プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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1話 空を見る、そして歩く

 春風の吹く街は活気にあふれている。

 寒くてさびしい冬はゆっくりと去り、空いた穴を満たすように春の陽気が訪れていた。

 

「どーしよっかなぁー」

 

 1人の男が片隅に置かれた公園のベンチでつぶやく。

 どこにでもありそうな都会の公園に彼はいた。何本かある桜の木や滑り台、ブランコといった定番の遊具があり、いかにも公園だと言える。

 ブランコに乗らなかったのは、成人男性との組み合わせが悲壮感を漂わせてしまうからである。

 

 背もたれに寄りかかって空を見つめ、ため息を1つついた。それは空に吸い上げられあの白い雲の一部になったに違いない。

 

「ここにいても仕方ないし、行くか」

 

 自分自身に言い聞かせて、重く感じる腰をあげる。尻の埃を手で払い、ぐぐぐと背伸びをする。固まった背中がほぐれるときの感覚は気持ちがいい。

 

 持ち物である鞄を持って、彼は『ボール遊び禁止!!』と伝えてくる薄汚れた看板の横を通りすぎ、公園をあとにした。

 

 

 

 公園前の交差点を渡り、街へと脚を向けた彼は人混みにまぎれて歩く。

 

 東京は人が多い。住宅街ならまだしも今いるのは繁華街だ。人が多くなるのは自然だ。

 牛丼屋にハンバーガーチェーン、コンビニ、携帯ショップ、雑貨屋、コンビニ、なんだかよくわからない店まで様々だ。

 

 すべてを踏破するにはどれほどの時間がかかるのだろうか。頭の中で想像しようにもさっぱり見当がつかない。

 

 人の波が流れるようにさっきまで思案していたことも頭の片隅に流れていき、そして消えた。

 

 大通りに出ると、交差点は赤だった。青信号の車道を多くの車が駆け抜けていく。

 青になり、横断歩道を渡り、そのまま道に沿って脚を進める。

 

 10分ほど歩くと、目の前に大きな建物が見えてきた。敷地のど真ん中に40階建てのオフィスビルが、その手前にお城のような──それこそ絵本に出てくるお城みたいな──外観の本館がある。その他施設も敷地内に点在していている。使ったことはないが、エステルームとかサウナまであるらしい。

 

 そんなぶっ飛んだ会社こそが、彼の勤める『346プロダクション』である。

 

 

 

 正門を抜け本館に入ると、中央に階段があり、その左側にセキュリティゲートがある。右側には受付だ。

 

 天井からは豪華なシャンデリアが下げられているし、よく知らないおじさんの肖像画や垂れ幕もいくつか飾られている。

 

 ゲート横の警備員に会釈をして、入館パスを読み込ませる。廊下を進み、エレベーターホールへ着くと先にエレベーター待ちの人がいた。あの小柄な背中はおそらくあの人だろう。

 

「お、君か。調子はどうだい?」

 

 彼が隣に立つと、小柄な男性は朗らかに尋ねた。

 

「成果なしです」

「そうか……。まぁ、焦らずにやりなさい」

「はい」

 

 ポン、という電子音とともにエレベーターの扉が開く。

 2人で乗り込み、30階のボタンを押す。他に誰も乗ってこず、広い籠に二人きりである。

 一瞬の無重力を体感したあと、駆動音を鳴らしながら上階へと上がっていく。

 

「そういえば今西部長」

「なんだね」

 

 彼に呼び掛けられ、今西部長は返事をした。

 今西部長──彼はアイドル部門の部長である。髪はロマンスグレーに染まり、小柄でニコニコした初老の男性だ。

 パッと見る限りその辺にいそうなおじさんだが、スーツの着こなしやシャンとした背筋からはできる上司の風格を漂わせている。

 

「なぜ常務はアイドル部門を立ち上げたんです? 346プロにはモデルや俳優がたくさんいますよね」

「美城さんからは何も聞いていないのかい?」

「常務からは、何も」

「うん、確かに彼女は何も言わないかもしれないな」

 

 ポン、と再び電子音。どうやら18階に到着したようだ。最近のエレベーターは性能がいいらしい。

 エレベーターを降り、殺風景な廊下を左手に進む。

 

「この346プロにはモデル部門や俳優部門なんかがあるのは、知っているね」

「はい」

「その部門ごとの成果、というより売上だね。それがおおまかにだけど、今年度は前年度より減る見通しなんだ」

「ゆっくり衰退していると?」

「そうなるね。ここ数年は割合こそ小さいものの右肩下がりの傾向にある。盛り返しを計ってはいるが、あまり上手くいっていない。経費削減も去年より進めざるを得ないだろう」

 

 光が取り込まれているはずなのに薄暗く感じる廊下を進み、『アイドル部門プロジェクトルーム』とプレートの打たれたドアの前に立つ。

 

「あぁ、すまないね。暗い話題になってしまった。これは私たちの管轄だから気にしすぎないでくれ。君の活動に支障がでないように努めるよ」

 

 部長の話に耳を傾けつつ、ドアノブを掴みまわした。

 薄暗さを打ち消すようにルーム内から光が廊下へと射し込んできた。

 

「アイドル部門っていうのは起爆剤なんだ。この346プロにとっても、僕にとってもね」

 

 そう言って、今西部長は朗らかに笑った。

 

 

 

 持っていた荷物を自分のデスクに置く。

 いつもはいる蛍光グリーンのアシスタントがいないので、彼はインスタントコーヒーをスプーンで掬い、2つのカップに均等に入れてお湯を注ぎ、自分と部長の分を準備する。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 応接用のソファにローテーブルを挟んで部長の対面へ座る。

 応接用のお高めソファなので座り心地は最高である。カレーやラーメンなんてこぼしたらどうなってしまうやら。

 コーヒーを1口啜るとインスタント特有の味と香りが鼻と舌を刺激した。

 

「ちひろくんはいないね」

「下のカフェに行ってるのでは。あそこのコーヒー好きなようですから」

 

 この346プロオフィスビルの1階にはカフェがある。軽食もあるし、コーヒーもうまい。少しお高めなのが玉に瑕であるが。

 

「それで、さきほどの起爆剤とは」

「そうだったね」

 

 彼が切り出すと、部長はコーヒーをテーブルに置いて続きを話し始めた。

 

「346プロは大手といえる事務所だ。歴史も長いし、誰もが知るような女優だって所属している。ただね、最近は他の芸能事務所もメキメキと力を付けてきているからね。人も仕事も取り合いになっているし、その競争は激しさを増している」

 

 今の346プロが置かれている状況はどうやら楽観視はできないようである。

 

「すぐにって訳じゃないだろうけど手をこまねいていると他の事務所に負けてしまう、起爆剤が必要だ、そう美城さんは考えたんだ」

「それがこのアイドル部門……ですか」

 

 今西部長はただ頷く。

 

「アイドルというのは昔から人気があったけど、ここ最近では特に人気が高まりつつある。それこそ765プロとかも」

「高木さんのところですね。テレビのチャンネルでどこかには必ず映ってますから。飛ぶ鳥を落とす勢いです」

「その通り。そして、346プロもそれに乗ろうということだよ」

「……乗っかれますかね。今日のスカウト綺麗にスカしましたよ」

「大丈夫。その地道な積み重ねが成果になるよ。焦るといいことないからね」

 

 今西部長は相変わらずのニコニコ顔で励ましてくれる。この安心感はおじいちゃんに頭を撫でられているときのようだ。

 タイミングを合わせたかのように2人でコーヒーを啜ると同時にドアが乱雑に開けられた。

 

「よっと、おっとっと」

 

 大きめのダンボールを抱えた女性が少しよろけながら入室してくる。

 上半身はダンボールですっぽり隠れているためか、まるでダンボールからタイトスカートと脚が生えた生物のようである。

 

「重……っと。ふぅ、あ、プロデューサーさん、今西部長」

 

 ドスンと重たい音を立ててダンボールを床に置いた彼女はアシスタントの千川ちひろだ。三つ編みにトレードマークの蛍光グリーンのスーツは、やや目に刺激が強いが、彼も部長ももう慣れた。

 

「ちひろさん、それは?」

「アイドルオーディションの応募書類です! メールルームから連絡があって受け取ってきたんです! 見てください! こんなにたっくさん!」

「アー、ウン、ソダネー……」

 

 ちひろは嬉しそうにダンボールの中身を見せてくるが、彼は目を泳がせながらみっちり詰められた応募書類入りの封筒を見やる。ざっと百はある。あくまで上側のみなので倍はあるだろうか。

 

「うんうん。たくさん来たね。でも、ホームページにアップしたのが数日前だから、明日からもっと来るはずだよ」

「エッ」

「千……いや2000はいくかもしれないね」

「ニセン?」

「僕が別の部署にいたときは最高で3000くらいだったかな」

「ジーザス」

 

 ニコニコ顔でさらっととんでもないことを言う部長。そんなにさばけるのだろうか。もっと人員増やしてほしいと思う彼である。

 

「私とプロデューサーさんですべて確認するんですか? 今西部長、もっと人員増えません?」

「ちひろくん、残念ながら今からは難しいよ。アイドル部門は創設されたばかりでたくさんの人を動員できるほど予算は多くない。何より美城常務とお父上である社長とは仲が良くない……というよりかなり悪いんだ」

「犬猿の仲ってことですか?」

「そうなるね」

 

 美城常務と美城社長の仲の悪さという地雷が発掘されたことで、彼もちひろも息を飲む。

 

 テレビドラマでよくある展開だ。業績が悪くて即切られる部署。みんなで協力して業績を盛り返して危機を脱する。こんな感じだろうか。

 

「もともと社長はアイドル部門創設に反対していたんだ。他の役員は賛成にまわったけど、彼の力はかなり強いから押しきれていなかった。美城常務はその賛成票と自分の計画で押し切った。予算が付いて創設が決定したんだ。条件付きだったけどね」

「条件ですか」

「『1年を通した活動の結果が満足のいくものではなかったらアイドル部門は廃止、常務を含めた社員はクビ』というものだよ」

「「ほぇえぇーー!?」」

 

 思わず彼とちひろの驚愕の声が重なった。青天の霹靂とは今のような状態を指すのだろうか。そして、さらりと言ってのける部長は変わらず朗らかだ。

 その条件でもアイドル部門を創設した常務を勇敢だと褒め称えるべきか、蛮勇だと罵るべきか、はてさてどちらか。彼にはわからなかった。

 

「僕は彼と一緒に仕事をしていたから、なんとなく予想はしていたよ。自分にも他人にも厳しいからね」

「荷が勝ちすぎるんですが。もう肩凝ってきた気がします」

「わ、私ようやくプロデューサーになれると思ったのに」

 

 すっかり萎縮した彼とちひろを見て、部長はパンと手を合わせた。

 

「さて、この話はここまでにしよう。すまないね。脅かすつもりはなかったんだ。無理をさせてしまうことは分かっているよ。僕もサポートするし、美城常務もいるからね」

「はい……」 

「じゃあ、僕も手伝うからさっそく始めよう」

 

 彼らはさっそくダンボールの封筒へと手を伸ばした。

 

 

 

 彼は天井を見つめている。

 窓の外は夜で満たされ、星の明かりだけが点々と存在していて、ところどころ浮かぶ雲が月光を遮っては離れ遮っては離れを繰り返している。

 

「かつて──人々はレンガとアスファルトを使い、天まで届く塔をつくろうとした。それを見た神は大変お怒りになり、人々の言語をバラバラにしてしまった」

「プロデューサーさん」

「神は人々の傲慢さを罰するため、このようなことを……」

「プロデューサーさーん!」

 

 ちひろは疲れのあまり現実逃避を始めた彼に呼び掛ける。頬を何度かペチペチするとようやく我に返った。

 時刻は23時。

 あれから封筒を開封して書類を確認する作業を黙々とこなしていた。手伝っていて部長も今日は孫が遊びに来るらしいことを知った2人に強引に帰らされていた。

 

「っんあ! 私はいったい何を……」

「最後の1枚が終わったあと、現実逃避してましたよ。はい、コーヒーです」

「ありがとうございます」

 

 ちひろからコーヒーカップを受け取り、1口飲む。ただのインスタントコーヒーであっても五臓六腑に染み渡るうまさがあった。

 

「ようやく終わりましたね。今日の合計は209枚でした」

「ちひろさんもお疲れ様です。200くらいなんてことないって思ったんですけどねぇ」

「私もです。舐めてました。部長帰さなきゃ良かったです」

 

 2人揃ってソファに背を預けぐだぐだと過ごしていると不意にドアがノックされた。

 

「誰でしょう?」

「おばけなんじゃないですか」

「ちょ、プロデューサーさん、怖いこと言わないでくださいよ。もー」

「事務所の中を徘徊する怨念。それは夢半ばで破れた者たちの恨み妬み怒りが集まっているに違いなぁい。怖いなぁ、怖いなぁ」

「え……あ……そ、そんなことは……あはは」

 

 ドアノブがゆっくりとまわる。金具が外れ、ドアが開いていく。キィィィィと軋む音がこの世に未練を遺す者の悲鳴のようだ。

 

「君たち」

「きゃあああああああ!?」

 

 ちひろが甲高い悲鳴をあげる。コンビニの袋を携えた美城常務も目を丸くする。

 

「ど、どうしたちひろくん」

「え、あ、みみみみ美城常務でしたか……良かった」

 

 泣き目に半笑いのちひろではあったが、安堵した様子だ。

 

「美城常務、こんな遅い時間にどうしました?」

「ああ、今西部長から君たちがまだ残っているだろうから差し入れをしてほしいと頼まれた。これを」

 

 常務からコンビニの袋を受け取った彼は中身を見る。おにぎり、サンドイッチ、ペットボトルのお茶、チョコなどだ。

 

「こんなにいいんですか」

「もちろんだ。それを食べたら、適度なところで切り上げて帰りなさい。体が資本なのだから壊さないように」

 

 それだけ言うとさっと踵を返してルームを出ていった。

 夜の遅い時間でも背筋も顔をシャンとしていた美城常務の後ろ姿は美しかった。

 ドアの締まる音で再起動したちひろはぷっくり頬を膨らませる。

 

「もうっ! ああいう脅かしはいけないと思います! 私はおばけ苦手なんですっ!」

 

 ぷりぷり怒るちひろに梱包を剥いたおにぎりを咥えさせると「おいひい」と言い静かに食べ進めていた。

 

「帰りますか」

「そうですね。明日も早いですから」

 

 ペロリと食べ終えたちひろがそう返事をした。

 

 




勢いで書きました。
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