セクハラから始まる仮想生活   作:練菓子

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 主人公に込められた真髄(性癖)を見せてやる





その騎士の名前は

 

 

 

 

『はは! ははは!! ひーっ……ひーっ……! お、お腹痛い……』

『わ、笑いすぎですよ……!』

『いやいや、笑うなって方が無理だろ……ぷっ……! いや、まぁ、確かにそう見えるよな……あの黒フードが迷宮で、それも丁寧な語調で突然出てきたら……ぐ……くふっ……!』

 

 後々。本当に後々になって、アスナは笑い話として彼や他の仲間に、初対面の思い出を話すことになるのだが。

 

 

「あの…………大丈夫、ですか?」

 

「ひっ…………!」

 

 最初、アスナは彼が死神か何かかと本気で思った。

 

 心の底から恐怖の声を漏らし、全力で後ずさろうとして。酷使した体が言うことを聞かなくて。「ああ、この人が私を殺すのか」と、死を覚悟したのだ、本気で。

 

 

(……ただの、プレイヤー…………?)

 

 そうでない、と気が付いたのは、動揺している間に目の前の黒フードの横についたHPバーと、プレイヤーであることを示すグリーンのカーソルが目に入ったからだ。

 

 それを理解した途端、頭がスッと冷静になり、代わりに沸騰しそうなほどの羞恥がアスナの頭を沸かした。

 

「……えっと…………」

 

 アスナが驚いたことに逆に驚いたのか。或いは、驚いた原因に理解が及んだのか。フードの下から困惑したような、気まずそうな声音が聞こえる。当然ながらアバターには足も手もついていて、腰には武器が装備してあるのが見える。

 

 明らかにアスナ同様、フードで顔を隠しただけのプレイヤーであり、平静を取り戻せばモンスターや、ましてや幽霊や死神の類には見えなかった。

 

 早とちりしたアスナもアスナだったが、それでもその恰好はあんまりすぎる。この世界特有のファッションなのだとしたら、知らずのうちに最先端を走っていたらしい。

 

「…………なに」

 

 極めて心臓に悪い登場をした男を恨めしく思いつつ、何事もなかったかのようにアスナはそうとだけ返した。初対面の相手に対しては、あまりにも失礼かもしれない口調。それでも、今のアスナの心に人を気遣う余裕はなかった。心を支配するのは、もっと別の感情。

 

 デスゲームと化したこの世界で、よく知りもしない他人と関わることはそもそもがリスキーだ。場所が圏外だというなら、それは尚更。事実、アスナはこの迷宮区で何人かのプレイヤーと遭遇したが、その全てがアスナを遠巻きに見つめるまでで積極的に関わってこようとはしなかった。

 

 彼だって、そうすればよかったのだ。トラブルに巻き込まれるリスクを冒してまで、こんな正体不明のプレイヤーに話しかける理由などないはずだ。

 

 警戒。落ち着きを取り戻したアスナの思考の大半を占めるのはその感情だった。

 

 そんなアスナの心情を知ってか知らずか。黒フードのプレイヤーは言葉を発することなく、その代わりとして、何かの瓶をアスナの足元に置いた。ガラス瓶と床板が接し、チン、と軽い音が鳴った。

 

「なんの、つもり……」

「なんだか、とてもお辛そうなので。よければ、どうぞ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()慮る声音につられ、アスナは足元に置かれた瓶を見る。ポーションとは違う見慣れない容器。みたところ、清涼飲料水か何からしい。

 

「……ぁ…………」

 

 軽く水面を揺らすレモン色の液体を見た途端、喉がずっと忘れ去っていた渇きを思い出し、小さく喘いだ。偽りの渇きを何とか忘れ去ろうとするが、一度意識したそれはなかなか消えることが無く、即座に喉を潤すようアスナの理性を削り取っていく。

 

 瓶を開けてグッと飲み下したくなる衝動を堪え、アスナはプレイヤーを見つめる。まるでその中身が鏡であるかのように、プレイヤーは頭をすっぽりとフードで覆い隠しており、表情を窺い知ることはできない。

 

 正直、不気味だった。この世界に来たばかりの。もしくは、あちらの世界でのアスナだったなら、きっと何の躊躇もなく受け取っていた善意。それを拒むのは、脳裏をちらつく裏切られた記憶だ。

 

 ──ミト。

 

 もしかすれば。もしかすれば、この世界でのプレイヤーは全員、自分の利益のためなら他人すら殺めてしまえるのではないか。こうやって親切を装い、弱っているアスナから金品を……或いは、肉体を目当てにでもして、騙そうとしているのではないか、と。

 

 そうして半分疑心暗鬼になるアスナの葛藤を見抜いたかのように、黒フードが口を開いた。先ほど同様、見た目からは想像もできないほど丁寧な口調で。

 

「毒ではないです。……そんなものなくても、あなたはそのうち死ぬでしょう」

「……それは」

 

 …………それは、そうだ。

 

 そうだ。全く、その通り。

 

 アスナは、この場所に死ぬ腹積もりで訪れたのだ。今更人の善意を踏みにじってまで、生き永らえる理由なんてどこにもない。どちらにせよ、アスナは死ぬ。それなら、例え彼の言葉が嘘だったのだとしても、アスナは人を疑って死ぬより、人を信じて死にたい。そうやって果てたとて。この世界が人の人格すらも変えてしまうのだと信じて死ぬのよりは、きっとずっといい。

 

 

「────っ!」

 

 

 そう決めた途端、心の要塞が遂に決壊した。渇きに身を任せ、アスナは小瓶の中身をひっくり返すようにして飲み込む。見た目通りのレモンらしき果実の鮮烈な酸味と、爽やかな風味。そして久しく味わっていなかった砂糖特有の甘ったるさが、口の中を洗い流していく。

 

 酒精じみた風味をもつぬるい液体は、舌に甘美な甘みを届けてくれるものの、どこかアスナの望んだものとは違っていた。冷えていれば、きっともっと美味しいはずだ。けれど飲み下す喉はどうしても止まらず、アスナは最後の一滴になるまで、涙ぐみすらしながら液体を飲み干していた。

 

 ほんの数秒ほどで飲み干してしまったジュースは、完璧な満足のいくものではなくて。けれど、現実世界で飲んだ、どのジュースよりも美味しくて。

 

「…………甘かった」

「甘いのは、いいものですよ。偽物でも、幸せな気分にはなれます」

「…………そうね。偽物だわ。この世界の全部。死以外の、何もかも」

 

 思わずこぼれた呟きに、帰ってくる言葉。そうして肯定を告げたところで。アスナは漸く気が付いた。

 

 迷宮区の壁に備え付けられた篝火。光源として設置されたその光によって、陰で見えなかった黒いフードの中身を照らされている。ちょうどアスナが身を低くしていたことで覗き込むような形になり、その正体が明らかになっていた。

 

 一瞬、見間違えかとアスナは自分の目を疑った。

 

(あ。……え? …………男の、子……?)

 

 彫りの深い顔に騙されそうになるが、恐らく、歳は中学一年生程度……いや。もしかすれば小学生なのかもしれない。確実に、少年はアスナよりは歳下だろう。

 

 それも、単に男の子というだけではない。幼さとあどけなさの共存する、女の子かと見間違えてしまいそうなほど美しい顔。ところどころ切り揃えられた黒い髪に、大きな瞳は日本人らしからぬ鮮やかなターコイズブルー。長いまつ毛や玉のような肌は、異性のアスナですら嫉妬してしまいそうなほどだ。

 

 眉目秀麗(びもくしゅうれい)……というにはややあどけなく。麗しい、の方が似合うだろうか。恐ろしく整った中性的な顔立ち。何かの不具合で元のアバターの容姿がそのまま引き継がれた、と言われた方がまだ納得できる。

 

 今現在中学三年生のアスナより、少なくともふたつは年下の、現実離れした見目麗しい少年。それこそが、デスゲームと化したこの世界で最も危険な場所で出会ったプレイヤーの正体だった。

 

 モデルか何かをやっていても驚かないほどの美貌。ここがデスゲームでなければ。或いは迷宮区でなければ、確実にもう数十秒は見蕩れていたことだろう。

 

 違和感はある。遠目ではわからなかったが、少年の背丈はみたところアスナより少し高いくらい……170センチほどだ。いくら成長期にしても、顔に対して身長が釣り合っていない。まるで、別人の顔と胴を合成した写真を見せられているような。フードで隠されていなければなるほど、人目を引くだろう。

 

 けれど、そんなことより。アスナの口から真っ先に出る疑問がある。

 

「あなた……死ぬの、怖くないの?」

「怖い……怖い、ですか」

 

 ……そう。この世界は、単なるゲームの世界ではない。仮想の死が現実の死となるデスゲームであり、ここは危険極まるトラップやモンスターのひしめくダンジョンなのだ。容姿は不問にしたとて、こんな子供がいるべき場所ではない。単に好奇心にしても、こんなところまで来てしまうのは明らかに異常だ。年端もいかない子供がいるべき場所ではない。

 

 アスナとて、危険を承知で……死を覚悟してまで、ここまで来たのだ。そんな覚悟を目の前の小さな彼が決めているなど、あまりにも残酷すぎる。

 

 受け取り様によっては失礼にもなるだろうアスナの問いに、少年は一瞬迷う様に目を彷徨わせた。嫌なことでも思い出したかのように絵になる顔を一瞬だけ歪め……困ったような表情を浮かべながら、溢す。

 

「怖くない、と言えば、嘘にはなります。でも……それより、ずっと怖いものがありますから」

「怖い……? それって……」

「《はじまりの街》。あそこで息をするだけの生活は、僕には死ぬよりずっと怖く思える」

 

 その言葉に、息が詰まった。

 

「僕には……僕の命には、価値があります。例え命を賭してでも、その先に死ぬことになっても。そう示して、そう生きなければいけません。外からの助けがないと分かっていながらあそこで燻るだけなら、それこそ死んだほうがマシ……いいえ。死んでいるのと、同じです。生きながら死ぬのは、きっと死ぬより怖いことです」

 

 語る彼の横顔。引き結ばれた唇。それは、泣くのを我慢する幼子のそれに似ていた。

 

 その決意をするまでに。きっと、アスナには想像もつかないほどの葛藤があったのだろう。決意があったのだろう。何度も無理をして、計り知れない無茶を積み重ねたのだ。そう思わせる彼の言葉は重く、同時に弱々しかった。

 

 それは。それは……

 

「……強いね」

 

 それは、アスナの、選べなかった道だ。

 

 恐怖を受け入れず、死を拒み、抗い、ただ自分の存在意義を示すためだけに。何かを成すためだけに生きる。この世界で生きることを諦めたアスナとは、似ているようで正反対とすら言える道。その道に躊躇なく進む覚悟は、アスナでは到底及ぶことのない強さだった。

 

「……あなた、ひとり?」

「いえ。今はいないですけど。一人だけ、パーティーメンバーがいます」

「そう……なら、心配ないね」

 

 脱力していた体に、ほんの僅かに力が戻ってきていた。彼の話のおかげか、気力も多少は戻った。歩くぐらいなら、今はできるだろう。

 

「行くわ。ジュース、美味しかった。ご馳走様」

 

 ふらつかないように何とか自分を律しながら、立ち上がって歩き出す。当然、ダンジョンの上階へと繋がる方向へ。

 

 彼の行く道は、アスナにはあまりにも眩しすぎる。例えそんな生き方があると知っても、今のアスナは途中で潰れてしまう。結局、アスナの生きる……死ぬ道は、これだけなのだ。

 

「あ、あの!」

「…………どうしたの」

 

 呼び止められ、振り返る。距離を置いてしまったから、表情は再び黒いフードに隠れていて。それでも、アスナには彼があれやこれやと苦悩し、言葉を選んでいるのが分かった。

 

「その……このジュース、《はじまりの街》の西で売っていますから。また、気になったら」

「………………優しいのね、あなた」

 

 思わず、笑ってしまう。不器用な心配がどうにも嬉しくて。同年代の男の子とまともに話したことのなかったアスナでも、彼がとても優しいのだろうということがわかるほどに、その言葉は思いやりに満ちていた。

 

 もし。もしも。彼と一緒に、冒険をしていたのなら。例えば、《はじまりの街》広場で見つけた彼を、アスナがお姉さんぶって心配して。その末に、旅路を共にするようなことがあったのなら。或いは、アスナの辿る道は、全く別のものだったのだろうか。

 

 回らない頭でしかしなかっただろう。意味のない。全く意味のない、仮定。

 

「ありがとう。次に行く機会があれば、参考にするわ」

 

 だから。せいぜい、得た情報ぐらいは無駄にしないために。もう少しだけ、頑張ってみよう。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……死ぬ、んだろうな、あの人」

 

 赤いフーデットケープの女性の後ろ姿を見送って、十数秒。ノアは、ほとんど確信しながらそう呟いた。

 

 心配はお門違いだ。パーティーに誘えれば、或いは死のうとする彼女を止められたのかもしれないが。ベータテスターであるミトに()()()()()()()()()立場のノアにそんな資格はない。それに、きっと彼女の破滅は彼女自身によってしか避けられないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()は違う。その程度の分別は、ノアにとてついている。

 

(お前に、他人の心配をする余裕があるのか、《Noir》)

 

 思考は、そうして止まる。命が軽いことなど、この世界に来てからの二週間で思い知ったろうに。目の前で人が死にかけているというだけで、心は簡単に鼓動を止めてしまった。

 

 苦しくて苦しくて。泣きそうになりながら、息を吸った。

 

 

 

「────ノア? いる?」

 

 憶えのある声に、ノアは引き戻された。

 

 一瞬で平静を装い、何事もなかったかのような表情を作る。……いや。フードで隠れているのだから実際は変わらないのだが。それはそれ、というものだ。彼女にフード越しで見えないとはいえ、情けない姿を見せるのはどうも気が進まなかった。

 

「……なんだ、ミトか。遅かったな」

「なんだじゃないミトかじゃない遅かったじゃない!! どれだけ私が探したと……! というか、なんで2階も上にいるのよ!! 普通降りるとかするでしょう……!」

「え? ……ああ、本当だ。2階も上にいたのか」

「─────!!!」

 

 ようやくメインメニューのマップを開いて宣う暢気さに、ミトが声にならない悲鳴を上げる。この数日で繰り返した陳腐なやり取り。けれど、そんなやり取りひとつでノアの心は不思議と安らいでいた。

 

「それより、あのパーティーは無事だったか。HPは確認したつもりだったが」

「……ええ。そっちは、まぁ。ありがとうって、言伝られたわ」

「そうか、それは良かった。あんな風に死なれたら寝覚めが悪い」

「…………」

 

 ノアの言葉に、突然ミトが黙り込む。珍しいものでも見つけたのかのように、奇妙な眼差しをノアへと向けていて。

 

「どうした」

「いや…………あなた、結構優しいのね」

「怒っていいか?」

「ごめんごめん」

 

 悪びれもしない軽い謝罪。彼女の中の自分像を小一時間ほど問い詰めたくなる発言だった。信用がないことを嘆けばいいのか、安易な発言を咎めるべきか。100%悪意であれば、慰謝料として食事の一つでも奢ってもらうところなのだが。貶されつつも褒められてもいるから何とも言えなかった。

 

「なんだ、みんなして人に優しい優しいなどと…………流行りか何かか?」

「みんな……? 私以外の誰かと会ったの?」

「ああ、丁度ミトと同じくらいの……」

 

 

 

 

 

 

 

 そこまで言いかけて。

 

「ミト」

「……わかってる」

 

 上層へと続く入り口側。感じ取った、ミトのものとも、先ほど去った女性のものとも違う気配に身を固くする。ミトも足音かスキルか何かでそれを感じ取ったらしく、武器に手こそかけないが、警戒の姿勢をとった。

 

 息遣いなどから察するに、恐らくは男。剣とアーマープレートの擦れる金属音がノアの耳に届いていた。武装は片手直剣。そして……単独(ソロ)

 

「悪い。驚かせてしまったか」

 

 現れたのは、青いウェーブがかった髪を靡かせた爽やかな好青年。

 

 人好きのするだろう笑顔を携え、男は極めて感じ良く自己紹介をしてみせた。

 

「俺はディアベル。騎士、ディアベルだ」

 

 

 





ジャンジャジャーン!今明かされる衝撃の真実ゥ!
この作品はなんと、おねショタものだったのだァ!

 アスナ:『大丈夫ですか? 随分無理をしてますね。ジュース飲みますか?』
 ミト:『エロだな……』

 扱いの差。っぱミト虐よ
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