セクハラから始まる仮想生活   作:練菓子

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言葉は剣より強し

 

 ソードスキルの音が、夕焼けの草原に小気味よく響く。曲刀カテゴリ基本技《リーバー》が、色ごとモンスターを切り裂くかのように一閃する。

 

 烈風を思わせる速さで振り抜かれた一撃。光を受ける《シャムシール》が《ダイヤウルフ》の頭から尾までを見事に開く。

 

 硬直。ポリゴンですら、斬られたことに気が付かなかったように動きを止める。そして、ソードスキルの終了を合図にようやく四散した。そして下手人は振り返り、満足そうにひとつ、ふたつと頷いた。

 

「うん、こんなものか?」

「た、たった三回で…………」

 

 呆気にとられるミトを見て、黒マントはどこか誇らしげに鼻を鳴らした。

 

 ミトがノアという男プレイヤーの天才性に気がついて、およそ三十分ほど。ベータテスターがどう言ったものかの説明を終えたミトは、手始めに戦闘に関するシステム外スキル……所謂プレイヤースキル、テクニックの一つである通称《スキルブースト》をノアへ伝授していた。

 

 ちなみに、ベータテスターの話を聞いたノアはどこか納得したような様子で『なるほど。そんな模試のようなものが……』と呟いていた。あんまりすぎる。

 

 例え纏めるにしてもその二文字はないだろう。もしも何かの間違いで模試受験者(ベータテスター)のルビが振ってあったのだとしたら、もしかすればベータテスターは一般プレイヤーにここまで恨まれることはなかったのかもしれない。

 

 話を戻すが。《スキルブースト》はSAOにおいて最も有用かつ、複雑な技術だ。

 

 元来、ソードスキルには動作のアシスト機能がついており、体を動かそうとせずともシステムアシストが自動で体を動かしてくれる。だが、そのアシストに身を任せるだけでなく、同じように自らの肉体を動かすことで、アシストに自らの動きの速さを加算……ブーストさせることができるのだ。それこそが《スキルブースト》であり、使用の有無で速さには雲泥の差が生まれる。

 

 とはいえ。そんなホイホイと出来れば苦労はない。この技術を発見し、モノにするには日常のほとんどをログインに費やしていたミトですらおよそ一週間の月日を擁した。学園内で才女と名高い、紛うことなき天才であるアスナですら数日かけ、それでもミトをヤキモキさせたものだ。

 

 だが。目の前の男は理論を聞き、たった数度素振りしただけで「大体わかった」などと宣い、二度目の戦闘には明らかに卓越した速度を出し、三度で完璧にこの《スキルブースト》モノにしてみせた。

 

 言葉にできない、とはこういうことを言うのだろう。嫉妬する気すら起きない。出るのはただ感嘆と呆れの息だけだった。

 

「確かに、これは速さが段違いだな。なるほど、情報量の差というのはこういうものか……」

「こういうものではないわよ」

「そうなのか……?」

 

 断言する。情報云々ではないのだ。元々の基礎スペックが違いすぎる。情報などキッカケに過ぎない。例え教えられずとも、時間さえあればノアが自力でこの技術を発見していても不思議では……否。例え発見せずとも、別の方法でベータテスターを超えていたに違いない。

 

 情報の差などあってないようなものだ。この《スキルブースト》とて、暫くすれば前線集団に発見され、周知されるに決まって──

 

(……あれ? でも、そう言う割にパーティーの組み方とか、武器強化については知ってる……?)

 

 ふと。その矛盾に気がつく。いや。矛盾というほどではないのかもしれないが、不自然な点をいくつか。そもそも彼の武器である《ライト・シャムシール》もかなり特殊な武器で、《スワンプコボルト・トラッパー》と呼ばれる厄介なモンスターがドロップするものなのだ。

 

 そのモンスターが出現するのはここから少し先のエリア。情報もなしに戦い、ドロップを獲得してこの場所に戻る…………あり得ない、とまでは言わないが考えにくい。となると、誰かから譲渡されたのか、あるいは───

 

(…………まさかね)

 

 考え過ぎだ。目の前の男のカーソルはグリーン。もしも、もしも他プレイヤーをキル……PKを行って武器を手に入れたのだとすれば、カーソルはオレンジに変わるハズだ。これは盗みを行っても同じこと。武器の入手経路こそわからないが、少なくともグレーな手段ということはないだろう。

 

「とにかく、それが《スキルブースト》よ。使いこなせそう?」

「愚問だ……と言いたいが、少し慣れがいるな。これで急所を狙うのは骨が折れそうだ」

「当たり前でしょ。そもそも、そんなにぽんぽんクリティカルヒットしてる方がおかしいのよ」

 

 聞くところによると、彼の手元の《ライト・シャムシール》は未強化。つまり、クリティカルを発生させやすくする《正確さ》の補正は一切乗っておらず、純粋なノア本人の技巧によって急所を狙い撃ち続けているのだ。信じられない、というのが本音のところだ。

 

 好奇心の芽が、再びミトの心から生え育っていく。本当に、天才というものは残酷で、興味が尽きない。こんなプレイヤーを育てることができるという事実が、ミトの心にある何かをしきりにくすぐっていた。

 

「…………そういえば、スキルスロットの3つ目は解放してる? というか、ちゃんと設定してるの?」

「している。3つ目も解放しているぞ。まぁ、最近だが」

 

 SAOのパラメータシステムは基本的にスキル獲得制だ。レベルごとにスキルを設定できる《スキルスロット》が解放され、スロットにスキルを設定、使用することでちまちまと熟練度を積み重ね、1000にしたところでようやく完全習得(コンプリート)となる。初期のスロットは2。そして初めてスロットが増えるレベルはレベル6である。

 

 現状を考えて、最前線プレイヤーのレベル平均は7から9といったところか。それを考えれば、少なくともノアは平均程度のレベルには達しているらしい。

 

「今のところのスキルは《曲刀》と《索敵》が二つだな」

「へぇ……それと?」

 

 思わず感心する。メインウェポンである《曲刀》はともかく、《索敵》はミトの持つ《隠蔽》と並んでSAOで上級者を目指す上でかなり重要になってくるスキルだ。序盤でこそ地味でしかないが、熟練度が上がるにつれ、できることの幅が広がっていく。効率を考えれば、最初に取っておくべきものの一つだと言えるだろう。

 

 やはり、天才となれば目の付け所が違うのだろうか。いつしかミトは『スキル詮索はマナー違反』という暗黙の了解をそこそこに、残り一つの内容を尋ねていた。やはり《隠蔽》だろうか。或いは腐らない《疾走》、まさか取得に条件があるエクストラスキルか何かなのでは……と胸を躍らせて。

 

 

 

「り、《料理》…………」

「《料理》ぃ?」

 

 自分でもらしくないとは分かっているのだろう。酷く言いづらそうに口にされた答えに、再度驚く。料理……料理? 目の前の男が? 調理より釜で調合が似合いそうな無愛想な黒フードが??? 

 

 ルンルンと鼻唄を歌いながらキッチンに立つ家庭的な黒フードの不審者を思い浮かべ、ないわ〜、と結論づける。いや、勿論口には出さないが。

 

「にしても《料理》って……またニッチなスキルを……」

「う……文句を言われる筋合いはない。…………それに……ちょっと、やってみたかったからな……」

 

 まぁ、確かに選択が自由である他人のスキルにあれやこれやと言う資格はミトにはないが。しかし《料理》。ベータでは熟練度を上げたところでバフが得られるわけでもないと発覚し、攻略一辺倒だった連中に投げ捨てられていた記憶しかない。本当に、全く以って戦闘に関係のないスキルだ。うーん、合わない。普段の言動がロールプレイなのだとしたら穴もいいところだろう。ギャップのつもりなのだろうか。意外性は確かにあるが。

 

「一応、熟練度を訊いてもいい? 《索敵》は熟練度次第で使えるかがかなり変わるし……」

「構わない。曲刀は51。索敵は16。料理は……」

「いや、料理はいいわよ。序盤だと確かロクなものが……」

241だ

「に、ににに、にひゃくぅ!?」

 

 あまりの驚愕に、ミトには見えない彼のスキル欄を空目する。無言であたふたとするミトを見て得心がいったのか、彼が宙を指で何度かつつき、そのスキル欄が他プレイヤーのミトへと可視化される。

 

 初心者特有の見間違いを疑うも、《料理》スキルの横には、きっちりと2から始まる三桁の数値が刻まれている。

 

 剣の世界で何を極めているのだこの男は。

 

「どれだけ料理したら第一層でこんな数値になるの!?」

「《はじまりの街》に閉じこもっている間、料理しかやれることがなかったし……人生初の料理、楽しくて、つい」

 

 あまりにもしみじみとそう言うものだから、懐疑的だったミトも納得せざるを得ない。普通なら生きていて料理なんて一度や二度経験しそうなものだが、男ならそういうこともあるのだろう。……それにしても、この数値は凄まじい。二ヶ月あったベータテスト時代でも、確か熟練度の最高値は350程度だったはず。僅か一ヶ月で250近い数値を、しかも《料理》で叩き出すなど尋常なことではない。いや、これに関しては文字通り嫉妬する気も起きないが。

 

 もしや、と思いあたり。そのままぐぃ、とストレージを漁ると。出るわ出るわ。料理料理料理料理。みているだけでお腹が空いてきそうなほど、ストレージは食べ物で満たされていた。というか実際お腹が空いた。

 

「というか、よくそんなにコルがあったわね……閉じこもってたってことは、モンスター狩りもほとんどやってなかったんでしょ?」

「初日に貯めていた分と、作った料理を売ってコルを稼いでいた。意外といい値段で売れる」

「へぇ、商売になるんだ」

「実際、手間と儲けを考えると金稼ぎには適さない。素直に料理店でも作った方が早そうだ」

 

 この無愛想が店なんぞ開けるのか……という言葉を発する前に。若干気兼ねするような声がノアから発される。

 

「……ところでミト。もう指を離してくれないか」

「あっすみませんエロくないです」

「その離しかたは却って誤解を深めるぞ」

 

 ストレージを確認するために握っていたノアの指を光の速さで離した。…………思えば、男性の手を触ったのは初めてかもしれない。思ったよりも細くて長くて、女性のものと然程変わらない、というのが正直な感想だった。これなら、先程のアレの方がインパクト的には……

 

「…………ミト、そういう風に手をニギニギするのは本当に変態っぽいぞ……」

「えっ!? そ、そんなことしてた!?」

「ああ。正直若干キモい」

「キモ………」

 

 ミトの心は傷ついた。

 

 天才は、他人の心を傷つけるのも上手いらしい。

 

 





《スキルブースト》って正式名称だっけか。忘れてしまった。

話が進まなくて申し訳ない。
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