プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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10話 オムニバス

 346プロのアイドル部門にいくつかあるレッスンルームの1つに所属アイドルたちが揃いつつあった。プロデューサーも聖も、そしてその妹たちもいる。いないのはみくと杏だけである。

 

「お、おっはようございますにゃあ!?」

 

 息も切れ切れなみくが杏を脇に抱えて飛び込んできた。全力で走ってきたのだろう。額には大粒の汗が浮かんでいる。

 

「遅いぞー、みくにゃん!」

 

 未央が野次を飛ばす。

 

「そうは……言っても、杏ちゃんが……」

「よいしょ。みんな、おはよー」

 

 みくから下ろされた杏がなに食わぬ顔で挨拶をする。

 

「杏、また寝坊したな? みくに起こしてもらってばかりじゃダメだろう」

「いやー、つい。プロデューサーもそういうときあるでしょ」

「…………ない」

 

 あったんだろうなぁとプロデューサー以外の面子は思った。どこかからちひろのくしゃみが聞こえた気がした。

 

「みくも座って呼吸を整えてくれ」

「はいにゃ……」

 

 みくは未央の隣に座りタオルで汗を拭う。杏は莉嘉の隣だ。

 

「みくも落ち着いたようだし、今日の要件を話す。みんなには今日からボーカルレッスンを受けてもらうことになる。これはアイドルとして必要な歌唱力を養うためだ。順番はまだ決まっていないが、ゆくゆくは全員に持ち歌を付けるつもりだ」

 

 アイドルたちが一斉に「おぉ!」と声をあげた。杏だけは気だるそうに「うへぇ」と漏らした。

 

「さて、ボーカルレッスンを受けてもらうにあたり新しくボイストレーナーが付くことになった。そちらにいる青木明さんだ」

 

 さきほどからチラチラと視線を向けられていた明が1歩前に出る。

 

「青木明です。よろしくお願いします」

「明さんは聖さんの妹で、今後ボーカルレッスンを担当する。聖さんはダンスレッスン担当だ。さらにそちらが」

 

 プロデューサーが言い切る前に彼女は自己紹介を始めた。

 

「はじめまして、青木慶です! 今日からここでお世話になります。至らぬ点が多いですが、アイドルのみなさんをサポートできるようがんばります! よろしくお願いします!」

 

 拍手が終わるのを待って、プロデューサーが続ける。

 

「話は以上。凛、未央、卯月はここに残って明さんとボーカルレッスン、残りのメンバーは隣で聖さんとダンスレッスンとする。慶さんはダンスレッスンのサポートに付いてくれ。では、この場は解散。各自、レッスンを始めてくれ」

 

 アイドル達がぞろぞろと動き出す。

 

「明さん、慶さん、本日からよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。慶まで受け入れて頂いて。ほら、ちゃんとお礼をして」

「本当にありがとうございます! いずれは姉たちに追い付け追い越せでがんばります!」

「お2人に来ていただいて大変頼もしい限りです。あの子たちをお願いします」

 

 プロデューサーは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 凛、未央、卯月の3人はボーカルレッスンのために残っていた。他のアイドル達はダンスレッスン、プロデューサーと明は少々打ち合わせをするとのこと。

 

「いよいよ、ボイスレッスンかぁ。なんかアイドルっぽくなってきたね、しまむー、しぶりん!」

「はいっ! どんな曲でも歌えるようにがんばります!」

「そうだね。でも、歌はあんまり自信ないんだよね……」

「大丈夫ですよ凛ちゃん、765プロの天海春香さんも最初は歌が苦手だったけど練習して上達したそうですから!」

「そっか。じゃ、がんばらないと」

「その意気だしぶりん! なんならこの未央ちゃんが教えてあげるぜっ!」

 

 キランと歯を見せ、親指を立ててグーサインをする未央。

 

「未央は歌うまいんだ?」

「えっとぉ、普通、かな……?」

「ダメじゃん」

「てへっ」

 

 こつんと握り拳を頭に当て、舌を出す未央。

 

 てへぺろをさらりとやってのけるのが未央なのである。

 

「3人とも待たせてすまない」

 

 プロデューサーと明がレッスンルームに戻ってきた。紙の束や電子ピアノ、スピーカーなど手荷物が満載である。

 

「さっきも言ったが、今日からボーカルレッスンも行う。さっそく初めてもらいたいが、その前に重要なお知らせがある」

「おっ! なんだなんだー!」

「ごほん、心して聞くように」

「ラジャー!」

 

 敬礼の真似ごとをする未央を静かにさせて、本題に移る。

 

「凛、未央、卯月にはトリオユニットを組んでもらう」

 

 3人の表情がざわついた。

 

「ゆ、ユニットですかぁ!? あわわ」

「私もなんだ」

「ちょ、落ち着いて2人とも! まずは素数を数えるんだ!」

 

 素数を数え始める未央に驚きを隠せない卯月。凛も目を大きく開いた。

 

「はいはい、まだ終わってないぞ。未央、素数は数えんでよろしい。ユニット名は『ニュージェネレーションズ』。すでに楽曲も完成している。曲名は『できたてEvo!Revo!Generation!』だ。今から聞いてもらう」

 

 プロデューサーがスマホを操作すると、スピーカーから楽曲が流れ出す。イントロから始まりアウトロまでの1曲分終わったあとに改めて彼女たちの表情を確認する。

 

「どうだ?」

「明るい歌だと思う。新しい世界に踏み出していくみたい」

「うんうん。まさに私たちにピッタリな曲ですな!」

「ニュージェネの第一歩ですね!」

 

 初めの感触としては良い感じそうである。

 

「受け入れてもらえて良かった。これからこの曲を仕上げもらう。お披露目のミニライブも予定している」

「ミニライブ!?」

 

 3人の声が重なり合う。

 

「ああ。そこがニュージェネレーションズのデビューになる」

 

 デビューという言葉の重みに、それぞれの顔にさきほどよりも大きな驚きと不安が浮かぶ。さすがに一気に話を進め過ぎたかもしれない。

 

「いつかはデビューするんだと思ってたけだ、いざとなるとドキドキする」

 

 凛は緊張している様子だがそこまで動揺は小さい。

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 卯月は不安そうだ。表情にくっきり出ている。

 

「よ、よおっし! やってやるぞぉ!」

 

 未央は空元気だ。いつもの元気さはプレッシャーへの弱さの裏返しかもしれない。

 

「あ、リーダーは未央な」

「ほわぁっつ!?」

 

 本日から正式に結成されたニュージェネレーションズはミニライブでのお披露目デビューに向けて、動き出した。

 

 

 * * *

 

 

 加蓮はダンスレッスンが終わったあとプロデューサーに呼び出された。

 

「プロデューサー、来たよ」

 

 プロデューサーの背中にそう声をかける。

 

「ちょっとソファで待っててくれ」

 

 言われた通りソファに腰掛ける。スマホをいじりながら区切りがつくのを待つ。

 

 10分ほどして彼が対面に座る。

 

「待たせた」

「んーん、そんなに待ってないよ。で、何?」

「実は、加蓮の営業をかけたらある雑誌の編集部の人がお前と会ってみたいと言われたんだ。明日、行けるか?」

 

 雑誌の名前を聞いた加蓮は、あれかと思い浮かべた。読んだことはないがコンビニの雑誌コーナーにもあって名前は知っている。

 

「それはいいけど、1人で?」

「私も行くよ」

「そ。じゃあ行く。待ち合わせはここでいい?」

 

 明日のための軽い打ち合わせをして加蓮は帰宅した。

 

 

 

 

 翌日、加蓮とプロデューサーは雑誌の編集部を訪れていた。

 

「加蓮、大丈夫か? なんか顔色が悪いぞ」

「だ、大丈夫……! 緊張で、昨日ちょっと寝付けなかっただけだから」

「無理はするなよ」

 

 プロデューサーに続いて加蓮も足を踏み入れる。彼が受付とやりとりをしている間にきょろきょろと周囲を観察する。雑誌のポスターが貼られているたけで意外と地味だった。もっと派手なイメージがあった。

 

 呼ばれて一緒にエレベーターへ。降りるとおばさんが立っていた。

 

「お待ちしていました、天津さん」

「今回は機会を設けていただき、ありがとうございます。加蓮、挨拶して」

「は、はじめまして。北条加蓮です。よろしくお願いします」

 

 挨拶を済ませるとおばさん──後に編集長と知る──に連れられて、応接室へ通された。

 

「それで今日来ていただいたのは加蓮さんにお仕事をお願いしたいと思い、連絡しました」

 

 お仕事、という単語を編集長が発したことでプロデューサーの顔が引き締まる。

 

「なんでも、加蓮さんのそのネイルはご自身でやっておられるとか」

「は、はい! アタシが自分でやってます!」

 

 いきなり話題を振られてびっくりした。噛まくて良かったと加蓮はほっとした。

 

「デザインとかも自分で? 少し見せてもらっていい?」

「はい」

 

 まじまじとネイルを見られるとなんか恥ずかしい。変ではないはずである。

 

「ネイル歴はどれくらい?」

「中学1年頃からなので3年くらいです」

 

 編集長はうん、うん、と相づちを打っている。

 

「実はね、うちの新人が雑誌の新しいミニコーナーを担当することになって、題材をネイルにしようって決まったのよ。誰かいないかなってときに彼があなたを売り込んできてこれはグッドタイミングってね」

 

 まさかネイルが仕事につながるとは考えていなかった。加蓮の脳裏に入院中にネイルのやり方を教えてくれた看護士の顔が浮かぶ。

 

「そういうわけで、大きなコーナーではないけれどお願いできるかな。あ、もちろん、346プロ新人アイドルだって紹介もするからね」

「や、やります! お願いします!」

 

 加蓮にとっての初仕事が決まった瞬間である。

 

「あなたに受けてもらえて嬉しいわ」

「こちらこそ、加蓮をよろしくお願いします」

「えぇ、任せて。また何かあれば声をかけるから、そのときはよろしく」

「ありがとうございます」

「じゃあさっそく打ち合わせといきましょう。呼んでくる

わね」

 

 編集長が連れてきた新人を含めた4人で今後の打ち合わせを行い、こうして加蓮の初仕事が決まったのである。

  

 

 

 

 雑誌編集部からの帰りの車内。

 

「ふぅぅー」

 

 加蓮は体の中の空気をすべて出し切ってしまいそうな息を吐く。張っていた肩肘の力や緊張、その他もろもろを取り払うようだった。

 

「お疲れ様、加蓮」

 

 ハンドルを握るプロデューサーが労う言葉をかける。

 

「プロデューサーこそ、アタシのこと営業してくれてたんだ。まだレッスンだけかと思ってたよ」

「少しずつ露出を増やしていかないといけないからな」

「そうなんだ。でも、ふふ」

 

 加蓮はおかしそうに笑う。

 

「ちゃんと仕事してるプロデューサーを見るのは初めてかも」

「そこは笑うとこか?」

「ごめん。なんかパソコンとにらめっこしてるイメージしかなくてさ」

「ちゃんとしてますぅー」

 

 加蓮は窓の外に目を向ける。

 

「プロデューサー、アタシがんばるよ」

 

 目線を窓から外さずに、しっかりとした口ぶりだった。

 

 

 * * *

 

 

 奈緒がロッカールームに入ると加蓮が着替えようとしていた。彼女もまた気付いたようで、目と目があう。

 

「あ、奈緒。おはよ」

「おはよう加蓮。今来たとこか?」

「うん」

 

 ロッカーにかばんやら上着やらを放り込んで、ジャージに着替える。運動シューズに履き替えて、紐の緩みをチェックする。

 

「そういや加蓮、初仕事が決まったんだって?」

 

 加蓮が雑誌のミニコーナーの仕事を獲得したという話は、ちひろを出発点に莉嘉を経由して他のアイドルたちにも広まった。

 

「うん。雑誌のコーナーでネイルをやることになったんだ」

「結構綺麗に作ってるもんなぁ。良かったじゃん」

「奈緒にもやってあげよっか?」

「えー、アタシにネイルって似合うか?」

「……やってみないとわからないでしょ」

「おい、そこは似合うって言えよ」

「あはは、ごめんって」

 

 ジト目の奈緒に謝りつつ、加蓮はロッカーを閉めた。

 

 

 * * *

 

 

 プロデューサーは休憩コーナーの長椅子に腰掛けて缶コーヒーを啜る。

 

 休憩コーナーは、フロアの角に位置している。ガラス張りで日当たりもいい。数台の自販機とテーブルセット、長椅子、インテリアとして観葉植物が置かれている。

 

「あーっ! Pくんがサボってる!」

 

 レッスンの休憩中と思われる莉嘉が、サボり見つけたりと言わんばかりに駆け寄ってくる。

 

「ずるいずるいーっ! 莉嘉たちはいっぱいレッスンがんばってるんだよ!」

「そうかそうか。終わったらジュースを奢ってあげよう」

「ホントっ!? えへへー、ありがとPくん」

 

 プロデューサーは気付けば莉嘉の頭を撫でていた。あまりにぴょこぴょこしているから元気な犬と戯れている感じがしてならない。

 

「わわっ」

「おっと、すまない」

「えへへー、Pくんならいーよ」

「莉嘉! ちゃんと水分補給しなって!」

 

 無邪気な笑顔を向けてくる莉嘉だったが、紙コップの飲料を持った美嘉を見てぎくりとする。

 

「お、お姉ちゃん、ちゃんと飲むってば」

「アンタはそう言って結局飲まないから! ほら、せっかく聖さんが準備してくれたんだから」

 

 回避しきれずちょびちょび飲む莉嘉は今度は小動物のようだ。

 

「お疲れ、美嘉」

「ごめんね、莉嘉が騒がしくて。あんまりドリンク飲みたがらないから」

「聖さんのドリンクはおいしくないのか?」

「おいしくないってわけじゃないけど……微妙……かな。でも、飲めないわけじゃないし」

 

 トレーナーの聖はここ最近は自作ドリンクを作って持ってくるようになった。プロデューサーとちひろで試飲はしたが、好き嫌いが分かれそうな味ではあった。栄養素の面では問題ないらしい。

 

「一応、明さんが監督したらしいぞ」

「明さんが?」

「ああ。ドリンクに粉砕したくさやを入れようとしていたから止めたって」

「くさや……」

 

 もしくさやが入っていたら、そんな想像をしたのか美嘉の顔が少しひきつる。くさや入りは、ダークマターだったのは間違いないだろう。

 

「それから飲めるレベルまで明さん主導でレシピを考えたらしい」

「明さんにありがとうって言わなきゃ」

「ちなみに、聖さんのお姉さんが作るドリンクを飲むと阿鼻叫喚の地獄絵図になると明さんが体験談を教えてくれた」

「体験談なんだ……」

 

 聖さんのお姉さんのドリンクを試飲する羽目になるとは、このときのプロデューサーとちひろは知るよしもない。

 

「ぷはー! 飲んだよお姉ちゃん! Pくんも見て!」

 

 地道に飲んでいた莉嘉が空の紙コップを見せつけて主張する。元気復活のようだ。

 

「次からちゃんと飲むこと。いい?」

「えー、なんか変な味なんだもん」

 

 むくれている莉嘉の頭をまた撫でる。

 

「えへー」

「プロデューサー、莉嘉のこと甘やかさないでね?」

「あっ、そうだ!」

 

 莉嘉が撫でている腕の袖をグイグイ引っ張って手招きしてくる。この顔は何か企んでいる表情である。

 

「耳貸して?」

「なんだ。ふむふむ、なるほど」

 

 チラチラと美嘉の様子を確認しつつ、こそこそと秘密の会議としゃれこむ。

 

「お姉ちゃん、こっち来て☆」

「ちょっ、なに。さっきから2人でチラチラと」

「いーじゃん、ほらほら☆」

「変なことしないでよ?」

 

 身構えつつもプロデューサーたちに近づいたのが運のツキとなる。

 

 プロデューサーはぬっと腕を伸ばすと美嘉の頭にぽんと乗せた。そして撫でた。

 

「……へ?」

「ダンスレッスンで莉嘉にいろいろ教えたんだって聞いたよ。よしよし、がんばるお姉ちゃんにご褒美だ」

「あ、ちょ、ちょちょちょちょままままっへぇ」

 

 パニックぎみの美嘉の懇願は流れる風のようにスルーして、プロデューサーは続ける。

 そして、パシャリとスマホのシャッターが切られる。

 

「……?」

「Pくん、撮れたよ!」

 

 美嘉がぽかんとしている中、莉嘉がスマホの画面をプロデューサーに見せる。

 

 そこには顔を茹でダコのように赤くし目をぐるぐるさせている美嘉の写真が表示されている。

 

「よく撮れてるな」

「お姉ちゃんって結構照れ屋なんだよ☆ 可愛いでしょ?」

「ああ可愛いな」

「可愛っ…………」

「でしょでしょ! Pくんに送るね」

「頼む」

 

 間を置いたことで美嘉の思考もクールダウンした。

 

「…………ハッ! 写真! りぃーかぁー!」

 

 ゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうだ。美嘉の背後にメラメラ燃える炎が見えそうである。

 

「お、お姉ちゃん……てへ」

「まったく!」

「可愛かった」

「プロデューサーまで悪ノリしないでよ! もー!」

 

 ぷんすか怒る美嘉をなだめている間に、莉嘉によってグループラインにさきほどの写真が投稿されたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 346プロダクション、女子寮。夕食後の食堂で神妙な面持ちの前川みくが静寂を切り裂いた。

 

「凛ちゃん、未央ちゃん、卯月ちゃんの3人がトリオユニット『ニュージェネレーションズ』を結成、加蓮ちゃんの雑誌のミニコーナー獲得するなど、今、346プロアイドル部門では新たな波が起きているにゃ!」

 

 同席する双葉杏は何も発しない。

 

「このままこの波に乗り遅れてしまっていいのだろうかにゃ。いや、良くにゃい! よって、前川みくはここに『お仕事獲得検討委員会』の設立を宣言するにゃ! おー、にゃ!」

 

 みくはがばっと立ち上がり、天井に向けて拳を付きだした。

 

 食堂が静寂に包まれる。待てど暮らせど、みくに続く声はない。

 

 視線を下げると、杏は寝ていた。それはもうぐーぐーと。

 

「杏ちゃん、起きてにゃ!」

「んあ? ふぅああああ……もー、なに? 杏寝てたのに」

「みくの話聞いてた?」

「……もちろん! キャットフード早食い大会出場するんでしょ? がんばってね」

「ちっがうにゃあ! お仕事獲得検討委員会ぃー!」

 

 杏は眠い目を擦っている。聞いていなかったのは一目瞭然だった。

 

「どうやったらみくたちがお仕事を獲得できるようになるか検討と対策をするってこと!」

「えー、めんどう。ていうか、それ杏も入ってるの?」

「もちろんにゃ。だって、女子寮にいるのみくと杏ちゃんだけでしょ」

 

 この女子寮に現在入居しているのはみくと杏のみ。残りのアイドルたちは都内または近辺から事務所に通っている。食事はほぼみくの役割となっている。杏に任せると良くてレトルト、最悪の場合は飴のみで終わりなんてことがあった。

 

「だいたいさ、またなんで急にそんなことを?」

「だってだって、みくのほうが実績はあるのにまだお仕事来ないんだもん」

「そりゃあそうだよ。みくちゃんまだ所属したばかりじゃん。所属した瞬間からお仕事バンバン来るなら杏はアイドルになってないよ、絶対」

 

 杏はどや顔で胸を張って堂々と宣言する。

 

「……杏ちゃんはどうしてアイドルになったの?」

「印税もらって楽して生きていきたいからだけど?」

 

 当たり前だろ、と杏の顔に書いてある。

 

「なんというか、よくアイドルなれたね。やっぱりプロデューサーにスカウトされたにゃ?」

「ま、そんな感じかな。買い物に行こうと家出たけど、お腹が空いて力が出なくてマンションの通路で行き倒れてたんだ。そこをたまたま通りかかったプロデューサーに助けてもらって、あとはトントン拍子で……ふぁ……」

 

 杏はあくびをして、椅子の背もたれにもたれかかる。

 

「みくちゃんだって飛び込み営業みたいなことしたでしょファミレスで」

「あ、あれは! その、いろいろ焦ってて。アイドルの夢を手放しそうだったから……」

「ふーん、ま、とりあえずアイドルになれたしいいんじゃない? 焦って無理に仕事取ろうとするよりレッスンしっかりやればいいよ。急がば回れってね」

「サボり魔の杏ちゃんに言われるなんて」

「ふっふっふ、というわけで杏は眠いので部屋に戻りまーす」

 

 ややボロのうさぎのぬいぐるみを抱えつつ、杏は食堂の出入り口へ足を向けた。みくも追いかける。

 

「ちょ待ってにゃ杏ちゃん! 委員会がまだ」

「1回目なんて顔合わせみたいなもんだし、今日は終わりってことで」

 

 勝手に始めて巻き込んだお仕事獲得検討委員会なのに否定しないんだ、とみくは少し嬉しくなる。もしかしたら杏は実は頼れる昼行灯なのかもしれない。

 

「あ、そういえば今日部屋に入ったとき結構汚かったから明日ちゃんと掃除すること! いいかにゃ?」

「みくちゃんやってよ。飴あげるからさ」

 

 やっぱり通常運転の杏と肩を並べてみくは食堂をあとにした。

 

 

 

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