……それはそうとして、やっぱ自分の口から綺麗な声が出るというのはすげー違和感ある。しかも記憶を覗くと1人暮らしだし両親離婚して両方とも引き取らないとか凄い人生歩んでるなこの子。だからこそライバー始めたんだろうけどさ。