プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

13 / 58
13話 お酒に1つの駄洒落を添えて(1)

 

 

 346プロダクションには様々な部門があります。

 映画部門、俳優部門、歌手部門、最近新設されたアイドル部門、そして私が在籍するモデル部門です。他にも細々とサポートをする部門があります。

 

 はじめまして、私は高垣楓といいます。今は346プロダクションモデル部門でモデルをしています。

 

 さて、私が今どこにいるかというと、エレベーターの中です。目的の階はモデル部門の25階。あら、ちょうど私の年齢と一致しますね。

 ぐんぐんとエレベーターは上へ昇っていきます。

 やがて到着したエレベーターを降りて、通路を左へ進みます。

 

 モデル部門の第二営業部に用があります。私を担当している営業の方がそこに配属されているので。

 

 通路の先のドアを開けようと手を伸ばしたとき、がちゃりとドアノブがまわされ、室内から女子高生くらいの女の子が2人出てきました。

 

「あ、こんにちは~」

「こんちわー」

 

 2人は私の顔を見るなり、軽く挨拶をしていきました。

 その顔はどこかくすくす半笑いで、まるで私を見下すような気がしてしまいます。

 

 ただの挨拶なのに、ダメね私は。

 

 ちょっとした自己嫌悪を感じつつ、開けっ放しのドアから第二営業部に入り、担当の宇沢さんのもとへ直行します。

 

 彼のデスクは奥の島です。物が乱雑に置かれていて、コーヒーはぬるくなってしまっているようです。彼は唸り顔でパソコンと向き合ったままでした。

 PC横にはいくつかの資料が置いてあって、一番上のそれにはさきほどの女の子が写っています。

 

「あの、宇沢さん」

 

 さっぱり気づく素振りがないので、私から話しかけます。

 びくっと体を震わせて、彼は慌てて顔をあげました。ようやく私と目が合います。

 

「あ、ああ、高垣さんですか。いつからいらっしゃったんで?」

「ついさきほどです」

「そうですか。ハハ。これは気付きませんでした。して、なにようでしょうか」

 

 狸のようにぽっこり出ているお腹をシャツの上から書きながら、私に尋ねてきます。

 

「あの、お仕事はありますか?」

「ああー、なるほど。お仕事ですね。んーと、残念ながら今は高垣さんのお仕事はないので、自宅待機でお願いします。何かあればご連絡しますので」

「……わかりました」

「あ、そうだ」

 

 何かを思い出したかのように宇沢さんはつぶやきます。

 

「ロッカールームに私物とか置いてません? あったら持って帰ってほしいんですよ。ほら、この前窃盗騒ぎがあったもので」

「この前、ですか」

「はい。お願いしますね」

 

 ちょっぴり、本当にちょっぴりだけですが、期待していました。すぐに打ち消されましたが。

 

「わかりました。今日は失礼します」

 

 私は宇沢さんにお辞儀をすると彼に背を向けて、足元の段ボールなりゴミ箱なりを避けながら第二営業部のドアまでするすると戻ります。改めてお辞儀をして退室しました。

 

 今日も私へのお仕事はありませんでした。ちょくちょく顔を出しているのですが、やはりといったところです。

 お仕事がない以上はここにいても仕方がなく、とりあえずロッカールームに私物を取りにいかないといけません。

 

 そこはエレベーターを挟んで反対側にあります。

 ロッカールームに入ると、中は静かでした。誰の気配もなく、どうやら無人のようです。

 

 人見知りの私にとってはチャンスです。ささっと私物を回収してしまいましょう。

 

 私に割り当てられているのは、3列あるロッカーの一番左の奥側にあります。位置的にちょうど入り口からは見えにくいところです。

 

 バッグからロッカーの鍵を取り出し、解錠します。知ってますか? ここのロッカーはすべて鍵付きなんですよ。

 

 中から置いていた私物をバッグにしまっていきます。といっても、タオルとか絆創膏とか細々としたものくらいなんですけどね。

 

「あ、こんなところに」

 

 失くしたと思っていたワイヤレスイヤホンの片割れを発見したところで、ロッカーは完全に空になりました。

 

 扉を閉めて施錠し、さあ帰ろうとしたら、誰かが話しながらロッカールームへ入ってきます。私は思わず隠れてしまいました。人見知りの咄嗟の瞬発力はすごいんですよ。

 

 私のいる辺りまで来るのかとドキドキしていたけれど、どうやら出入口に近いロッカーが割り当てられているらしく、こちらまで来ません。

 

 さりげなく挨拶して今度こそ帰ろうとすると、

 

「あたしの次の仕事すごくね?」

 

と聞き覚えのある声がしました。

 

「ほんとにな。羨ましいよまったく」

「へっへー、そうだろ」

 

 彼女たちは、さきほど入れ違いになるように第二営業部を退室したあの女の子たちでした。

 これから撮影なのかはわかりませんが、ここを利用するようです。

 帰るタイミングをすっかり逃しちゃったなと考えていたときです。

 

「なー、そういえばさっきすれ違った人いたでしょ」

「あのボブカットの?」

「そそ」

 

 それってもしかして私のことでしょうか?

 

「あの人のこと会社のホームページで見てみたんよ」

「うんうん、それで」

「なんと! 25歳だってさ!」

「ババアじゃん!」

 

 今の若い子たちから見ると、私はババアに区分されてしまうんですか。そうですか。

 

「しかも全然仕事ないんだって! 営業掛けてもさっぱりだって」

 

 最後にお仕事をしたのは、いつだったでしょうか。

 うーん、確か、女性向けの帽子のカタログ写真の撮影でした。実際に被って撮影をしましたが、見本誌の写真にはあまり私の顔は写ってませんでした。完全に帽子メインでしたね。

 そう考えると結構前になるんでしょう。

 

「アハハ! もう駄目じゃん、モデル辞めるしかねー!」

「出身は和歌山みたいだし、みかん農家に転職でもしたほうがいいよ!」

「私が作りました高垣みかん!」

「もしくはAVとか! パッと見美人だったじゃん!」

「酷すぎぃ!」

 

 随分な言われようです。このまま出ていって言い返してやりたいのは山々ですが、お仕事がないのは事実です。

 

 私が感じた見下したような感じはあながち間違いじゃなかったんです。彼女たちの頭の中では、私は彼女たちより下のランクのババアという認識なんでしょう。

 

「あ、そろそろ行こう。遅刻すっとまずいから」

「そうだね。いこいこ」

 

 彼女たちがわらわらと出ていったのを確認してから、

 

「……帰り……ましょう」

 

とつぶやいてロッカールームを出た。

 

 

 

 

 346プロからの帰り道。空は夕暮れに染まりはじめています。

 

 街行く人々に混ざる私はまるで迷子みたいです。いえ、帰り道はちゃんと覚えていますから、なんと例えましょうか、……人生の迷子、でしょうか。

 

 私の行く末はどうなるのでしょうか。モデルとしての活動もほとんどない現状では、そろそろ転職も本気で考えなければなりませんね。

 

 高校を卒業し上京して早7年。大都会東京での暮らしにはすっかり慣れました。

 初めこそ地元よりも不便さを感じることすらありましたが、慣れてしまえばなんて便利なんだろうと思わされました。

 

 欲しい商品があればすぐに手に入るし、通販は購入当日に届くことすらあります。交通網は整備されていて、電車は数分から10分くらいの間隔で来ます。

 

 便利さに慣れきっても、時々は地元の不便さが恋しくなるときもあります。

 

 道すがらすれ違った不便さとは無縁そうな女子高生たちが談笑しているのを見て、昔の自分にもあんなに生き生きしていた頃があったのかと思うとどこか懐かしく感じます。

 

 あ、そういえば夕飯の材料がありませんでした。買っていきましょう。

 

 帰り道の途中にあるスーパーマーケットに立ち寄り、カートにカゴを乗せて、夕飯の買い出しで賑わう店内を進んでいきます。野菜、魚介、デリカテッセン、精肉、冷凍食品を一通りです。

 

「あら、半額」

 

 2週目では、半額に値下げされたブリや油揚げ、豆腐にほうれん草をカゴに入れます。

 

 お米ある、味噌ある、調味料で切れてるものはなし。あとは、あ! あれがありませんね、ふふ。

 

「じゃじゃん、お酒コーナー!」

 

 ……私、1人で何言ってるんでしょうね。テンションがおかしいです。

 誰かに見られていないか、周囲を確認します。どうやら大丈夫そうです。

 

 子供にあの人なーに?とか指を指されたり、店員に訝しげに声を掛けられたりしたら、恥ずかしさで顔から火を吹いていたでしょう。大怪獣カエデの誕生です。

 

「やっぱり日本酒ですね♪」

 

 ワクワクしながら楓式品定めを行います。

 楓式とはいいますが、なんとなく美味しそうなお酒を選ぶだけです。要は感覚です。

 

 今日はこれにしようと日本酒の瓶に手を掛け、いろいろ逡巡した上で、掛けた手を戻しました。

 

「……今日は、辞めておきましょう」

 

 なんとなくお酒を買うような気分ではないので、その日本酒はまた次の機会にします。

 

 レジで会計を済ませて、エコバッグは忘れてしまったのでビニール袋を5円で買って、袋詰めしました。

 

 会計を終える頃には、すでに夜でした。夜空には星が点々と光っています。

 

 星が光ってまスター……ふふ。

 

 東京の夜は明るく、しかも通行人が多いので、多少は遅くなっても怖くありません。私の地元は夜になると電柱の照明灯しかありませんから不気味でした。

 

 やがて、私の住むマンションに到着しました。

 

 

 

 

 目を覚ますと、時計の針は午前0時をまわったことを示しています。シンデレラにかかった魔法も解けてしまう時間です。 

 

 夕食も済ませて茶碗も洗い、お風呂に20分ほど浸かって気分をさっぱり切り替えます。

 その後はゴロゴロしたり、スマホをいじったりして、気付けばテーブルに突っ伏すように寝落ちしていました。

 

 モコモコのパジャマを着ていて良かったです。モーコんなに温かくて風邪の心配もありません。

 

 きちんとベッドに寝ようと電灯を消します。するとリビングのカーテンの隙間から光が射し込んでいることに気付きます。

 

 カーテンをほんの少しだけ引くと、太陽の光を反射した満月が夜空から地上を照らしていました。

 キラキラと輝いているわけではないですけれど、確かにそこにあり、鈍くも包み込むような柔らかな光が降り注いでいます。

 

「今日は満月だったのね。この東京でも月明かりはちゃんと見えるってなんだかいいわね」

 

 地元は東京ほど眩しくないので星たちは肉眼でも視認できました。ただ、上京してからはあんまり星は見えていないんです。

 

 なんでも、街の明かりが明るすぎると星の光は見えにくくなるらしいですから、きっと私もそうなんでしょう。

 

 眠気が消え去り、意識がすっかり覚醒してしまった私は、冷蔵庫に1本だけ余っていた梅酒の缶を取り出します。いつ買ったのか覚えていませんが、まあ飲んでも大丈夫でしょう。

 

 今度はカーテンを全開にして、掃き出し窓を開けます。

 

 夜風が私の頬をなでるように吹き込んできて、それが肌寒くもあったけれど、心地よさも感じていました。なんだか地元にいた頃を思い出すような冷たさでしたので。

 

 ベランダに出てサンダルを履き、ベランダとリビングの段差に腰掛けます。

 

 さて、満月を酒の肴にして月見酒と洒落込みましょう。

 

 プルタブを起こして封を切ります。炭酸がシュッと抜けて、いざ一口。

 

「……おいしくない」

 

 いえ、味はおいしいんですけど、でもおいしくないんです。

 

 梅酒なので賞味期限は問題ありません。品質も同じでしょう。

 

 となると、お酒を飲むことによる満足感が足りないんでしょう。

 

 お酒が飲める年齢になってから5年が経過していますが、私の人見知りもあって、いわゆる飲み友達というのがいません。ええ、1人もです。ぼっちなんです。

 

 20歳になってお酒という大人の飲み物を嗜み始めた頃は、いろんなお酒を飲めることが楽しくて一人酒というものが想像できませんでしたが、絶賛体験中の今はわかります。

 

 寂しさと虚しさを肴にするのが一人酒です。おいしいお酒と愚痴でもあればもっと良かったでしょうね。

 

 ここ数年でさすがに慣れましたが、いつかは誰かと一緒にお酒を飲み交わしてみたいものです。

 

「満月と一人酒に乾杯」

 

 誰にも向けるわけでもなく、1人で乾杯の真似事をして梅酒を飲み干しました。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。