プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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14話 お酒に1つの駄洒落を添えて(2)

 

 

 今日の私はオフです。最近は明らかにオフのほうが長いんですけどね。

 

 スマホを確認しても通知は1件もありません。わかってはいましたが、事務所から連絡は今日もなしです。

 

 やはりもう私の旬は過ぎたということだと思います。厳しい現実ですが、向き合っていく他ありません。

 

 とりあえず、今日は郊外のショッピングモールに行こうと考えています。

 あそこのテナントの靴屋はリーズナブルな値段設定の割に頑丈さが売りですから、よくお世話になっております。

 

 今履いている靴がさすがに擦りきれてきたので買い換えたいんです。

 

 雨の日も風の日も、ときには雪の日にだって私の足を支えてくれたあめイジングな靴なのです。

 

 寝癖よし、メイクよし、身だしなみよし。お風呂とトイレの掃除もよし。身支度を整えて、私はショッピングモールへ向かうべく自宅を出発しました。

 

 マンションを出発し、電車に乗るために駅に徒歩で向かいます。タクシーをバンバン呼べるくらいお金があればいいんですけどね、とほほ。

 

 駅まで残り半分といったところで公園に差し掛かります。

 

 春になればそれなりに桜の咲く公園で、よく花見と酒盛りをしている一団を見かけました。

 

 そんな桜ももう薄紅の花びらはすべて散ってしまって、今はもう新緑の葉を繁らせています。ざわざわとそよぐそれを見ていると、移り変わりというものを実感します。

 

 一際強い風が吹いて、目の前に白い帽子がどこからともなく飛んできました。それを拾うと幼い女の子がパタパタとこちらへ走ってきます。

 

「この帽子、あなたの?」

「うん!」

「そう。はい、どうぞ」

「ありがとう、お姉ちゃん! ばいばーい!」

 

 ばいばーい、と私も手を振り返します。

 

 見慣れた道を進み、やがて駅に到着しました。

 

 ショッピングモールの最寄り駅までの電車が動いているか電光掲示板を確認します。良かった、問題なく動いているようです。人の多い東京ですから、時々いろいろあります。

 

 ICカードを改札機へ読み取らせ、すいっと駅のホームへ。10分くらいの間隔で電車が来るのであまり待たずに乗れます。

 

「とりあえず、電車が来るまで待っとれいん。ふふ」

 

 よく聞き取れる駅員のアナウンスが地元ではありえない10両編成の電車の到着を告げ、吸い込まれるように車内に乗り込み、ドア付近のつり革を握ります。

 

 ガタゴトと揺れながら、車両の窓越しに街並みをぼんやり眺めます。

 

 電車は、コンクリートジャングルとも揶揄されるビルの林立する大都会を縫うように走り抜けていきます。

 

 もしここが本当にジャングルなら私はなんの動物なんでしょう?

 

 アリ、ネズミ、ウサギ、トラ、ヘビ、ワニ……それともネコかしら。

 

 そんなことをぼーっと考えているうちに、いくつかの駅を越え、車掌の鼻声アナウンスが最寄り駅にもうまもなく到着することを知らせてきました。

 

 ジャングルにネコっているのかな、と思いながら、人の波に流されるように改札へ向かいます。

 

 再びのICカードで改札を抜け、駅構内を通り、正面玄関口から構外に出ます。

 

 目と鼻の先にお目当ての靴屋が入るショッピングモールがあります。歩いて5分とかかりません。さっそく行きましょう。

 

 と思ったら信号に捕まりました。

 

 モールの出入口から靴屋に直行しようかとしたけれど、時刻はもう13時になろうとしていて、先に軽くお昼を済ませようとモール内のスーパーへと足を向けます。

 

 今日はサンドイッチなんていいんじゃないかと考えていると、途中になにやらイベントのステージらしきものがありました。

 

 すでにイベントは終了しているようで、スタッフたちによってステージの解体と片付けが始まっていました。

 

 いったいなんのイベントだったのか、その疑問の答えはすぐに見つかりました。

 

 柱の告知スペースに大きくポスターが貼ってあるんです。

 

 346プロダクション所属アイドルのファミリアツインとニュージェネレーションズというユニットのデビューミニライブだったそうです。

 

 ポスターの上半分のファミリアツインは2人で、名字が同じだから姉妹とか親戚とか近しい関係でしょうか。下半分のニュージェネレーションズは信号機のような三色の衣装をそれぞれ纏っています。バランスがいいですね。

 

 残念ながら開演時刻は午前11時からだったようで、観賞することはできませんでした。

 

 それにしても、同じ346プロのアイドル部門ですか。考えたこともありませんでしたね。

 

 新しく創設されるのだと小耳には聞いていましたが、あいにくアイドル方面には疎いものでして。

 

 でも、いっそのこと移籍しちゃおうかしら。なんてね。

 

 人見知りの私にアイドルは不向きでしょう。あまり自分を出すのが得意ではないのだから尚更です。

 

 長らく足を止めていましたが、本来の目的を思い出してまた歩きだします。

 

 その後、軽食を取り、靴もお眼鏡に合うものを購入てきました。

 

 いい買い物ができて、嬉しさマッくつです。

 

 

 * * *

 

 

 多くの人が仕事を終えて帰宅する時間帯。

 

 私は今、赤提灯の素敵な居酒屋『のんでれら』のカウンター席にいます。

 

 ここは私の行きつけで、最近は節約のため来ていなかったんですけど、久々に飲みにきました。

 

 店内はカウンターと座敷があって、ほどほどに混んでいます。外観も内装も使い込まれているけど、どこか味があって、それでいて清潔さは保たれています。

 

 THE居酒屋っていうこの感じが私は好きなんです。

 

 飲みにきたのは理由があって、それは今日ポンと届いた1通のメールが原因なんです。差出人は私の担当の宇沢さんでした。

 

 長々と書いてあったので省略しますが、要約すると明日の午前10時に私のモデルとしての今後の活動に関するとても大切な話があるとのことです。

 

 彼とは思えないような、いつになく丁寧な文面で、まるでテンプレートを使ったようなメールだと感じました。

 

 仰々しい文面から明日どんな話をされるのか、おおまかに察したんです。

 

 それは、きっと私にとって大きな転機になるに違いありません。

 

 そう考えてしまうと、素面で過ごすのは無理そうだったので、のんでれらでしっとりとお酒を傾けることにしました。

 

 お酒の力を借りてでも、明日へのプレッシャーを和らげたいんです。私はダメな大人なのかもしれません。

 

 さきほど注文していたたこわさとお刺身、そして本日のメインとなる日本酒の四合瓶が配膳されます。

 

 今日セレクトしたのは紀ノ酒です。おいしいですよね。

 

 四合瓶の口を切り、コップに注いでいきます。さっそく一口飲みます。これです、これ。やっぱりお酒はおいしいです。

 

 お酒を飲んで酒あわせ、なんて。ふふふ。

 

 ひとりぼっちで宅飲みするよりも、人の多いところで飲むとおいしくなりますね。孤独感が薄まるからでしょうか。今度はたこわさと一緒に一口、最高です。

 

 いい気分になっているところへ、店員さんに声を掛けられました。

 

「お客様」

「あ、はい」

「ただいま混みあっておりまして、隣の席に別のお客様をご案内してもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

 

 しばらくして、長身の少しくたびれた男性が隣の席につきました。年齢は私と同じくらいか、ちょい上くらいです。スーツのジャケットを脱いで、椅子の背もたれに掛けます。

 

「生1つと、あとは唐揚げとたこわさ」

 

 隣の方はとりあえずビールはなんでしょうか。ビールを浴ビールほど飲む。

 

「ビールを浴ビールほど飲む」

「……?」

 

 つい声に出てしまいました。彼が怪訝そうに私へちらりと視線を向けます。

 

「あ、ごめんなさい。つい声に出ちゃいました」

「……いえ、お気になさらず」

 

 店員が彼に生ビールを中ジョッキで配膳します。そして、彼はそれを一気に半分ほどに減らしました。

 

 私は日本酒派ですが、彼があまりにもおいしそうに飲むのでたまにはビールもいいかなと思わされます。それほどまでにおいしそうだったのです。

 

「いい飲みっぷりですね」

「そうですか? ありがとうございます」

「ビール、お好きなんですか」

「とりあえずビールって感じですかね。喉ごしが好きなんですよ。その後は日本酒とかサワーが多いです」

 

 日本酒も飲むんですか。何かおすすめしてみましょうか。

 

「この日本酒とかいかがですか。フルーティーで飲みやすいですよ。後味もすっきりしていますし」

「そうなんですか。では、あとで頼んでみます」

「はい。……あ、ごめんなさい。出過ぎた真似をして」

 

 こんな風にお酒を飲みながら人と会話をするなんて新鮮です。割りと真面目に初めての可能性があります。基本ぼっち酒ですから。地元にはほとんど帰ってませんから、高校のときの知り合いと飲むこともありませんし。

 

「いえいえ、とんでもない。今日は別の人と飲む予定だったんですが、あいにく急な仕事で来られなくなったんです。寂しく一人酒になるところでしたから、助かりました」

「あら、実は私もなんです。こうして誰かと会話しながら飲むなんて久しぶりです」

 

 いつもの一人酒もいいけど、やっぱり誰かと一緒にお酒を飲むほうが楽しいんですね。

 

 今日はいつもよりお酒がおいしくて感じられて、ついつい進みも早いです。もう瓶を空にしてしまいました。

 

「……? もう、空ですね」

「では私が頼みますよ。どれがおすすめでしたっけ」

「これです、これ」

 

 彼がカウンターの店員に注文すると、すぐに四合瓶が出てきました。口を切って、コップにとくとくとくとくと注がれていきます。表面張力いっぱいになって、今にもあふれそうなお酒がふるふる震えています。

 

「飲みますか?」

「あら、いいんですか」

「教えていただきましたから」

「そういうことなら、お言葉に甘えて」

 

 私のコップにもお酒が注がれていきます。

 

 ああ、なんていい光景なのでしょうか。こうしてお酒が堪能できるなんて、もしかしたら案外いい人生なのかもしれません。

 

「よほどお酒が好きなんですね」

「えっ?」

「注いでるとき、子供みたいにキラキラ目を輝かせていましたよ」

「あ、そうでしたか。ちょっと恥ずかしいです」

 

 かあっと顔が熱くなるのを感じます。そんなにキラキラしていたんでしょうか。お酒って怖いですね。私が私じゃないみたいです。

 

「可愛らしかったですよ」

「もうっ……いじわるです」

 

 彼がけらけら笑うのに釣られて、私もふふと笑ってしまいました。

 

「お、ようやく笑顔になりましたね」

「はい?」

「ずっと神妙な顔をしていらしたので」

 

 そう言われればそうかもしれません。今日はもともとやけ酒のようなものでしたから。

 

「そうですね。今日は喧騒の中で飲みたい気分でしたから」

「……今日は飲んでさっぱりしましょう」

 

 彼は私の発言から何かを察したようです。気を遣わせてしまいましたね。

 

「ん、この日本酒もおいしい。飲みやすいし、後味もいいです」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 なんか私が誉められているみたいで嬉しいですね。

 

「日本酒にはちょっとうるさいんです。ふふ。そうだ、次はこれなんかもおすすめなんですよ。少し独特な風味がありますが、慣れると癖になるんです」

 

 そうして私はメニュー表を手に日本酒の解説を始めました。

 

 

 * * *

 

 

 翌朝、目を覚ますとそこはベッドの上でした。もちろん自分の家の寝室です。見知らぬホテルとかじゃなくて安心しました。

 

 気分は湧水のようにすっきりしています。肩も軽いし、きっと昨日のお酒で悪いものが清められたんですね。

 

 眠気覚ましに洗面所で顔をささっと洗い、鏡で寝癖をチェックし、ブラシで整えます。歯ブラシに歯みがき粉を絞り、シャカシャカとブラッシングして口をゆすぎます。

 次にキッチンでお湯を沸かして、それまでに戸棚からしじみのカップ味噌汁を選びます。蓋を開けて待機……。ピピーと湯沸かし完了の合図とともにポッドからお湯を注いでよく溶かします。

 

 しじみをしみじみと……うーん、今のはいまいちです。

 

 朝食代わりの味噌汁を片付けて、昨日から着っぱなしの服を着替えて、細かい身だしなみを整え終わる頃にはすでに午前8時半になろうとしています。

 

 あの約束の時間は午前10時ですが、その前に寄りたいところがあるのでもう出てもいい頃でしょう。

 

 バッグを開けて財布やスマホを確認し、さらに名刺を1枚大切にしまいます。

 

 実はこの名刺、昨日の彼のものなんです。

 

 誰かとともに飲むことがこんなに楽しいとは思わなくて、ついつい彼にあれもこれもと様々なお酒を勧めてしまっていて、気付けば彼はべろんべろんになってました。

 

 さすがに成人男性1人を支えていけるほど、筋力が強くないので、千鳥足でも歩けるうちにとお開きにしました。

 

 1人で帰れますと彼は言うのだけれど、空の四合瓶を私だと勘違いしている時点で無理なのは明らかでした。

 帰り道も心配になりタクシーを手配して、それになんとか乗せたとき、彼がジャケットを忘れていることに気付いて急いで店内へ取りに戻りました。

 椅子の背もたれから持ち上げたときにひらりと落ちたのが、今私が持っている名刺です。

 

 ジャケットを手渡した際に返せば良かったんですけど、タクシーがすぐに発進してしまってタイミングを逃してしまい、そのまま持ち帰ってしまったんです。

 

 さて、思い返すのもほどほどにしてそろそろ出るとしましょう。

 

 346プロへの道行きは大して変化がありません。慣れた道です。

 

 あっという間に346プロダクションへ到着しました。

 改めてよく見てみると、かなり大きなプロダクションですよね。そういえばサウナもあるって噂です。

 

 入館ゲートに個人IDを読み取らせて、上行きのボタンを押すとちょうど良く降りてきたエレベーターに乗り込みます。

 

 目的階は25階──ではなく、30階のアイドル部門です。そこに名刺の持ち主がいるはずです。

 

 すぐにエレベーターが到着します。

 まだ午前9時過ぎですけど、静かです。アイドルの子たちはいないんですね。

 案内の看板に従って右へ進みます。

 

 モデル部門のフロアとは間取りが違うんですね。

 

 プロジェクトルームのドアをノックすると室内からどうぞと返事が聞こえてきました。

 

「失礼します」

 

 室内は広く、いくつかデスクやソファがあるものの、数が少なくて殺風景に感じます。

 

「あれ、あなたは昨日の居酒屋の」

 

 やっぱりいました。正直、ほっとしました。違ったらどうしようって思いましたから。

 

「はい。昨日ぶりです」

「昨晩はご迷惑をおかけしました。最後のほうは記憶が曖昧で。どうやって帰ったかすら。あ、もしかして、居酒屋の代金ですか? 払った覚えがないのでもしかしたらと考えていたところです」

 

 財布のお金が減ってなかったので、と彼は言います。

 

「久しぶりに楽しく飲めましたからお代はそのお礼ですから、受け取ってください」

「そうでしたか。ご馳走になりました」

 

 彼が軽く頭を下げます。あら、ちょっと寝癖がついてますね。

 

「それで、今日はどうされましたか?」

 

 ああ、そうでした。本来の目的をすっかり忘れるところでした。

 

「実はご相談がありまして、こうして朝早くに訪ねさせてもらいました」

「相談ですか。わかりました。お茶を煎れてきますので、ソファでお座りになってお待ちください」

 

 案内されたソファで待っていると彼がおぼんにお茶とお茶請けのお菓子を乗せてきます。

 

「お待たせしました」

 

 粗茶ですが、と私の前にお茶が出されます。

 

「それでは、ご相談内容を詳しくお聞きしてもよろしいですか」

 

 対面のソファへ腰を下ろした彼が切り出します。

 

「私、アイドル部門に移籍したいんです」

 

 これからの私、というものをずっと考えていました。

 

 あのポスターを見たときはアイドルなんてと思っていました。

 しかし昨日、ふと彼の名刺を拾ったときにこの人となら私もアイドルになれるのではないかと思ってしまったんです。

 

「移籍?」

「はい。今はモデル部門に所属しています」

「ああ、なるほど。そちらに話は通してありますか?」

「いえ、まだ何も。でも、たぶん大丈夫だと思います」

「大丈夫、というのは?」

「担当にこのあと10時に呼び出されています。おそらく、いい話ではないでしょう」

 

 彼は俯いて考え込みます。思考を巡らせているのでしょう。

 

「まず結論から申しますと」

「はい」

「問題ありません。アイドル部門に移籍することは可能です。このあとのお話の際に担当に移籍した旨を伝えれば滞りなく処理は進むはずです」

 

 ほっと一安心して安堵の息が洩れました。

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえると安心です」

「いえ、私としてもあなたのような方に来ていただいて大変喜ばしいです。えっと……お名前をまだ聞いていませんでしたね」

「あ、そうでしたね。名前を名乗ってネーム、でした」

 

 名前のことを完全に失念していました。昨日の居酒屋のときからお互い名乗りもせずにただ肩を並べてお酒を楽しんでいましたから。 

 

「高垣楓といいます」

「高垣さん」

「楓、でいいですよ。一緒にお酒を飲んだ仲ですから」

 

 飲み友達、と言っていいのかわかりませんが、一緒にお酒を飲んでくれる人であることは確かです。

 

「わかりました。では、楓さん。私のほうでも処理を進めておきますので、この後の話でモデル部門の担当に移籍したいとしっかり伝えておいてください。問題がなければ、より詳しい話をしましょう」

「はい。お願いします」

 

 私は一礼をして立ち上がります。

 

「少し早いですが、モデル部門に行ってきます。終わったら戻ってきますので」

 

 まだアイドル部門に正式に所属したわけではないのですから、宇沢さんにも話を通しておかなければなりません。

 

「わかりました。いってらっしゃい」

「はい」

 

 私はプロジェクトルームを出ると、エレベーターへ向かいます。途中、蛍光色の黄緑の事務服を着用した女性とすれ違いました。彼女もアイドルなのでしょうか?

 

 下行きボタンを押し、エレベーターを待ちます。幸い、あまり待たずに乗れました。30階から25階までですので、すぐです。

 

 午前10時にはまだ少し早いですが、第二営業部の宇沢さんを訪ねるとしましょう。

 

 ちょうどデスクにいたので、声を掛けると応接室で待っていて欲しいと言われます。

 

 数分ぼーっとしながら待っていると宇沢さんがやって来ます。手には書類が何枚か持ってますね。

 

「お待たせしました、高垣さん。すいません、来ていただいて」

「いえ。それよりお話というのは?」

「ああ、はい。今からしますよ。高垣さん、残念ながらあなたとの契約なんですが、解除させてもらいたいと考えています。8月の更新までまだ日にちがありますから、その分の違約金については契約に則りお支払します」

 

 宇沢さんは淡々と話します。

 

 私にとって悪いニュースが告げられるとなんとなくわかっていたとしても、やっぱりショックです。

 

 ここ最近は鳴かず飛ばずだったけれど、モデル部門にもそれなりの思い入れがあったということなんでしょうね。

 

 高校3年の時にスカウトされてモデルになり、上京してから今日に至るまでの約7年はとても貴重な体験でした。

 

 今思えば楽しかったときもちゃんとあったんだなと再確認できました。

 

「ここまでて何か質問はありますか?」

「いえ、ないです」

「では確認してもらいたい書類が」

 

 宇沢さんが話をさらに続けようとしいたので、

 

「あの」

 

と言葉を割り込ませました。

 

「モデル部門からアイドル部門へ移籍することは可能でしょうか」

  

 宇沢さんは鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに目をまんまるくしていました。

 

 

 

 

 再び30階へやってきました。もう25階へは行くことがないでしょう。

 宇沢さんは驚いていましたが、すんなり受け入れてくれました。契約解除の申し入れだったのですから、問題はないのでしょう。

 

「ただいま戻りました」

 

 黄緑の事務服の方となにやら話していた彼が私のほうへ向き直ります。

 

「楓さん、どうでしたか?」

「問題ないとのことでした。改めまして、今日からよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 こうして私も今日からアイドルになりました。ところで、アイドルって何するんでしょうね。よくわからずになっちゃいましたから。

 

「あの、私は何しましょう?」

「とりあえずレッスンですね。ボーカルとダンスです。その前に自己紹介します」

 

 彼はネクタイを軽く直し、私の眼をまっすぐ見ます。寝癖はぴょんと立ったままです。

 

「アイドル部門のプロデューサーをしています、天津です。よろしくお願いします。こちらはアシスタントの千川です」

「千川ちひろです。アシスタントをしています。気軽に声をかけてくださいね」

 

 あの黄緑の女性の正体も判明しました。童顔だったので、てっきりアイドルなのかと思いました。

 

「今日は他のアイドルたちはいないんですか?」

「平日ですからね。ほとんど学校です。午後からですよ」

「あ、平日……そうですね。すっかり失念していました」

「そのときはまた自己紹介お願いします」

 

 天津さん……いえ、プロデューサーが言うには私以外に10人のアイドルが所属しているそうです。ポスターに写っていたのは、ファミリアツインとニュージェネレーションズでしたね。

 

「……そういえば私、人見知りでした」

 

 急に不安になってきました。自分で言うのもあれですが、人見知りの行動力ってすごいんですね。

 

「楓さんは思ってるより人見知りじゃないですよ。昨日も話しかけてきたじゃないですか」

「それはお酒が入っていたから」

「大丈夫です。私もちひろさんもサポートします」

「心強いです」

 

 不安なときは好きなものを浮かべるといいと何かで聞いた気がします。

 

 ……お酒が飲みたくなってきました。昨日飲めなかった銘酒なんかもいいかもしれません。

 

「あ、そうだ。プロデューサーもちひろさんも今日飲みにいきませんか? いい日本酒があるんです」

「私まだ昨日の抜けてないんですが」

「まあまあ、そう言わずに。ちひろさんもいかがですか」

「日本酒はまだ飲んだことなくて」

「あら、じゃあ私が初心者にもおすすめな銘柄を教えますよ♪」

 

 うふふ、今日の夜も楽しくなりそうです。

 

「お酒を飲めばみんな酒あわせ、です! ふふ」

 

 

 

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