セクハラから始まる仮想生活 作:練菓子
「ミトはエロだ」
「違うわよ!」
とんでもない誤解だった。
「だが、僕を押し倒した挙句に……その……を、触った」
「そ、それは……そうなんだけど!」
とんでもない事実だった。
事実なんだなぁ。これが。そんな現実を噛み締める。
「で、でもしょうがないでしょ! 緊急時だったんだし……!」
「……緊急時? 僕は急にミトに押し倒されて、口を塞がれてその……せ、生殖器……を、
何度か言い淀み、あれやこれやと考えた末に黒フードの曲刀使いは言いにくそうにそう口にする。
文章化されるといよいよミトが救いようのない変態のようだ。泣きたくなってきた。
というか、その言い方は逆に生々しくてエロいような……いや。一体何を考えているのか。
「い、いやいや。あなたごとハイディングで隠れなきゃ今頃どうなってたか。あなたも見たでしょ、あのモンスターの、群れ……」
そこまで言いかけて。ミトは自らの一連の行動を振り返る。彼の
口を塞いでいたし、先の様子を見ている限り意識が多少なり朦朧としていた可能性もある。
……もしかして。もしかするが。
「モンスターの群れ……見てない?」
「ああ」
「……凄く自分本位で身勝手なこと言っていい?」
「構わない」
コクリ、とうなずいた男を見て、頭を抱えながら、一言。
「た、助けるんじゃなかった……!!」
「思ったより最低だな」
最低だった。
と、そんなこんなで。不慮の事故によってとんでもないセクハラをかまし、土下座を敢行したミトの処遇は曲刀使いに委ねられたわけである。
当の本人はと言えば、未だ消滅させていないらしいハラスメント防止コードの
モンスターの一体でも
ミトとて馬鹿ではない。フードに隠れて表情が見えないながらも、多少なり相手が恥じらい、動揺しているのはわかる。このまま無罪放免、という結果は得られそうにない。
ああ、ベータ時代にハラスメント違反による投獄期間を調べておけばよかった……と全く意味がない方向に思考が飛びかけて。あれやこれやと葛藤し終わったらしい曲刀使いの彼が仕切り直しを宣言するように、何度かせき込んだ。
「んん…………まぁ、悪意がなかったのは理解した。元々助けに来てくれていたわけだしな」
「じゃあ……!」
「だからといってセクハラが容認されるわけではない」
「じゃあ……」
判決:死刑。ああ、ゲームの神様。罰にしてももうちょっとやりようあったろお前。
信奉してもいない神へ罵倒をくれてやったのを最後に、涙と共にミトの体は冷たく硬い牢獄エリアへと転移……
することなく、曲刀使いが続ける。
「うん。だから辱めた責任を取ってもらう。今やってるクエストが…………いや。武器の強化素材を集め終わるまでパーティを組んで協力してくれ。それでチャラだ」
「ちょっ、そんな勝手な……」
「じゃあ、
「ぐっ……!」
(ってそんなこと考えてる場合じゃなーい!!)
ダメだ。あまりのことに脳が混乱して思考がまとまらない。現実逃避癖が付いてしまったのかもしれない。
そもそも元はと言えばミトが事故とはいえ目の前の彼の局部を触って、というか揉んでしまったのが原因であって、こんな仮定はほとほと無意味……というか、よくよく考えてもとんでもない不幸だ。
以前のことと言い、もしかしてミトには不幸の神か何かが憑いているのではあるまいか……
と。迷走しだした思考を意識して止めて。改めて、出された提案を吟味する。
……本来ならば、迷わず受けるべきなのだろう。元より、目の前の彼に多少なり興味があったのは事実だ。パーティを組んでその好奇心が解消されるというのなら、ミトも吝かではないのだが……
「……セクハラやるだけやり捨てとか、やっぱりエロ……」
「その目を止めてぇ!」
黙ってしまったミトを見て何を思ったのか、そんなことを宣う彼。嫌われる分にはもう慣れっこだが、変態を見るようなドン引きの視線にはさしものミトも耐性がなかった。
これでも、学校では女子校の王子様を張っていたのだ。その正体はただのコミュニケーション能力の欠けたゲーマーなのだが。
そうして叫んだミトに、非フレンドからの申請時に生成される『パーティーの申請を受諾します』の簡易メッセージが届く。その下には、その是非を問う〇と×のパターンコマンド。
本当に、本当に迷って、ウインドウ越しに発信源のプレイヤーの姿を覗き見る。
恐らくハラスメント防止コードの強制転移ウィンドウを眺めているのだろう、ミトには見えない
躊躇う。警戒もあるが、それ以上に思い出すのは、当然
もしこんな特殊な状況でなく、たださすらいの相手とパーティを組むだけなら間違いなく断っていただろう。
或いは、ここで彼に監獄に送ってもらうことこそ、親友とさえ呼んだ相手を裏切ったミトに相応しい罰なのではないか。
「ん。どうした?」
「……」
いや。少なくとも、こんな理不尽、というよりは恥辱に塗れた理由で投獄は不本意すぎる。
こんな馬鹿馬鹿しい理由で足止めをくらっては、それこそアスナに申し訳が立たないどころではない。場合によっては死後にまたしても土下座をすることになる可能性もある。
「……わ、わかったわよ。はい、これでいい?」
ため息とともに、パーティーの申請を受諾。例えパーティーを組んだとて、突然窮地に陥るわけでもあるまい。
ボタンを押した途端、ミトの視界左上に新しくHPバーが追加される。目の前の小憎たらしい彼のものだ。
「ああ。改めてよろしく、ミト」
「はいはい。えっと、あなたは……どう読むの、これ」
HPバーのちょうど横。表示されたプレイヤーネームは《Noir》。名前ではあるから当然と言えば当然なのだが、見覚えのないスペルだ。ノイル……いや、いっそエヌオイルと読むのか……? と迷走しかけ、《Noir》が口を開く。
「ノア、でいい。分かりにくい自覚はある」
「《
「こだわりはない。そもそも、設定したときはこんな事態になるなんてわからなかったからな」
興味なさげにそう告げる曲刀使い、改めノア。顔を隠しながらも箱舟の救世主を名乗るとは増々ロールプレイに磨きがかかっている。綴りといい、もしかして重度の厨二病患者なのだろうか。そうなのだとしたら、この世界はさぞ生き易いことだろう。
「じゃあ、早速だが手伝ってもらおう。とりあえず《ダイアウルフ》を……200体くらいか? 狩るぞ。うん」
「どんぶり勘定すぎるでしょ……」
ミトの見立て通り初心者らしいノアが、あんまりすぎる目標を掲げる。今はちょうど3時ほど。今から200体ともなると、終わるころにはきっと日も暮れているだろう。
この男は今日の宿を確保しているのだろうか……『別に眠れるならどこでも構わない』とか言って野宿を始めそうだと思うのはミトだけだろうか。
想像以上に面倒なことに巻き込まれてしまったらしい、と改めて認識するもあとの祭り。ここまで来てパーティを抜けるなどという真似は、どうもミトにはできそうになかった。
(……これは、脅されただけ。自分の意思で、パーティを組んだわけじゃないから)
誰に対してもなくそう言い訳して、鎌を握る。
彼に引きずられることで過ぎ行く時間が、もしかすればこの胸の傷の痛みを誤魔化してくれるのではないかと期待して。
ノアとの道中は、目標とは裏腹に穏やか極まりないものだった。
というのも、先のミトがモンスターの
大方、先ほどのスタンピードにモンスターの出現数が割かれているのだろう。拍子抜けに簡単な旅路に、黒フードのノア氏は大変不満そうだった。
「終了」
(……やっぱり、強い)
そして一連の戦闘を見て、改めてミトは認識する。
お世辞にも、上手いとは言えない。多少なり知識はあるらしいが、見立て通り初心者同然の立ち回り。もともとHPが低く簡単に倒せるモンスター相手にわざわざ急所を狙ったり、ソードスキルの発動タイミングにズレがあったり、そもそもの速度が遅かったりと。
初心者にしてはマシだが、ベータテスターであるミトから見ると無駄は多い。
しかし。立ち振る舞いに関しては、やはり凄まじいと言わざるをえなかった。今も蜂型モンスター《ウインドワスプ》を一刀の元に切り伏せ、一撃を以て倒して見せた。まさに一撃必殺。
今現在遭遇したモンスターのはおよそ60体に上るだろうが、ノアはその半数以上を一撃で、急所を断つことによって仕留めていた。残りはミトが仕留めたことになるので、事実上の
これがもし、ゲームでなく現実だったなら。ゲームとしての要素を全て排除した単純な剣撃だけなら。もしかすれば、彼はその頂点に───
「…………じっくり見られるというのは、あまり気持ちのいいものではないぞ、ミト」
「あ、ごめんなさ……」
「視線がいやらしい」
「誓ってそんな目で見てはない!!」
いや。ビリだ。最下位に決まっている。こんな何でもかんでもセクハラセクハラ言うのが強いなんて何かの間違いだ。そうに違いない。
「それで。観察の成果はどうだ。なにか知りたかったんだろう」
「……まぁ、ベータテスターじゃないことは……」
「さっきから、そのベータというのはなんだ。セミナー参加者か何かか?」
「せ、セミナー……」
あんまりにも無知なその言い様に、流石のミトも開いた口が塞がらなかった。
というのも、ことデスゲームと化したこのSAOにおいて、ベータテスターというのは一種の蔑称、或いは差別対象となっているからだ。
『ゲームの知識があるのに
それが、このデスゲームにログインしていた約1000人のベータテスターに対する一般風評。
実際、事実であるから否定のしようもない。右も左もわからない一般プレイヤーからすれば茅場昌彦の次に恨めしい存在なのだろう。
ベータテスターへの恨みつらみなど、多少なり街を行き来していれば嫌というほど耳にする。そもそも、SAOをプレイしようとした人間であるなら、ベータテストのことくらい知っていてもいいものだが……
「噂でくらい聞いたことないの?」
「知らない。そもそも、僕はついこの間まで《はじまりの街》に閉じこもっていた身だからな。まともに話したプレイヤーも片手で足りる」
「な……」
ノアの返答に、遂には絶句する。
現実世界からの救助を待ち、フィールドで死の危険に身を晒すことなく《はじまりの街》の宿屋で日々を過ごす。そんなプレイヤーが一定数いることはミトとて知っている。
寧ろ、一ヵ月ほどが経過して第一層攻略の兆しすら見えない今、わざわざ宿屋を出て、ゲーム攻略をしようとする方が少数派だろう。
そしてその少数のプレイヤーは…………大半が、死んだ。
そもそもがベータテスターや熟練のゲーマーたちが、第一層の迷宮区にたどり着くのですら三週間かかったのだ。彼らが慎重に、じっくりと攻略し、それでも犠牲者が出たようなフィールドに、せいぜい戦闘経験数日のゲーム初心者たちが対応できるわけがない。
先駆者がいるから、と自らの実力を見紛う。最前線のプレイヤーたちがどれだけの時間をかけているのかすら知らず、どれだけの経験を積んでいるのかも知らず、同じことを、追いつくためにそれより短時間で行おうとする。
当然死ぬ。無知故に。或いは実力不足が故に。或いは、実際に見るモンスターの迫力か、死への恐怖からパニックになり。今現在SAO内では約1900人が死に、直に2000人を超えるのだという。
言葉から察するに、ノアも《はじまりの街》で二の足を踏んだうちの一人だったのだろう。そして、外からの救助の可能性が無いと悟り、フィールドへ繰り出した。
ついこの間、というくらいなのだから、恐らく一週間から数日前に。
つまり。このノアというプレイヤーは、2000人がただ死んでいく中で、当然ながら一度も死ぬこと無く。たった数日やそこらで、ここまで至ったのだ。それも、ミトですら感服するほどの実力を携えて。
────天才だ。間違えようもなく。他に表現の仕様もないくらいに。
「……いいわ。この世界のこと教えてあげる。実力はともかく、このゲームじゃ初心者なんでしょう?」
「ああ。そうしてくれるなら助かる」
意図せず、最高の原石を見つけたような気分。いや。ような、ではない。磨けば、彼は確実に強くなる。きっと、ベータテスターなど目ではないほどに。
例えミトにそこに至る資格がないにしても。目の前のこの才を見逃すことなど、ミトにはできない。
「うん、ただエロいだけじゃなかったんだな、ミトは」
「ぶん殴られたいの!?」
そしてここから、ミトと
ミトはエロだ。と言わせたかっただけ
ちなみに作者はミト虐も好きです。やります。公式が最大手だから専門にはなりませんが。